王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第40話 新たな日常

 

 

 

 それから数日が経って。

 エリンたちはいつもの日常へと戻った。

 

「エリン、これよろしく」

「はい」

 

 タナウから渡された申請書類を受け取り、処理を進めていく。

 もう3週目になると書類仕事にもだいぶ慣れ、先輩たちに頼らずとも作業が行えるようになった。

 エリンの指導のためにいつもついてくれていた先輩方もそれぞれの仕事をこなすようになり、業務は円滑に進んでいる。

 

「――今度は何を持ってきたんですか? オットーさん」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれた! 今度は詠唱から30分後に発動する超遅延魔法じゃ!」

「……ちなみに発動する魔法は?」

「勿論【灯火】じゃ! 行くぞ、よく聞け?」

「はあぁ……」

 

 今もランドルフが窓口業務を行い、アズールが点検の見回りに行っている。

 タナウは事務作業中で、課長のリセツは――。

 

「課長、今日も戻りませんね」

「……そうね」

 

 彼だけは唯一、通常業務には戻っていなかった。

 先日の『白い腕の女』が引き起こした事件の後処理を続けているのだ。

 

 

 ――禁術の調査と封印。

 

 我々特魔課に課せられた仕事の中で最も重く、重要な業務。

 一般人にも、ギルドの他職員にすらも詳細を伏せなければならないという性質上、ギルドの更に上層部――ハーヴェス王家やら魔法ギルド本部への報告などは課長であるリセツが行うことになっている。

 そのために彼は今、西の王都まで出張中である。

 

「今頃国王相手に説明をしているだろうから、戻ってくるのは来週ね」

「いくら特殊な業務内容とはいえ、いちギルド職員が国王相手に説明をしないと駄目なんですね……」

 

 自分だったら絶対に御免である。

 

「仕方ないわよ。禁術の脅威は中央会議で共有されるから」

 

 中央会議とは、四大地方とハーヴェスの首脳陣で2年に1度行われる国際会議である。

 ハーヴェスが開催地となるため、開催時期が近づくと厳重な警備と賑やかなお祭りで大変な騒ぎになるようだ。

 そしてそこでは大陸中の様々な脅威について共有が行われる。

 その中の重要項目の1つとして、禁術はしっかりと組み込まれているのだそうだ。

 対処を間違えば国1つが滅びかねない大災厄なので、当然のことではあるのだが。

 

「いいんですか? 折角資料もすべて廃棄したのに」

「廃棄したからこそよ。具体的な術式が分からなければ他勢力も再現なんて不可能でしょう? それに、今回の件で確実に封印できたかどうかは分からない」

「……それは、レヴンさんの言っていた『あの人』の事ですよね」

 

 他者に禁術を教えたという謎の存在。

『白い腕の女』に死肉魔法を教えられたなら、他の人物にも教えられるはずだろう。

 

「そう。もし再び同じような禁術使いが現れた時に、対処法を知らないと大変なことになる。だから、中央会議で共有するのよ」

「なるほど」

 

 確かに、死者を操り使役でき、遂にはあんな化け物まで生み出せてしまう魔法の存在はあまりにも危険である。

 今回はそこまで大きな被害になる前に止められたが、もし1国が呑み込まれたとしたら、世界を揺るがす大事件に発展してしまう。

 

 それほどまでに、禁術とは危険なものなのである。

 

 ちなみに、その禁術に襲われた都市(テティア)はいま絶賛復興作業中である。

 死肉魔獣に破壊された建造物などは大工や冒険者たちが駆り出されて修復中。

 イクサンとカルマンの工房は魔法ギルドの職員が復旧に当たっている。

 

 エリンたちも窓口業務が終わり次第、工房の復旧のお手伝いに行っている。

 魔法が使えないので、基本的には荷物持ちや清掃員としてだけれど。

 

 そして『白い腕の女』の工房はセロスたち対魔課と王都から派遣された衛兵たちが捜査中である。

 彼らは四大勢力と協力をしながら、『あの人』の行方について捜索していくことになるだろう。

 

 あれから、何度かエリンたちも捜査協力として対魔課の人たちとも聴取を受け、情報交換を行っている。

 その際、ヴァファルが色々と今回の事件の詳細を教えてくれた。

 ちなみに彼は事件の最中は『白い腕の女』の過去調査のために北東へと出ていたそうだ。

 

 ――『白い腕の女』。本名はクラリスという彼女は、レヴンの言った通り北東の小国コルタの出身だった。

 

 軍属の軍医学校を卒業後に前線へ配置。レヴンたちとはそこで知り合ったと考えられる。

 彼女が軍に在籍した期間は、戦乱末期の6年間。

 その中で禁術を使用していた期間は少なくとも4年。これは、コルタの不死兵が話題になっていた時期からの類推とのことだが。

 

 そして戦争終結後、彼女はコルタから姿を消した。

 彼女が研究に使用していたという建造物は全て奇麗に破壊され、研究資料の類は全てが持ち去られたか破棄されていた。

 やはり彼女は戦争という隠れ蓑がなくなったことでコルタを脱し、次なる活動拠点としてこのテティアを選んだようだ。

 だが、それには不審な点がいくつかあるとヴァファルは言っていた。 

 

『妙なんだよねー。いくら戦争で好き勝手出来なくなったからってさ、このテティアに来ると思う?』

 

 前に訪れた対魔課の居室で、椅子に身体を預けてくるくる回るヴァファルが尋ねてきた。

 

『一応地理的には近いですよね?』

『でもここは中央の大都市だよ? いくら禁術で忍び込めるって言っても、無謀が過ぎるよ。……だから、絶対に何か理由がある』

『もしかして、例のあの人、ですか?』

『それが一番可能性としては高いけど、でもそれだと「分からない」って言ってるのと一緒なんだよねー』

 

 不満げにそう言う彼の気持ちもよくわかる。

 北東の調査では、その人物の痕跡は見つからなかったのだろう。まあそんな簡単に見つけられる相手だったらとっくに捕まっているだろう。

 気を取り直したヴァファルが、身を乗り出して続ける。

 

『他にもあってね。彼女、コルタから逃げる際に結構な人数を殺してる』

『……それは肉集めのため、でしょうか』

『それがそうでもなさそうでね。殺されたのは全員、彼女が軍に在籍してからの司令官たち――要は上層部の人だった』

『……!!』

『特に、そのレヴンって人たちが全滅した時期の人たちは徹底的に殺されてる。だから、多分私怨だったんじゃないかな』

 

 レヴンの話では、仲が良かった部隊の全滅をきっかけに彼女――クラリスの異変は起きた様だ。行動の理由としては十分だろう。

 

『あ、そうそう。あの後セロスさんたちが彼女の異空間を調べたら、こんなものを見つけたんだ』

 

 そう言って彼が差し出してきたのは、1枚の写し絵だった。

 なんだろうと覗き込んでみれば、そこには円筒型の装置に浮かぶ4つの肉塊であった。

 

『これは、死肉ですか? こうやって保存していたんでしょうか』

 

 それにしては量が少ないように見えるけれど。

 

『ある意味はね。この筒、それぞれ名前がついててね。多分、レヴンって人の部隊員だったよ』

『……そうなんですね』

『彼女の「理由」は、ずっと同じだったのかもしれないね』

 

 禁術という禁忌を身に着けてまで彼女がやりたかったことは、レヴンの言っていた楽しかった時間を取り戻すことだったのかもしれない。

 だとしたら、とても悲しいことだ。彼女は、彼女たちは戦争の被害者だったのだ。

 そしてそこを『あの人』につけこまれてしまったのだろうか。

 

 それでも、やったことの罪がなくなるわけではないけれど。

 

『せめて、私は覚えているようにします。彼女の「本当」を』

『うん。それがいい』

 

 ――そして、こんなことを引き起こしただろう存在を捕まえてみせる。

 

 そうエリンは強く誓うのだった。

 

「タナウさん、私、頑張りますね」

「うん。頑張れ」

 

 よくは分からないが急に意気込んだ新人を見て、タナウはふっと微笑みを浮かべた。

 

 ――よかった。これなら心配はいらなそうね。

 

 エリンはきっといい職員になる。

 そう思い、丁度処理の終わった書類を彼女の机へ置いた。

 

「じゃ、これの修正もよろしく。こことここ、間違えてるわ」

「うっ……すみません、頑張ります」

「ふふっ、頑張れ」

 

 残念ながら、緊急事態以外は退屈な書類仕事ばかりな職場である。

 禁術相手に意気込むのも大事だが、その前に通常業務も大事なのだ。

 

 だが、少々苛めすぎたらしい。

 作業をしながら、エリンがにやりと笑みを浮かべて「そういえば」と口を開いた。

 

「タナウさん、レヴンさんはどうだったんですか?」

「……う」

「今日も朝、()()()()()()()()()()んですよね?」

 

 痛いところを突かれ、思わず息を漏らした。

 その反応で向こうが……特にここにはいないアズールが盛り上がるのを良く知っているのに。

 

「はあ……あいつ、今日も煩かったわ」

 

 そう、レヴンは実はまだ生きているのだ。

 彼は四肢を失いこそしていたが、それ以外――胸部や頭に関しては、本来の肉体そのままだったそうだ。

 勿論無傷というわけでは無かったし、四肢は全て取れていたので大慌てで病院へ運び込まれたが……我々との戦いでついた傷以外は、殆どが()()()()()()()()()()

 手足の断面も縫合されており、死肉は義手や義足のように外付けで纏っていたようだ。

 

 だから、(レヴン)が目を閉じた後、タナウはあんな微妙な表情をしていたのだが。

 彼を覆っていた水に一切血が混ざらなかったので、「いや、死んでなくね?」となっていたのだ。

 

 だがその表情をどうやらエリンたちは「私がレヴンに愛着がわき、死を悲しんでいる」と勘違いしたらしく、生きていると分かってからはその関係性をいちいち尋ねてくるようになった。

 彼を手荒く扱った手前、ただ様子を見に行っているだけだというのに。

 これだから人と妖精は相いれないのだ、とよくわからない考えをして、タナウは今朝の事を思い出す。

 

「最初は『どうして生きてるって教えなかったんだ、あんな決め台詞吐いて生きてるなんて恥ずかしいだろ!』って騒ぐし、今は『さっさと義手と義足持って来い! 退屈で死にそうだ!』って煩いのよ……」

「あははは……」

 

 レチシアたちにも協力してもらっているが、あの巨体を支える義足を作るのは大変そうだ。

 彼の処遇については、一先ず特魔課預かりになったそうだ。

 禁術について知る重要人物ではあるが、協力的な上に重要な情報を提供してくれた。

 これが他の組織預かりだったら、それこそ口を封じられる可能性もあっただろうから、本当に良かった。

 リセツが戻り次第、詳細が決められることだろう。 

 

 なくなってしまった命もあるが、助けられた命もある。

 だから、きっと戦った意味はあるのだ。

 できる限り多くを助けられるように頑張ろう。そう、エリンは心の中で思いつつ、一先ずは書類の修正との戦いを始めるのだった。

 

 

***

 

 そうして、その日の業務も無事に終わった。

 

「「受付時間終了となりました。本日はお帰りください」」

「うむ」

「はーい。またねー」

 

 いつも通り帰っていく常連客と入れ替わるようにして、外回りに出てきたアズールが戻ってくる。

 

「ただいまー!」

「お疲れ様、アズール。報告書は明日、よろしくね」

「勿論! 今日も復興作業行くでしょ? その前にご飯行こうよー」

「ええ。ランドルフはどうする?」

「そうですね、行きましょう」

 

 賑やかな先輩たちを余所に、エリンは自身の荷物を纏めながら、鞄から封筒を取り出した。

 赤い封蝋のそれをぼおっと眺めていた彼女に、アズールが声をかける。

 

「エリンちゃんはどうする?」

「あっ……と、私は復興作業の方から合流しますね」

「あれ、どうしたの? まだ金欠?」

「……」

 

 確かにお金はあんまりないけれど、当然のことのように言われると流石に傷つくものがある。

 ポピアにお肉を買ってもらった余りがまだあるし、そろそろ給金日なので、今度こそ金欠とはおさらばである。

 そうだ、給金が入ったら実家に仕送りもしなければ。

 父の稼ぎなら不要な気もするけれど、こういうのは気持ちが大事なのだ。

 

 ……いや、そもそもそういう話ではなく。

 

「違います。手紙を出しに行きたくて」

「なるほどー、手紙ね。どこに出すの?」

「実家です。ようやくここでの仕事も落ち着きましたし、近況報告をしておこうかと」

「へー、いいじゃん。確か、お父さん狩人なんだよね?」

「はい。今頃は南東で魔獣狩りをしていると思います」

 

 そして、そこには(カリン)もいる筈だ。

 

 ――私も、いい加減向き合わないといけないよね。

 

 今まではあの子を助けるために走り続けてきたけれど、彼女の症状のことをちゃんと知ろうとはしていなかった。

 ただ漠然と、魔法が使えるようになれば、『奥』の秘術に触れられれば治せると考えていたのだ。

 

 なんて甘い考えだと、今では思う。

 だって考えようによってはあの死肉魔法でも、きっとカリンは助けられる。

 例えそれが歪な再生方法だとしても、目覚めて再び生活を送れるようになるのなら、昔のエリンなら飛びついていたかもしれなかった。

 

 でも、それでは駄目なのだ。

 禁術は生命の冒涜である。そんなものでカリンを治すわけにはいかない。

 それに何より、禁術でカリンを治してしまえば、絶対に世界がそれを許してくれないと、エリンは知ってしまったから。

 

 ――絶対に安全な方法でカリンを治す。そのために、禁術をもっと知らなきゃ駄目だ。

 

 禁術は禁忌である。だが、普通の魔法では起こせない奇跡を起こすこともできる。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()を知ることができれば、妹を治せる魔法を知ることができる筈なのだ。

 

 禁術を知り、禁術を封じ――自分だけの魔法(きせき)を編み出す。

 そうすれば『奥』にも入れて、妹も治せる。

 いいじゃないか。最高といっていい。

 

 ――ありがとうございます。学院長。あなたが示してくれたこの道で、私はきっと夢をかなえてみせます。

 

「……今度、家にも帰らないと」

「いいじゃんいいじゃん。次の長期休暇で帰るといいよ。卒業してすぐこっちに来たんでしょ?」

「はい。そうしようと思います」

「うんうん。じゃ、エリンちゃん、またあとでねー!」

「お疲れ様です」

 

 食事に向かった先輩方を見送って、エリンも外に出ようと机を見て、先ほど修正した書類がまだ残っているのに気が付いた。

 アズールとの話に集中していて、すっかり忘れていた。

 書類を手に取り、未だ戻らないリセツの書類置き場に置いた。

 ……そこそこ溜まってるけど、いいのだろうか?

 一応急ぎの案件はレチシアギルド長に渡しているから大丈夫なのだろう。

 

 ――なにせ、暇だしね。

 

 今ならわかる。この部署が暇で、あらゆることの雑用係になっていても存続して、ギルド長のレチシアが直接やってくるほど気にかけている理由が。

 

 都市が、下手すれば世界が危機に陥るほどの緊急事態に即時対応できるようにしているのだろう。

 窓際なのも、職員全員が魔法を使えないことも、ちゃんと理由があるのだ。

 

 ……それでも、もう少しまともな魔法が申請されてもいいのでは、と積まれた絵画と詩を見ながら思うエリンであった。

 

「さ、急がないと輸送ギルドもしまっちゃう」

 

 荷物を手に慌ててギルドを飛び出して、すっかり見慣れてしまった、第3の故郷となりつつある都市を歩きながら、エリンは運送ギルドへと足早に向かっていくのだった。

 

 狩人の娘に生まれ、魔法が使えない身でありながら魔法の最高学府を卒業した少女・エリン。

 次期禁術狩りとして期待される彼女の望みは、自身が魔法を使用できるようになり、長い眠りについている妹を助けること。

 そんな彼女がこれから何を成すのか、知るものはまだ誰もいない。

 ただその進む道は、違法魔術や禁術に飾り付けられた茨の道であることは間違いない。

 

 それでも、少なくとも今は暇で、変な魔法しかやってこない特魔課のいち職員である。

 魔法が使えない少女・エリンの新たな日常は、引き続き賑やかに続いていくようである。

 




ここまで読んでいただきありがとうございます!
まさかランキングに載ったり、たくさんの人に読んでもらえるとは思わず……とっても嬉しい。

本作の連続更新はいったんここまでとなります。
こんな設定なら魔法がある世界で刑事モノとかミステリーとかできるじゃん!とうきうきして書き始めたら、結果トンでもバトルものに……どうして……。

次の事件(禁術?)が思いついたらまた書き溜めて投稿すると思いますが、
他に書きたい作品もあるので、ひとまず連続更新はここまで。
改めて読んでいただき、ありがとうございましたー!
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