王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第39話 戦いの爪痕

 

 

 

 リセツが捕らえたことで、禁術使い『白い腕の女』が引き起こした事件は完全に終結した。

 そのことをエリンたちが知ったのは、研究所の調査を進めている最中、レヴンが発した一言だった。

 

「……あ」

「ん? どうしたの?」

「どうやらあの女、死んだか捕まったぞ。俺の身体の魔法が切れた」

「え……?」

 

 ハッと天井を見上げた彼は、先ほどまでとなんにも変わらない表情でそう言った。

 

「それって……」

「ああ、ようやくこのふざけた身体ともお別れってわけだ」

 

 だが、その意味することは重い。

 だって死肉魔法が切れたということは、彼の命も間もなく尽きるということなのだから。

 全員が作業の手を止め、レヴンの下へと集まった。

 

「……どうしてわかるの?」

「そりゃ自分の身体だ。何が起きたかくらいはわかるさ。あんたの水の中だから見えないだろうが、辛うじて残ってた肉も崩れ始めてるぜ」

「……そう」

「だから、んな顔すんなって。どうせもう死んでる身だ」

 

 そう言って笑う彼の表情は変わらず明るい。もう未練なんて何もないと、その表情は告げている。

 例え一度死んでいたのだとしても、いやだからこそ、それにしがみつきたくなるのではとエリンには思えるのだけれど……。

 

「……あの、レヴンさん」

 

 だからだろうか。思わず口を開いて尋ねてしまっていた。

 彼の『理由』を知りたくて。

 

「レヴンさんはどうしてあの(ひと)の仲間になったんですか?」

「うん? なんだよ急に」

「すみません……。でも、気になってしまって」

 

 彼が正気に戻って話をするようになってから、ずっと気になっていた疑問だった。

 あの女はイクサンや狐男を身勝手に利用しては捨てていった。

 だというのに、レヴンについてはこの国にやってくる前――恐らく北東に時から一緒にいた筈だ。

 その扱いの差は、一体何なのだろうか。

 勿論彼が規格外に強いというのもあるだろうが、もしかしたら何か他に理由があるのではと思ったのだ。 

 

 そして何より。

 もう少しだけ話をしたい、この人のことを知っておきたい。

 そう思ったのは、生き残る側(エリン)のわがままだったのかもしれないけれど。

 

「どうして、ねぇ……昔話なんて柄じゃねえんだが」

「いいじゃない。聞かせなさいよ。私たちと違って暇でしょう?」

「そりゃ手がないからな……」

「じゃあ決まりね。ほら、私たちは作業に戻るわよ」

 

 なにせ手がない彼はぷよぷよと浮かんでいるだけだ。

 案の定レヴンは困った表情をしながらも、「まあ、まだ時間はあるか」と口を開いてくれた。

 

「俺とあの女は、北東の――同じ国の出身だったんだよ」

 

 そうして、レヴンは自身と『白い腕の女』について話し始めるのであった。

 

 

***

 

 

 さっきも話しただろう? 俺とあの女は北東のコルタっていう国の人間で、ガキの頃からあの戦乱の真っ只中にいたんだ。

 

 コルタってのは資源も土地もねえ小さな国でな。

 仕方なく国民は子供のころから鍛えられて、兵士として戦争に駆り出される……傭兵稼業で食いつないでいたんだ。

 俺らはそんな国に生まれて、俺は兵士として、そしてあの女は軍医として戦場に参加していた。

 

 酷い戦場だったんだぜ?

 この国と違って、魔法輪を使った魔法の制御なんてねえんだ。

 いつどこから魔法が飛んでくるかわからねえ。

 歩いていたら足元に魔法陣が出てきて身体が消し飛ぶなんて日常茶飯事。野営していたら丸ごと焼き尽くされるなんてこともあるから、まともに休めるなんて滅多にない。

 人の命なんてゴミみてえに軽い土地だったよ。

 

 でも俺らは傭兵だ。戦わなきゃ生きてはいけねえ。

 だから毎日のように死傷者が出て、あの女はその治療をずっと続けていたんだ。

 

 そのせいだろうな。

 俺が初めてあの女――医者先生に会った時には、もう眼に生気がまるでない、死んでいるような人間だったよ。

 あれは俺が敵の大魔法の余波を食らって数日寝込んで、目覚めた時のことだ。

 

『ああ、畜生。まだ生きてるのか……』

『……ええ、残念ながら』

『うぉっ!?』

 

 口に出しているつもりはなかったんだが、声に出てしまっていたらしくてね。

 慌てて訂正しようと顔を向けたら、死人みたいに顔の青い女がこっちを覗き込んでたんだぜ?

 驚いたのも無理もねえだろ。

 

『変だな……死人が喋ってる。やっぱり、俺は死んだのか?』

『失礼ですね……生きてますよ』

『あん? ……あんたお医者さんか! すまんすまん、見ての通り死にかけてたんだ。許してくれ』

『……別に構いませんよ』

 

 よく見たら医者の恰好をしててな。

 直ぐに軍医だと気づいて謝り倒したよ。

 

『死にたいなら言ってください。次あなたが来たら見捨てますので』

『いやいや、冗談に決まってるだろ! あれは口癖みたいなもんだ。許してくれ』

『……別にいいですけど。嫌な口癖ですね』

『仕方ねえだろ。地獄みてえな毎日なんだ。それくらい言いたくなる』

『……ふっ、そうですね』

 

 その時はそれだけだ。

 ただ、俺はそれから何度もあいつと対面した。

 別に縁でもなんでもねえ。俺は死にかけるまで戦うのが仕事で、あいつが俺らを治すのが仕事ってだけだ。

 

『よっ、また助けられたな』

『……腹に大穴が開いてましたよ。何したんですか一体』

『相手の大将首を落としたんだが、代わりに腹に槍を貰ってな。でも急所は外しただろ?』

『急所でなくても穴が開いたら死ぬんですよ』

 

 俺は他の連中に比べて頑丈でな。それくらいの傷なら死ぬことはなかった。腕のいい医者もいたしな。

 あの女……医者先生は死肉魔法に目覚める前は腕の確かな医者だったんだぜ? まあ、だからあんなことになったんだろうが。

 

『あんたがいるんだから大丈夫だって思ったんだよ。いい腕だろ?』

『……医療品が無駄になるんですよ。次からは無傷で勝ってください』

『無茶言うなあ。まあでも、あんたが言うなら少しは頑張ってみるか』

『そうしてください』

 

 それから数ヶ月の間は、比較的平穏だった。

 冬季になると戦いは落ち着くんだ。流石に1年ずっと戦い続ける体力はどの国にもないからな。

 長いこと戦争が続いていたせいで、一種の不文律になってたんだよ。

 

 俺らの部隊も訓練をしたり狩りをしたり、後はボロボロになった建物を修復したりと忙しかったが、なにせ戦わなくていいんだ。平穏だったぜ。

 そうそう、たまに医者先生も一緒になってやってたんだぜ? 俺らの部隊を担当することが多くてな。仲間の1人みたいに仲良くなってたんだ。

 

『おーい、医者先生!』

『あら、今日は狩りだったんですか?』

『おうよ。ほら、ばっちり魔獣を仕留めてきたぜ。こいつでいい干し肉が作れるんだ』

『ふふっ、それなら私も手伝えそうです。ご一緒しても?』

『勿論! アンタの作った肉なら傷も治りそうだ』

『そんなわけありません。だから、怪我せず戦うように』

『『『はーい』』』

 

 ああ、あの時は楽しかった……。

 でもわかってるだろ? そんな平穏な時間なんて長続きしねえんだ。 

 

 そこから、戦況はどんどん悪くなっていった。

 毎日のように戦場に駆り出されては疲弊していき、多くの仲間が死んでいった。

 そしてあの大規模侵攻のあの日。

 遂に俺たちの番が回ってきたんだ。

 

『……よお、先生』

『喋らないで……!! 傷口が……!!』

『もうそんな程度じゃねえだろ……もう手足がねえんだから』

 

 俺の部隊は俺を除いて全滅。俺自身も右手と、右足が消し飛んだ。

 魔法の砲撃を受けてな。俺が一番端にいて、助かったんだよ。助かったつっても、全身が消し飛ばなかっただけだが。

 

『死んでは駄目です……!!』

『無茶言うなよ……はははっ、なあ、先生』

 

 そん時の俺は、視界も霞んで死ぬ寸前だった。というか、もう死んでただろあれ。

 だからか知らねえけど、俺はおかしくなったように笑ってたんだ。

 

『黙っていてください……!!』

『ふざけんなよな。なんだよ、この国。糞みてえな戦争だ。何のために俺たちは生きてたんだ? なあ、先生』

『お願いですから、黙っていてください……!! 黙って、生きて……』

『だから無茶言うなって。なあ先生。あんたは生きろよ。こんな国で死ぬなんて、馬鹿げてるんだからな……』

『……私、私は……』

 

 なんてことを話していた筈だ。

 正直細かいところはあいまいだよ。眼も見えてなかったし、耳も碌に聞こえてなかったんだからな。

 

 

 そこから、どれだけ経ったんだろうな。

 不思議なことに、最悪なことに。俺は再び目覚めちまったんだ。

 

『ああ、畜生。まだ生きてるのか……』

『ええ、残念ながら』

 

 いつもの言葉に、聞いたことのある返しがあった。

 声のした方を見れば、いつも通り医者先生がいたんだよ。

 ただ、明らかに眠る前とは変わっていた。

 

 髪も随分伸びててただでさえ死人みてえな疲れた顔が、更に青白くなっててよ。ただ表情は奇妙なくらいに笑っててな。死神にでも会ったのかとゾッとしたね。

 後は、部屋の内装だ。

 いつもの石の部屋じゃなくて、なんか真っ赤な部屋に変わってたんだ。……わかるだろ? この工房と同じだよ。

 俺を起こした時には、あいつはもう死肉魔法を会得してたんだよ。

 

『あんた、先生か……?』

『ええ、そうですよ? なんだ、忘れてしまったんですか? まあ、長いこと寝てたからそれも仕方ないか』

『長い……? 俺はどれだけ寝てたんだ……?』

『大丈夫。直ぐに良くなりますからね』

『そんなわけないだろう? だって、俺は……』

『おかしな人。ほら、自分の身体を見てみて?』

『はあ? ……おい、嘘だろ……?』

 

 だって、焼失したはずの俺の手足が再生してたんだ。

 

『ふふふっ、やっぱり()()()()()()()()()! この力があれば、死なんて簡単に超越できる……!!』

『おい、先生……?』

『作らなきゃ……この馬鹿げた戦争を終わらせてくれる、私の天枝様を……!!』

『天、枝……?』

 

 そこで、俺の意識は再び沈んでいった。

 きっと死肉による洗脳が始まっていたんだろう。

 部屋中の肉が蠢いて、天井から巨大な肉が俺に向かって垂れ下がってくるんだ。

 虫を食う植物ってあるだろ? あれ見てえに肉の口が開いて、俺を呑み込もうとするんだよ。

 恐ろしくて震えたね。夢であってくれと泣き叫んでたと思う。

 だがあの女は助けるどころか、化け物みたいな笑顔で俺を覗き込んできやがった。

 

『ああ、あなたはそのまま休んでいて。時が来たら起こすから。また会いましょう。隊長さん……』

 

 そう言って笑うあいつの顔を見ながら、俺はそのまま意識を失ったんだ。

 

***

 

 

「――そして今ここだ。つまり、俺はあいつの死肉魔法の最初の餌食ってわけだな」

 

 自身の過去を語り終え、レヴンはそう締めくくった。

 聞いていた全員が押し黙る中、彼は満足気に頷いている。

 

「どうだ? これで分かったか?」

「いやいや、話長すぎ。肝心なの最後だけじゃん!」

 

 話を聞いていた特魔課面々の内、入口の魔法陣を開けようとしていたアズールが抗議の声を上げた。

 皆に囲まれるようにして工房の中心に浮かぶ水球とそこから突き出た生首――レヴンが「ああ!?」と顔をゆがませる。

 

「こういうのは過程が大事だろうが!」

「話もよくわかんないしさあ……結局、最後に意識を失った後はどうなったの? 操られてたんでしょ? その時の意識は? 記憶は?」

「そこは時間がないからハブいた」

「そこが大事なんでしょうが! っていうか、なに『あの人』って。めっちゃ重要な情報でてるじゃん!」

 

 エリンが聞きたかった出会いは分かったのだけれど、アズールの指摘通り、それ以上に重要な情報が彼の口から飛び出していた。

 

「それってつまり、あの女に禁術を教えた誰かがいるってことでしょ? めっちゃ重要じゃん!」

「そうかぁ? 変わんねぇだろ」

「いやいや、全然違うよ。もしあの女も操られてたってなったら……」

 

 この事件を企んだ真犯人が別にいるということになる。

 そうなったら、もし彼女に故意がなければ――。

 

「――それはねえ」

 

 アズールの言葉を、レヴンははっきりと切り捨てた。

 驚き目を見開く彼女へと、真剣な表情を向ける。

 

「たとえ魔法の出所が他にあったとしても、あいつのしたことは変わらねぇよ。沢山の人を死なせて、その肉で化け物を作った。どうしようもない犯罪者だよ」

「……でも、仲良かったんでしょ?」

 

 部隊の仲間として過ごすこともあったというから、きっと大切な存在だったのではないかと思うのだが。

 そんなアズールの問いを鼻で笑い飛ばして首を横に振る。

 

「俺も医者先生も、あの時、あの戦争で死んだんだ。俺を操ったあの女は、その結果生まれちまった怪物だよ」

 

 ここにいるのはただの残骸、静かに消えていくさと彼は言う。

 彼にとって、あの『白い腕の女』はかつて共に過ごした医者先生とは別人なのだ。

 

「そう。だから、あなたは私達に協力したのね」

「そういう事だ。あんな事をしたんだ、あいつが今後どうなるかは知らんが、せめて魂は循環に戻してやりたい」

 

 この世界で死した魂は、天に昇って神樹の樹冠に絡め取られる。

 そこから樹の中を通り、根へと、世界の中枢へと還っていくのだと信じられてきた。

 

 あの女の禁術は、そうした循環を無理矢理留めてしまうのだ。

 彼は、大切な仲間の魂を救うために、死した身体でなんとかエリンたちを引き止め、あの女の野望を阻止したのだ。

 

 ……そう考えると大分彼には酷いことをした気がするが、結果彼の願いは叶えられたので許してほしい。

 

「安心して。彼女にはきちんと罪を償ってもらう。理不尽なことはしないと誓うわ」

「そうかい。それを聞いて一安心したよ。よろしく頼む……ああ、ついでに一つ頼まれてくれないか?」

 

 ふと思い出したようにそう告げた。

 

「俺の亡骸――全部は無理かもしれないけどさ、骨でもいい。コルタに埋めてくれないか。あそこには仲間たちが眠ってるんだ」

「……分かりました。必ず」

 

 エリンが頷いたのを見て、そっか、と安堵の笑みを浮かべた。

 

「よろしく頼むわ。……じゃ、もう寝るわ」

「は? ちょっと、待って――」

「眠いんだ、もう寝かせてくれ。じゃ、元気でな。お前らは生きろよ」

 

 そう言って、レヴンはゆっくりと目を閉じた。今度こそ、永遠の眠りにつくために。

 

「……」

 

 あまりにあっけない終わり。

 元々死んでいるのだから仕方ないのかもしれないけれど、それでもさっきまで話をしていた相手がいきなり死んでしまうのは、慣れない。

 

 未だ浮かぶ水球の中で、安らかに眠るレヴン。

 その様子をタナウがなんともいえない表情で見つめている。

 それが居たたまれなくて、作業へと戻ったエリンは1人呟く。

 

「……あの人、か」

 

 あの禁術を、恐ろしい魔法を彼女に教えた何者かの存在。

 特魔課のような組織が存在しているということは、その真逆――禁術を広める存在がいてもおかしくはないだろう。

 

 禁術が生まれ、隠され――きっとエリンが生まれるずっと前から、この2勢力は戦い続けてきたに違いない。

 だって、エリンが生きてきてからというもの、禁術という存在なんて聞いたこともなかった。

 厳重に封印されるか、対処できずに記録ごと滅んだか、その繰り返しだったのだろう。

 

「あんな危険な魔法が他にもあるんだ……」

「まあ、滅多にないですけれどね。私も、これで出会うのは2回目です」

 

 そう告げたのは、書類を燃やすために運んでいたランドルフ。

 

「そうなんですね?」

「ええ。というよりは、あんなもの早々出てきやしませんよ。だからエリンさんにはもっと時間をかけてご説明する筈だったのですが……」

「あはは……」

 

 よかった、一応説明する気はあったらしい。

 よく考えなくても、配属直後からこの禁術事件に巻き込まれるなんて誰も想像していなかったのだろう。

 

 もしかしたら、今後も沢山の危険魔術や禁術が押し寄せてくるのかもしれない。

 レヴンの話に出てきた『あの人』の存在は、それを予感させるに十分なものだった。

 

 ――いいじゃないか。望むところだ。

 

 魔法が使えない自分だけれど、こうして禁術の脅威を乗り越えることができた。

 このまま何度も禁術を封じていければ、一足飛びに『奥』へと近づけるだろう。

 それは、エリンにとっても大歓迎の事態である。

 やって見せようじゃないか。『奥』に辿り着き、(カリン)を救うその日まで――。

 

「……んん?」

 

 ふと、思い出す。

 禁術、普通じゃあり得ない魔法……。

 あの子の症状は、眠り続けて身体が光るというものだった筈。

 そんな症状、()()()()()()()()()

 

「ひょっとして、あの子のあれも……禁術?」

 

 いや、まさかそんな筈がない。

 幼少期に禁術に出会っていたなんて、そんなことは……。

 ぶるりと、1人沸き起こる震えを堪えていると、ゲートの修理を終えたアズールがこちらへと声を上げた。

 

「ゲート、開いたよー!」

「よかった。エリンさん、我々も戻りましょう」

「……はい」

 

 わかったことも、わからないこともあったけれど。

 少なくともこの道を行けばよさそうだということは分かった。

 

 こうして、エリンたちは長い1日を終え、ギルドへと戻っていくのだった。

 

 

 

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