その娘は蒼い鬼火と共にやってくる   作:ジト民逆脚屋

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抗う末路(7)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

 

ランタンを点けるとどうなるか。

視界の端から真っ黒な靄が滲み出て、それ以外の思考が塗り潰される。

塗り潰されて、それだけしか考えられなくなって、痛みも恐怖も判ら分からなくなる。

ただ、殺さなくちゃいけない。それだけに突き動かされて、引き金を弾く。

ああ、違う。これは靄じゃない。

声だ。

 

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

――Toten sie(殺せ)

 

自分の中から湧き出てくる声が、それだけに向かわせる。

ああ、そうだ。この声はランタンからじゃなくて、自分の中から湧き出てくる。

じゃあ、私は殺したくないのに殺そうとしてる。

あれ? じゃあなんで私は殺そうとしてるんだろう。

この人達を止めようとしてた筈なのに……

 

 

――考えるな。お前に考える事は許されない

 

 

ああ、そうだ。だから、殺さなくちゃ。

私に考える事は許されないんだから

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが蒼い鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)……」

「……呑まれるなよ。私達の役目を忘れるな。榴弾撃て!」

「はい!」

 

ミホコの命令に砲手が榴弾をランの進行先の足元、丁度爆風がランを飲み込む位置に撃ち込む。

聞き馴れた轟音と爆音、そして爆風が戦車の装甲を叩き粉塵が舞い散り、砂煙の中で蒼い鬼火が揺らめいた。

 

「当たってない?」

「照準は合ってた筈……、まさか、この距離で避けたの?」

「次弾装填! キョウコ、前進して反転! 背後を取れ。……最悪、掠めても構わん」

「いいんですか? 戦車の直撃は流石に……」

「……全速力でなくていい。背後を取るんだ」

「了解!」

 

アクセルペダルを踏み、戦車を前進させる。当てる振りだけをして、背後に回る。ただそれだけだ。

決意を固め、狭い覗き窓から虚ろな目をしたランを捉え、その動きに合わせて舵を切る。

その筈だった。

 

「は?」

「何を考えて……!?」

 

操縦士のキョウコがレバーを操作しようとした瞬間、ランは前進した。

そして、加速を始めた戦車に追突。エンジン音が響く車内でもはっきりと聞こえた。

加速した鉄の塊により肋骨が砕け散り肉がひしゃげる音と、勢いに巻かれてランの巨駆が戦車に乗り上げる音だ。

驚愕し、呆気に取られる乗員達。しかし、ただ一人。ミホコだけは叫んだ。

 

「避けろエリ! 狙われているぞ!」

「は?」

 

ミホコが叫ぶのと砲手のエリの体が、つんざく様な激音と共に狭い車内で縦に跳ねたのは同時だった。

 

「……っ! 制動! 振り落とせ!」

「了解!」

 

キョウコが急ブレーキを掛け、車体が前につんのめる。

その衝撃で戦車上部に張り付いていたランは投げ出され、地面に嫌な音を立て落ちた。

 

「ミホコ、あいつは……」

「蒼い鬼火に近寄るな……」

 

――あれは持ち主の魂を食らう炉

――例えその腕をもがれても、その目を焼かれても奴は決して歩みを止めない。

――蒼い鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)に導かれるままに、道連れを増やそうとこちらに歩み寄る。

 

狭い覗き窓から見える姿、それは正しく幽鬼と呼ぶに相応しい禍々しさと、あまりに惨たらしい虚無を孕んでいた。

まるで噂通りに、腰のランタンから漏れ出る光に引き摺られる様に立ち上がり、虚ろな目と顔で次弾を装填する。

先日見た気弱な印象なぞ、何処にも無い。ただ、こちらに殺意だけを持って歩み寄る。

それしか無い、それ以外出来ない。今のランはこのトリニティ、否、キヴォトスにおいてあまりに異質で異常だ。

 

「正義実現委員会め……、どうしてこうなるまで放っておいたんだ。エリは?!」

「完全に気を失ってます!」

「頭を固定して寝かせておけ。リエ、砲手交代。撃て!」

「はい! ……っ!!」

 

照準を合わせようと照準器を覗いた副砲手のリエは、ランの行動を見て反応が遅れてしまった。

 

「……折れた足で歩くの?!」

「放て! 近寄らせるな!」

 

長いスカート裾から見える左足は折れていた。離れていてもはっきり判る程に、力無く折れ曲がった足を一度地面に着け、折れた骨が皮と肉を裂く事すら厭わずランは前進する。

ただ鬼火に導かれるままに、その意思も自我も無く、ただひたすらにこちらを食い破ろうと殺意を向けてくる。

 

「……私達もああだったのかもしれないな」

「かもね。でも、だからこそあれは止めないといけない」

 

あの日、許されない過ちを犯した。その時の自分達も、きっとあんな風に見えていたのだろう。

人を殺すという忌避感を無視する異常性、それを乗り越えてしまう残虐性。それら全ては元々誰もが持っているものだ。

違うのは、それらを表に出すか否か。

 

自分達はもう戻れない。だが、目の前でただそれらに突き動かされるだけのランは違う。

二射目も直撃ではない。

これで分かった。ランには恐怖にすくむ瞬間が無い。

いくらキヴォトス人が頑丈でも、銃口を向けられれば警戒するし、戦車の目の前に立てばその威圧感で判断が遅れる。だから、戦車乗りはその瞬間も含めて照準を合わせる。

だが、ランにはそれらが無い。だからこそのズレが直撃を避け、この接近を許してしまう。

 

「ミホコ!」

 

狭い車内で副砲手のエリに突き飛ばされ、瞬間にエリの体が鉄を切り裂く様な音と共に弾かれる。

それを見たキョウコはアクセルペダルを、もう一度踏み込もうとするが、少し疲れた笑みをミホコに向けて止めた。

 

「ごめん……、私これ以上はこの子に怪我させらんない……」

 

そう言い終わるかどうかの時、キョウコもランの一撃により弾かれた様に倒れ込む。

それを見届け、ミホコは戦車の装甲越しにこちらに狙いを定めているだろうランに視線を向ける。

あの日の罪がこうして返ってきた。後はルイカが上手くやる手筈になっている。

だから心配は要らない。ベルタ自警団は無くなるが、ベルタ駐屯所は残る。

これは自分達の罪だ。だから、自分達だけで持っていく。

 

「お前は多分、そのランタンに動かされてるだけで、お前はまだ間に合うよ。だから、その引き金は私達で最後にするんだ」

 

戦車の装甲に銃口が押し当てられる微かな音を耳に、ミホコは来る衝撃に備えて目を閉じた。

だが、

 

「止まれぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

来たのは銃声でも衝撃でもなく、聞き慣れた声だった。

 

「よっしゃ止めた?!」

「おい、その子足怪我してんぞ!」

「医者呼べ!」

「ミュゼ先生は居ねえよ!」

「おい、添え木と包帯持ってこい!」

 

慌ててキューポラから這い出ると、駐屯所の住民達が自警団敷地に集まり、数人掛かりでランを抑え込んでいた。

 

「何をしている?!」

 

取り押さえられた時に偶然にもランタンのスイッチが切れたランが、何が起きているのか理解出来ずに足や他の治療を受けていた。

それを見たミホコが叫ぶ。

何故、私達は貴方達を裏切った。あのルイカの放送は本気でそうしようとしたからだ。

なのに、どうして

 

「いや、ルイカちゃんがそんな事する訳ねえしさ」

「そうだよな。ミホコちゃん達がどんだけ間違っても、悪ぶってもあんな放送の事する訳ねえ」

「違う! 我々は惰弱なトリニティ上層部に取って替わって……!」

「もういいんだよ、ミホコちゃん」

「良くない! 何も良くないんだ……!!」

 

 

叫ぶというより、最早泣き叫ぶ様な声だった。

自分達は貴方達を裏切った。許されない罪に無理矢理共犯にした。

だから、自分達がその殺人の罪を背負い、貴方達は脅されていた。

その筈だったのに

 

「ごめんな、俺ら大人が情けないばっかりに君らに背負わせちまった」

「違う! 私達が……」

「もういいんだよ。子供の間違いは俺ら大人が背負わなきゃいけないんだ。それに、どんな間違いを犯したって、自分の幸せを捨てていいなんて事はないんだ」

 

その言葉にミホコの中にあった最後の柱が折れた。

欲しかった言葉、しかし欲してはいけない言葉。

それが今になってきた。

 

「あ……!」

 

もう無理だ。今まで耐えてきた涙が溢れる。

ミホコは戦車の上で蹲る様にして泣いた。それしか出来ず、住民から背を撫でられるばかりだった。

 

「幸せを捨てなくていい……?」

 

素人治療で足を固定されたランは、その光景を見ながら誰にも聞こえない呟きで、呆然としながらその言葉の意味を考えていた。

人殺しが幸せになっていい。それでは殺された人やその大切な人はどうなる?

自分を殺しておいて、自分の大切な人を奪っておいて、どうしてお前だけ幸せになれる。

分からない。何も分からない。

だが、もし本当にそれが許されるというのなら、自分も皆と同じ所に行ってもいいのだろうか。

 

「後は正義実現委員会の二人だが……」

「それに関して、こっちから話があるっすよ」

 

呆然とするランを、心配する視線を向けていた住民達の後ろ、自警団宿舎から姿を現した。

 

 

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