その娘は蒼い鬼火と共にやってくる   作:ジト民逆脚屋

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その娘は蒼い鬼火と共にやってくる

まず目を引くのは規格外の長身だった。

それは正しく天を突くと表現出来る体躯と、それに似つかわしくない自信無さげなオドオドとした表情と、そこに走る横一文字の深い裂傷。

ここ、トリニティ総合学園の黒い制服の上に分厚いショートコートを着込み、猫背気味に曲げた背で廊下の隅を歩く。

そうして歩く度に、腰の左前に下げた焼硬鋼(ブルースチール)のランタンが揺れると、カロンと軽い音を立てた。

 

「あ、ランちゃん」

「ヒフミ……」

 

呼び声にランタンの音と共に振り返ると、同学年の友人である阿慈谷ヒフミが居た。

 

「今日も委員会ですか?」

「うん、最近パトロール増えたんだ」

「パトロールはいいですけど、また入院はしないでくださいね」

「あはは……」

 

ヒフミの言葉に、彼女、ラン。零場ランは苦笑いをしながら左のランタンを撫でる。

円筒型の本体にシャッターの降りた丸い窓が一つ付き、その窓に沿う形でスイッチがある。

ヒフミはランがこのランタンを使うところを見た事が無い。だが、何時も腰に提げており、本人曰くお守りだと言う。

しかしヒフミは時折だが、このランタンから感じる事がある。

言い知れない嫌な気配、何かがランタンの中に居るのではないかと。

 

「じゃあ、時間だから」

「はい、また明日ですね」

「うん、また明日」

 

また明日、それは約束。小さな小さなたった一つの約束に過ぎない。

だがランは、その小さな約束を胸に歩みを進めた。

その事を知るのは、腰に提げたランタンだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「零場、遅いぞ」

「す、すみません。委員長」

「キヒ、まあいい。零場」

「はい」

「今回は怪我は無いようにな」

 

恐ろしい風貌で、正義実現委員会委員長〝剣先ツルギ〟がそう言うとランは若干挙動不審ならがも頷く。

ランの怪我は正義実現委員会の恒例となっている。

怪我をしない事もなくはないのだが、負傷し搬送されるのが恒例だ。

 

「ツルギ」

「ハスミ、準備は?」

「完了です。我々は先に出ます。あと、ラン」

「はい」

「くれぐれも怪我の無いように」

「はい……」

 

副委員長の羽川ハスミからも小言を頂き、長身のハスミですら見上げる体を小さく縮める。

ランの怪我は恒例となっていても、見ていて気持ちの良いものではない。

だが、ランの戦闘能力だけを見れば正義実現委員会という立場上、戦うなというのは無理だ。

ツルギの様に強く、ハスミの様に傷を負わない訳ではない。しかし後方に置くには惜しい。

それが零場ランという、正義実現委員会の戦力の立ち位置になる。

 

「ラン、よほどでない限り、そのランタンを点けない様にしてください」

「わ、分かりました!」

 

ハスミはランに気付かれない様に、視線を彼女の腰にあるランタンに向ける。

彼女は強い。しかしそれはこのランタンが点いている間だけだ。それ以外では、銃を撃つ事も恐れ、仮に撃っても明後日の方向へ向かう。

 

暴力が怖い。だけど、誰かを助けたい。

 

彼女はそう言う。正直、救護騎士団の方が向いているかもしれないが、あそこは団長がアレなのでランが戦えば、一発で包帯で木乃伊にされて拘束されるのが目に見えている。

 

「……」

「あの、副委員長?」

「皆、ランを頼みましたよ」

「えぇ……?」

 

申し訳なさげに頬を掻くランと、ハスミの言葉に強く頷く委員会の面々。

少し離れたツルギもランタンを見ていた。いや、睨むといった方が近いだろう。

このひどく不器用で優しい後輩に要らぬ傷を与えているのは、間違いなくこのランタンと彼女を戦わせねばならない自分達なのだから。

 

「はい、では各班は指定ルートに従い見回りを開始」

「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「平和だね」

「スケバンも居ないし、今日は早く終われそう」

「ほらほら、エデン条約も近いし油断したらダメだよ」

 

仲間達はそう言うが、トリニティの町は間違いなく平和だった。

問題を起こすスケバン達も居らず、発砲音も聞こえない。

 

 

――ラン、大丈夫?

――どうせまた変なもん拾い食いしたんでしょ

――この前はネズミを焼いてたな

――あれ、ランだけ当たったのよね

 

 

何処からか懐かしい声が聞こえた気がした。

もう聞こえる筈のない声だ。まだ自分達が平和だった時代に、自分に向けられた暖かな言葉と声。

それを懐かしむ様に目を細めると、委員会の仲間が前髪に隠れた目を向けた。

 

「零場、どうしたの?」

「いや、平和って良いなって」

「零場って、たまに変な事言うよね」

「平和なのが当たり前じゃん」

「うん、でも嬉しいんだ」

 

エデン条約が近付き、町も普段より活気付いている。

長年いがみ合ってきたトリニティとゲヘナの友好条約という、大きな式典ともなればゲヘナからの観光客も見込める。

言ってしまえば稼ぎ時、エデン条約が上手く纏まればいがみ合いによる争いも減り、誰かが悲しんだり傷付く事も減る。

それがランには嬉しい。

 

「暴力が無い世界になればいいな……」

 

そう呟くが、それは仲間達には聞こえなかった。

ランの呟きを掻き消す音が再開されたからだ。

 

「うわー、派手にやってるね」

「学園周囲を囲む架線工事だっけ?」

「そうそう、トリニティは主要な観光地が学園周りに集まってるから、そこを周り易くするためらしいよ」

「ハイランダーの子達、絶対大変だよね……」

「今のダイヤ全部書き換えだしね」

 

現在トリニティでは学園周囲を囲む大規模架線工事の最中だ。

 

〝カルッセル計画〟

 

そう銘打たれた計画は、トリニティ総合学園を囲む高架を建て、そこに新たな線路を敷く事で更なるインフラの強化を計るというものだ。

反対意見もあった様だが、トリニティ全体の架線の老朽化やエデン条約による物流、人の流入の変化を加味し、様々な噂が飛び交う中で半ば強引に着工された。

 

「乗り物好きな子が言うには、新型の車両も配備されるって」

「へー、新型かー。どんなのだろうね」

「きっとすごく速いんだよ」

「でも、その子が言うにはトリニティの線路は……っ!?」

 

ぼんやりと皆の会話を聞いていたランの耳に、工事の音とは違う轟音が響いた。

それは町中を走る路面線路の改修工事の現場からだった。

 

「一体なにが?!」

「あれ見て!」

 

そこには周囲を威嚇するかの如く、アームを振り回すショベルカーの姿があった。

 

「新しい線路なんざ要らねえんだよお!」

「あたしらの稼ぎが無くなっちまうじゃねえか!」

「カルッセル計画はんたーい!」

 

工事現場で暴れていたのは、不良生徒達だった。

ランにも見覚えがある。確かぼったくりタクシーやバイク便で問題になっていた生徒だ。

 

「ヤバい! 避難誘導! 委員長に連絡して!」

「正義実現委員会です! 市民の方々はこちらへ!」

「零場! ダメだよ! 避難優先!」

 

逃げ惑う市民を掻き分けながら、避難を呼び掛けるランの左手が、ランタンに伸びていたのを見た仲間が叫び、ランの手も止まる。

しかし、

 

「あ……」

 

逃げ遅れた市民が暴れるショベルカーのアームに巻き込まれ様とする瞬間を見てしまった。

 

 

――ラン、私達はもう手遅れかもしれない。だけどあなただけは人を助けなさい

 

 

ランは迷い無くランタンのスイッチを降ろした。

そして、異様に重々しい銃声と共にショベルカーのバケットが弾かれた。

 

「零場……!!」

 

仲間が強く呼び掛けるも、ランからの返事は無い。

ただそこには巨大な拳銃を構えるランが居た。

 

「んだありゃ? ショベルカーのバケット弾くとかどんな威力だよ」

「つーか、拳銃かあれ? あのデカ女が持ってるのに全然デケエ」

「それより、なんだよ。あの蒼い光は……」

「……あいつ、まさか……」

 

呆気に取られる不良達、それをまるで意に介さずランはトリガーガードを引き込み、折れ曲がる様に開いた銃身から薬莢を排出し、次弾を拳銃に装填する。

そして、弾丸が装填された銃身を左手で押し込み、ショベルカーへ向けてただ歩み始めた。

 

「バカが! ただ歩いてくるとか的じゃん!」

 

不良生徒が手にする小銃や拳銃で、歩み寄るランに向けて弾丸を放つ。

ほぼ全てが命中する。

その様子に初めは的当てだと嗤っていた不良生徒達だったが、次第に異変に気付く。

止まらない。

ランの歩みは一向に止まる気配は無く、腰に提げたランタンが放つ異様な蒼い光に導かれるかの如く、一切の感情を排した表情で、一番前に出ていた不良生徒の眼前に立つ。

 

「は?」

 

コツン、と銃口が額に当てられ呆けた不良生徒が、けたたましい銃声が木霊すると同時に弾け飛んだ。

たった一発、それだけで不良生徒は弾け飛び、アスファルトの道路を二転三転と転がり、頭上にあったヘイローが消えた。

 

「ソイツを回収して下がれ……!!」

 

ショベルカーを奪った不良がリーダーだったのだろう。

号令で不良達は気絶した仲間に抱え、ランから距離を取る。

 

「本当に居やがったのか……」

「リーダー、なんなんだよアイツ。ミキが一発で気絶するとかあり得ねえだろ」

「……蒼い鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)に近寄るな。あれは死沼に誘う光、奴は蒼い鬼火と共にやって来る」

「リーダー?」

「ただの与太話だと思ってたが、マジで居やがったのか」

 

リーダーは久々に頬に冷や汗が流れるのを感じた。

ただの尾鰭の付いた馬鹿馬鹿しい噂に過ぎない。

そう思っていた存在が目の前に居る。

 

「お前ら、とにかく撃ちまくれ! あいつを近付けさせるな!」

「お、おう!」

 

リーダーの言葉に周囲ではなく、ラン一人に向けて銃弾の雨が降り注ぐ。

だが、ランは一切の感情、痛みも苦しみも何も無い。喜怒哀楽すら無い虚ろとも言える表情のまま、ただただ歩み寄る。

 

「ひっ!」

 

逃げ遅れた不良がまた一人弾け飛んだ。愛銃を銃口の間に挟んだにも関わらず、貫通した銃弾を起点にくの字に折れ曲がり地面に転がる。

 

「このっ……!!」

 

その光景にリーダーはショベルカーのアームを操作し、横薙ぎにランに振り抜く。

アームの一撃で倒れたところを轢く。そのつもりで勢いをつけて振り抜いた。

操作レバーも前進する為に倒し、仕留めにかかった。

 

「嘘だろ」

 

しかし、リーダーが見たのは振り抜かれたアームに殴りつけられながら、こちらを狙うランの空虚な瞳と銃口だった。

これから人を撃とうという敵意や害意すら無い。ただそれが当たり前だと無感情に向けられる銃口に、リーダーはあり得ない死を感じ、知らぬ間に涙が流れ出した。

 

「や、やめ……」

「ラン! 撃つな……!!」

 

強い声だった。

ランが引き金を弾く瞬間、そんな強い声が騒動とランの指を止めた。

 

「い、委員長……」

「ヒヒ、すまない。遅れた」

 

正義実現委員会委員長の剣先ツルギが現れ、周囲には正義実現委員会の増援も引き連れている。

 

「ヒャハ、やるか?」

「……と、投降する」

 

凶悪を絵に描いた様な笑みを浮かべ、ツルギがリーダーを見ると彼女は安堵した様子で両手を挙げた。

ツルギは溜め息を吐くと委員会達に不良生徒達の拘束を命じると、ランタンのシャッターを降ろしたランが佇んでいた。

 

「……ラン」

「はい……」

「後てハスミと私の説教な」

「はい」

 

だが

 

「私の声によく止まった」

「え、えへへ」

「照れるな、褒めてない」

 

今日もまた全身傷だらけのランに、ツルギは僅かな頭痛を覚える。

どうやってあの直情型団長にバレずに、救護騎士団に預けるか。

 

「ラン! ランは居ますか!」

 

だがその前に説教だ。

怯えたランを尻目に、こちらに駆け寄って来るハスミを手招きしながらツルギはこれからの事を考えた。




零場ラン
身長¦230cm
所属¦トリニティ総合学園二年
部活¦正義実現委員会

髪は黒のショート、ひどく暴力を恐れる性格でどうして正義実現委員会にいるのか分からないと言われているが、それは彼女の誰かを助けたいという考えから。
武器は13mm対戦車拳銃〝ドア・ノッカー〟、中折れ式単発拳銃。対戦車とは言うが単純な威力では戦車の装甲は抜けない。出所不明

焼硬鋼のランタン
彼女が何時も腰に提げているランタン。
シャッターが降りた丸い窓がある円筒型のランタン。
窓に沿うスイッチを降ろすとシャッターが上がり、蒼い光が溢れ出す。
他人が使うと普通のランタンだが、ランが使うと彼女の意志、意識全てを戦闘にのみ使うようになる。
出所不明

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