王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第37話 もう1つの特認魔術⑧

 

 

 

 天枝・地葉・海根――この世界の礎を築いたとされる古代種と呼ばれる種族たち。

 現代の生物が生まれる前に活動していた彼らの容姿を知るものは誰もいない。

 

 この世界には数百年を優に生きる妖精や竜といった存在が当たり前のようにいるが、そんな者たちでさえ彼らの姿を見たものは皆無。

 始まりの三族とはそれほど古代の、伝説的な存在なのだ。

 結果、人々は空想で古代種の姿を作り出してきた。

 

 時代や国によってその姿は様々であったが、今は大まかに統一されつつある。

 例えば海根は真っ青な光り輝く無貌の人間として描かれ、地葉は鋭い爪に角を生やした分厚い筋肉と甲殻を備えた怪物として多くの絵画に描かれる。

 

 そして天枝は――光の輪を冠し、無数の手を生やした美貌の使徒として描かれてきた。

 

 あの『白い腕の女』も、そういった絵画を参考にあれを生み出したのだろう。

 ただしいざ体面してみると、それはあまりにも恐ろしい異形であった。

 

『――――!!』

 

 金管の音色が鳴り響く。

 仮面のような顔に開いた、もはや(スリット)と呼んだ方が適切な口は全く動いていないというのに、どうやって響き渡る大音量を出しているのかは不明だ。

 

 身の丈3mは優にある巨体。

 その背とわき腹から生えた腕――丁度両肩についた本来の腕が破壊されたため4本となった腕で、天枝は違法魔道具を振るった。

 

「来るよー!?」

「だから黙っててください!」

 

 4つの属性の上級魔法が放たれ、ぶつかり合いながら押し寄せてくる。

 まともにくらえば間違いなく死ぬ、暴力の嵐が迫る。

 

 身を隠せる遮蔽はないが、幸い横幅は十分にある。

 全員が横へ飛び込んで魔法の波を回避した。唯一の不安要素であるアズールはいつも通りランドルフが抱える。

 

「ぎゃーっ!?」

 

 本日何度目かの強制輸送に叫び声を上げながら、ただし彼女の目はしっかりと魔法を捉えており、魔法の轟音が響いた直後に吼えた。

 

「――《猛炎爆球》、《猛風閃》、《稲妻砲》、《氷塊槍》!!」

 

 ()()()()()()その羅列だが、エリンはすぐさまその意味を理解する。

 やはり全て上級魔法。そして、その効果と範囲を記憶の中から掘り起こしていく。

 

 放たれた魔法たちは奥の壁に炸裂し、大爆発を引き起こした。

 肉が、設備が破壊し吹き飛び、エリンたちは吹き飛ばされないように堪えるに必死であった。

 

 ――なんて威力!

 

 爆発が収まると同時にやってくる赤い煙と、肉の焦げる不快な臭いに顔をしかめつつ、天枝の方へと視線を向ける。

 

『――――』

 

 ぎこちなく4つの腕を動かしながら、天枝は静かに佇んでいた。

 残念ながら、レヴンのように腕は取れてはくれなかったようだ。

 

「あれが、天枝? ……随分と気持ちの悪い化け物ね」

 

 直立した状態の天枝は、陶器の人形のように滑らかな肌をしている。

 何も身に纏ってはいないが、流れ落ちる血が文様のように表情をつけており、死肉から生まれたとは思えない不思議な神々しさがあった。

 

「……ありゃあ、不完全だな」

 

 だが、それを否定するようにタナウのそばで浮いているレヴンが呟いた。

 相変わらずぷよぷよの革に包まれた彼を、タナウが怪訝な顔で見る。

 

「どういうこと?」

「姿が変なんだよ。あの女は大昔に描かれたコルタの絵画をもとにして天枝を作っていた。確か天樹を管理する天枝が描かれていた筈だが……その絵とは全然違うな」

「……言われてみれば、天枝の代名詞である輪もありませんね。顔もないですし」

 

 腕や肩がないのは我々が破壊したからだが、それ以外は元からなかったと考えていいだろう。恐らくは形成されるはずだったそれらが未完成のまま、目覚めてしまったのだ。

 

「中途半端な状態で起こされたんだ。肉の結合も、再生力も弱いぞ。今なら、殺せる」

「……あの魔道具さえなければ楽なんだけれど」

 

 特魔課の問題点は、魔法が使えない故に遠距離攻撃の手段が乏しいことだ。

 タナウの水はあるが、上級魔道具4本を自在に操られたら流石に分が悪い。

 

「でも、それならば、腕を落としてしまえばいい」

 

 肉団子の時と何も変わらないのだと、エリンは1人頷いてから声を上げる。

 

「タナウさん! 水で《稲妻砲》だけ防いでくれますか。厚めの水で受けて、離れた場所へ流してください」

「……わかった。後は?」

「それ以外は、避けれます!」

 

 上級の雷魔法は早すぎるから無理だ。

 学院時代もこの属性には最後まで苦戦を強いられた。

 それ以外ならば避けられる。避けてみせる。

 

「見る限り、あの天枝の攻撃手段は魔道具以外なさそうです。肉団子同様、腕を切り落とせばそれだけで戦力が低下するはずです」

「……そうね。また無理をさせるけど、厳しかったらすぐに言いなさい。代わるわ。だから――」

 

 言葉をきって、タナウが微笑んだ。

 

「……全力で行きなさい」

「はい――!!」

 

 弓を背に括り、剣を引き抜き。

 エリンは天枝へ向かって飛び出した。

 

「……あの嬢ちゃん、凄いなぁ」

「夢に向かって頑張る、期待の新人よ。……それで、レヴン」

「あ?」

「今の話、向こうに伝えてきて。ランドはエリンのサポート、アズールは援護射撃よろしくって」

「はあ? お前が――――」

 

 言い切る前にレヴンが吹き飛んでいった。

 

「さて、私も援護しないとね。こんなに魔法使ったのは久しぶり」

 

 血が混ざって赤く染まり始めた水を操りながら、タナウは1人呟くのだった。

 

 

***

 

 

『白い腕の女』の異空間は先ほどの工房跡とは違い、積まれた金属片といった遮蔽物は殆どない。

 だがその分、動き回る空間は十分にあった。

 

「――――!!」

 

 全速力で天枝へと駆け抜けるエリン。

 天枝は敵対者としてエリンを認識すると、4つの腕を全て振り上げた。

 内から外へと振りぬかれた剣閃は、拡散するように4つの魔法を解き放つ。

 それぞれ範囲も速度も異なるそれらが、エリンに向けて殺到する。

 

 ――まず、1つ!

 

 真っ先に、瞬く間に飛来した《稲妻砲》はエリンを包むように沸き上がった水が受け、弾けていった。

 その飛沫を通り抜け、エリンは両手の剣を重ねるように振りぬいた。

 続けて襲い来る《猛風閃》――壁の如き嵐の斬撃の右端に剣をぶつけて滑るように前へ抜ける。

 

 これで、2つ。

 続けてやってくる《猛炎爆球》を潜りぬけ、最後に飛来した《氷塊槍》の群れを避けながら駆け抜け――天枝の前へと飛び込んだ。

 

『――――!!』

 

 金管を鳴り響かせながら、伸びた腕を再び振りぬこうとする。

 だが――。

 

「――ほい」

 

 左後腕に瓦礫を巻き込んだ水塊が叩き込まれ、

 

「えい!」

 

 右後腕には魔道杖の狙撃がぶつかり、

 

「――はあ!!」

 

 右前腕は飛び込んできた赤い閃光の一撃を受けた。

 

「――!!」

 

 残った左前腕、その根元へと飛び上がるとエリンは剣を振り上げた。

 駆け抜けた勢いを乗せた1撃は、腕を半ばまで切り裂いた。

 

『――――!!!?』

 

 悲鳴が周囲に響き渡り、大気が揺れ動く。

 だが、それぞれの攻撃は腕を完全に破壊するには足りず、案の定すぐさま動き始めた。

 緩やかとはいえ再生も進んでいるだろう。

 

 再び魔法が飛んでくるまで猶予は僅か。

 その間に天枝を殺しきることは難しそうだ。

 

 ――駄目だ、私じゃ威力が足りない。

 

 せめてこの腕だけでも。

 そう思い屈みこんだその刹那。

 

「――エリンちゃん!」

 

 アズールの声が響いた。

 

「そいつの後ろの壁! 魔道具!」

「――!!」

 

 それだけで、エリンは直ぐに理解した。

 視線を向ければ、確かに肉に埋もれるようにして2本の棒状の何かが見える。

 

 ――化け物の腕は6本。なら、武器も当然6本用意されている筈だ。

 

 飛び上がろうとしていた力の向きを変え、エリンは天枝の股をくぐって壁へと飛び出した。

 

『――――!!』

 

 (エリン)を追おうと身体を振り向こうとする天枝だったが、その右足に青い光が着弾し、現れた氷が足を肉床に縫い付ける。

 

「――ランド!」

「ええ!!」

 

 そこにランドが飛び込み、厚みがある足首を濁炎で穿った。

 轟く爆炎に、右足首が吹き飛び天枝の態勢が崩れる。

 

「タナウ!」

「うん」

 

 そしてその顔面に、タナウの水塊が天井付近から墜落。

 天枝は背中から床へと倒れ込んだ。

 

「――エリン!」

「はい!」

「……だから、なんでオレ……っ!?」

 

 その間に壁へと到達したエリンは、目の前に飛来してきたレヴンを足蹴に飛び上がり、埋め込まれた柄の1本を掴み取る。

 既に緩くなっていた肉壁から引き抜くと、途端にとろけるような猛火が溢れ出す。

 

「――っ、これなら……!!」

 

 抜けた反動でそのまま地面に落ちそうになるも、滑ってきたレヴンの()()着地させられた。

 

「す、すみません……!!」

「いいから、終わらせろ」

「はい……!!」

 

 素早く立ち上がり、倒れたままの天枝へと駆け出した。

 初めて手にした火の魔道具は、魔法が使えないエリンが握っていても火を出した。

 まさか、違法魔道具を自分の手で使うことになるとは思わなかったが、今は仕方がない。

 

 盗んだ魔道具で手塩にかけて作った天枝を失うのだから、自業自得だ。

 狙うは胸部。古代種だろうと確実に存在するだろう核を狙い、破壊する。

 

「――――!!」

 

 真っ赤に輝く剣を振り上げ、全力で振り下ろした。

 解き放たれる炎熱で、天枝の胴を真横から両断するのであった。

 

『――……』

 

 轟く金管の音色が細くなり消えていく。

 全身から力が抜け落ちたかと思うと、陶器のように美しい肌は赤黒く変わり、巨大な死肉の塊へと変じていった。

 

「……終わった」

 

 そう呟いて、エリンは膝から崩れ落ちた。

 全身が燃えているように熱い。きっと明日は筋肉痛でまともに立つことすらできないだろう。

 ようやく一息ついていたエリンの元へ、仲間たちが集まってくる。

 

「お疲れ様」

「凄いよエリンちゃん! よく倒せたね」

「アズールさんの声のお陰です。これがなきゃ倒しきれませんでしたよ」

 

 この残った魔道具がなければ今こうして立っていたのは天枝の方だったかもしれない。

 それくらい恐ろしい怪物であった。

 未完成の状態で本当に良かった。あれがもし万全の状態で生まれ、6本の魔道具全てを持っていたらと考えると……。思わず身体が震える。

 

「ふふーん、ウチの眼は優秀なのさ」

「ふふっ、そうですね」

 

 そう言って胸を張るアズールの笑顔にホッとする。

 今はそんな可能性を考えても意味がない。自分たちはこうして、勝ったのだから。

 

「他に天枝はいませんよね?」

「流石にいねぇよ。あれも未完成だからあの女も都市を襲ってるんだ」

 

 念のためにと周囲をランドルフが見渡しているが、レヴンの言う通り動く気配はどこにもない。

 四方の壁にも天井にも、あの脈動する卵はおろか、死肉で動かされる者たちの姿はなかった。

 

「……そうだ! 急いで戻らないと」

 

 ハッと気が付いて叫ぶ。

 ここに来た目的は果たせたが、肝心の『白い腕の女』は数多の肉獣と共にテティアを襲っているのだ。

 焦って立ち上がろうとするエリンの肩を抑えて、タナウが問いかける。

 

「レヴン、残りの戦力は?」

「あ? えーっと……死肉で作った魔獣が100体くらいと、肉団子君が3体だな」

「そんなに……!?」

 

 想像以上の勢力をあの女は用意していたらしい。

 そんな数の魔獣が都市内部に放たれれば一体どれだけの被害が出るのか……。

 だが、エリンとは対照的に、タナウは「そう」とだけ呟くと、変わらず落ち着いた口調で続けた。

 

「なら大丈夫でしょう。私達は今のうちにここを調査しましょう?」

「えっ!? 戻らなくていいんですか……?」

「いいのよ。というかエリンはこれ以上戦っちゃ駄目。そろそろ限界のはずよ」

「うっ……それは、そうなんですけど……」

 

 タナウの言う通りなのだが、自分が行かずに万が一住人達の被害が広がってしまったら。(カリン)のような境遇の子ができてしまうのならば――。

 

 ――そうしたら、私は私を許せない。

 

 もう2度とあんな思いはしたくないと、エリンの身体は立ち上がろうと力を込める。

 しかしタナウの手は決して緩まず、強い力でエリンを抑えている。

 

「駄目。心配なのはわかるけど、ボロボロの人が無理やり戦っても状況を悪化させるだけよ」

「……っ」

「あなたの仕事は、ここに残ること。分かった?」

「……はい」

 

 むしろ邪魔だと言われて、ようやくエリンは身体から力を抜いた。

 

 ――歪な子ね。放っといたら直ぐに死んでしまいそう。

 

 その様子を見てタナウは思う。

 自身に止められて、エリンは少し安心したように見えた。

 自分自身では『助けに行かない自分』を許すことができないとでも云うように。

 

 タナウはエリンの過去までは知らない。でもきっと、自分を許せない理由があるのだろう。

 

 ――まあ、助けてあげれば済む話ね。

 

 手間のかかる新人だと、微かに微笑んでからエリンの肩に置いていた手を離した。

 

「そうですよ、エリンさん。それに、我々にはここでやるべきことが残っています」

「……?」

 

 ランドルフもそう言って、近くの机に乱雑に積まれた資料を掲げて見せた。

 

「ここにはあの女が残した禁術の資料があります。向こうが落ち着いたらここに多くの人が出入りすることになるでしょう。その前に、これらを廃棄する必要があります」

「資料を見ただけで、勘の良い人は禁術を思いついちゃう場合があるからねー。今のうちに全部燃やすのだ!」

「あっ……なるほど」

 

 そうだ。エリンたちの仕事は禁術を誰も使えないように調査し封印すること。

 この空間はまさにあの『白い腕の女』の――禁術死肉魔法の研究所なのだ。

 ここにあるあらゆるものを破壊することまでが仕事なのだ。

 

「そういうことよ」

 

 今度はエリンに手を差し伸べて立たせながら、タナウは頷いた。

 

「だから私たちが今することはここの調査。分かった?」

「……はい。すみません、お騒がせしました」

「ううん、当然の心配よ。それに、油断は禁物。万が一、あの女が逃げてきたら迎え撃つのは私たちの役目」

「……そうですね、その可能性がありました」

 

 異空間を使って都市に侵攻した『白い腕の女』には逃げ場がここしかないのだ。

 つまりこの場所さえ押さえていれば、我々は彼女を完全に包囲していることになる。 

 

 つくづく自分は見通しが甘い、とエリンは大きく息を吐き出した。

 もっと強ければ天枝も簡単に倒せていたし、こうして焦ることもなかった。

 

 ――強くなろう。そして、もっと魔法を知ろう。

 

 エリンはひそかにそう決意するのであった。

 

 だが、そうとは知らないタナウはエリンの動きを見て、まだ納得していないと思ったのだろう。

 

「それに何より、向こうにはリセツにギルド長もいる。心配は無用よ」

 

 ふっと微笑むと、そう告げたのだった。

 

 

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