「自警団についてねえ?」
「いやー、余所者が申し訳ないっす。でも一応は仕事なもんで、調査したって名目が必要なんすよ」
翌日、駐屯所唯一の商店でイチカはどうにか情報を聞き出そうと平身低頭で頼み込んでいた。
しかし、店主の返事は冴えない。
「自警団の皆はよくしてくれてるよ。こんな寂れた田舎で腐らず、私達の困り事をすぐに解決してくれたりさ」
「はー、やっぱり報告にあった通りっすね。うちの委員長も、実はベルタ自警団に手助けをしようとしてたみたいっすけど、どうにも上のしがらみで邪魔されてたみたいで……」
「はは、お役所仕事は大変だねえ」
――くあーっ! さっさと情報吐くっすよー!
イチカ達は現状、この調査期間中だけティーパーティーに準ずる権限を貸与されている。
しかしそれは、トリニティ総合学園の目が届く範囲内のみ。
このベルタ駐屯所では、ベルタ自警団が最高権力。故にこの権限は意味を成さない。
だからイチカは多少は無理矢理にでも、情報を引き出す為に昨夜の酔っぱらいの言を利用する事にした。
「エデン条約後はトリニティとゲヘナの治安維持機構は、一度解体されるって話は知ってるっすか?」
「ああ、そんな噂を聞いた様な……。まあ、自警団の皆が居れば私達には十分さ」
「……ちょっと小耳に挟んだんすけど、ここの自警団の隠し事が上層部で問題になってるらしくて……」
わざとらしく声を潜めて、周囲を警戒する様にして店主に耳打ちする。
その様子と内容に、店主は眉を潜めて問い返した。
「……どういう話だ?」
「いや、なんでもトリニティ上層部ではエデン条約が気に入らないベルタ自警団が、納入された物資を横領して反旗を翻そうとしてるって話になってるらしく、私達はその火消し。つまり、そのあり得ない噂の真偽を確かめてこいと」
「ルイカちゃん達がそんな事する訳ねえだろ!」
「……落ち着いてくださいっす。私達も委員長も、そんな筈は無いと、何かの間違いだと、それを証明する為に来たんすよ」
とりあえず確証は無いが、ベルタ自警団のクーデターという可能性は低いという情報は得られた。
後はベルタ自警団がしてしまった違反行為の内容だ。
それを聞き出せれば、後はツルギに報告して調査は終わりだ。
「……もし知っているなら教えてくださいっす。ベルタ自警団はなにを隠しているんすか?」
「……俺は何も知らねえ。ルイカちゃん達ベルタ自警団は、ここをずっと守ってくれる信頼出来る子達だ。あんたらの勘違いだろうよ」
「つまり、武装集団の噂が巡り巡ってそうなった?」
「くどいな。ほら、買うもんが無いならさっさと帰りな。商売の邪魔だ」
明らかな拒絶の態度、イチカはこれ以上は踏み込めないと判断し、話を切り上げる事にした。
「あ、じゃあそのサンドイッチくださいっす。ハムと玉子のやつと、そっちの野菜だけのやつ。これ、肉入ってないすよね?」
「あ? 肉は入れてねえよ。肉食えねえのか?」
「私じゃなくて、連れが無理なんすよ。ポテトサラダのハムも避けるくらいっすから」
「筋金入りだな。ほらよ」
「有難う御座いますっす」
サンドイッチを受け取り、代金を支払うと手分けしていたランを探し始める。
さて、あの長身は何処に行ったのかと広くはない駐屯所の広場を見渡すと、蹲ったイチカ程はある木箱を抱えて右往左往するランの姿を見つけた。
「……なにやってんすか?」
「あ、イチカ。えと、話を聞いてた人が用事を思い出したから、これを預かっててほしいって言われて……」
「それで律儀に抱えたまんま待ってるって事すか。ホント、お人好しというかなんというか……」
明らかに話を聞き出すのに失敗して、お人好しを見抜かれて押し付けられただけなのに、それを疑いもしないとは、本当にアホなんじゃないかと思うイチカだった。
「あ、でもねイチカ。その人と話をして、イチカに言われた通りに聞いたら、ちらちらあっちの森を見てたよ」
「森を? 気のせいとかじゃなく?」
「うん、自警団の隠し事って聞いたらちらちら見始めた」
ランの話が確かで、住人の反応が真実に繋がるなら、彼女が指差す森はベルタ自警団の敷地の裏手だ。
「……ラン、お手柄かもしれないっす」
「へ?」
いまいちピンときていないランだが、これは恐らく当たりだ。
駐屯所の住人は自警団の秘密を知っていて隠している。あの様子から、脅されていてという訳ではないだろう。ほぼ確実に物資の横領、もしくは何らかの違反行為を自警団だけでなく、駐屯所ぐるみで働いていた。
そして、その秘密はあの森にある。
だが、気になるのは昨夜の酔っぱらいの言だ。
――ルイカ達があんな事をしてしまったっすか。してしまったってのが引っ掛かるっすね
それにルイカの態度にも違和感はある。
あれはまるで、覚悟を決めた。そうとも見える態度でもあった。
今回の件はずっと何かが引っ掛かる。まるで仕掛け鏡の様に、こちらに都合のいい風景ばかりを見させられている。そんな気分になる。
しかし、動かねば風景も何も変わらない。
気を取り直して、イチカはランを伴い森へ向かう為に自警団の敷地へと足を向けた。
「ねえ、イチカ」
「なんすか? 早く行くっすよ」
「この木箱、どうしよう?」
「騙されてんすから置いてくっすよ」
「え? 騙されて?」
「……マジで気付いてなかったっすか」
本当にアホなんじゃないか。
帰ったらもうちょっと人を疑う事を教えよう。
イチカはそう決めた。
「団長、住民から報告が」
「早かったな」
「ええ、しかし想定通りです」
ベルタ自警団の執務室で、ルイカは車長の報告に頷きながら窓からの景色を眺める。
この森しかない田舎に生まれ、外を見る余裕も度量も無く、しがみつく様にこの狭い土地を守り続けた。
住民との関係も良好、散発的に襲ってくるゲヘナの不良共も敵ではなかった。
その驕りと油断、そしてそれが招いた取り返しのつかない過ち。
「ミホコ」
ルイカは車長に呼び掛ける。
その声色はベルタ自警団団長としてではなく、嘗てただの幼馴染みだった頃の声色だった。
「なに? ルイカ」
そして車長も、ただのルイカの幼馴染みのミホコとして応える。
「手間を掛けさせるが、奴を頼めるか」
「任せなって。……せめて、答えの一つくらいにはなってやりたいしさ」
「すまんな。お前達に罪の上塗りさせてしまう」
「相変わらずのお人好しだ」
「うるさいな。そのお人好しに付き合ってこんな事になったくせに」
「そのお人好しだからついてきたんだよ」
ルイカは帽子のつばで顔を隠す。いつしかしなくなった昔からの癖。
「……んじゃ、行ってくる」
「ああ、頼んだ」
ミホコが部屋を出ると、ルイカは携帯電話を手に取り画面を操作する。
出したのは通話用の画面。ルイカは少しだけ震える手で番号を押し、とある人物へと通話を繋げた。
「……正義実現委員会委員長、剣先ツルギだな。私はベルタ自警団団長湯瀬ルイカだ。……取引がしたい」
そして取引内容を告げた。