その娘は蒼い鬼火と共にやってくる   作:ジト民逆脚屋

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あまねく■■への転換点

ミイラだった。

トリニティ総合学園の清潔な保健室にて、特大のミイラがベッドで蠢いていた。

 

「……あの、これは?」

「ランです」

 

先日の一件で、ランは全身打撲と左肩の亜脱臼で入院していた。

本来ならこんなミイラにされる様な怪我ではないのだが、あまりに病室の常連であり、ハスミ達の言い付けを聞かなかった事で罰としてミイラにされていた。

 

「何かを封じた遺物とかでは?」

「いいえ、これは私達の言う事を聞かずにランタンを点けたランです」

 

ミイラが抗議する様に蠢くが、怒り心頭といった様子のハスミは無視して見舞いの林檎の皮を剥く。

 

「まったく、私とツルギがあれだけ言い続けているのに、どうしてあなたはそうも自分を大切にしないのですか」

「むむむ……」

 

そんなつもりは無いとでも言いたげな抗議の様な音が、ミイラ改めランから聞こえる。

実際、ランにそのつもりはないのだろう。しかし、彼女の戦い方はいつもそうだ。

自身を勘定に入れない自己犠牲の戦法。ハスミもこれは彼女の優しさの裏返しと思っていた。

だが、実際は違う。

 

「ラン、次はミネに看病させますからね。この意味は分かりますね」

「むー!」

 

今は所用で外している救護騎士団団長の蒼森ミネ。

彼女にかかれば、この利かん坊も大人しくなる。

事実、一度ミネにより強制的に大人しくさせられているからか、ランは一層抗議の音を出す。

 

「まあ、大人しくするっすよ。明後日には退院なんすから」

 

ハスミと一緒に見舞いに来ていた仲正イチカがそう言い、ハスミが切り分けた林檎を齧る。

瑞々しく甘酸っぱい、良い林檎だ。肉類があまり食べられないランには丁度いいだろう。だろうが、見れば半分程はハスミの胃の中に消えていた。

 

「むー」

「いいですか、ラン。これは正当な罰です。ええ、私の言い付けを聞かなかった正当な罰ですとも」

 

出来の悪い子に言い聞かせる様にハスミは言いながら、林檎の次は半分に割ったキウイをイチカにも渡して食べ進める。

やがて、諦めたランが大人しくなる。

それに苦笑しながら、イチカはハスミから手渡された匙でキウイを摘まみ、サイドテーブルに置かれた見舞い籠の側に置かれたランタンに目をやる。

 

 

――蒼い鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)っすか――

 

 

トリニティの不良達の間では、密かに広まりつつある噂。

戦車や車両をもって暴れると、何処からか蒼い鬼火がやって来る。

あれは持ち主の魂を食らう炉、例えその腕をもがれても、その目を焼かれても奴は決して歩みを止めない。

蒼い鬼火(ウィル・オー・ウィスプ)に導かれるままに、道連れを増やそうとこちらに忍び寄る。

尾鰭の付いた下らない噂、本人を知っていればそんな事は判る。

だが、イチカもハスミも目撃している。

普段は銃を構える事にも怯えるランが、このランタンを灯すだけで、恐怖も痛みも無視する死兵となる光景を。

 

「明後日には迎えに来るっすから、それまで大人しくするっすよ」

「では、あとは救護騎士団に任せていますから、絶対に安静にしていなさいね。あと、明々後日には連邦生徒会へ同行してもらいますから、くれぐれも大人しく安静にしていなさいね!」

「むー……」

 

二人が去り、静かになった病室でランはサイドテーブルに置いてあるランタンを見る。

皆の言う事は理解出来る。だが、これが無ければ自分はここには居られない。誰かの力を借りなければ引き金すら弾けない弱い自分はこれに頼るしかない。

なのに、最近はそれが間違いなのかもしれない。そう思えてきた。

例え引き金を弾けなくとも、戦えなくとも皆の側に居られる。そんな有り得ない妄想が頭を過る。

 

しかし、それは妄想だ。

そんな事はあり得ない。

人殺しの自分はずっと人殺しで、あの日引き金をこのランタンに預けた日から、もうそれしか残っていない。

 

 

――ラン、あなただけはもう殺しちゃダメよ

 

 

この言葉すら守れなかった。

結局、あの日あの後に引き金を弾いて、一番大事な最後の一線を越えてしまった。

今ここに居る事も結局は他人の思惑でしかない。

最後の最後に残った越えてはいけない一線を、自分ではなくランタンに意思を預けて越えた。

だからもう、自分には自分が残っていない。

 

 

――Toten sie(殺せ)

 

 

あの日から頭の中で鳴り止まない声に従うしかないのだ。

引き金を弾く指をこの声に預けた日から、自分は戦うしかない。

例えこの腕をもがれても、この目を焼かれても、ただこの声に従って引き金を弾く。

そんな自分の意思で自分の行き先を決めずに生きる者をなんと言うのか。

 

 

――自分の意思を捨てて生きる。それは幽霊だよ。

 

 

生きながらに死んだまま生きるのは、幽霊と変わらない。

いつか誰かが言っていた気がする。

なら、自分の意思を捨てた自分は幽霊に違いない。

だがそれでも、皆と居たい。

だから、戦う。

もうそれしかない。

例えその先に待つのが、あの夢の光景でもランはこのランタンを手離せない。

 

誰かを助けたい。

これも結局、自分の罪から逃れたい。罪悪感をその行為に擦り付けたいだけだ。

でも、それでも構わない。

 

――ラン、背中が曲がっていますよ

――キヒヒ、無理はするな

――ほらほら、後は任せるっすよ

――もっとしゃんとしてよ

 

自分を仲間と見てくれる正義実現委員会の皆の背中を守れるなら、自分はもう幽霊のままで構わない。

 

視線だけを動かし、サイドテーブルに置いてあるランタンを見る。

もうすぐ、エデン条約が締結される。

そうすれば、皆も戦わなくてよくなるかもしれない。

だからきっと、自分はそこまでだ。人殺しの自分はそこから先には行けない。

そこまでが自分がこの世にしがみつく最後の役割で、この図体の使い道だ。

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