だって、あのおじさんとの絡みが難しいだもん
「コハル、平和だね」
「そうですね」
トリニティ総合学園、正義実現委員会の部室棟にある押収品管理室で、南瓜と鋏が合わさった様な形のヘイローを頭上に浮かべて、ランがぼんやりと呟いた。
この数日、押収品管理の仕事も平和の一言だ。
隣り合わせのデスクに座り、整理した書類を見直しながら缶ジュースも飲める。
「ツルギ先輩も出動が無いから、部室で大人しくボール転がしてましたし」
「副委員長もエデン条約絡みであちこち走り回ってるし、……暴力が無い平和はいいね」
「ラン先輩って、本当に暴力が嫌いですよね」
「うん、出来るだけ皆仲良くしてほしい」
暴力が無い世界、そんなものは不可能だ。ランも理解している。
暴力とは、人が持つ言語に並ぶコミュニケーションツールの一つだ。
だが、暴力というツールは一方的なコミュニケーションでしかない。
相手を支配したい
相手を倒したい
相手を害したい
それら、一方的なマイナスを押し付けるだけの道具。だけど、マイナスしかない暴力も言語と合わせ、使い方を間違えなければ正しくはないが間違ったコミュニケーションではなくなる。
要は使い方次第だ。しかし、ランはそれすら拒む。
「……コハル、例えばの話だけど」
「はい」
「例えば、自分に暴力を振るってきた人が、ある日いきなり仲良くしようって言ってきたら信じれる?」
「えっと、それってイジメをしてた人がイジメてた人にですか?」
「それでもいいよ」
「じゃあ、無理です。その人が本当に誠意を持って謝ってきても、結局暴力を振るわれてきたたって現実は無くなりませんから、もう関わらないでってなります」
「そういう事なんだ。ただ暴力だけを振るえば、その人はいつか誰からも信用されなくなる。……そして、居ないも同然の幽霊と同じ扱いになっていく」
「幽霊……」
「だから、……私は暴力が嫌い。知ってる誰かがそうなるのを見たくないから」
正義実現委員会の活動も、言ってしまえば暴力だ。
しかし、それを言ってしまえば正義実現委員会の治安維持は暴力でしかなくなる。
だから治安維持という言い訳で、限られた条件でのみ暴力を振るう。
だから、使い方と使い時を間違えてはいけない。
それを間違えた時、治安維持組織はただの暴力組織に成り下がる。
「でも、ラン先輩は大丈夫ですね」
「え、なにが?」
「ラン先輩は自分から暴力を振るうなんて事しませんし、それに皆も言ってました。ラン先輩が前に立って戦ってくれるから安心出来るって」
「そうなんだ……」
コハルの笑顔に内心を隠しランは頷く。
違う。自分はそんなのではない。
ただそれしか出来ないから、ランタンに頼って暴力を振るう事しか出来ないから、自分の意思も捨てたから、正義実現委員会の暴力装置として機能しているに過ぎない。
だって本当は〝殺さないと〟いけないのに、ランタンから聞こえる誰かの声で止まってるだけの、ただの人殺しだ。
――あれ? なんで殺さないといけないんだろう?
誰かに言われた様な気がする。
誰かにそう言われ続けてる気がする。
あの日殺しておいて、どうして今は止まっているのだろうか。
分からない。
もう誰を殺して人殺しになったのか。それすら思い出せない。
――私は誰を殺したの?
「ラン先輩?」
「……わっ! どうしたの、コハル」
「またぼんやりしてましたよ。やっぱり疲れてるんじゃ……」
「そうかな? ぼんやりしてるのは昔から言われてるけど」
「そんなに昔からですか」
何かを思い出そうとしていると、隣のコハルが顔を覗きこんできた。
心配そうに見るコハルに、昔言われた言葉を思い出そうとするが、何故か出てこない。
誰かが居た筈なのに、皆と居た筈なのに、トリニティに来る前の記憶が何故か朧気になる。
「うん、昔からそうだったみたい」
「ラン先輩の子供の頃って、なんでか想像つきませんね」
「そうかな?」
「そうですよ。ハスミ先輩は昔からシュッとしてカッコよさそうだし、イチカ先輩も皆から慕われてそうだし、ツルギ先輩は……、変わってなさそう」
「コハル、委員長にはそれ言わないであげてね。多分ちょっとへこむと思うから」
「はい」
「でも、そうかな。私も昔からこうだったみたいだし、多分今と変わらないと思うよ」
顔を横一文字に走る、無理矢理引き裂かれた様な傷を掻きながら、ランは言う。
霞んだ記憶の中で、誰かに手を引かれて寂れた町を歩いていた。
確か、その時に言われた筈だ。
「うーん、でもやっぱり想像つきませんね」
「イメージが違うってよくあるよね。私も委員長と初めて会った時はそうだったし」
「あ、そういえばラン先輩って、委員長のスカウトで正義実現委員会に入ったって聞きました」
「あー、確かふんにゃりヘルメット団?が起こした事件に巻き込まれて、その流れで入ってた」
どうにか、学園に入れて早々にそれだった。
あの日がトリニティで初めてランタンを点けた日だ。
「そうだったんですか」
「そうだよ。気付いたら委員長に引っ張られて委員会にね」
「ツルギ先輩にしては珍しく強引な流れですね」
「珍しいよね。っと」
そこで、夕方を告げるチャイムが鳴った。
それは押収品管理室の役目が終わる時間でもある。
「書類整理も押収品管理も終わってるし、コハルは先に出なよ」
「え、いいんですか? 私も残りますよ」
「いいよ。あとは鍵を閉めるだけだし」
「いや、でも私も残ります。ラン先輩だけだと、前みたいに明かり消し忘れそうですし」
「い、言うじゃない……。じゃあ、帰りにどこか寄る? 今からならカフェテリアの夜間部がやってる筈だしさ」
「そうですね。行きましょう」
「それじゃ、っとと……」
椅子から立ち上がったところで、ランは躓く様に転んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?!」
「ああ、うん。机の足に引っ掛かっちゃった」
「もう、ラン先輩は大きいんですから気を付けないと」
「ごめんごめん」
謝りながらランは立ち上がる。
その時、コハルは僅かな違和感をランに感じた。
「……?」
「コハル、どうしたの?」
「あ、な、なんでもないです」
コハル自身も正しく認識出来ない程に、本当に僅かな違和感。
だが、コハルはランに呼び掛けられた事で、その違和感を切り捨てた。
そして、コハルは後に後悔する。
この違和感の正体、それはランの南瓜に似たヘイローに一瞬だけ走った罅だった。