再びゲートを開いて帰るというソフィアを置いて、エリンたちは『白い腕の女』の異空間に繋がる扉の前に立った。
リセツを除いた特魔課4人に、革団子状態のレヴン。
それぞれ武装した状態で並び立つ。
「アズール、あなたは観察に徹して。エリンはアズールの護衛をしつつ弓で援護を」
「はい」
「おっけー!」
先ほどのレヴンとの会話は、ソフィアが【遠話】の魔法で共有している。
やるべきことは全員が理解してた。
『白い腕の女』が作り育てているという古代種・天枝の卵の破壊。
「では前衛は私が。先行して確かめてきますよ」
「うん。任せた。……エリン」
「はいっ!」
ランドルフが1人先行してゲートを潜っていくのを見届けていると、傍に寄ってきたタナウが肩に手を触れる。
「私たち特魔課には、実はもう1つ仕事があるの」
「もう1つ、ですか……」
持ち込まれる魔法の確認をする
違法魔道具や魔法犯罪を取り締まる特別業務。
そしてもう1つ。それは――。
「禁術の調査、確保よ」
「禁術……」
禁術。その名の通りあらゆる状況・場面において使用を禁じられた魔法・魔術のことだ。
長い歴史の中で、人々は数多の魔法を発明してきた。
その中には当然、人が超えてはならない領域を踏み外してしまった例が存在する。
その最たるものが、古代の大魔法使いにして錬金術師ロアが編み出したとされる金属魔法である。
人の身でありながら金属を自在に生み出したとされる彼のその魔法は、以降の時代で再現されたという例はない。
何故ならロアは当時の権力者層に稀代の大悪党として指名手配され、その魔法は生成物の1つまで徹底的に破壊されたからである。
なにせ金属だ。それを1人で、まだ文明の発達も遅い時代に量産できることの恩恵はあまりにも大きい。
金属魔法を扱えるものがたった1人でもいるだけで、世界の資源バランスは崩壊してしまう。
それこそ『白い腕の女』を生み出した北東の戦乱さえ起らなかった――かもしれない。
このように、歴史上生み出されてきた世界のバランスを崩すほどに協力で危険な魔法を人々は『禁術』と呼び、決して広まらないようにその原理や手法を封じてきた。
それはユラリア魔法学院の生徒や教師たちだろうとも変わらない。
あまりにも有名な金属魔法や、死者をよみがえらせる蘇生魔法――後者は例のないただの噂というか願望だけれど、エリンもそれらの名前を知っている程度だ。
だって、それが『どんな魔法か』が知られてしまえば、誰かが再現できてしまうから――
「――あっ」
そこまで考えて、エリンは声を上げた。
驚きに身体がぶるりと震えるのを構わずに、タナウへと視線を向けた。
――もしかしてそういうこと?
思い起こすのは、出勤初日、レチシアが言っていたことだ。
『――この特認魔術課の最も重要な採用条件が、魔法を使えないことなんだよ、エリン君』
彼女は確かにそう言った。
だが魔法が使えない職員なんて、通常業務では魔法の試射が行えず不便なだけだし、特別業務で取り押さえた魔道具はそもそも
エリンが今までやってきた業務はそのどちらも、『魔法が使えないこと』が重要視されるとは思えなかった。
だが、この禁術を扱う3つ目の業務ならば話は変わる。
その答えを、エリンはタナウへと告げた。
「特魔課の採用基準が魔法が使えないことって、
「ん、正解」
禁術は決して広まらないように封印しなければならない危険魔術。
その取り締まりを行う者たちが魅入られ、禁術使いになってしまう例もあるのだろう。
だからこそ、どれだけ知ろうとも、どれほど魅入られようとも禁術を決して使えない――魔法を使用できない人材を探していたのだ。
「あの女の魔法は死者を操る。それは私たちが知るどの魔法にも当てはまらない……そうでしょう?」
「……そうですね」
ただ物を浮かせて運ぶのとはわけが違う。
術者である『白い腕の女』から遠く離れても元の人の姿を正確に保ち再生する魔法――そんなもの聞いたこともない。
『死肉魔法』とレヴンが呼んだそれは、混沌とした戦場で生まれた、死者を無理やり戦わせる禁忌の魔法なのだ。
だから――。
「私とソフィアは、『死肉魔法』が禁術の可能性があると判断した。だから特魔課だけで対応する。……わかった?」
例え戦力を減らしても、『第二の白い腕の女』を作るわけにはいかない。先ほどのやり取りはそういうことなのだろう。
「はい。十分に」
「ん、よし」
例え死者だと分かっていても、目の前で死んだ人を再び目覚めさせることができるなら……使ってしまうかもしれない。
その誘惑に勝てることができるのはほんの一握りの強者だけだ。
目の前のゲートが明滅すると、ランドルフが戻ってきた。
どうやら問題なかったらしい。今度こそ突入である。
彼とアズールが入っていき……動き出そうとしたタナウに問いかける。
「……ちなみに、禁術の対処方法は?」
「ん? 変わらないよ。ぶっ壊して捕まえて、お終い」
「物騒ですね……」
「いつも通りでしょ?」
そう言って、タナウはレヴンと共にゲートを通っていき、エリンだけがゲートの前に残った。
「あははは……」
乾いた笑いが溢れ出る。
つまり、学院長がエリンをここに送り出した理由はこれなのだ。
『奥』の管理を逃れ市井に蔓延る禁術を見て、封じてこい、と。
学院を卒業したばかりの、それも魔法を使えない人間に、だ。
いや、魔法を使えないからこそエリンが選ばれたのだろうが……。
――こういうのって、普通最初に説明しませんか!? 学院長、ギルド長……!!
そう叫ぼうとするのをぐっと堪えた。
最初の違法魔道具の時といい緊急事態だったから仕方がない……そう思うことにしよう。
それに、ちょっと……いや、かなり高揚している自分もいるのだ。
「……この道を行けば、私は『奥』に入ることができる……!!」
例えそれがいばらの道だろうとも、突き進んで見せる。
頬を2回叩いてから、エリンも遅れて光る魔法陣を通り抜けるのだった。
そうして辿り着いた先は、赤黒い世界であった。
恐らく石造りだっただろう異空間は赤黒い肉で覆われており、奇妙に脈動を続けている。
机や棚といった作業をする調度品だけは覆われておらず、それが尚更この光景の不気味さに拍車をかけている。
「何これ……気持ち悪い……」
「死肉魔法の残骸たちだ。もう管理下からは外れてる筈だが、ここはあいつの拠点だからな。ずっとああして動いてる」
「刺激に……女の魔力に反応して収縮しているという事なのでしょうか。あまりにも酷いですね」
床の感触は意外と固く、歩く分には問題ない。
ただいつ肉の中から何かが飛び出してくるかわからないから、精神的には全く安心できないのだが。
「それで、卵はどこ?」
辺りを見回しながらアズールが呟くと、ぽよぽよ浮かぶレヴンが、壁際の1段高くなっている部分を顎で指し示した。
「あれだよ」
「……やっぱり、あれなのね」
そこにある構造物は、まるで虫の繭に見えた。
肉に塗れた壁に埋もれるようにして安置されているそれは、赤黒い肉の糸が幾重にも絡まり巨大な球体を形成している。
僅かに透き通るその球は仄かに光を帯びており、脈動するたびに周囲に光の波を放っている。
大きさは見上げるほど。建物2階分はあるだろう。
これが『卵』だというのなら、そこから生まれる成体はエリンたちの優に数倍はある。
「天枝……古代種ってこんなに大きいんですか?」
「知らないわ。見たことないもの」
「あの遺跡は大きかったもんねー。あのサイズでも納得かも?」
確かに古代魔法陣の敷かれた扉は目の前の卵に匹敵する巨大さだった。
古代の世界は色々と巨大だったのかもしれない。
「まあ、今は関係ないわね。さっさと壊しましょう」
「ええ。先ず私がやりましょう。皆さんもご用意を」
卵を前にランドルフが構え、事前に決めていた配置を取る。
エリンも弓を手にしながら、卵ではなく周囲をざっと眺める。
「レヴンさん」
「ん? なんだ、金髪ちゃん」
「あの卵以外に危険な物はありますか?」
『白い腕の女』も死肉魔獣もいないが、このおぞましい光景から何が飛び出してくるのかが恐ろしくて仕方がない。
だがレヴンははっきりと首を横に振った。
「ないな。魔獣生成装置もないし、肉団子君たちも全員出払っている」
ただ、と彼は続ける。
「俺は別にあの女の全てを知ってるわけじゃない。俺が知らされてない隠し玉があっても不思議ではないな」
「……そういえば、レヴンさんはどうして、その、操られていたんですか?」
ギルド証を偽装できたとは思えない。つまり彼は正式に北東部の冒険者として登録されていた筈だ。
このテティアで『白い腕の女』に出会い、操られたわけではないだろう。
ともに北東出身のようなことも言っていたし。
「……んなこと、今はどうでもいいだろう? さっさと終わらせろよ」
だが、レヴンはつい、と視線を逸らすと素っ気ない答えを返してきた。
「そいつの言う通りよ。隠し玉があっても今は分からない。さっさとやりましょう」
「念のためウチらが見てるから、大丈夫だよー!」
「……そうですね」
どうしたらあんな魔法が生まれるのか、知っておきたかったのだけれど。
「では、始めます」
ランドルフが濁炎を腕にまとい卵へと突貫した。
赤い軌跡が肉御殿を一気に駆け抜け、卵へと炸裂する。
「――――っ!?」
熱と揺れが離れたエリンのところまで届き、血煙が舞い上がる。
肉団子を破壊したものよりも更に威力と火力を上げた一撃は、確実に卵を打ち砕いた筈だが。
「……駄目ですか」
真っ赤な煙が晴れた先、明滅する卵は健在であった。
否、肉自体は抉れていた。
ただその先にある光る何か――卵の本体は健在なのだ。
「止めずに追撃!」
「はい!」
構わずに武器を構え、それぞれ攻撃を行っていく。
だか、それらの攻撃が放たれる、その直前。
半透明の膜の先で何かが蠢いた。
『――――!!』
どくん、と脈動が起きる。
赤の球体だけでなく部屋全体が揺れ動き、エリンたちの身体が跳ね上がった。
「わっ……!?」
「何……? なんなの……?」
体勢を崩され、全員の攻撃が止まる。
その隙間を狙って、卵に変化が起きた。
まず、卵を覆う肉が解き始めた。
するすると糸を剝がすように肉が解け、中に埋まっていた半透明の赤い卵が浮かび上がる。
「動いた……?」
「あれまずいよね!? 絶対ダメなヤツだよねぇ!?」
「っ……!! まだ間に合う、攻撃を!!」
タナウが水を操り、瓦礫を含んだ重い一撃を叩き込む。
だがそれは素早く動いた肉によって受けられ、肉の半分を吹き飛ばすに留まった。
「――っ!!」
エリンとアズールもそれぞれ弓と魔道杖で攻撃を加えるが、全て肉で防がれる。
だが、お陰で肉の大半は破壊された。
「私が――!!」
攻撃の隙間を縫って飛び上がったランドルフの一撃が、今度こそ卵を穿った。
爆発と同時に血煙が巻き起こる。
――手ごたえはあった。だが……。
衝撃の反動で後ろへと飛んだランドルフだったが、彼の視界は血煙の中蠢く影をとらえていた。
やはり、足りない。
「――皆さん、気を付けて! 動き出しますよ!」
ランドルフが叫ぶのと同時。
『――――!!』
金管のような音色が鳴り響き、卵を突き破って、真っ白な手が現れた。
それは膜を引き裂くようにして卵殻をひき剥がし、噴煙の中から這い出して来る。
ゆっくりと姿を現した、その怪物は――。
「……人間?」
まず、腕が見えた。
白く滑らかな肌には卵を満たしていた血のような液体が流れ落ちている。
続いて胸と肩が現れた。局部はなく、けれど輪郭は女性のそれ。
その先に繋がる頭部は、しかし表情がなかった。
仮面でも被っているかのような硬質の顔面には眼と口と思われる
そう、2つだ。
『それ』の顔の左側と左肩は消失している。
ランドルフの一撃は、確かに効いていたらしい。
それでも動いた。顔の半ばを失っても構わずに。
そして驚くべきは、腕が5本も生えていることだ。
肩から1本――左肩とともに1本は消し飛んだらしい。
その下の脇腹に2本ずつ左右に生えている。明らかに人間ではなく、空想上の天枝とも微妙に異なる。
空を飛ぶための翼もなければ顔も衣服すら身にまとってはいない。できそこないの疑似天枝であった。
それでも異形。それでも巨体だ。
『――――』
5つの腕を器用に操り、巨体が卵から這い出して来る。
『白い腕の女』が創りだした疑似天枝が姿を現した。
「――ボケっとしない!」
タナウが水を放つ。
得体は知れないが、もう奴を守る肉はない。
襲い来る水塊を天枝は腕の1つで咄嗟に受け止めたが、抑えきれずに瓦礫片が突き刺さる。
『――――!!』
指が吹き飛び掌に大穴が開く。真っ赤な血肉が噴き出している。
あれではもう使い物にならないだろう。
「思ったより脆い……!!」
「そりゃ、肉だからな」
これならただのデカい的だ。
そう確信し、そのまま破壊し切ろうと全員が再び構えた、その刹那。
天枝の背後にあった肉壁が蠢き、何かが飛び出した。
『――――』
4本の腕が素早く蠢き、それらを掴み、引き抜いた。
それは、剣が2本に、槍と棒。
「武器……? あの女が隠してたのね」
だが武器を手に入れた所でこの状況が覆せるわけでもない――。
「……違う、あれ、魔道具だ!」
ハッと気付いたアズールが叫ぶ。
それを聞いて、エリンは思い出した。
――最初の事件の時の!
エリンが着任して初めて遭遇した違法魔道具持ち込み事件。
あの時の犯人は『白い腕の女』に魔道具を運ぶように頼まれ、そして彼女に魔道具を盗まれたと言っていた。
レヴンも肉団子も魔道具は持っていなかった。
その行方が分からないことを、すっかり忘れてしまっていたが……まさか、ここで出てくるとは!
4本の腕に、4本の魔道具。
そしてその全てが、上級魔法の込められた違法魔道具だ。
左前腕で握った剣を振りぬき、足に絡みついていた卵の残骸を自ら破壊した。
『――――』
鈍い音を立てて偽造天枝が床へと降り立ち――立ち上がった。
その背丈は2mを優に超え、欠けた目でエリンたちを見つめる。
瞬間、4本の魔道具がそれぞれに光を解き放つ。
「……剣が火と雷。槍が風で、棒が氷! どれも上級魔法だよ!」
多数の魔道具を盗み出し、人々を襲って肉を集めた。
それらの凶行は全て、この天枝を生み出すためだったのだ。
『――――』
金管の音色が鳴り響く。
それに呼応するように、魔道具たちが光と魔力を帯びる。
「全員、死ぬ気で戦いなさい!」
タナウがそう吼えた直後。
天枝が4本の腕を振りぬき、極大の魔法を解き放ったのだった。