「さて、鬼が出るか蛇が出るか。何も出ない事を祈るっすけどね」
ベルタ自警団の敷地に再び足を踏み入れた二人は、ある事に気付く。
「ねえ、イチカ。なんか変じゃない?」
「……人数が少ないにしては、やけに静かっすね」
ベルタ自警団は二十人に満たない。だが、それにしても敷地内で人の姿が無さすぎる。
ルイカ達と会った自警団宿舎、そして訓練を行う広場。全てもぬけの殻、夜逃げでもした様な静けさだ。
「あのー、誰か居ませんか?」
「居ないっすね」
何故かゴミ箱を覗き込むランを他所に、イチカは無人の宿舎内を観察する。
飲みかけのカップや、椅子等の形跡から先程まで人が居たのは確実。随分慌ててたか、かなり急いでいたのか、ロッカーも開けっ放しだ。
「ラン、そっちはどうっすか」
「こっちも居ないよ」
「残るは車庫と執務室っすね……」
逃げた、という可能性は考えたくない。ここの住民達はベルタ自警団の事を信頼していた。
仮にベルタ自警団が不正を働いていたとしても、その内容からくる刑罰も重くはならない筈だ。
それはルイカも予測しているだろう。
だが逃げれば、その予測も覆る。
何らかの企みがあるとして、反逆者の汚名を被され処罰される。
――一体なにを考えて……
今思えば、住民達の反応も妙だ。
こうして少し考えれば、物資の横領や解散命令の無視だけで、あそこまで過剰と言える拒絶反応を見せるとは思えない。
まるで、自分達にバレれば自警団だけでなく駐屯所そのものが処罰の対象となる。そんな違反行為を働いた。
そうとしか考えられなくなってきた。
「ねえ、イチカ」
「どうしたっすか?」
「昨日の話なんだけど、ベルタ自警団が守りたいのは自分達じゃなくて、ベルタ駐屯所っていう環境なんじゃないかなって……」
「どういう意味っすか? それは一緒でしょう」
「えっと……、そうじゃなくて……」
いきなり何を言い出すのか。イチカには理解出来なかった。
ベルタ駐屯所という環境を守る。それはベルタ自警団の仕事だ。しかし、今の自警団は駐屯所と共倒れになろうとしている様にしか、イチカには見えない。
だが、ランにはそうは見えていない様だ。
「えっとね、駐屯所の人達は自警団の人達を庇ってるよね」
「そうっすね」
「でも、自警団の人達は解散命令を受け入れていて、でも何故か抵抗していた。多分だけど、変わるのが怖いんじゃないかな……」
「変わるのが怖い?」
「うん、自警団や駐屯所の人達は今まで辛い事や、楽しい事いっぱいあったと思うんだ。でも、エデン条約でその中の自警団が無くなる。だから、今までの自分達を否定された。そう感じたんじゃないかな」
「……仮にそうだとしても、この状況には説明がつかないっす」
「でも、自警団や駐屯所の人達はある日突然、それを忘れろって言われた形になると思うんだ」
「…………」
ランの言い分も納得出来る。今までの自分達の功績、それも外様からの碌な援助も無いまま、それでも務めを果たしてきた。そして周囲からの信頼も得て、これからもそれを続けていく。
そう思っていた矢先、外様がそれを嘲笑うかの如く奪いにきた。
確かに、ベルタの人達にとって面白くない話だ。
しかし
「まずは現状を掴まないと、ランの考えはただの感傷と同情っす」
「うん、そうだよね……」
「だから、とにかく自警団を見つけて話を聞き出すっすよ」
「うん!」
「それじゃ、手分けするっすよ」
二人は手分けして執務室と車庫に分かれる。
ランの言い分、それを理解出来るとイチカは口にはしなかった。
何故かある疑問が湧いたからだ。何故かは判らない。根拠も理由も無く、何故か疑問が湧いた。
自分達の立場や環境が変わるのが怖い。磐石とも言える正義実現委員会や、トリニティ総合学園に所属していて、何故その答えをすんなりと出せたのか。
変化とは、言い替えれば喪失にも繋がる言葉だ。
エデン条約で新しい治安維持機構が発足するから、正義実現委員会が無くなるという理由だけでは足りない様に思える。
そう、あれはまるで
――何かを失った事があるんすか?
ランは何かを、誰かを失った事がある。
だから、あの答えを出せた。
そう思えて、しかし問い返せば何かを失ってしまう。
そう感じて、イチカは問い返せなかった。
だからイチカは、後で必ず話をしようと決め、執務室へ向かった。
そしてその途中、イチカの携帯が鳴った。
発信元は
「委員長?」
疑問しながら、通話ボタンをタップして耳に当てる。
「イチカか」
「まあ、そうっすけど何かありましたか?」
「……ベルタ自警団の件だ。……心して聞け」
いつになく張り詰めた声が紡いだ言葉に、イチカはそれ以上返事も出来ず、執務室を目前に立ち尽くした。
突如鳴り響いたサイレンにも、ルイカ達が始める間違いの号令にも、それしか出来なかった。
「……戦車の乗員に告げる! 抵抗を止めて降車せよ!」
開いた車庫で震える手でドア・ノッカーを構え、戦車の前に立つ。
ベルタ自警団が何をしようとしているのか。それはこのけたたましく鳴り響くサイレンと共に、ベルタ駐屯所に届くルイカの宣言で明らかになった。
『親愛なるベルタ駐屯所の諸君、我々ベルタ自警団は蒙昧なトリニティ総合学園上層部に反旗を翻す事を決定した。従って諸君らにはその人質兼我らの盾となり、今までの恩を返して貰おうと思う』
「……どうして?! 貴女達はここを守りたいんじゃなかったの?!」
ランは叫んだ。
守りたい。守ってきた場所。その大切な場所や人々に対し、これはあんまりな仕打ちだ。
「答えて……!」
「……過ちは正さねばならないからだよ。同類」
エンジンを稼働させた戦車のキューポラから、車長であるミホコが上半身を出してそう言った。
「同類って……」
「……目を見れば解る。解ってしまった。お前は私達の同類だ。なら、解るだろう? 過ちは正さねばならない」
「これがどうして償いになるんだ……?!」
「なるさ。お前にも解るだろう? 罪には罰が必要だと」
今にも泣き出しそうな、悲嘆と後悔の色に染まった目。ランはその目を知っている。知らない筈が無い。
だってその目は、毎日鏡の前で見ている目だ。
「私達の罪、……殺人の罪に他人を巻き込む訳にはいかんだろう?」
「っ……?!!」
戦車が動き出し、ランはそれを反射的に回避する。
「さあ、同類よ。お前の罪は私達には判らない。だが、その目は私達と同じ取り返しのつかない罪を犯した者だ。そして今のお前は私達を裁く者だ。……頼むよ」
転がる様に倒れ、それでも放さない拳銃、罪の証拠。
そして、その引き金を預けてしまった罪の象徴。
立ち上がったランは、旋回してこちらに砲口を向ける戦車の前で、その罪の象徴に指を掛けた。
「それでもこんなのは間違ってる。だから……」
「
ミホコがその光を確認し、車内に引っ込むと同時に、蒼い鬼火に導かれる罪人の行進が始まった。