「あー、完全に暴動現場だね」
とりあえず物陰に隠れて様子を伺っていた先生だが、すぐに視界を分厚い手袋に被われた手で隠される。
「あ、危ないですから、私の後ろから頭を出さないでください」
「ランは本当におっきいね。安心するよ」
「いや、そうじゃなくてですね……」
愛用の拳銃〝ドア・ノッカー〟を構えつつ、まだ戦場を覗き見ようとする先生を抑えながら、戦況を確認する。
――数は向こうが上、でも質はこっちが勝ってる。
今回の暴動は何が原因なのかは不明だが、相手の戦力はこちらより下だ。
これなら、自分が出てランタンを点ける事も無い。
「しかし、本当に銃撃されても痛いで済むんだ」
「外の世界だと違うんですか?」
「うん、私達は銃撃なんてされたら一発で昇天だよ。いやー、シャーレで暴動が起きてるって聞いた時は本当にびっくりしたよね。あ、ユウカ。そっちから来てるから迎撃」
飄々とした態度でランの背後から、端末を使い前線に指示を飛ばしていく。
どうしてこうなったのか。
事は連邦生徒会本部で、サンクトゥムタワーの制御権を得る為に必要な端末が、シャーレの部室にあるという話を受けてからになる。
そこでシャーレ近辺で暴動が起きているとの報を受け、ちょうど暇人達が居るからとリンに強制的に先生を連れて鎮圧に向かわされた。
そして、予想以上に事態は深刻だったので、先生の指揮下で鎮圧を開始している。
「……ラン、もしかして怖いの?」
「怖いですよ。……暴力は振るうのも振るわれるのも」
見ればやはりドア・ノッカーを持つ手が震えていた。
この臆病者、誰かの声が責める。
――ランタンを点けたら私達も殺せる殺人者の癖に、ランタン無しじゃ銃もまともに持てない欠陥品。
冷たい幻聴が聞こえる。
昔、何処かで聞いた聞き覚えのある声が、鼓膜の奥で木霊する。
「ん、なんだ?」
「あ……、何か起きましたか?」
「新手かな? うわー、アレンジ利いてる着物だ。狐面も雰囲気あるー」
先生の声に我に帰り、ランが目にしたのは災厄の狐と呼ばれ、最悪の七囚人の一人である狐坂ワカモ。
そして、
「装甲車……!」
金に余裕のある不良達が使う装甲車、単体ならハスミ達は問題無いが今回はあのワカモも居る。
ランはその姿を確認した瞬間、迷いなくランタンのトリガーに手を下ろした。
だが、
「点けてはなりません!」
ハスミの怒声とは違う強い声に、その手は止まった。
先生はなんの事かと、ハスミとランを交互に見やる。
「ラン、あなたは先生の護衛です。先生を連れてシャーレに向かいなさい!」
「でも、副委員長!」
「ラン! 聞き分けなさい!」
「っ……! うぅ、先生、行きますよ!」
「ラン、いいの?」
「……副委員長を信じます」
先生を担ぎ上げ、シャーレへ向けて走り出すランが発した噛み締める様な声。
それはまるで親に怒られた子供が、今にも泣き出しそうなのを堪える様な声、先生にはそう聞こえた。
「んー、ランは戦いたいの?」
「……戦いたくないです」
「ランは暴力が怖いって言ってたしね」
担ぎ上げられた先生は呑気な声で言う。
「暴力が怖い。それはランの優しさだよ」
「ただ臆病なだけです」
「臆病なだけなら戦いを迷わないよ。優しいから戦うかを迷う。あ、そっち曲がって」
先生の指示に従い、階段を昇り扉を蹴破る勢いで潜る。
自分が本当に優しいなら、人殺しなんてしない。
殺人に他人に意思を預けない。
「よし、到着。……って、あれ?」
「災厄の狐……!」
ランの肩から降り、シャーレの部室を見渡すとそこにはワカモが居た。
「あら?」
「先生、下がって!」
ワカモがここに居るという事は、ハスミ達を突破したか撒いたかのどちらかだ。
ランは震える手でドア・ノッカーを向け、左手をランタンのトリガーに添える。
災厄の狐と呼ばれるワカモには勝てないかもしれない。だが、先生が逃げる時間は稼げる。
そう考え、前に出たランだが、ワカモの様子がおかしい。
「し……」
「し?」
「失礼しましたー!!」
先生を見たワカモはそう叫ぶ様に言うと、一目散に窓を蹴破り部屋から出ていった。
「……なに今の?」
「さ、さあ……?」
呆気に取られた二人、本当にワカモのあの様子はなんだったのか。
気にはなるが、それよりも今は目的の端末だ。
「あったあった。さて……、〝我々は望むジェリコの嘆きを〟〝我々は覚えている七つの古則を〟」
声は先程と変わらない飄々とした色なのに、何故かその瞬間だけは輝かしく、しかし何処か暗い。
そんな声色がランの耳に届いた。
そして、先生がタブレットを操作し、連邦生徒会本部に居るリンと、内蔵のAIとサンクトゥムタワーの制御権についての話を進めている最中、ランには聞き覚えのある轟音が鳴り響いた。
「今の音、……戦車!」
駆け出そうとしたランだったが、その足が止まる。
――点けてはなりません!
ハスミのこの言葉が木霊する。
そうだ。自分の先輩は強い。それに、他の人達もそうだ。戦車程度どうとでもなる。
そう、自分なんか居なくても大丈夫だ。
こんな人殺しはあの人達には要らない。
伸ばしかけた左手をランタンから離したランに、先生はタブレットから顔を上げた。
「ラン、君が何かに悩んでいる。その事だけはこの短い時間でも分かったよ」
「……」
ランは答えない。答えられない。
この悩みを打ち明ければ、きっと凄い迷惑を掛ける。先生だけでなく、ハスミ達にも殺人者を擁護したと糾弾の声が飛ぶ。
だから、時が来たら消える。それまで、この図体を使い潰して、皆の背中を護る。
そのつもり筈なのに、ハスミの言葉が左手を止める。
「ねえ、ラン。君の悩みはよく分からないけど、私は先生だから君達生徒のやりたい事を応援するよ」
「……それがその人の終わりに繋がるとしてもですか」
「うーん、難しい答えだね。でも、私は君がもう助からないって言っても助けるよ」
それにね
「人の終わりは選べない。それは産まれ方も同じ。けど、どう生きるかは選べる。人の終わりは多分、どう生きるかの選択肢によって決まる。私はそう考えてる」
「どう生きるか……」
そうだった。
人殺しの自分はどう生きても終わりは決まってる。なら、どう生きるかだ。
それは決めていた。なのに揺らいだ。
人殺しの幽霊に過ぎない自分は、生きて未来を望むあの人達の為に自分を使い潰せばいい。
その結果、溢れ始めた悪夢に呑まれても、それが人殺しの正しい末路だ。
――
――大丈夫、助けるよ
「先生」
「なに、ラン」
「有難う御座います」
ランは駆け出した。
その背を見守りながら、先生はタブレットに話し掛ける。
「ねえ、アロナ」
『どうしました? 先生』
「これはちょっと大変になるかもしれないね」
「災厄の狐、こんなものまで……!」
完全に不意を突かれた。
勝利に油断したハスミは自らの失態を恥じた。
突如、シャッターの降りたテナントから放たれた榴弾により、こちらは半壊状態。
直撃は避けたものの、ダメージは深い。
「ハスミさん、撤退です!」
「駄目です! ここで下がれば……!」
ランが戦ってしまう。
あの臆病で優しい後輩は、これ以上傷付く必要は無い。
あんな何もかもを諦めた様な、虚ろな表情で戦う姿を見たくないし、見せたくもない。
「ちょっとあの戦車なんなのよ?! 車体はゲヘナ、砲身はトリニティのキメラじゃない!!」
「私達にも分かりません!」
「一介の不良が用意出来るものではありません。災厄の狐が用意したか何かでしょう」
出てきた戦車は統一性の無い姿で、再び榴弾を放ちハスミ達を追い詰めていく。
「先生の指示は?!」
「とにかく撤退、正面からぶつからず足回りを破壊!」
塵と煙で定かではない視界で、四人は散り散りに退いた。
あの戦車をどうするか。粉塵に紛れ身を隠し、四人は戦車の出方を窺う。
そして、一人。チナツが気付いた。
「……蒼い光?」
榴弾とアスファルト、その下の地面から為る粉塵に揺らめく蒼い光、それはおとぎ話にある鬼火様に揺らめき、戦車へと一歩ずつ歩み寄る。
「ラン! 駄目です!」
ハスミの痛々しい声に三人は何事かと彼女を見る。
そして、粉塵から出てきた姿に息を飲んだ。
「あの子って確か……」
異様な長身なのに、先生が現れるまで何故か気にもしなかった程、存在感が薄かったハスミの連れだ。
なのに、今のあの子はなんだ。
まるで、幽鬼の如く歩む姿は不吉そのものにしか見えない。
それにあの拳銃、長身の彼女が持ってもまだ規格外のサイズだ。
余計な機構も装飾も無い。銃身と薬室、グリップと引き金しかない単発式拳銃。
ランはそれをまだ自分に気付いていない戦車の装甲に当てると、虚ろな表情で引き金を弾いた。
その瞬間、装甲を貫かれた戦車は弾かれた様にランから距離を取り、主砲を発射する。
至近距離で放たれた砲弾。しかし、ランには当たらず掠める形で通り過ぎる。
そしてまた放たれた砲弾を無視し、ランは着実に距離を詰め、もう一度銃口を押し付け引き金を弾く。
恐らく操縦士が気絶したのか。戦車は動きを止め、最後の足掻きと砲口をランに突き付け、ランも銃口を突き付ける。
そして、同時に発砲。砲弾はランの右肩の上着と制服を巻き込む様に削り取り、銃弾は装甲を撃ち抜いた。
「……蒼い鬼火に近寄るな」
「え、なに?」
「ゲヘナの不良達の噂です。トリニティで蒼い鬼火を見たら近寄るな。あれは持ち主の魂を食らう炉、道連れを増やそうとこちらに歩み寄る。トリニティの
「ラン……!」
ハスミが愛銃すら投げ捨て駆け寄る。
「ラン、もう、もういいのです! ランタンを消しなさい」
「……あ、副委員長。えへ、あんまり怪我しませんでしたよ」
ランタンの灯りを落とし、ハスミに穏やかな表情で振り向き、そんな呑気な返事を返す。
「バカですかあなたは!!」
「ひえっ」
そんなランにハスミ怒り心頭といった様子で、ランの頭に手刀を落とした。
「帰ったらミネの救護とツルギの説教です!」
「そ、そんな……?!」
「とりあえず、まずは私から説教です! そこに座りなさい!」
怒りのハスミを前に正座するラン。
先程までの異様な姿とは違う姿に、三人は顔を見合わせる。
あれは一体なんだったのか。思考を巡らせる三人の横で、ハスミの怒声とランの謝罪が響いていた。
――報告、901番の順調な稼働を確認しました。
また、使用した擬装車両は破壊及び、搭乗員の偽装も完了済みです
――……そうですか。正式な報告は紙面で。下がりなさい
――はっ
――古臭いカビの生えた理論ですが、流石は嘗ての賢者、秘されし叡智、逆行の天災〝カウプラン〟。
これはこれで、私の役には立ちそうですね