その娘は蒼い鬼火と共にやってくる   作:ジト民逆脚屋

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抗う末路(4)

「ラン、ベルタ自警団と面識は無いんすよね?」

「無いよ。私、トリニティから離れた事あんまり無いし」

「すよね」

 

時刻は既に夕暮れ近く、街灯の少なく山間にあるベルタ駐屯所は最早夜に近かった。

人通りは無いに等しく、疎らにある家からの灯りもほぼ無い。

 

「……食堂に行くっすか」

「そうだね」

 

ランがぼんやりと頷き、イチカの後ろをついていく。

どうにも先程のルイカとの会話から、嫌な予感が拭いきれない。

何も無い。その筈なのに、得体の知れない何かが足下を蠢いているかの様な寒気にも似た予感。

 

「ラン?」

 

イチカはふと気付く。ランの気配が無い。

そんな筈は無いと、恐る恐る振り向く。

 

「イチカ、どうしたの?」

「ああ、……いやー、食堂に行くのはいいっすけど、ラン肉食えないっすよね」

「ああ、うん。肉はちょっと……」

「その辺融通利くといいなって話っすよ」

 

ランは何時も通り、ぼんやりとした表情でイチカの後ろに居た。

なのに、どうしてだろうか。この夕暮れの中にランが消えてしまいそうな、そんなあり得ない予感がするのは。

イチカは頭を振り、そんなあり得ない予感を振り払う。

そして指定された食堂の扉を潜る。内装は木造でクラシックなダイナーといった雰囲気で、客もちらほらと姿が見える。そんな客達の奇異な視線を受けながら、空いた席へと座る。

 

「……ラン、さっきまでの話どう思うっすか?」

「武装集団の話? 勘違いだといいよね」

「違うっすよ。湯瀬の態度っす」

「んー、こっちが報告を無視してたって話なら、納得出来る態度だとは思うけど……」

 

ランの言う通り、トリニティ上層部が武装集団の報せを握り潰して無視していたとしたら、ルイカの態度も理解出来る。

話の運びもおかしいと言えばおかしいが、苛立ちをぶつける為の流れなら納得出来る。

しかし、イチカはどうにも疑いの念が晴れない。

まるで、武装集団も物資の件も全てブラフで、もっと取り返しのつかない何かが起きている。

そんな不安がある。

 

「……ご注文は?」

 

と、そこまで考えを進めていたところで、食堂の主人だろう犬型の人が手板を片手に、二人の注文を聞きにきた。

 

「あ、じゃあこのチキンバーガーとコーラで、ランは……」

「ポテトサラダとオニオンサラダ、あとコーヒーを」

「はいよ」

 

主人はそれだけを聞くと、さっさと厨房へと引っ込んでしまった。

余所者は払う愛嬌は無い、という事なのだろう。周囲に居る客からも、あまり良い視線は向けられていない。

 

「そこっすよ。報告を握り潰すにしろ、この時期にそれを上層部、ティーパーティーがする意味が分からないんす」

 

トリニティは三頭政治、パテル、フィリウス、サンクトゥスの三つの派閥の首長によって運営されている。

故にトリニティでは水面下での派閥争いが絶えず、それに加えて救護騎士団やシスターフッドとの権力争いまである。

 

――シスターフッドは表向き不干渉で、動いているのは一部生徒。救護騎士団はまあ、一人が勝手に暴走してその形になる事があるだけっすけど……

 

シスターフッドはその教義を守る為、トリニティの政治や争い事には不干渉かつ完全に独立した組織であり、トップの歌住サクラコはその通りだが、その下の一部生徒は権力の奪取を狙っている節がある。

救護騎士団については、団長の蒼森ミネがトリニティがキヴォトスに誇る暴走特急なので、端から見るとそう見える事があるだけで、傷病者の救護以外に動く事はあり得ない。

前述の各トップの人格だが、ミネはその暴走具合から敬遠されがちだが、その救護にかける高潔な人格は尊敬に値する。

サクラコについてはよく分からないが、あの笑顔をする輩は絶対に何か企んでる。トリニティ転覆を企てていると言われても納得出来る。

一番考えたくないのは、自分達のトップであるツルギが無視していたという可能性だが、ツルギの性格上はまずあり得ない。

ティーパーティーの各派閥トップに関しては言わずもがな、自身の派閥の方針をどう進めるかの争いの最中だろう。

となると現時点では、ベルタ自警団の報告を握り潰したのはティーパーティーか、次点でサクラコの暗躍だと推測出来る。

 

「ランはシスターフッドのトップとは会った事あるっすか?」

「サクラコ様? 前に菜園の手伝いしたら、きゅうりくれたから良い人じゃないかな?」

「なに、餌付けされてんすかね……」

 

ランが力仕事に借り出されるのは割りとあるが、餌付けされているのは初耳だ。

 

「あ、トマトも貰った」

「完全に餌付けされてるじゃないすか……」

 

扱いがほぼ農耕馬のそれだ。

イチカが頭を抱えていると、頼んだ料理が届く。

学園のカフェテリア程ではないが、想像より本格的なものだ。

イチカがバーガーに齧りつき、ランがポテトサラダのマカロニを摘まみながら、混じっていたハムをそーっとイチカの皿に移していると、隣の席から小さな話し声が聞こえてきた。

 

「けっ、今更来てのんきに飯かよ」

「エリート様ってのはやっぱり違うね」

 

声の主は自警団ではなく、駐屯所の住人だった。

草臥れた作業着で酒が入っているのか、若干顔が赤い。

 

「ルイカちゃん達が必死に守ってくれてるってのに、やっぱりいい気なもんだな」

「やめとけよ。正義実現委員会ってのは、戦略兵器が率いてんだぜ? 機嫌損ねたら、冤罪だろうが暴れられるぜ?」

 

よくあるやっかみだが、聞いていてあまり気分の良い内容ではない。

しかし、イチカはこれは使えると、少し黙って喋らせる事にした。

 

「大体、何だって今になって来たんだか」

「エデン条約だろ? あれでルイカちゃん達が邪魔になったんだろ」

「へっ、自分達はのうのうと過ごしていて、今になって必死かよ」

「ルイカちゃん達があんな事をしちまったのも、全部アイツらがルイカちゃん達任せにしたせいだってのに……」

「バカ! 聞かれたらどうすんだ」

 

――ちゃんと聞こえてるっすよ

 

明らかに敵対心むき出しの内容だったが、鍵となる情報は手に入った。

ベルタ自警団は何かしらの違反行為をして、その隠蔽の為に自警団解散の通達を無視していた。

筋書きとしてはこんなところだろう。

 

「ねえ、イチカ」

「なんすか? ちょっと後にしてほしいんすけど……」

「自警団の人達はベルタを守りたいから、解散の通達を無視してたんだよね」 

「今の話が本当ならそうっす」

「でも、本当にそれだけなのかな?」

 

それは一体どういう事なのか。

イチカはランに問い返そうとしたが、ランの顔を見て止めた。

どう言えばいいか分からない。ランの顔にはそう書かれていた。

確かに今の話を加味すると、ベルタ自警団の行動がおかしくなる。

自警団としての誇りがあり、その誇りであるベルタ駐屯所を守る為に、違反行為を隠蔽しようとした。

であるならば、この駐屯所自体が何らかの違反行為に手を染めたという事になる。

だが、今の話では駐屯所ではなく自警団がという内容だ。

 

――隠蔽を隠す為の演技にしては手が混みすぎっすね

 

地域に愛される自警団を演じていた。という線は無い。

となると、今回の話の核はやはり違反行為の内容になる。

それを聞き出すのは困難というより、不可能に近い。現時点で不快か怒らせている相手に、その内容を問うても返ってくるのは更なる怒りだけだ。

それに一応は調査もしなくてはならないので、余計な争い事は避けたい。

なら、ここの他の住人に明日にでも答えが返ってくる事を祈って話を聞くしかない。

 

「おい、聞いてんのか?」

 

と、そこまで思案を纏め勘定を済ませようかとした矢先、先程まで陰口を叩いていた一人がこちらに千鳥足で近付いてきた。

 

「やめとけって、マジなのは洒落にならねえから」

「うるせえ! 何だってあんな良い子達があんなもん背負わなきゃいけなかったんだ! 全部コイツらがこんな田舎を押し付けたからだろうが!」

「いや、ちょっと待ってくださいっす」

 

かなり酔っているのか、連れの制止すらはね除け、イチカに詰め寄る声や呂律は定かではない。しかし、確かな敵意はある。

このままでは不味いと、ランは立ち上がり男を止めようと声を掛ける。

 

「あ、あの、落ち着いてください……」

「ああ?! ああ……?」

 

イチカが見上げる作業着の男だが、その男すら見上げるのが長身のランだ。

男はまるで初めてランの存在に気付いたかの様に驚愕し、イチカはその隙に代金をテーブルに置き、ランを引っ張って食堂から転がり出る。

そして、宿舎に向けて走る。

 

「い、いぃ、イチカ?!」

「ラン、とりあえず宿舎に戻るっすよ!」

「わ、分かったから! 手離して! 首が絞まる!」

 

ランの背を引っ張る形となったイチカが、ランの息の根を止めかけたが、収穫はあった。

後はベルタ自警団の違反行為を明らかにするだけだ。

若干ぐったりしたランを引き連れ、イチカは明日の決着を目指し宿舎へ向かった。

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