王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第8話 もう1つの業務③

 

 

 

 出動だとレチシアが告げたその瞬間、部屋に漂う空気が一瞬で切り替わった。

 具体的には、背後のランドルフは弾かれたように立ち上がり、前に座るアズールは手にしていた書類を強い音を鳴らして机に置いた。

 そしてランドルフに続くように全員が立ち上がると、リセツの言葉が響いた。

 

「全員、出動用意」

「「「はい!」」」

 

 そのまま前後に座る3人の同僚たちは、レチシアが入ってきた扉から飛び出して行ってしまった。

 残ったエリンは、その背を呆然として見送った。

 

「……え?」

 

 出動? 一体どこへ? ていうか出動って何?

 尋ねようにも一瞬見えた同僚たちの表情は見た事がないくらいに真剣なもので。特にランドルフのそれは殺気を感じる程に険しかった。

 優しかった同僚たちの突然の変化に困惑するエリンを残して、未だ部屋にいた2人が会話を続けている。

 

「場所は?」

「北門だ。検問前の様だから、恐らく()()()()だな」

「そうか。……なら、丁度いいか」

 

 ちらとリセツがエリンを見た。対するレチシアは「全くもって良くはないがな」と不服そうにため息を吐き出している。

 

「まあいい。エリン君は任せるぞ?」

「おう。――エリン!」

「は、はい!」

 

 ようやく名前を呼ばれてエリンも立ち上がる。

 良かった。一瞬で忘れ去られて、このまま置いていかれるのかと思っていた。

 

「外に出るぞ。上着だけ着て付いてこい」

「わかりました。……あの、一体何が……?」

 

 リセツはかけてあった外套を羽織りながら、未だ困惑中のエリンを見た。

 その表情が、綺麗な笑みに変わる。ソフィアを思い出す、綺麗な営業スマイルに。

 

「事件が起きた。俺たちはその対処に向かう。この特認魔術課の、もう1つの仕事だ」

「もう1つ……」

「そうだ。心してかかるように。ここから先は、命に係わる」

「……はい!?」

 

 詳しくは行きながら話すと出て行ってしまった彼を追い、エリンは慌てて外套を手に部屋を飛び出すのであった。

 

 

***

 

 

 部屋を出た所で、すぐ横の扉からアズールたちが現れた。

 その部屋は確か倉庫になっていた筈だが、そこに装備を置いているようで、同僚たちは皆準備万端の様子。

 

 アズールは布で覆った棒状の何かを背負い、腰には鞄付きのベルトを巻いている。

 ランドルフはいつもの上着を脱いで外回りの外套に着替え、その上からエリンが丸ごと入りそうな大きな鞄を肩に掛けている。

 タナウは革の鞄を背負っていた。各々違いはあるがそれなりの大荷物のようだ。

 

 対して、エリンとリセツはほぼ手ぶらである。

 ……命に係わるのに、これでいいのか? というか命の危機があるのか? これから?

 更に困惑を増すエリンを他所に、3人がリセツを見る。

 

「場所はどこ?」

「北門検問前。まあ、いつものとこだ。折角だからエリンへの説明も兼ねる。ランド、先行頼むわ」

「了解」

 

 短く、けれど強い語気でそう言うと、ランドルフは素早く窓へと駆け寄り開くと、そのまま飛び降りてしまった。

 

「ぇえ!? ラン……っ!?」

 

 驚き慌てて窓に駆け寄ったエリンだったが、彼は難なく着地すると、そのまま走り去ってしまった。

 流石は獣人。3階からの落下程度は問題ないということなのだろう。

 人が空から降ってきたせいで通りは結構な大騒ぎだが。

 

「俺等も行くぞ。アズール、説明頼む」

「はい、りょーかい。……エリンちゃん!」

「は、はい!?」

「急ぐから、走りながら説明するよ。はい、行くよ! ……あ、ギルド内は急ぎ足でね?」

「ええ……!? もう、なにがなんだか……」

 

 そのまま歩き出し、ギルドを出てランドルフの後を追う。

 宣言通り走りながら、アズールはエリンへと振り向き説明を始めた。

 

「エリンちゃんは、この国の魔法の制限に関してはどこまで知ってる?」

 

 ふむ、魔法の制限と来たか。

 走ったことで少し落ち着きを取り戻したエリンは、まさに昨日アズールと話したことを思い出す。

 

「……魔法輪で使用できる魔法と魔術を制限している、ということくらいでしょうか。後は、冒険者などの一部強力な魔法を使える方は、都市内部では更にもう一段階制限を受けていますよね?」

 

 こうして走っている課員全員も、急ぐエリンたちを避けてくれる街の人々も全員が腕輪を着けている。

 そしてその腕輪に登録される魔法は、職種や階級によって様々に変化する。

 

 例えば昨日見た鍛冶場の職人ならば金属加工の火属性魔法と、緊急消化用などの水属性魔法をいくつか。後は運搬用に浮遊魔術が1つ登録されているくらいだろう。

 

 それに対して街の外で魔獣たちとの戦いを専門とする冒険者となれば、多種多彩な攻撃魔法を使える必要があるだろう。

 ただそれらも階級によって順番に使用可能な魔法が解放されていくし、都市内では使えない様に門で追加の制御を行う。

 

 街の外では巨体の魔獣を屠る魔法使いも、都市内では衛兵に負ける。――そうなるように、この都市は魔術的に設計されているのだ。

 その代わりに本来詠唱が必要な呪文を呪文名だけで行使できるため、冒険者たちからは歓迎する声が多かったりする。

 

 エリンの答えに、アズールは満足気に頷いた。

 

「うん、それで正解。この魔法制御と魔法の()()()を行ったから、この国は発展したし、魔法犯罪率は激減したの。……犯罪数自体は、そんな減らなかったんだけどね」

 

 あくまで犯罪時に魔法という手段を減らしただけ。殺したい相手を傷つけるなら、それこそ身体や刃物を使えばいい。

 それに悪意を持つ、もしくは持ってしまう人は、制限関係なく都市に集まり続けてしまう。

 

 なにせこのテティアは、大陸を支配する4大地方だけでなく、世界中のあらゆる勢力が混じりあう中立都市。

 自国では決して手に入らない物にも、出会えない人脈にも通じてしまう、大街道の交差地点なのだから。

 

 

「つまりね。この都市では制限しているからこそ、魔法が価値を持つのさ。昨日の工房でいえば、本来使えない高出力の火を使えれば、他の店より不純物の少ない、品質の良い剣が造れるでしょ? 冒険者なら、自分の階級では使えない魔法で活躍できる。そして、ここで犯罪をしたい誰かさんには?」

「……都市の中では使えない、危険魔術という兵器が手に入る?」

「そういうこと。だから、テティアには色んな所から『危険物』が密輸入されてるの」

 

 例えば、一見ただの剣なのに魔力を込めると上級魔法を放つ偽装魔道具だったり。

 指輪に埋め込まれた宝石が取り外せて、炉に放り込めば超高温の《溶炎》となる魔石だったり。

 そういった違法魔道具が国外で製造されては密かに運び込まれているのだという。

 

「勿論、同じような能力をもつ正規の魔道具も存在するよ。でもそれらは認められた魔道具師が、有資格者に向けてしか作れない。つまり――」

「密輸されている時点で、違法な魔道具……」

「そういうこと。正規の所有者が売ったり奪われたりしても、同じだよ」

 

 自由に魔法が使えないからこそ、魔法の価値が高いハーヴェスでは、高値で売りさばけるのだろう。

 

「……なるほど」

 

 ――ここまでの話を(走りながら)聞いて、エリンはようやく今起きている事態を把握し始めていた。

 そして、何故アズールがその説明をしているのかも。

 

「では、今向かっているのが……?」

 

 恐る恐る尋ねた言葉に、アズールがしっかりと頷いた。

 

「その違法物品が原因の事件が起きたって連絡があったから、現場に向かってるの」

 

 その連絡が、レチシアの出動の一言だったのだろう。慣れた動きだったのも、頻繁に違法魔道具が持ち込まれ、その度に出動しているから。

 ……そして持ち込まれた物によっては、大規模破壊魔術級の代物と対峙する可能性がある、と。

 そりゃあ、リセツも「命に係る」と言うわけだ。……しかし。

 

「……これも、特認魔術課の仕事なんですね」

「そりゃあ、一番詳しいから、ね!」

 

 と、片目を閉じてアズールが笑った。

 昨日も聞いた言葉だが、相手が違法物品と犯罪者になるとまるで意味が違ってくる。

 客が詩と絵画を持ち込む常連から、一気に凶悪犯罪者へランクアップした。急展開が過ぎる!

 

 でも、ようやくやることは理解した。

 都市を脅かす魔法犯罪者を捕まえ、危険物を回収するのがこの特認魔術課の『もう1つの仕事』のようだ。

 唯の窓際部署ではないことに安堵しつつ、全身に緊張が駆け巡っていく。

 つまりは。ここから先は、命を賭けた戦いとなるのだ、と。

 

 

 

 そうして、北門へと辿り着く。

 テティアは都市外周を分厚い城壁に覆っており、東西南北それぞれに置かれた門のみが出入り口となっている。

 その中で北と南が通商のために一回り大きく、毎日のように賑わうのだが――今は更に多くの人が集まりごった返していた。

 人の波を無理矢理通り抜けて門前までたどり着くと、そこだけは衛兵たちによって人払いされた空間が広がっている。何人か声を荒げて衛兵と言い争っている人たちもいるようだ。

 

 当然駆け寄ってきたエリンたちを止めようと剣に手をかけるが、その服装を見て直ぐに構えを解いた。

 

「皆さん、ご苦労様です!」

「現場確保お疲れ様。……状況は?」

「詳細は中で。ランドルフさんも先に来てます」

 

 通してくれたので中へと進み、そのまま人一人分だけ開かれた門を通って都市の外まで出た。

 どうやら現場は外の様だ。

 

 門扉の向こうには、多くの馬車が止まっていた。

 捜査のために留められているようだ。先程揉めていたのはこれらの馬車の持ち主なのだろう。

 

「皆さん、こちらです!」

 

 その中の1つに衛兵たちが集まっているようで、先行したランドルフが手招きしている。

 近づいていくと、異様な光景が見えてくる。

 

「……馬車が破壊されてますね」

「おー、ほんとだ。半分しかないねぇ」

 

 まるで内側から爆発でも起きたかのように、馬車が半ばから消失していた。

 中の荷が辺りに散らばっており、ほんの数名を除いて衛兵たちも僅かに離れた場所から様子を伺うにとどまっているようだった。

 

「ランド、状況は?」

「馬車が突然爆発を起こしたようです。乗員は、行方不明」

「……逃げたか。物は?」

「――今捜索中だ」

 

 その問いに応えたのは、ランドルフではなかった。

 散らばった荷の調査を行っているだろう若干名の内の1人が、荷を避けながらこちらへと近づいてくる。

 焦げ茶色のウェーブヘアに、革鎧の上から衛兵の証である青のマントを身にまとった人間の男は、切れ長の鋭い視線をこちらへと向ける。

 

「よお、セロス」

「……毎度毎度、魔術ってやつは本当に面倒な事件ばかり起こす」

「いつものことだろ? そろそろ慣れろよ」

「そうはいってもだな。こうも多いと……」

 

 来るなり憎悪の籠った言葉を吐き出すその男は、帯剣していることもあって抜き身の剣のような鋭さを持った人であった。

 レチシアとはまた異なった方向で怖そうな人だと思っていたら、隣のアズールがこそっと教えてくれる。

 

「あの人、セロスさんって言ってね。冒険者ギルドの対魔犯罪課の人なの。大体魔法がらみだとウチらが関わることが多いから、実質ウチら専属の衛兵さんだね」

「……冒険者ギルドが衛兵をしてるんですか?」

 

 衛兵は国所属のイメージだったけれど。

 

「勿論そっちの衛兵もいるよ。ただ、この都市は広いでしょ? 国の兵士だけじゃ足りないから、冒険者ギルドから元冒険者だったりする人を集めて民間の衛兵部隊を作ってるんだ」

「なるほど……」

 

 などと話をしていると。

 

「――お姉さんが、特魔課の新人さん?」

「え?」

 

 いつの間にかエリンたちの直ぐそばに立つ人がいた。

 人間の女性としては平均的なエリンと同程度の背丈のその人物は、人懐っこい笑みを浮かべる人間の少年であった。

 柔らかな銀色の髪に、セロスと同じ衛兵服姿の彼は、驚くエリンに右手を差し出した。

 

「ヴァファルっていいます。気軽にファルって呼んで? 僕も最近対魔課に入ったばかりなんだ。新人同士よろしくね」

「……えっと」

 

 差し出された右手に、エリンは一瞬固まった。

 右手から魔法を放つこの世界で、握手という急所を差し出す行為は親愛の挨拶か、最上級の敬意を払う礼儀として行われる。

 こんないきなり初対面で握手を求めるのは通常あり得ない。

 だが、都会の挨拶とはこういったものなのだろうかと、エリンは慌てて手を差し出した。

 

「は、はい。エリンです。よろしくお願いします」

 

 その押しの強さに思わず手を握って、その感触に驚く。

 とても、硬い。細いから骨ばっている――なんて硬さではない。

 まるで人工物のような――。

 恐らく表情に出てしまったのだろう。それを見て、ファルと名乗った少年が微笑む。

 

「君、いい人だね」

「へ?」

「僕、義手なんだ。だから魔法も使えないの」

「え? そうなんですか?」

 

 手をひらひらと振りながら、少年は言った。

 確かに義手ならば握手をしても大丈夫……なのか?

 あえて黙っていたのだから大分人が悪いけれど。

 

「ちなみにそこのセロス先輩もね。あ、先輩は義手じゃないよ? 魔法のほうね。君たちと同じく、僕ら対魔課も魔法が使えないんだよね」

「……へ?」

「さ、協力してこの事件の犯人を捕まえようね!」

 

 そういって彼は元の場所へと戻っていった。

 思わず隣のアズールたちを見ると、彼女とタナウどちらもしっかりと頷いた。どうやら事実らしい。

 この都市では本来使えない筈の危険魔術を取り扱う連中を捕まえるのは、全員魔法が使えない面々。

 ……大丈夫なのか、この街、とエリンは何度目かの疑問を浮かべるのだった。

 

 

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