その娘は蒼い鬼火と共にやってくる   作:ジト民逆脚屋

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暖かな日常と滲み寄る現実

「はい、足の方も大丈夫ですね」

「ありがとう」

 

トリニティ総合学園の保健室で診断を受けたランが、衣服を着直す。

恵体と言っていい体は無数の傷、銃痕裂傷火傷、そして素人治療と見られる縫合跡。数え切れない傷で覆われていた。

鷲見セリナはその傷の群れに、己の無力と憤りを感じていた。

ただの銃弾では重傷になり得ない程度にはキヴォトス人は頑丈で、痕が残り難い程度には治癒力もある。

だが、ランはその耐久力と治癒力を突破する傷でその身を覆っている。

救護騎士団団長の蒼森ミネでさえ、初見で僅かに一瞬怯んだこの傷痕は、今のキヴォトスの医療技術なら消す事は難しくない。

だが、セリナはそれを勧められない。

ランの事を考えれば傷痕を消す施術を勧めるべきなのだが、それをしてしまうとランの中で蠢いている何かが邪魔をしてきそうな、根拠も何も無いオカルト染みた予感から言い出せないでいる。

 

「あの、ランさん」

「もう、怪我はしないでください。……私達は頑丈です。でも、貴方の傷はそれを超えています。」

「うん、でも大丈夫。私は頑丈だから」

 

きっとその大丈夫の中に、自分を入れていない。

その事を指摘する事も、咎める事も出来ない。

それはきっと、ランの中にある一番深く重い、今も膿んでいる傷を抉る事になる。

体の傷は治せても、心はどうにもならない。

セリナは内心で己の無力に歯噛みし、努めてそれを表に出さなかった。

ここにミネが居たら、問答無用の救護の二文字を叩き付けて、ランを治療しようとしただろう。

だが、ミネは席を外している。ベルタ駐屯所で起きたクーデター、その首謀者の診察に当たっている。

 

「じゃあ、私はちょっと呼ばれてるから」

「ええ、くれぐれもお大事にしてくださいね」

「うん、大丈夫だよ」

 

今にも消えてしまいそうな、儚いという弱々しいものとは違う。まるで、幽霊の様な笑みでランはそう返し、医務室を後にした。

 

「大丈夫、大丈夫。……ちゃんと殺すから」

 

誰にも、自身にも聞こえない。そんな言葉を呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃〃

 

 

 

 

 

 

 

 

「以上がベルタ駐屯所での報告になります」

「そうか。……ご苦労だった」

 

ルイカに対する尋問という名の口裏合わせが終わり、イチカは疲れた色が滲む顔で、相変わらずの凶悪な面相のツルギを見る。

化粧で隠してはいるが、ツルギも疲れの色が見えた。

 

「委員長」

「一応言っておく。ベルタの件にこれ以上は関わるな」

「何故っすか?」

「……上、ティーパーティーの決定だ。ベルタ駐屯所でのクーデターは湯瀬ルイカの独断であり、その首謀者は確保した。だから、これ以上の捜査は無用」

「……いいんすか、それで」

「下手に動いて今回の事がゲヘナに知れれば、トリニティはキヴォトスでの立場を失う」

 

納得はしていない表情で、ツルギはイチカに告げる。

それはルイカも言っていた事だ。ただ、エデン条約に反対した愚か者が起こしたクーデター。

その形に納めてしまえば、トリニティの立場は守られ、ゲヘナ間との衝突も軽減される。

だが、納得が出来るかどうかは別だ。

 

「イチカ」

「なんすか、委員長」

 

普段は細めている目を開き、ツルギに向ける。

言ってしまえば、今の問答は八つ当たり未満の駄々だ。

恐らく、というより確実に何者かが裏で糸を引いている。

それが判っているのに、ティーパーティーは何もしない事を選び、ルイカ一人に責を負わせる事にした。

それが無性に腹が立つ。

 

「……調書の中に一つ気になる事がある」

「なんすかね? 動機っすか」

「いや、ベルタ駐屯所での医療行為に関わっていたというミュゼという医者についてだ」

「確か、もう閉院した病院の医者っすよ」

「何故その閉院した病院の医者の名前が、今回の調書にある?」

 

調書を取った身からすれば、自警団や住人からほぼ確実に出てきた名前を記載しただけに過ぎない。

しかし、このツルギの指摘にイチカは違和感を覚えた。

何故、今回の件に直接関わりの無い医者の名前がしきりに出てきた。

聴取の際には気にも留めなかった。だが、この指摘で何かおかしさに気付いた。

 

「……ミネに湯瀬ルイカの診察を頼んである。かなり細かく調べるつもりで時間は掛かるが、何かしら出てくるかもしれん」

「委員長はこの医者に何かがあると思ってるっすか?」

「分からん。だが、嫌な予感がするだけだ」

 

ただ、偶然が重なって名前が出てきただけ。

そう願いたい。

ツルギはそう言うと、別の資料を取り出した。

 

「なんすかそれ? ……補習授業部?」

「ああ、学業不振な生徒をぶちこむ箱だ」

「それの資料をなんで委員長が?」

「……コハルとランが補習授業部入りする」

「はい?」

「コハルは単純にテストが赤点、ランは出席日数不足。まったく頭が痛い」

 

ツルギがこめかみを押さえる。

まさか、正義実現委員会から二人も補習対象者を出してしまうとは。

コハルもランも、ただ頭が悪い訳ではない。

コハルは背伸びして二年のテストを受け、ランは度重なる負傷でシンプルに出席日数が足りない。

成績が良い方ではない二人だが、まさかこうなるとはツルギも予想外だった。

 

「まあ、補習授業部にはシャーレの先生が顧問に着くという話だ。どうにかなる。それより、イチカ」

「なんすか? 私はちょっと頭痛くなってきたんすけど」

「ランの事で話があるな?」

 

強い目だった。先程までの疲れの色は無い。

予想はされていたのだろう。この話はハスミからもあった筈だ。

だから

 

「委員長、この機会にランを実働から外すべきっす」

 

友人として、もう止めるべきだ。




次回 
補習授業部
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