王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第7話 もう1つの業務②

 

 

 

 翌朝、出社したエリンは待ち構えていたアズールに捕まると、外回り用だという外套を着せられ外へと連れ出された。

 

「あの、何処へ行くんですか……?」

 

 朝の通りは門へ向かう馬車と冒険者たちで賑わっている。

 夕刻とはまた異なる人々の流れに乗って、アズールは通りを西へと向かっていた。

 

「この辺りの工房だよー。使っている魔道具がきちんと整備されてるか、申請されている数から過不足がないか――そういった定期見回りなの」

「……? 魔道具の見回りを特認魔術課がするんですか?」

 

 学院でも各所に設置された魔道具の管理は定期的に行われていたが、それは設備管理者――いわゆる事務方の仕事であった。

 いくら暇だとはいえ、来客対応が主な業務である特認魔術課の仕事とは思えないのだが。

 そんなエリンの疑問に、アズールがちっちっち、と指を振る。

 

「実はこれも、ウチらの大事な仕事なんだよね。エリンちゃんも知っている通り、魔道具には国が認めた特定の規格や魔法しか使えない。それはいいよね?」

「はい」

 

 例えば調理場などで使われる火を熾す魔道具に、上級魔法を込めてしまったら。それは兵器にも使えてしまう危険物になってしまう。

 そんなものが流通し悪意ある者の手に渡れば、街のあちこちで放火や爆発騒ぎが起きてもおかしくない。

 だから魔道具に込めていい魔術は厳格に管理、制限されているのだ。

 

「ただその標準規格だけじゃ、全ての仕事を網羅できるわけじゃない。だから各工房ごとに改良を加えていたりするわけだ。例えば金属を加工する熱線魔道具だったら、もっと高出力のやつが欲しい、なんてさ」

「……学院でも、先生方が独自に魔道具の改造をしていたりしましたね。おかげで国の視察がある度に揉めてましたけど」

「あははっ、ユラリアらしいねー」

 

 そのせいでたまに暴走事故を起こして生徒総動員で鎮圧にあたったこともある。

 よく考えなくても無法地帯ではないだろうか、あの学院。

 

「でね、そうした改良もやりすぎると、ただの工房が持つにはちょーっと危険な段階にまでなっちゃうわけ。あとは、そもそも工房での使用が認められない高出力魔術を使っちゃったりね。そういった違反がないかを調べるのが、特認魔術に精通しているウチらの仕事ってわけ」

「なるほど。それは納得です」

 

 確かにそれならば特認魔術課がわざわざ出張る理由もわかる。

 魔術だけでなく魔道具の規格についての専門知識も要るとなれば、普通の魔法使いでは役に立たないだろう。エリンも教師やマイラからある程度教わっているが、これから学ぶ必要がある。

 

 工房の担当者という人はこの2日の勤務中にも何度か窓口まで来ているから、特認魔術課と工房には本当に深いつながりがあるのだろう。

 

「普段はウチが1人でやってるんだけど、結構数が多くてさ。毎月やるのはキツイのよー。手が空いてたら課長やタナさんも手伝ってくれるけど、エリンちゃんが覚えてくれたら半分ずつ受け持ちでできるから、ホントに助かるの」

 

 だからお願いね、とアズールの頼みにしっかりと頷いた。

 今のところエリンは窓口係と査定官の両方をやることになりそうだ。ならば少しでも外に出られるこの仕事は大事にせねば。

 

「なら直ぐに覚えないとですね……!! 私、頑張ります」

「うんうん。よろしくね!」

「ちなみに、テティアの工房にはどんな魔道具が?」

「お、やっぱり気になる? それはねー」

 

 そんな話をしながら、最初の工房へとたどり着いた。

 南北に僅かに長い楕円形をしているこの都市は、南門・北門周辺に市場や倉庫、厩に宿屋といった旅人向けの施設が集中している。

 北の鉱石に南の食物。それらが集まり行き交うことで、このテティアは人を、富を得ている。それ故にこの都市も、人の流れに合わせた造りになっているのだ。

 

 エリンたちが視察する工房は、都市の北西部に集中している。

 北は冒険者、西は兵たちの出入りが多いため、彼らの武具造りを担う工房はこの一帯に集まっていったのだ。

 そのうちの1軒に入り込むと、アズールが元気よく声を上げた。

 

「こんにちわー。魔法ギルドです! 定期視察に来ましたー」

 

 中は来客用のカウンターが入り口側に設置してあるだけで、外見に比べかなりこじんまりとしていた。

 だがエリンは直ぐに、ここは個人の客向けではなく、オーダーメイドやお店に卸す商品を作る工房なのだと思い至った。

 わざわざ商品を陳列する必要がないのだ。

 その証拠に木と硝子の仕切りの向こうからは金属のぶつかる大きな音が響いている。

 

「いらっしゃい、アズールちゃん。あら、その子は?」

「新人のエリンちゃんです。これから一緒に見回りをするんですよ」

「あらそうなの。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 カウンターから顔を覗かせるのは大柄な熊獣人の女性。

 奥には旦那だろう熊獣人と、負けず劣らずな背格好の人間や獣人の男性たちが鎚を振るって鍛造を行っている。

 流石に熱気はここまで来ないが、鐘のような金属音が鳴り響いていて心地良かった。

 

「鍛冶場ははじめてかい?」

「はい。個人の工房ならあるんですけど、ここまで広いのは初めてで……」

 

 学院の教員で個人用の炉を持つ人はいたが、それくらいだ。

 

「大丈夫だとは思うけど、髪だけ結っときな。火の粉が散るからね、綺麗な髪が焦げたら大変だよ?」

「あ、たしかに……ありがとうございます」

 

 結んでいる間に、アズールが背負い鞄から書類を取り出し準備を進めてくれている。

 

「じゃあいつも通り炉の数と種類の点検させてもらいますね」

「はいよ。お願いねー」

「お任せください! エリンちゃん、こっち」

「あ、はい。失礼します!」

 

 作業中の工房へと足を踏み入れると、アズールは置かれた炉などの大型魔道具を数え上げ、エリンは言われた通りに書類に記入をしていった。

 どうやらこういった定期査察では細かな出力確認などは行わないらしく、数や種類の確認だけで作業は速やかに終わった。

 より詳細な確認は年に1度、工房が停止している早朝や夜に行う様だ。

 確かに今は絶賛鍛冶の最中。これを定期的に止められては仕事にならないのだろう。

 

「ナット、火力上げろ」

「うす。――《溶炎》」

 

 石造りの炉にナットと呼ばれた男性が手をかざし、魔術の名を唱える。

 するとその手に填められた腕輪がきらりと瞬き、手のひらの先の空間から分厚い火炎が放たれ炉内を満たしていく。それらは既に炉内にある火と混ざり合い、穴から漏れる赤色が濃密さを増した。

 

 彼は今、魔術を唱え発動した。

 だがそれには本来必要な詠唱を行っていない。彼が詠唱が不要なほどに熟達した魔法使い――というわけではなく、彼がはめている腕輪の効果だ。

 

 あれは『魔法輪』と呼ばれる魔道具。

 装飾のない滑らかな銀の腕輪で、唯一、内側――手のひら側に紅石と呼ばれる宝石のような石が埋め込まれている。

 その機能はいくつかあるが、要は魔法の制御を行ってくれる魔道具である。

 

 1つ、この腕輪をしている者は、腕輪に設定された魔法や魔術を詠唱せずに使用することができる。

 

 1つ、この腕輪をしている者は、設定されていない魔法を使用することができない。装着者が魔法使いで、詠唱呪文を知っていたとしても。発動前に腕輪によって打ち消されてしまう。

 

 1つ、この中立国家ハーヴェスの中で使用された魔法は、その全てを腕輪が記憶する。

 

 主な機能としては、この3つ。

 本来魔法使いでない人に魔法や魔術を使わせる便利な魔道具でもあり、魔法使いの魔法を最低限に限定する制御装置でもあるのだ。

 

 先程《溶炎》――工業用の金属溶解魔術を唱えた彼は前者だろう。

 彼は《溶炎》の呪文さえ知らない筈だ。火属性の適性者が彼だけなのか、あるいは当番制なのかは知らないが、今日この場は彼が魔法を担当している。()()()()()

 

 これが他地方ではそうはいかない。

 燃料でじっくり温度を上げるか、《溶炎》を使える魔法使いを連れて来るか。時間と費用が必要になる。

 それが、魔法輪を装着していれば魔術名を唱えるだけ。普通の鍛冶師も魔術を使える超優秀な鍛冶師に早変わりである。

 この中立国家ハーヴェスが4つの地域に囲まれながら中立を保てているのは、この魔法輪による技術の均一化と、それに伴う技術発展の功績が非常に大きい。

 

 そして、この腕輪は犯罪防止にもなる。

 魔法輪はハーヴェスにいる成人した人型種族全員が装着する。旅人だろうが他国の軍属だろうが、例外はない。入国時に着け、出国時に外す。

 勿論エリンも着けている。着けた所で魔法は使えないが。

 

 この腕輪に制御され、魔法を使えるものはその数と威力に制限が入る。

 それはつまり、国内で許可なく規模の大きな魔法が使えないということだ。

 

 人はほんの些細な変化で、他者に危害を加えたり、時には殺人という最悪の手段を選択してしまう。

 その時に大規模魔法を使われれば、大きな被害がでてしまう。

 それを、この魔法輪は防ぐのだ。

 

 使える魔法を制限したところで凶行は止められない。ただ、せめて小規模で済ます。これが大陸各地から――各組織から人が集まるこの都市を、中立でいさせるための防波堤なのだ。

 

 ちなみに、この魔法輪は『奥』の産物といわれている。

 原理は不明。恐らく他国が調べ上げているだろうが、解明された例は存在しない。

 それ程に、『奥』の技術は世界から隔絶しているのである。

 

 ――と、いうわけで。エリンたちは魔道具の点検と同時に、それを扱う者たちが違法な魔術を使用していないかも、ひっそりと確認しているのであった。

 

「問題ないですね! ご協力ありがとうございましたー!」

「いつもお疲れ様! エリンちゃんもありがとね」

「いえいえ、これからよろしくお願いします……!」

 

 そうして、都市北西部に点在する工房を周っていった。

 鍛冶場に、革の加工場、金属細工師のお店など、流石大都市という工房の多さに途中からエリンも楽しくなってきた。

 

「これにはなんの魔法が使われてるんですか?」

 

 馬車を作る工房で見つけた、金属部品を繋げるための溶接魔道具を見てエリンは尋ねた。

 太い針のような金属棒の先端に魔石が埋め込まれた構造をしており、その先端を触れさせ金属をくっつけているようだった。

 

「これ? 【発火】だよ。ただし火力は『猛火』まで上げてるの」

「上級魔法クラスですか? よく認可が下りましたね」

 

 火属性でいえば、『火』、『烈火』や『炎火』、『猛火』、『劫火』と順に魔法の位が上がる。

 一般市民が日常的に使えるのは精々中級――『烈火』まで。それでも稀有な例だろう。

 

「放出できるのはこの先端だけだから、総合的な威力では低いんだよね。だから基準内なの。でも金属を溶かして繋げるから瞬間的な火力がいるってわけ」

「なるほど……。戦闘や生活では不要な魔法も、生産では役に立つんですね」

 

 いくら高温でも、ほんのしばらく針の先を発熱させるだけでは料理には使えないし魔獣も倒せない。

 それでも金属加工ならば使い道があると考えた、過去の発明者たちは本当に素晴らしい。

 

「そそ。だから特認魔術課には色んな魔法や魔術の知識がいるんだよねー。魔法に捨てるものなし、なんて言葉もあるくらいだし。……いつものあいつらが役に立つのかは、怪しいけどね……」

「あははは……」

 

 流石に常連客が持ち込むものを否定するのは気が引けるエリンだったが、昨日アズールが言ったように、外回りが楽しいのは本当だと思った。

 

 様々な工房を見て回るのは単純に物珍しくて楽しいし、各所で気安い関係を築いているらしいアズールと職人たちの日常会話は、最近話題になっているという魔道具だったり特認魔術についてや、近所の美味しいご飯まで多岐にわたって勉強になる。

 特に美味しいと盛り上がっていた食事処は給金が入ったら必ず行こうと、エリンは必死に店名を記憶に刻んだ。

 

 

 そんなこんなで見回りも最後の場所になった。

 最後も工房――ではなく、何故かやってきたのは大きな商店だった。

 大通りに面しており、賑わいを見せる大型の店舗の中では如何にも武芸者といった人たちが並べられた武具や防具を見繕っている。

 

「お店、ですよね? ここも視察するんですか?」

 

 思わず尋ねたエリンに、アズールも「そうなんだよね」と頷きを返す。

 

「このお店は他と違って特別でね。ここは独自のサービスで、店舗で買った武器とかの手入れをしてくれるの。だからそれ用の魔道具が常備してあるんだよね」

「おお、なるほど。便利ですね」

 

 確かに買ったお店で手入れをしてくれるなら間違いも起きにくいだろう。

 剣一つとっても、作り手によって握り部分の布の巻き方や、手入れに使う油などの細かい部分は当然異なる。

 そこを間違えて手入れすると、細かな使用感が違ってくる。そしてそういった違いが、命を分ける大事な場面で顔を出してしまうのだ。

 

 勿論早々そんな事態にはならないが、そういった事故を無くすためにも購入店で手入れをしてくれるなら安心だろう。

 いろいろな工夫があるのだなと感心していたら、「さあ行くよ?」とアズールがお店へと入っていった。慌ててその後へと続く。

 

「サイラスさん、こんにちわー!」

「おやアズール、どうした……って、そうか。今日は点検か」

「そうですよー」

 

 そうして本日何度目かの自己紹介を終える。

 

「というわけで、奥、入っていいですか?」

「おう。ちょっと待っててな。……ソフォン!」

「――はい!」

 

 サイラスと呼ばれた犬獣人の男性が奥へ向かって叫ぶと、一人の人間の青年が慌てて出てきた。

 エリンたちと同じくらいか少し年下だろうソフォンという青年は、整理中だったのか両手に沢山の荷物を抱えていた。

 

「何でしょうか、サイラスさん」

「いつもの点検だ。案内してあげろ」

「はい。アズールさんと……新しい方ですね。こちらへ」

「はーい!」

 

 勝手知ったるように従業員用の扉を抜けて、店の裏側へと入っていった。

 エリンの紹介をさくっと済ませて、がちゃがちゃ音を鳴らして進むソフォンについていく 

 

「ソフォン君ってもうここにきて五年だっけ?」

「そうですね。頑張ってるんですが、中々昇格できなくて……」

「何言ってんの。ソフォン君真面目だし丁寧でいつも大活躍じゃない」

 

 笑ってはいるがアズールの声に揶揄う色はなく、本音で言っているようにエリンには聞こえた。

 今日の中で彼女が彼くらいの若い人にそういった言葉をかけているのは初めて聞いたから、実際優秀な人なのだろう。

 

「あはは……そう言ってくれるのはアズールさんだけですよ。……こちらです」

「ありがと。あ、そうだ。この間申請してくれた魔道具なんだけどさ、あれ――」

「――ソフォン! ちょっと来てくれ!」

「――はい! すみません、終わる頃にまた来ます!」

 

 そう言うと、ソフォンは慌ただしく走り出ていった。

 

「忙しそうですね……」

「色々と雑用を任せられてるみたいだよ。全体がよく見えているし、仕事も細かいってサイラスさんもよく褒めてるんだ」

「へえ……でも、それでも中々昇格はできないんですね」

「そうだね。ウチは商売のことはよくわからないけど、大変みたいだよ」

 

 ちなみに、とアズールは笑みを浮かべる。

 

「我らが特魔課は基本的に出世の道はありません。異動も昇進も絶望的だね!」

「……はあ……」

 

 やっぱり、窓際部署では?

 そのまま点検は終わり、その日はギルドへ戻って報告書を記入して業務を終えたのだった。

 

 

 その翌日。来客がないので席で過去の書類を見ていた時。

 

「――? 今、揺れました?」

 

 エリンがふと顔を上げて呟いた。

 

「え? そう? わかんなかった」

「揺れましたな。ほんの僅かですが」

 

 向かいの席のアズールが首を傾げる中、後ろのランドルフが頷く。

 よくわかったねとアズールに聞かれるが、学院ではこういった揺れはたまにあるのだ。

 大体が、誰かが使っちゃいけない規模の魔法を使ったか、魔道具を暴走させたか――ようはやっちゃいけない何かが起きた合図なのだ。

 

 まだその習性が抜けきらず、すぐさま原因究明に飛び出しそうになるのを必死でこらえたエリンだったが――その、しばらく後。

 

「――入るぞ」

 

 初日と同じように前触れもなく入ってきたギルド長によって、エリンは自分の勘が間違っていなかったことを知る。

 

「全員いるな? ――出動だ」

「……出動?」

 

 そうして、エリンは何故自分がこの魔術課に配属されたのか、その本当の理由を知ることになる。

 

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