王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第38話 もう1つの特認魔術⑨

 

 

 

 一方、テティアの中央。

 響き渡る悲鳴を目を閉じて楽しんでいた『白い腕の女』は、弾かれるように顔を上げた。

 ぞわり、と右腕に震えが走ったのだ。

 その原因は考えずとも理解ができた。

 

「……卵が、割れた? どうして?」

 

 異空間に作られた自身の工房で育てていた天枝の卵。

 それが割れ、恐らく天枝が目覚めただろうことが伝わってきた。

 

 ()()が近いことは分かっていたが、まだ完全体になるための餌は――肉は足りていない。

 こんなに早く目覚める筈はないというのに、割れてしまった。

 

 ――そんな馬鹿な。失敗したというの?

 

 目を閉じて『肉』の気配を探る。

 女は自分の魔力を注いだ死肉の気配が分かる。

 まるで神経がつながるように、大まかな位置とその生命力――自身が注いだ魔力の量を感じることができるのだ。

 もし再生不能な状態まで壊されたりすれば、その神経はぶつりと断ち切られる。

 

 痛みこそないが、それは伸ばした腕を切り落とされるような驚きと不快感を伴う。だから普段は検知しないように、卵以外との接続を断っていたのだが……。

 慌てて他との接続を復活させると、途端に大量の情報が流れ込んでくる。

 必死にそれを整理していき、何が起きたのかを察知した。

 

「……っ! 嘘、レヴンが抜かれた? 肉団子も……?」

 

 あの憎き邪魔者たちの相手を任せた2体との接続が切れていたのだ。

 どちらも女にとってはとっておきの最高戦力だった。

 彼らに任せれば万が一はなく、仕事を終えたらこちらへと合流する手筈だったのに……通りでいつまでたってもやってこないはずだ。

 

「そんな、まさか……一体何が……?」

 

 だが、接続を断ってしまっていたから、否、例え繋がっていたとしても離れたこの場所からは細かなことは分からない。

 そして、問題はもう1つ。

 

「……っ!? 今度は何!?」

 

 慌てて再接続した周囲に放っている肉獣たちの群れとの接続が、凄まじい速度で消えている。何者かによって倒されているらしいのだ。

 まだ都市内部の衛兵が集まるには早い。

 その間に肉を集めきるつもりだったというのに。

 

 ――あの子を守りにいかないと……。いや、そちらへ行けばこちらの魔獣が全滅する。

 

 レヴンたちが抜かれただけならいいが、卵が割れているということは工房へのゲートも知られてしまっている。

 わざわざ向こうの(ゲート)を書き換えて罠も仕掛けたというのに、それも見抜かれたらしい。

 

「思ったより、厄介な連中だったようね……さっさと死んでくれればいいものを」

 

 どうすればいい?

 幸い天枝との接続は繋がったままだ。あの子は生きている。

 だが不安定な状態で生まれた天枝では、あの閉じ込めた5人は殺せても、この都市の全戦力相手に勝てるかはかなり怪しい。

 

「いや、そもそも卵が割れたなら肉を集める意味も……ああ、もう! なんなのここは!!」

 

 叫んでから、首を横に振った。今は焦っている時間ではない。

 落ち着いて深呼吸を繰り返す。

 大丈夫。私はまだ生きている。ならば終わりじゃない。

 

「……そうね、まずは肉の確保が最優先。壊されていなければ、私の魔法で治せる」

 

 それによくよく確かめれば、群れの消失が起きているのは1方向だけ。

 恐らく1人、高等級の冒険者でも残っていたのだろう。

 ならそちらへ肉団子たちを向かわせて殺せばいい。

 

「落ち着け……さっさと邪魔者を消して、肉団子と工房へ戻る。それが一番……」

 

 言い聞かせるようにそう呟く。

 ほら、肉団子たちの砲撃音が聞こえてくる。

 これで邪魔者は――。

 

「……嘘。肉団子たちの気配が、消えた?」

 

 向かわせた3体とも、全員との接続が消失した。

 嘘だと何度も確かめたが間違いではない。

 しかも他の死肉魔獣の消失がどんどんこちらへと迫ってきて、そして――。

 

「よう、やっと会えたな」

「……」

 

 やってきたのは1人の男であった。

 衣服も髪も黒いその男は、こちらを見るとにやりと笑った。

 その手には何も持っておらず、丸腰だ。

 そんな状態でここまで、あの速度でやってきたというのか。

 一体どうやって……。

 

「ちっ……だんまりかよ。こんなバカげたことしてるんだからもっと喋れよ。……まあいい」

 

 そう吐き捨てるように呟くと、彼は黒い手袋に覆った手をこちらへと向け――

 

「……?」

 

 否、違う。よく見れば左手に脱いだ手袋を握っていて、右手は手袋を身に着けていない。 つまり男の右手は()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 炭で汚れているとかそんな程度ではない。そこだけ光すら通っていないような、夜のような暗黒が広がっている。

 

 明らかに普通ではない。というか人間ではない。

 視線どころか意識すら吸い込んでしまいそうなその手を見て、全身に怖気が走る。

 

「なんなの、その手……っ」

「あ? んなもん関係――」

 

 問いかけと同時に、周囲の死肉魔獣たちをけしかけた。

 僅かに傾げ開いた首元を食いちぎってやろうとしたのだが、男はあっさりとその顎を右手でつかみ、目の前へと投げ落とした。

 

「――ねえだろ。ったく、油断も隙もねえ」

「……っ!?」

 

 その光景を目にして、再びぶるりと身体を震わせた。

 後ろに目でもついているのかという反応だったが、恐ろしいのはそこではない。

 地面に叩きつけられた牙狼が、微動だにしなかったのだ。

 

「……嘘、死んだの? 今の一瞬で?」

「元から死んでるだろうが」

 

 そんな言葉遊びに付き合う気はない。

 今のたった一瞬で、狼の姿をとっていた死肉獣との連携が途切れ、元の死肉に戻ってしまった。

 

 ――私の魔法が強制的に解除された? ……そんな馬鹿な!

 

 何かをしたようには見えなかった。

 ただ触れただけで……? そんなことはあり得ない!

 

「なんなのよ、その手……」

「さあ、なんだろうな」

 

 そう笑って、男が掌をこちらへ向ける。

 真っ黒に染まった、黒に抉れた景色の形で『手』だと理解できるそれを見ただけで、全身に震えが起きる。

 

「触ればわかるぞ?」

「……っ!! 殺せ!!」

 

 周囲の肉獣全てに命令を放つ。

 この奇妙な男を今すぐ殺せ、と。

 だが――。

 

「それは駄目だな」

 

 いつの間にか背後に回っていた男に囁かれ、背後から抱え込むようにして、左手で右腕を掴まれた。

 

「……ぐっ!?」

 

 ぎちり、と凄まじい力で締め付けられ、嗚咽が漏れる。

 その間も男を狙おうと飛び掛かってくる死肉魔獣たちを慌てて止めた。

 奴らには獲物の区別などついていない。男との間にいる自分すら食い破ろうとするだろう。

 

「そうだ。そのまま大人しくしとけよ」

「……っ! なんなの、あなた。何者なのよ!?」

「俺か? テティア魔法ギルド、特認魔術課のリセツだ」

「特認魔術課……あの子たちの仲間? もしかして、さっき魔法陣を壊したのもあなた?」

「ああ」

 

 やはり。触れただけで死肉魔獣を殺せるなら、魔法陣の破壊すら可能なのだろう。

 あまりにもふざけている。なんだその能力は!?

 あれだけ準備をしたというのに、この特認魔術課とかいう5~6人の連中に壊されるというのか。

 だが事実、頼りだった肉団子も死んだ。残った魔獣程度では、この都市の戦力を殲滅することは不可能だろう。

 

 ――終わるの? こんなところで?

 

 嫌だ、だってまだ何も成せていない。

 肉を集めて、天枝を作って、それで――。

 その先で待っている願いのために、私は勝たなければならないのだ。 

 

「はっ、ははは、はははっ……」

「……おいおい、どうした急に」

 

 はっ、精々混乱すればいい。

 

「あなたたちのせいで私の計画は台無しよ。……でも、まだ終わったわけじゃない」

 

 そう、まだ終わっていない。

 時間さえかければあの子ならきっと邪魔者を蹴散らして来てくれる。

 

「……それは、お前の創ろうとしていた天枝サマのことか?」

 

 まさか、それももう知っているのか?

 一体どうやって……。

 

「……っ」

 

 駄目だ、怯えるな。知っているというのならば、もう黙っている理由はない。

 あの子が侵入者の肉を食らいつくすまで、精々無駄話に付き合って貰おうではないか。

 笑え。余裕を見せろ。

 少しでも隙さえ作れれば、奴に肉を埋め込める。そうすれば、私の勝ちだ。

 

「あら、良く知ってるわね。……あの子は、私の生み出した天枝は卵から孵ったわ。今頃、あなたの仲間は殺されて、その肉を食べてあの子は完全体になっている筈。そうしたら、この都市もお終いよ」

 

 満面の笑みでそう告げてやるが、背後のリセツという男からはなんの変化も感じ取れなかった。

 少しは怯えた声でも上げろよ。仲間が死んでるんだぞ?

 

「へえ。じゃあ工房は罠か」

「ええ。私の部下と天枝でたっぷり可愛がってあげてるわ。残念ね?」

 

 もう一度、精一杯振り向いてはっきりと告げてやるが、返ってきたのは嘲笑だった。

 

「そうか。そうなるといいな」

「……むかつくわね、その余裕の態度」

「そりゃ余裕に決まってんだろ。もう終わってるんだから」

「……何ですって?」

「確かめてみるか?」

 

 そう言うと、彼はあろうことか拘束を解いた。

 自由になった身体を前に、両手を広げて見せてすらいる。

 

「ほら、頼りの天枝サマを探してみろよ」

「……?」

 

 その余裕の態度に腹を立てつつ、気にはなっていたので気配を探る。

 

「……え?」

 

 だが、いくら探っても天枝の――あの子の気配はなかった。

 

「どういうこと……? だってさっきまで繋がって……」

「さあ、どういうことだろうな」

 

 聞いても戻ってくるのは憎らしい笑みだけだ。

 ああ、もう! ふざけやがって……!!

 

「あんたがなんかしたのね……なんなのよ、その手は!!」

「……まあいいか。これ以上は時間の無駄だし。教えてやるよ」

 

 そう言って、男は真っ黒な手を振って見せる。

 光どころか周囲の音や空気でさえ吸ってしまいそうな、暗闇の手を。

 

「俺のこの手は、他人の魔法を吸い取るんだ。そいつの使った魔法を根こそぎ吸い取って、返してやることができる」

「……? どういう……」

 

 魔法を吸って、返す?

 なんだその能力は。そんなもの聞いたことが――。

 ふと、男がこちらへとゆっくり近づいていることに気が付く。

 触れただけで死肉魔獣を殺したその右手が、もう触れてしまいそうな距離まで来ていた。

 ぞわり、と身体が震える。

 駄目だ。これに触れてはいけない。

 

「今俺のこの右手には、お前があの魔獣どもを作るのに使った魔法がたっぷり詰まってる。そして、この右手でお前に触れれば、その魔法全てが、お前に()()

「……はぁ!? ふざけないで、そんなわけ……!!」

「ないと思うか? なら、試してみようぜ」

 

 再び身体を拘束され、地面に押し倒される。

 抵抗する暇もなかった。そして、男を何とか殺そうと放った周囲の死肉魔獣たちへの命令は、何故だか使えない。

 

 ――どうして? なんで言うことを聞かないの!?

 

 浮かぶ疑問を破り捨てるように、(リセツ)は続ける。

 

「ロランが――ああ、お前が殺したイクサンって魔道具師の友達(ダチ)が言ってたんだよ。あいつはある日突然『頭に肉塊(しゅよう)ができた』と医者に告げられたって。だが衛兵が調べてもあいつが通院をした記録はなかった。おかしいだろ? じゃああいつは誰に診て貰ったんだ?」

「……」

「その上、死に瀕した魔道具師(イクサン)のもとにお前が現れた。何故か病気のことを知っていて、それを治してやると。偶然にしちゃ、できすぎている。……なあ、そもそもイクサンが死にかけたのも、お前の魔法だろ?」

「……っ」

 

 何とか逃げようと身じろぎするが、びくともしない。

 周囲の魔獣も相変わらず無反応のまま。そして何より、いくら経っても天枝はやってこない。

 まさか、本当に壊されてしまったのだろうか。

 

 私の生涯――否、人でいられる権利すら捨てて手にした力なんだぞ?

 文字通り全てを注ぎ込んで作ったんだ。

 だというのに終わるのか? 私は。こんなただの犯罪者のままで?

 身体の奥が震え、全身から血の気が引いていくのを感じた。

 嫌だ。嫌だいやだいやだ……!!

 

「お前の魔法は肉を操る。お前の魔法がかかった肉なら切れても再生するし、気を遠くさせてその間に他人の行動も無理やり操れる。違うか?」

「――――っ!?」

 

 問いかけに応えることはできない。身体が震えて動かないのだ。

 だって、思い至ってしまったから。

 この男は私の魔法を知っている。私が今ここに立つためにやってきたこともバレている。その上で、私に魔法を返すと言っているのだ。

 なら、この男が今から自分にすることは――。

 

「――ゃ、ぃや……」

「今からお前の頭に肉を埋め込もう。ああ、安心しろよ。肉ならちゃんとある。お前が届けてくれた魔獣がいるからな」

 

 どさりと足元に死体が置かれる。私が死肉で作った魔獣の死体が。

 いつの間に拾っていたのか、全く見えなかったが……頭に埋め込むなら十分な量だ。

 

「安心して身を任せるといいさ。これだけ派手なことをしてくれたし、お前の魔法は希少なものだ。……お前なら聞いたことはあるんじゃないか? ハーヴェスで捕まった希少魔法使いの末路を」

「――――っ!!」

 

 他地方に比べて著しく魔法の発達した中央国家・ハーヴェス。

 魔法輪と呼ばれる、誰もが強力な魔法を使えるようになる強力な魔道具に、世界中の文明レベルを引き上げた魔法産業。

 その発展の陰には『数多の魔法使いたちが捕らえられ、人体実験を施されてきた』という噂が絶えない。

 

 捕まった魔法使いはその身体を封印され、魔法だけを搾取される装置となり、死ぬこともできずに永遠に苦しみを与えられ続けると。

 ありもしない噂話だと笑い飛ばしてきたが、こうして目の前にあり得ない存在が現れると途端に恐怖が湧いてくる。

 

「……あ……ああ……」

 

 人間らしい恐怖なんて、そんなもの、あの戦場で捨てられたと思っていたのに。

 自分はどうしようもなく生にしがみついているのだと、思い知らされる。

 

「いやっ……!! 嫌だ……!!」

「何が嫌だ? あれだけ散々人を殺しておいて? 随分と虫のいい話だな?」

 

 強い力で腕を締め付けられ、地面に押し付けられる。

 どれだけ暴れても決して逃れられない。

 来る、あの黒い手が……。

 見えない背後から、濃密な死の気配が漂ってくる。

 嫌だ、死ぬのか? 私はまだ、自分が生んだ天枝の姿も見ていないのに!

 ……いや、死ねないのか? わからない。わからないけど、とにかく恐ろしい……!!

 

「でも安心しろ。直ぐに何も考えられなくなる。……行くぞ?」

「――――っ!!!?」

 

 ああ。こんなことなら、あの時、あの戦場で死んでいればよかった……。

 

 ――ぷつり、と。そこで私の意識は途絶えた。願わくば、これが永遠の眠りでありますように。

 

 

***

 

 

「……気絶したか。良かった」

 

 押し倒していた身体から力が抜けるのを確かめて、拘束を解いた。

 そのまま手袋をはめると、魔断輪を取り出し、真っ白な腕にかけた。

 これで拘束完了。

 今度こそ、『白い腕の女』を捕らえることに成功した。

 

 ――魔法を吸って返す? できるわけねえだろ。

 

 自分たちの仕事は禁術の調査と封印だ。

 そんな職に就いている自分が、魔法を吸って模倣(コピー)できるなんて能力を持っている筈がない……のだが、この女がそれを知っているわけもない。

 なので存分に脅しに使わせてもらった。

 はったりが効くという点で、リセツのこの手は便利であった。

 

 実際の能力は前者だけ。

 あらゆる魔力を吸って無にしてしまう吸魔の力がリセツの手には宿っている。

 彼に魔法の類は殆ど意味をなさない。しいて言えば氷魔法や水魔法などの質量を伴うものでは防ぎきれずに受けてしまうことがある程度だ。

 

 代わりに触れただけで魔法陣を壊してしまうので工房などの異空間にも入れないし、大抵の魔道具も使う前に壊れてしまうので、この世界で暮らすにはあまりに不便な代物である。

 そのため普段は革手袋で保護している。

 

「……ん?」

 

 よく見れば、女の周囲に赤黒い肉が流れ落ちていた。

 ひょっとしてこいつも死んでたのか!?と慌てて覗き込んでみれば、赤い血肉に埋もれるようにして全く別の顔の女が倒れている。

 

 ――逃げられた? ……いや、そうじゃねえか。

 

 一瞬ヒヤリとしたが、あの慌てっぷりは生身でないと不可能だ。

 考えて、直ぐに別の可能性に思い至る。

 

「……死肉で容姿を変えてたのか。洗脳や潜入はそれが絡繰りだな」

 

 死肉で疑似的な治療や、魔獣の作成ができるなら自分の容姿を偽ることも可能だろう。

 肉を植え付けて意識を朦朧とさせて、他人に成りすまして記憶を偽造する。そうすることでイクサンたちを毒牙にかけたのだろう。

 職員に化けてギルド内にも入った可能性がある。今後は一層警備体制を強めねばならない。

 セロスの言ではないが、つくづく魔法というのは厄介な代物である。

 

「終わったか」

 

 ふと声がかかる。

 顔を上げれば、レチシアが立っていた。

 

「ああ。見ての通りだ。そっちは?」

「粗方片付けた。残りはセロスたちに任せているが、直ぐに済むだろう」

「そうか」

 

 そう告げるレチシアの両手に握られた細剣は血にたっぷりと濡れている。

 きっと死肉魔獣相手に存分に暴れたことだろう。

 だがその表情は晴れない。

 

「ご不満か?」

「死傷者が二十名超、建物も3つほど半壊状態だ。大損害だよ。全く、嫌になる」

 

 この都市の死傷者は2桁で済んだが、それ以外の被害者は100名以上に上るだろう。

 たった1人の魔法使いの暴走でこの被害だ。やはり、魔法というものはとことん危険である。

 

「……できることはしたさ。魔法ギルドとしてはな」

 

 元凶である『白い腕の女』は捕らえ、奴の目的である天枝創造も阻止した。

 我らにできることはきちんとやり遂げたと誇っていいだろう。

 

「無論だ。お前らはよくやった。ただやはり衛兵の数が少なすぎる。もっといれば半分は救えたはずだ。本国はこの都市をなんだと思っているのか……」

 

 魔法輪の存在のせいで、それが導入されているハーヴェスの各都市では衛兵の数を減らされている。結果、その負担は各種ギルドに重くのしかかっているのだ。

 まあ、こいつ(レチシア)みたいな化け物がいるからというのも理由としては大きいかもしれないが。

 現に都市に放たれた魔物の大半を1人で殲滅してしまったのだから。

 

「それで? 見ているのだろう。向こうの状況はどうだ」

「ああ。問題ねえよ。天枝も倒して、今は資料を破棄しているところだ」

 

 そう断言するリセツには、異空間の工房の様子が()()()いる。

 アズールの魔眼の能力の1つ。視界の共有によって左目だけ映像を投射してもらっているのだ。

 

「そうか。なら、これで事件は終了だな」

「そういうことだ。だから少しは機嫌治せ」

「別に、私は怒っているわけでは……」

「わかったわかった。だからいつも通り笑ってろ。もうすぐソフィアたちが戻ってくる。安心させてやれ」

「むう……分かった。ここは任せるぞ」

 

 不満顔のギルド長の背を叩いて送り出し、リセツは倒れたままの『白い腕の女』へと向き直った。

 彼女の身柄は冒険者ギルドに預けることはしない。

 もちろん人体実験のために国の暗部に預けることもしない。というかそんなものは存在しない。預けるのは、別の組織である。

 彼は懐から1枚の紙を取り出すと、女の真横に置いた。

 

 そこには魔法陣が描かれており、その刻印が滲み浮かび上がると、拡大して彼女の身体がすっぽり収まる程の物に変わった。

 直後、彼女の身体はそのままゆっくりと沈んでいき、消えてしまった。

 魔法陣の先――異空間へと収納されたのだ。

 

『新たな禁術候補の捕縛、ご苦労様です』

 

 そして、その魔法陣から声が聞こえてきた。

 珍妙な光景だが、リセツは気にすることなく頷きを返した。

 

「おう。詳細は追って伝えるが、事前の報告通り禁術指定で問題なさそうだ」

『承知しました』

「あ、忘れてた。これがその制作物な」

 

 拾っていた狼を穴へと投げ落とす。

 

『……床が汚れます。もっと奇麗なものはなかったんですか』

「どれもこれも似たり寄ったりだ。諦めろ」

『……わかりました。天枝の方はこちらで回収しておきます』

「おう。あいつらが戻ってからで頼むな」

『当然です。……例の新人はいかがですか?』

 

 ふいに穴から問いかけられる。

 

「ん? エリンか。……そうだな。一先ず保留だろ」

『おや、悩みますか。てっきり即答で絶賛するかと思っていましたが』

「そんな直ぐに評価できるもんじゃねえだろ。ただ、素質はあるだろうな」

 

 魔法に単身で立ち向かう身体能力に胆力。何より彼女には魔法に対する強烈な夢が、欲がある。

 そういう奴は何が起きても立ち続けるのだと、リセツは経験上知っている。

 事実、偽物で作りかけとはいえ天枝に対峙し勝って見せたのだ。

 そんなこと、並大抵の奴では不可能だ。

 

『そうですか。今後が楽しみですね。ではまた後程』

「んないいもんじゃねえけどなあ」

 

 応えることなく、魔法陣は閉じて消えた。

 

「……無視かよ」

 

 あれは世間が『奥』と呼ぶ組織の管理する異空間。この都市では極僅かしか存在を知らない、云わば秘密の場所である。

 

 禁術は世界に広めてはならない。

 ならばその『禁術の術者』もまた、どの勢力にも引き渡すことはできない。

 例えそれが都市を襲った大犯罪者だろうと、その拘束は極秘裏に行う必要があるのだ。

 

 ――特魔課課長・リセツ。

 彼は中立国ハーヴェスに任じられた特認魔術課の責任者でありながら、『奥』より派遣された禁術の捜査・封印を行う捜査員なのであった。

 そして今は、その捜査員候補である新人エリンの監督を行う試験官でもあるのだが。

 今度こそ1人残ったリセツはうん、と伸びをする。

 

「さて、後片付けしますかー」

 

 そう呟いて、死肉と瓦礫散らばる都市の中をゆっくりと歩いて行った。

 こうして、『白い腕の女』事件は数多の被害を出しながらもようやく終息するのだった。

  

 

 

 

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