トウホウテンセイイブンロク   作:まめ三等兵

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プロローグ1

 

 遠い夜空と冷たい月が、かすかに白みはじめた夜明けまえの幻想郷ーー。

 

 紅魔館の幼き主、女吸血鬼レミリア・スカーレットは、図書館で魔導書を読みふける魔法使いパチュリー・ノーレッジの真向かいに座り、退屈をひどく持てあましていた。

 

 右手でほおづえをつくレミリアのまぶたはボッテリと重たげで、長く豊かなまつ毛は、それを助長しているかのようだ。

 

 レミリアはわざとらしくため息をつくと、左腕の肘から先を、200匹以上のコウモリに変化させ解き放った。

 

 天井が見えない広大な空間に羽音が反響する。

 

 レミリアのそばに居たペットのチュパカブラが、赤子のような鳴き声を2つほどあげ、羽音のあとを追って駆けていった。

 

 パチュリーにチラリと視線を配るほおづえ姿のレミリア。

 

 しかしパチュリーは、一向に顔を上げる様子なく、上唇を少しとがらせたまま喉をコクリと小さく鳴らすと、シバシバとまばたきをして魔導書のページをそっとめくった。

 

 この状態のパチュリーは、本の世界に入りきっている証であることを、レミリアは誰よりも承知している。

 

 

 

ーーハァ

 

 

 

 レミリアは、ふたたびため息をつくと、紅い瞳をキュルリと上に持ちあげテーブルに突っ伏した。

 

 ここ数週間、レミリアは大きな退屈感に参っていた。

 

 レミリアは長きにわたり、大なり小なり数多の退屈と格闘してきたが、ざんねんながら勝ち星は多くない。

 

 たとえば平穏などは、知らぬまに退屈にやられてしまう。

 

 たとえばどんな楽しいことを思いつき実行にうつしても、ほんの一時、退屈をしのぐだけである。

 

 

 

ーーハァァ……異変……起きれば良いのに……

 

 

 

 はからずも幻想郷の均衡を保たなくてはならない立場になってしまった為、なにより、幻想郷やそこに住まう者に対し情が芽生えてしまった為、今ふたたび、自ら異変を起こそうなどとは思わない。

 

 だが……自分以外の誰かーーできれば、まだ見ぬ誰かが、異変騒動を起こしやしないかと、レミリアの心は、ここ最近のなかで、もっとも危険を求めていたのも確かだった。

 

 

 

「お嬢様、パチュリー様」

 

 

 

 いつからいたのか、背後から銀髪のメイド長、十六夜咲夜の呼び声がした。

 

 

 

「なぁにぃ……?」

 

 

 

 レミリアはあいかわらずテーブルに突っ伏したままで、力が抜けきったような口調で応答する。パチュリーのほうは本に夢中で無言のままだ。

 

 

 

「紅茶のおかわりを持ってまいりました」

 

 

 

 咲夜は、ティーワゴンに置いてある、2種類あるポットの片方を両手で持つと、空になったレミリアのカップに、赤く澄んだ紅茶を注ぎ淹れた。

 

 

 

「お嬢様、なにかお夜食でもお作りいたしましょうか?」

 

「いらなぃ……」

 

 

 

 レミリアはテーブルに顎をのせたまま顔を左右に振った。ボリュームのあるセミロングの青白いウェービーヘアーが、ふぁっさふぁっさと不規則に揺れる。まるで輝きを放っているようだった。

 

 咲夜はレミリアの背後に下がると軽く一礼する。

 

 そして今度は、もう一方のポットを両手に持ち、パチュリーのカップに白桃色の紅茶を注いだ。

 

 

 

「パチュリー様はお夜食どうなさいますか?」

 

 

 

 パチュリーは本に視線を落としたまま顔をぶんぶんと左右に振る。

 

 咲夜はレミリアにしたのと同じように一礼すると、ポットをティーワゴンに戻した。

 

 そしてレミリアの背後に立った咲夜は、ひと呼吸したあと、

 

 

 

「お嬢様」

 

 

 

と、ふたたびレミリアに声をかけたのだった。

 

 

 

「んー……?」

 

「ついさきほど魔理沙が訪ねてきまして、お嬢様にと、言伝を頼まれました」

 

「んー……? んー……」

 

 

 

 今夜は特別猛威を振るう退屈に、もはやグロッキー状態のレミリアは、うわ言のような返事しか出来なくなってしまった。

 

 とはいえ、レミリアは一瞬だけ不思議に思った。

 

 わざわざここまで来ておきながら、自分で言いにこないで咲夜に頼むなど、ちょっと奇妙だ。 

 

 

 

ーー……ま、どうだっていいやあんなの

 

 

 

 ところが今夜レミリアを打ちのめしている退屈という魔物は、魔理沙の訪問など物ともせず、レミリアに芽生えた興味を、いとも容易く蹴散らしてしまった。

 

 レミリアは思う。

 

 直接言いにこようが、あえて誰かに言伝を頼もうが、どのみちアイツなんだから、と。

 

 咲夜は、コホンと控えめに咳払いをしたあと、

 

 

 

「魔理沙からの言伝ですーー大図書館の棚番号【ロマ街ベルゼモーゼ通り・10520803号2071番地】にある、なんの変哲もない黒い本と見せかけた魔法金庫の中に……もし、もし私からおまえ宛ての手紙があったのなら、まぁ読む価値アリだぜーー以上です」

 

 

 

と言った。

 

 

 

ーーバンッッ! ガタッッ! 

 

 

 

 咲夜の言葉に、鋭い反応を見せたのはパチュリーの方だった。

 

 パチュリーは、読みかけの魔導書を勢いよく閉じて立ちあがる。いつも半目気味の目がパッチリと見ひらき、上まぶたはキレイにそろった前髪に隠れた。

 

 そんな彼女の様子を、レミリアはテーブルにへばりついたまま見あげる。紅い瞳にわずかばかり輝きが戻った。

 

 レミリアには、魔理沙が伝えてきた棚番号に思い当たる節がない。しかし久しく無かったパチュリーの驚きも手伝い、好奇心は返って刺激されたようだ。

 

 一方、咲夜といえば、整った眉に少し驚きを浮かべただけである。レミリアにならって、パチュリーの動向を見守りつづけている。

 

 パチュリーは、人差し指の爪先を噛みながら、落ち着かないようすでウロウロしていたが、しばらくすると、読みふけっていた巨大な魔導書を両手で抱きかかえ、フワッと宙に浮いた。

 

 そして、魔理沙が伝えた棚番に向かうべく、レミリア達を置いて高く舞い上がり見えなくなった。

 

 そんなパチュリーを何も言わずに見届ける二人。

 

 が、とつぜんレミリアは目が覚めたようにテーブルをバンと叩くと、

 

 

 

「ありがと咲夜っ! もう休みなさいっ!」

 

 

 

 と、嬉々とした声色で咲夜に言った。

 

 咲夜は、レミリアの左腕が半分しかないことに、いま気づいたが、そこには気にも留めず、

 

 

 

「はい」

 

 

 

 と、目を伏せて返事をした。

 

 レミリアは椅子からトンボ返りで降りると、背中の巨大な悪魔翼を目いっぱい横に拡げ、パチュリーの後を追って真上に飛翔する。

 

 あたりに緩やかながら力強い風が巻きおこって、ティーワゴン上のポットと、紅茶の入ったカップがかたむく。

 

 しかし次の瞬間には、ポットもカップも、咲夜の手に握られていた。

 

 咲夜は、

 

 

 

「それでは、お先に失礼いたします、お嬢様」

 

 

 

 と言って、誰もいなくなったテーブルに一礼すると、ティーワゴンと共に図書館を後にする。

 

 はるか遠くでコウモリの羽音がした。

 

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