王国魔法ギルド 特認魔術課   作:穴熊拾弐

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第9話 もう1つの業務④

 

 

 

「――よし、大体わかった。特魔課、全員集合」

 

 セロスとの会話を終えたらしいリセツの一声で、課の全員が彼らの下へと集まる。

 セロスとは初対面ではあるが、ヴァファル同様に既にエリンのことを知っているようなので、目礼のみで済ませ話を聞くことにした。

 

「あれの原因は荷台内でおきた爆発だ。馬車の後ろ半分がいきなり吹き飛び、後方にいた馬車とその御者が巻き添えになった」

「後方の馬車の御者は今治療中で、聞き取りは不可能。護衛をしていた冒険者2名も衝撃で気絶していたために、爆発した馬車の乗務員の行方は不明だ」

 

 リセツの言葉を引き継ぐように、セロスが手元の手帳を読み上げる。

 

「吹き飛んだんじゃないの?」

「それにしては死体が欠片も残ってない。吹き飛んだのは後ろ半分だけなので少なくとも御者は生きていた筈だ」

「てことは、乗ってたのはその御者1人だけ?」

「そうなるな……中に人を隠してない限りは、だが」

「あり得そうなのが嫌ね」

 

 ため息と共にタナウが言う。流石に馬車が半壊する規模の爆発で何も残らず消失……なんてことはありえないだろう。

 

「一応『中身』が吹き飛んだ場合も考えて周囲を探しているが、見つかっていない。騒ぎに紛れて逃げた可能性が高い。調べて追わなければ」

「おう。てわけでアズール、頼む」

「はいはーい」

 

 軽い声でそういうと、アズールが散らばった荷へと近づいていった。

 一体何を……? と首を傾げるエリンだったが、その答えは直ぐに分かった。

 荷を見つめる彼女の顔付近――正確には目に奇妙な光が浮かび上がったのだ。

 

「さあ! 君たちのことを教えてー? ここで一体何が起きたのかなー?」

 

 そう楽し気に言うと、視線をあちこちに向けながら馬車へと進んでいく。

 まるで、何かが見えているように。

 

「ほうほう。なるほどねえ……」

「あれ、何をしてるんですか?」

 

 小声で隣のタナウに尋ねる。いつの間にか彼女以外は散開して他の作業をしている。どうやら今はタナウがエリンの子守役らしい。

 

「魔力の痕跡を見てるのよ」

「魔力の? ……見えるんですか?」

 

 それは何というか、夢みたいな話だ。

 本来魔力というのは目に見えない。魔法を唱える際、魔力から火などの現象に変質する際に起きる発光を見ているだけだ。

 だというのに、アズールは魔力そのものを見ているという。

 それは空気の成分が見えているのと同じくらいに、あり得ないことであった。

 

「そう。あの子は魔力の残滓を見て、どんな魔法が使われたのかを調べることができるのよ」

「そんなことが、可能なんですか……?」

 

 それを例えるなら、残り香だけで魔獣の種類を特定する――よりは確実に難しい。濡れた地面を見て降水量を予測する――も知識があれば可能かもしれない。

 破裂した風船の形を、残った空気で判別しろと言われているようなものだろうか。

 

 とにかく、常人には絶対にできない。エリンたち学院卒業生でも不可能だろう。

 学院長クラスになったら何か方法があるのかもしれないが……アズールは、それを持っているということだ。

 でも、一体どうやっているのだろう。

 

「魔法が使えないのに……?」

 

 気になった所は、そこだ。

 魔法が何も使えないのに魔力の痕跡を見てどうするというのか。

 その問いに返ってきたのは、何故か大きなため息であった。

 

「あの子はね、変態なの」

「はい……?」

 

 いきなりなにを言い出すんだ。この妖精は。

 だがその表情は真剣そのもの。嘘を言っているようには見えなかった。

 

「魔法が好きで、魔法使いになることを夢見たあの子は、色んな魔法を知りたいと思ったらしいわ。しかもただ知るだけじゃなくて、『覗き見たい』と、そう思ったの。だから、目を弄った」

「目を!?」

 

 なんでそうなるの!?

 思わず叫んでしまったが、至極真面目にタナウは頷く。

 

「そう。魔法刻印は知ってるでしょう?」

「あ、はい。彫刻科がありましたので。……ああ、そうか。目に刻印を入れたんですね」

 

 魔法刻印は、物品に魔法陣を刻み込む技術全般を指す。

 マイラのような魔道具技師にとっては必須ともいえる技能であり、一般市民からすれば下手したら魔法よりも普遍的な技術かもしれない。

 

 しかし、それを身体に刻むとなると話は変わる。

 身体に刻めば、それこそいつでも特定の魔術を発動できる便利な刺青となる――ように思える。

 だが実際は本来右腕から放出される筈の魔力を刻印が吸ってしまい、腕からの魔法が使えなくなるのだ。

 

 つまり、本来無数に使える筈の魔法を、たった1種類しか使用できなくなる。

 そのことが分かってから誰も使わなくなっていた、云わば忘れ去られた技法であったが……。

 

「流石、ユラリアの卒業生なら知ってるのね。そうよ、あの子はもう誰も使わない古臭い技法を知って、自分の目に刻印を入れたの。それも、5層も」

「ご……っ!?」

 

 思わず吹き出してしまった。

 身体に刻んだ刻印は、発動しようとすれば本人の魔力量に関係なく必要な魔力を集めようとする。

 もしその魔力が足りなければ、限界まで魔力を吸い取ろうとして、術者は死んでしまうのだ。

 5層も刻んだら、つまり5つの魔法を一度に使おうとしたら、普通なら即死である。

 5個連続で風船を膨らませることはできても、風船5個分の空気を一気に奪われれば、人は死ぬのだ。

 

「良く生きてましたね……?」

「本当に。しかも殆ど我流だったそうよ? そのせいよ。あの子が魔法を使えないのは。もう利き腕には一切魔力が流れず、常に目に魔力を流しているの。でないと、死んでしまうから」

「……なるほど」

 

 魔法が使えないという他者に、エリンは未だ出会ったことはなかった。

 だからてっきり皆同じ原因なのだと思っていたが、どうやら違う様だ。

 

「でもその代わりに、あの子はあの目を――魔眼を得た。普通の人には見えない魔力を目視出来て、その痕でどんな魔法が使われたかが分かる。詠唱中の魔力の流れで、どんな魔法を使ってくるか見抜いた事もあるわ」

「それは凄い……!!」

「まあ、分かってもあの子は他の魔法を使えないから戦えないんだけど」

 

 それでも、凄まじい能力である。

 彼女は対魔法における最強の『眼』を持っているのだ。

 そしてそれは、魔法が原因の事件捜査にも効果を発揮する。

 

「――うん。わかったよ!」

 

 荒れ果てた荷台跡に顔を突っ込んでいたアズールが手を上げて皆を呼んだ。

 

「幾つかの魔法が暴発して爆発しちゃったみたい。分かるのだけで火と雷、風も若干あるから……《猛炎爆球》に《稲妻閃》、後は《猛風護壁》辺りかな。多分爆発を風が拡げて、馬車に敷かれた結界を破っちゃったみたいだね。護衛さんが倒れたのは雷撃を受けたからだと思う」

「馬車に結界があったのか?」

「うん。結構強力なやつだよー。魔力隠しと防御壁系かな。だから、まー、確信犯だね!」

 

 セロスの問いかけに笑みでアズールが応えた。

 随分と軽い言い方だが、言っている内容は相当に酷い。

 今上げた魔術はそれぞれ中級から上級のもの。どれも直撃すれば10人じゃ済まない被害を出す強力なものだ。

 そして全て、一般市民には使用が許可されていない危険魔術。

 

「散らばってるのは武器と防具ばっかりだから、十中八九それらを改造した、冒険者向けの違法魔道具かなー。ただ、ここにはもう残ってないみたい。全部が爆発で吹き飛んだんならいいけど……」

「御者が持って逃げた可能性がある、か」

「うん。多分それが濃厚だね。しかも、2人いる」

「2人だと?」

「魔力の残滓が2方向に続いてるんだ。1つはここから北西の方。もう1つは……」

 

 そう言ってアズールが指さしたのは、今通ってきた門の方向だった。

 

「……街に逃げ込んだか」

「そうみたい。多分爆発の騒ぎに乗じて入り込んだんじゃないかな」

「いや待て、門番は爆発が起きても門に残っていた。爆発が起きた程度でもぬけの殻にはしない」

 

 その程度で抜かれる程甘い警備はしていないとセロスが首を振って否定する。

 それはそうだろう。ここは数多の勢力が入り乱れる大都市だ。そう簡単にはいかないはずだ。

 なら――。

 

「《霧隠》……ですか?」

「なに?」

「お、エリンちゃん正解! さっすがー!」

 

 指を鳴らしてアズールが笑う。

 思わず口に出してしまったが、幸い皆も怒るどころか納得の声を上げている。

 

「成程。違法魔道具を使ったか」

 

 本来使えない危険魔術の中には、他者を欺く種別のものも数多く選ばれる。

 《霧隠》はその姿を他者から見えなくするもの。ほんの一瞬隠れて門を通り過ぎるのには十分だろう。

 

「緊急用の備えに用意しておくなんて、周到ね」

「……常習犯ということですな。厄介なことです」

 

 そのまま、犯人の動向について会話が続いていく。

 それを聞きながら、「意見、採用されてしまった……」とエリンは少しだけ呆然としていた。

 

 入ったばかりの新人の意見なんだけれど、この人たちはそういったことを一切気にしていないらしい。

 皆だけでなく視線だけで人を殺せそうなくらい怖い顔のセロスも、ちゃんと意見として聞いてくれた。

 

 ――そうか、これはもう、私の仕事なんだ。

 

 これはもう、学院の試験ではない。『奥』の試練でもなくて、私の仕事なのだと、エリンはようやく地に足をつけたような感覚を覚えた。

 

「よし、なら手分けして追うぞ。ランドは俺と外の奴を追おう。アズール、お前はエリンと中を頼む」

「了解ー!」

「わかりました!」

「相手は違法魔道具持ちだ。見つけても直ぐに仕掛けず、監視と追跡に留めろよ」

 

 しっかりと頷き、応える。

 万が一焦って町中で魔道具を起動されたら、大事故になる。

 まだ数日しか過ごしていない街だが、知り合いも増えた。彼らを傷つけるなんてことは絶対にさせない。

 

「タナウはここでセロスと情報収集な。何か見つかり次第戻ってきてタナウに共有すること。以上、行動開始!」

 

 こうして、特認魔術課のもう1つの仕事――初めての特認魔術犯罪の事件捜査が始まったのだった。

 

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