「湯瀬ルイカ」
「仲正イチカ、聞いたんだな」
「ええ、聞いたっすよ。何故、こんなバカな真似をしたのか」
「バカな真似か……。手厳しいが、正しくそうだな」
戦闘音、これは間違いなくランが戦っている。
手分けするべきではなかったと後悔するが、今はそれよりも目の前の馬鹿者の相手をしなくては。
「愚か者、我々はそう呼ばれて然るべきだ」
「結局、何があってその選択をしたんすか?」
「始めはただのゲヘナの馬鹿者がちょっかいを掛けてきた。そう思っていた。だが、実際は違った」
ルイカが語る事の真相、それはキヴォトスの禁忌中の禁忌。ベルタ自警団が犯した殺人の罪だ。
普段通りの鎮圧、そう思っていたが現実は違った。
現れた集団の練度は異様で、まるで一つの意思の元に完全に統率されているかの如く、数の少ないベルタ自警団を圧倒してきた。
しかしある一瞬、ほんの一瞬だが、敵集団の動きが一斉にに止まった。
その一瞬の隙にベルタ自警団は反撃し、その結果敵集団の全員を殺害してしまったという。
「……一応、聞いてはおくっす。遺体は?」
「自警団宿舎の裏山だ。身元も何も分からなかったから、そこに埋葬した」
「そこを住民に見られた」
「そうだ。そして、駐屯所全員で隠蔽した」
「……何故、今になって自白したんすか? こう言ってはなんすけど、言わなきゃバレなかった」
「いや、いずれ綻びが出る。そうなれば、ベルタ駐屯所だけでなく、トリニティ。……顔も名前も知らぬ同士達にも咎が及ぶ可能性があった。だから、エデン条約締結前の今、クーデター未遂という隠れ蓑が必要だった」
「だからって、これは無しっすよ」
「いや、必要な事だ。ベルタ駐屯所が、トリニティが未来へ進む為の犠牲だ」
鉄を引き裂く様な銃声の後、ルイカは少しだけ疲れた様な、しかし憑き物が落ちた様な顔で、渋面のイチカに微笑んだ。
「ベルタ自警団団長湯瀬ルイカが自供したっす。だからこれ以上は流石に見逃せない」
「見逃せないって、どんな権限があって……」
「私達二人は今回の調査中、ティーパーティーに準ずる権限が与えられてるっす。その期間中、私達の決定はトリニティの意思になる」
「横暴だ! 大体、ルイカちゃんが自供したってどういう意味だよ?!」
「……司法取引っすよ。あんた達全員を守る為の」
「その通りだ」
「ルイカ……!?」
毅然としたルイカが渋面のイチカの隣に立つ。
「私ベルタ自警団団長湯瀬ルイカは、トリニティの治安維持部隊である正義実現委員会の司法取引に応じ、トリニティ総合学園へ出頭する」
「そっか……、……待て。それはルイカだけじゃない! 私達もだ……!」
ルイカの言の違和感に逸早く気づいたミホコが声を挙げる。司法取引までは計画通りだが、出頭するのはベルタ自警団全員の筈だ。
そう決めて、今回の事を起こした。なのに、出頭するのはルイカ一人と言った。
これでは話が違う。
「控えろミホコ。必要な事だ」
「なにが、何が必要なんだ?! あんたみたいなお人好し一人に全部被せろってのかよ?!」
「そうだ。それがエデン条約が控えたトリニティを守る為に必要な事だからだ」
あっさりと淀み無く告げられた結論と、ルイカの決意の表情にミホコも誰も何も言えなかった。
自警団も住民も何も言えず、イチカすらルイカの決断を覆せない。
これはもう決まった事で、覆す事は出来ない。
誰かが泥に塗れる事で、誰かが綺麗な場所に居られる。この世界はそういう世界なのだ。
だが、
「本当に、それでいいんですか?」
それでもと、住民から借りた鉄パイプを松葉杖代わりに立ち上がったランが問う。
人殺しでも幸せになっていいなら、今のルイカは違う。人殺しだからこそ、自分一人で罰を背負う。
それはランがしようとしている事だ。
「……零場ランだったか。お前になら解るだろう。誰かが背負わねばならん事だと」
「でも、町の人達は間違っても幸せになっていいって……」
「それが私の幸福だからだ。この町の、ここの人々の幸福。それが私の幸福だ。そして、それは顔も知らぬトリニティの同胞を守る事に繋がる」
「でも……」
「零場ランよ。君のその優しさは美徳だ。しかし、責は負わねばならん。頼む。私に君達の未来を守らせてくれ」
ルイカの言う事も納得は出来る。
この先、殺人という罪を犯した者を隠せばトリニティはゲヘナから不利な条件を言い渡されても、その隠蔽を口実に条件を飲まざるを得なくなる。
そうなれば、トリニティに住まう人々は不利益を被る事になり、ゲヘナとトリニティでの友好条約であるエデン条約は最悪の形となる。
だから、ルイカはクーデター未遂の首謀者という隠れ蓑を用意し、自分一人に罪を集めた。
だが、それなら同じ人殺しのランも、自分も同じだ。
「それなら……」
「零場ラン、君は違う。君も恐らく何かを抱えているのだろう。だが、君の答えはまだ出ていない。……仲正イチカ」
「……湯瀬ルイカ、ベルタ自警団並びにベルタ駐屯所住民に対する脅迫、そしてクーデター強要の容疑で逮捕するっす……」
ランの言葉を遮る様にして、ルイカはイチカに両の手を差し出す。
そして誰もがその手に手錠が繋がれるのを、ただ見る事しか出来なかった。これ以上は、ルイカの意思を踏みにじる事になる。
「零場ラン」
「はい……」
「これから先、君は君の末路を選ぶ事になる。だが、君は私と同じになるな。君は先に進める」
だから、
「間違えてもいい。ただ、周りを信じろ」
「信じてますけど……?」
きょとんとした表情のランに、ルイカは一瞬だけ今にも泣き出しそうな顔をした。
そう、ランは皆を信じている。何時か、そう何時か自分の罪が糾弾される時が来る。
その時に必ず自分は裁かれ、この世界の正しさを証明してくれる。
自分という、殺人鬼という間違いを正してくれる。
罪には罰だ。ルイカは他の皆の罰を全て引き受けた。
なら、自分も同じくあるべきだ。
間違えても幸せになっていいなら、きっとその間違いは正されてから幸せになるべきだから。
「信じてます。だって、間違えても幸せになっていいでしょう」
「……そうか」
ルイカは唇を噛み締め、ランに背を向ける。
そして、イチカに向き直った。
「仲正イチカ」
ランにも、誰にも聞こえず、イチカにだけ聞こえる声量でルイカはイチカに告げる。
「零場ランから目を離すな。このままでは彼女は、……貴様らの知らぬ場所で消える事になる」
「……言われなくても、そのつもりっすよ。最悪、あのランタンを取り上げてでも」
「そうか」
懇願というより哀願に近い視線と表情、ルイカはそんな顔で俯くと、イチカの先導に従い歩き出した。
「あ、イチカ」
「ランは治療が先っすよ。後、委員長と副委員長、ついでにコハルの説教っす」
「うえ?」
「当たり前っす。……ランの事、頼みます」
「……判った」
全て飲み込み、背負う覚悟を決めたミホコが頷く。
事件が解決すれば、大抵は晴れやかな気分になるが、今回だけは別だ。
事件自体は解決はしたが、問題は解決していない。どう解決すればいいのかすら解らない。
そんな後味の悪さと、この先の不安だけを残した事件は、トリニティの闇に葬られる事になった。