その娘は蒼い鬼火と共にやってくる   作:ジト民逆脚屋

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長いよ!


その罪の在処

「調査っすか」

「ああ、そうだ」

 

ツルギに呼び出されたイチカだが、しかしその内容に首を傾げる。

調査依頼内容は〝ベルタ駐屯所における人口変化調査〟。明らかに治安維持組織である正義実現委員会の枠から外れた内容だ。

だが、ツルギをよく知るイチカはこれには何か裏があると、スティック状のクッキーをなんとも言えない表情で齧るツルギを見る。

すると、それだけでツルギはスティッククッキーを数本、わざわざ包み紙にくるんでイチカに渡しながら、話を続けた。

 

「本来なら救護騎士団か、他の厚生委員会の仕事なんだが、向こうがお前とランを指名してきてな」

「私とランっすか。なんでまた?」

「判らん。判らんが、まあ座れ」

 

ツルギからクッキーを受け取り、手近な椅子に座る。

 

「今、判らんと言ったが、理由はお前達が事に当たったからだろう」

「信用っすか?」

「ベルタ自警団の事もあるから、そうだろうな」

「でも、ランは動かせないっすよ」

「だから、お前なんだ」

 

現状、ベルタ駐屯所での事件は湯瀬ルイカによる脅迫という方向で事が進んでいる。

進んでいるのだが、普段のトリニティにしてはやけにスムーズに進んでいる。いつもなら、何処かの派閥から横槍が入るのが常だ。

これについて、イチカの見解は司法取引とエデン条約絡みだとしている。

だが、ツルギは違う様だ。

 

「イチカ、食え」

「そう言えば、これどうしたんすか? 委員長が仕事中に間食とか珍しいっすね」

 

先程渡されたのとは別に差し出された新たな一本を手に取り、イチカは表情を変えずに問う。

 

「ハスミがダイエットをすると言い出してな。……今、隠してるお菓子を探し出してる最中だ」

「ありゃりゃ、……ちなみに、今何回目っすか?」

「判らん。まったく何回やっても慣れんな」

「副委員長も、懲りないっすね」

 

渡された包み紙をポケットに仕舞い、特に気にした様子も無く、再び資料に目を通していく。

資料は特に気になる点は無く、以前の内容と離れたものではなかった。

 

「まあ、了解しました。仲正イチカ、現刻より調査に向かいます」

「ああ、宜しく頼む」

 

クッキーを齧り飲み込み、資料をツルギから受け取ったやけにしっかりした封筒に入れてイチカは席を立った。

二人以外誰も居ない部屋を後にして、足早に自室へと戻り支度し、出来ればあまり関わりたくなかったベルタ駐屯所行きの列車に飛び乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミュゼ先生について? あんたも、妙な事聞くんだな」

「あの人は本当に良い人だよ。俺らみたいな金の無い連中でも診てくれるんだ」

「そうそう、家の婆ちゃんが倒れた時も夜中だったのに駆け付けてくれてさ」

「ルイカちゃん達も世話になってたよ。こんな田舎で、大した設備も薬も無いのに薬草とかの知識も凄かったんだ」

「でも、いきなり居なくなってな。あ、いや、その少し前から遠い所に行かなきゃならなくなったって話はしてたか」

 

駐屯所にある食事処で、イチカは手帳を片手にコーヒーを飲みながら、駐屯所住民の証言を整理していく。

以前より気になっていたミュゼという女医について、住民の意見は総じて好意的。

医師という仕事に対し全身全霊で取り組み、人格的にも問題の無い人物だと判断出来る。

だが、何かが引っ掛かる。ツルギから貰ったクッキーの最後の一本を口に放り込み、包み紙を見る。

走り書きのメモに扮した正義実現委員会極秘の暗号文字で書かれたそれは、少々どころではない頭痛の種だった。

 

「……本部の」

「ん? ああ、確か……」

「ミホコだよ。安西ミホコ、今はベルタ自警団団長代理」

「いやぁ、申し訳ないっす。わざわざ詰所から出てきてもらって」

「いいよ。で、聞きたい事ってなに?」

「ミュゼという医者について」

 

その問いにミホコはきょとんとした顔を向けた。

 

「ミュゼ先生?」

「そうっす。実は今、この駐屯所の人口調査をしてまして、その関係で駐屯所唯一の医者だって言うミュゼ先生の事を聞いてたんすよ」

「あの人は良い人だよ?」

「まあ、それは皆さんに聞いて理解してるっす」

「じゃあ、何が聞きたいのさ?」

「……何時から何処から来たのかっすね」

 

駐屯所住民と自警団全員が揃って善人だと言うミュゼ。だが、誰もが何時から何処から来たのかについては知らず、気付いたら駐屯所の外れに診療所を構えていたと言う。

だが、それには違和感がある。ベルタ駐屯所は良く言えば結束力が強く、悪く言えば閉鎖的で排他的。

そんな場所に他所から来た得体の知れない医者が、そう簡単に馴染めるのか。

話に聞く人格なら難しくはないのかもしれない。だが、イチカの勘が警鐘を鳴らしている。

 

「……何時から何処から? あれ?」

 

ミホコが首を傾げた。

細めた目を僅かに開き、イチカはミホコの様子を観察する。そして、今のミホコの様子は演技の類いではないと判断した。

 

「あれ? 待って。ミュゼ先生は何時からここに居た? え? あれ?」

「落ち着いてくださいっす。とりあえず、水でも飲んで」

「あ、ああ、うん。そうだね」

 

イチカが差し出した水のコップを傾け、半分程飲んで息を吐く。

そして、頭を抱えた。

 

「ちょっと待ってね。本当に思い出せないんだ」

「貴女もっすか」

「貴女も?」

「……そうっすね。ちょっと案内してもらいながら話しましょう」

 

椅子から立ち上がり代金を支払って、ミホコを伴い店のテラス席から離れる。

 

「……待ってってば。案内って何処に?」

「そのミュゼ先生の診療所にっすよ」

 

警鐘が鳴り止まない。

ツルギの話、住民からの証言、そしてミホコの様子。

良い予感がしない。

 

「ミュゼ先生の診療所? それならあっちだよ。というか、話ってなんなのさ?」

「……ここの人達と自警団の数人、そしてルイカもミュゼって医者が何時から居たのか、何処から来たのかを答えられなかったっす」

 

答えながら、ミホコに資料が入った封筒。その中に貼り付けられた一枚の紙を渡す。

ツルギからわざわざ渡された封筒、そこにはルイカの供述内容の一部の写しが仕込まれていた。

 

「ルイカもか。って、やけに厳重というか用意周到だけど、もしかしてヤバい橋渡ってる?」

「まあ、容疑者の供述内容の持ち出しっすから、それなりにヤバい橋渡ってるっすよ」

「うわ、マジか……。いや、今更か。で、これがどうしたの?」

 

口調は軽いが、声は小さい。

周りに聞こえない様に、仮に聞こえても冗談の様な会話に聞こえる様にしているのだろう。

流石にあの女傑の副官を務めていただけはある。

 

「それで一応、うちの救護騎士団の診察を受けてもらった結果、湯瀬ルイカから何らかの薬物使用の痕跡が出たっす」

「は? ちょっと待ってよ。そんな訳ないじゃん」

「だから、委員長直々の指名で私が調査に来たんすよ」

「あー、もう……。納得出来ないけど納得する。だけど、イメージ違うなー」

「何がっすか?」

「ほら、剣先ツルギ。こんな風に根回しが上手いイメージなかったよ」

「意外っすね。委員長、実は根回し上手いんすよ」

 

それは緊急時のみ、と頭言葉がつくが実際ツルギは根回しが上手い。

これには剣先ツルギという、トリニティが誇る絶対的な力を過不足無く、スムーズに行使し事態を解決する為に行う事で、普段は行わない事だ。

そう、つまりツルギが今回の様な周到な根回しをするという事は、〝トリニティの戦略兵器〟である剣先ツルギが動くべき案件という意味だ。

だが、ツルギは動かずイチカが動いている。

 

〝「ハスミがダイエットをする(内通者が居る)と言い出してな。……今、隠してるお菓子(内通者)を探し出してる最中だ」

「ありゃりゃ、……ちなみに、今何回目(何人目)っすか?」〟

 

事前に取り決めた符号による会話、それにはトリニティ内部に今回の件に関わっている者が居るという内容が含まれていた。

符号にはハスミに対する若干の嫌味も含んでいるが、本人は気にせずパフェ食ってたので今回のダイエットも失敗に終わるのだろう。

だが、この話が出てツルギが学園を離れ、ベルタ駐屯所に来ていないのは、こう判断したからだ。

 

今、剣先ツルギがトリニティ総合学園の敷地から離れるのは、重大な危機をもたらす。

 

噂によると、次点特記戦力の蒼森ミネの行方が分からなくなっている。これも、ツルギが動かない理由だろう。

しかし、ツルギが学園から離れる事で何が起きるのか。

推理しようにも情報が足りない。

 

「おーい、着いたよ」

「お? ああ、ちょっと考え事してたっす。……で、ここが」

「そ、ミュゼ先生の診療所」

 

駐屯所から離れた森の近く、件の事件が起きた森の反対に位置する森の側に診療所は建っていた。

非常にシンプルな造りのそれは住民が管理しているのか、無人にしては掃除が行き届いている。

 

「念の為、っすね」

 

イチカは愛銃を手にし、診療所の扉を潜る。

押戸は鍵が掛かってないのか、拍子抜けする程簡単に開いた。

 

「あれ? 鍵開いてる」

「……普段は閉まってるんすか?」

「うん、泥棒とか流れ者が居着かない様にね。誰か閉め忘れたのかな?」

 

言いながら、ミホコも拳銃を抜いていた。

嫌な予感がする。二人が開いた扉から更に奥へ入ろうと足を動かした時だった。

 

「こらっ! 何してる?!」

「うひぃ?!」

「わっ! びっくりした……。ハチさんじゃん」

「お? ミホコちゃんと、あんたは……」

「正義実現委員会の仲正イチカっす。彼女にはちょっとした調査の協力をしてもらってまして」

「調査? ここは空き家だぞ?」

 

ハチと呼ばれたツナギの機械人の老人は箒を片手に、イチカに疑いの目を向ける。

 

「いや、本当なんだってハチさん。なんでも、トリニティの上層部の奴がミュゼ先生を疑ってるから、潔白を証明してこいって、委員長に派遣されたんだよ」

「ええ、うちの委員長も流石にこのお医者さんを疑うのは気が引けると、潔白の証明の為に来たんすよ」

「本当かぁ? まあ、ミホコちゃんがこんな嘘吐く訳ねえし、あんたともう一人のデカイ嬢ちゃんなら信用していいか」

 

ハチはそう言うと、ポケットから鍵束を取り出し開いた扉に向かう。

 

「お? ミホコちゃん、鍵持ってきてたのか?」

「え? ハチさんが開けてたんじゃないの?」

 

そのやり取りに一気に緊張感が高まる。

ここの管理をしているであろうハチでもないとしたら、残る可能性はハチが前回鍵を閉め忘れたか、侵入者のどちらかだ。

ミホコが身振り手振りでハチに隠れる様に指示を出し、ハチが少し離れた木の裏に隠れたのを見て、イチカは静かに診療所の内部へと入った。

 

「……クリア」

「こっちもクリア」

 

診療所の待合室は無人で薄暗く細かい所は見えないが、荒らされた形跡は無い。

二人は懐中電灯を点け、受付の裏やトイレ等の場所を捜索するが、そこにも何も無い。

残るは診療所の心臓である診察室と、ミュゼの私室だ。

ゆっくりとドアを開け、一息に侵入し銃口を室内に突き付ける。

だが、そこも無人。

 

「……まだ電気は通ってる筈。点ける?」

「いや、何か細工がしてある可能性もあるっす。慎重にいきましょう」

「了解」

 

診察室のベッド、棚の中、おおよそ誰かが隠れられそうな場所を調べるが痕跡は無し。

だが、イチカは床に見つけた。

 

「私室は誰か掃除に?」

「いや、そこはミュゼ先生のプライベートだから入らない様にしてる」

「そうっすよね……」

 

顎で床を指し示す。

そこには拭き取った様な靴跡が僅かだが残っていた。

 

「……泥、多分山の土で乾いてる」

「つまり、結構時間が経ってるって事っすね」

 

小声で話し、目配せで合図を送る。

それだけでミホコは扉に張り付き、片手でドアを開け、イチカがそこに飛び込む。

 

「……ちっ」

「……やられたってやつ?」

 

ミュゼの私室、そこは本人の趣味か。非常にシンプルで必要最低限の家具と、医療に関する書籍や物品が並べられていたのだろう。

だが今は跡形も無く荒らされていた。

 

「とにかく手当たり次第って感じね」

「そうっすね」

 

ミホコの言う通り、ミュゼの私室は明らかに物盗りが金目の物を漁ったと判る荒らされ方だった。

 

「でも、なんすかね……。妙な違和感があるっすね」

 

明らかに物盗りの犯行、それにしては手慣れ過ぎている。

ただの物盗りがわざわざ足跡を消すか。それに、診察室や待合室を僅かにも荒らさず、真っ直ぐにこの部屋だけを荒らすか。

これではまるで、この部屋に目当ての物があると判っていて回収に来た。この状況はそのカモフラージュ。そう言ってしまえる状況だ。

 

「まったく、一体誰の仕業だ?!」

「……少なくとも物盗りの犯行じゃないみたいっすね」

「は?」

 

イチカが懐中電灯で照らす棚、そこは元々は丁寧にラベリングされて陳列されていただろうスペースがあった。

ミュゼはかなり几帳面な性格だったのだろう。

棚に貼られたシール、それは各月毎に分けられていた。そこには恐らく、医者が絶対に作成するだろうもの。カルテ、それだけがごっそりと抜き取られていた。

 

「嫌な予感がする。一度戻ろう」

「そうっすね」

 

イチカは頭を振り、思考を整理する。

現状、ミュゼは行方不明、そして手掛かりの部屋は荒らされ、有力な手掛かりだっただろうカルテは喪失。

その他の手掛かりも、この状態では今すぐには難しい。

一度外へ出て、ミホコと考えを改めよう。イチカはそう思い、部屋の扉へと足を向けた。

そんな時だった。イチカの懐中電灯の光を反射するものがあった。

それは

 

「……なんで、これがここに……?」

 

声が詰まる。呼吸が浅く、脈動が速くなる。心臓が否定する様に早鐘を打つ。

それは見慣れたものだった。

それは身近にあるものだった。

それはあの子が大切にしているものだった。

それはあの子を道連れにしようとするものだった。

焼硬鋼(ブルースチール)のランタン。

破損し、撃ち抜かれ、折り曲げ切られ、焼け熔けたそれが三つ、乱雑に箱の中にゴミの様にあった。

 

「これって、あの子の……」

 

ミホコの声も遠く、イチカは思わずそれに手を伸ばした。

本物だ。一度、ランが今までない重傷を負い、ランタンを留めるベルトが切れ、意識の無いランの代わりに持ち運んだ事がある。

ただの金属にしてはいやに冷たく、なのに手を離せない熱を感じた異質という言葉の塊。

それと同じ感覚だ。

まだ動きそうな一つのトリガーを下ろす。開いた窓から光は出ない。

だが、何か嫌な感覚が漏れ出ている様な気配に、イチカはぎこちない稼働のランタンを手に立ち上がった。

そして、それを瞬間的に放り投げた。

 

「伏せるっす!」

「マジかよ?!」

 

手にしたランタンにはワイヤーが繋げられ、イチカが立ち上がると同時にそれが起動した。

 

「ヤバい……。消火設備は?!」

「反応が無い! センサーが切られてる!」

 

一瞬の発煙、次はミュゼの部屋の至るところからの発火だった。

燃え落ちていく診療所を駆け抜けドアを蹴破り、転がる様に逃げ延びる。

 

「二人共、大丈夫か?!」

「ハ、ハチさん! 消防団と自警団に連絡!」

「判った!」

 

火だ。手掛かりも謎も何もかも、理不尽な炎が飲み込んでいく。

イチカはただ呆然とその様を眺める事しか出来なかった。

 

「……一体、何が狙いなんすか?」

 

ポケットから取り出した紙、それはツルギから渡された暗号が書かれたもの。

 

〝ミュゼ、要調査必要 ベルタ自警団に薬物使用疑い〟

 

まるで、こちらの動きを読んでいたかの様な所業。

ツルギとハスミの読みは当たっていた。だが、相手が上手だった。

歯を食い縛り、煮え繰り返しそうな(はらわた)の熱を息として吐き出す。

 

「仲正、離れるよ!」

「了解っす!」

 

ミホコの声に走り出す。

その時、イチカの視界の端に何か違和感が写った。

ただ一瞬だったそれは、あまりに一瞬で気に留める余裕は無かった。

炎の中、人影の様な蒼い揺らめきが三つ立っていた。 そんな気がした。

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