トウホウテンセイイブンロク   作:まめ三等兵

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14.エコービル

 

 

 廃ビルはオートロックが掛けられていたが、外出前にワードッグがレミリアに渡したカードで入ることができた。

 

 なぜ廃ビルのIDカードがレミリアの家にあったのか。 

 想像するまでもなかった。

 

 あの邪鬼がこの廃ビルから来たという状況証拠は、一同の雰囲気をいやおうなしに重苦しく、そして警戒させる。

 

 だが引き返すという道はない。

 途方に暮れていたレミリアたちにとっては、またとない突破口になるかもしれないという、ある種の期待がかかっていたからだ。

 

 廃ビルの中は不気味な静けさに包まれていたが、これまで以上の魔窟であった。

 

 自らを強化し、数の暴力で襲いかかってくる赤い小悪魔のゴブリン。

 火炎魔法を繰り出してくる堕天使アンドラス。

 ワードッグに似た犬頭人体の悪魔コボルト。

 

 みんな危険な力を秘めており、街中や病院では見られなかった悪魔たちである。

 

 だがレミリアたちは怯まかった。

 短期間ではあるものの、積極的に積み重ねて来た悪魔との戦闘経験は、彼女たちを確実に成長させていた。

 戦闘時の呼吸や身体の使い方など、各自実践を通して体得しているようである。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「? ワードック行くわよ、そこで何してるの」

 

 

 

 コボルトたちを撃退し、足早に昇り階段を目指す一同。

 しかしレミリアがふと振り返ってみれば、うしろから着いてきてたはずのワードッグが見当たらなかった。

 

 レミリアはトウマとキョウイチを呼び止め、来た道を引き返す。

 

 どうやらワードッグは、コボルトを撃退した場所から動いていないようであった。

 腕組みをして頭を捻っている。

 

 

 

「いや、もういっそのことよ、俺もこういう格好したほうがいいんじゃねえかなと思ってよ」

 

 

 

 ワードッグはコボルトが残した装備品の数々を見下ろしていた。

 

 革の胸当、革の手甲、革の脛当、革の足甲、長い腰布、鉄棍と、コボルトたちは共通して、中世の蛮族のような出立ちだった。

 

 

 

「……。コボルトになりたいの?」

 

「んなわけねえだろ。そういうこっちゃねえんだよ。これはポリシーの問題だ。俺には新たなポリシーが必要なんだよ。てめえだって頼まれもしてねえのにわざわざセーラー服でキメてんじゃねえかよ」

 

「そんなムキにならなくたって」

 

「なってねえよ」

 

「着たかったら着ればいいじゃない。でもその胸当よりサバイバルベストの方が頑丈だと思うけど」

 

「そう思うならてめえが身につけろよタコ」

 

「私の勝手だわ」

 

「俺もだよ」

 

「だから着ればいいじゃない、なにを怒ってるの?」

 

「怒ってねえよ、いいからてめえら俺の視界から消えろ、先に行け、俺はこれから着替えんだよ」

 

 

 

 私服を脱ぎすて、コボルトの装備一式を身にまとったワードッグは、口の端から犬歯を覗かせ、ご機嫌な様子でレミリアたちに追いついた。

 

 キョウイチが横目でワードッグに声をかける。

 

 

 

「ツラが軽くなったな」

 

「はっ、いつまでも昔に執着するもんじゃねえぜ」

 

 

 

 それからーーいままで以上に悪魔との戦いを重ねつづけたレミリアたちは、廃ビルの最上階である5階に到着する。

 

 階段を昇りきったところで、レミリアは一旦みんなの足を止め、肉体ダメージに効果のある魔石や、傷薬などを手渡した。

 

 トウマとワードッグは回復魔法の使い手だが、2人合わせて廃ビルに侵入してから5回も行使していない。

 

 レミリアたちは戦いを通して、無闇に魔法を使わないという暗黙の了解が生まれていた。

 これまで何度も、魔力が枯渇して魔法が使えないという経験を経ているためである。

 魔法がそれだけ強力な武器である証でもあった。

 

 

 

「ところで女、ライオン丸は呼ばないつもりか?」

 

 

 

 ワードッグはレミリアに声をかける。

 

 パスカルはリターン中である。

 強力な戦力になったパスカルをリターンしたのは切実な理由があった。

 

 悪魔が人間界で実体化するには、マグネタイトというエネルギーが必要で、これは人間や悪魔からしか取得できない。

 

 だから悪魔は、己の実体化の維持のため、人間や他の悪魔を殺しマグネタイトを摂取する。

 

 強い力を持つ悪魔ほど、多量のマグネタイトを必要とする。

 もしマグネタイトが尽きれば、肉体は崩壊し死に至る。

 

 ケルベロスとなったパスカルは、ピクシーとは比較にならないほどのマグネタイトが必要だった。

 いまのレミリアは、パスカルを呼んだままに出来るほどのマグネタイトを保持していなかった。

 

 ちなみに、マグネタイトの保有量は悪魔召喚プログラムによって数値化されていており、増減が一目でわかるようになっている。

 

 

 

「パスカルを箱入りにはしないわ」

 

「けっ、ほんとかよ」

 

「なによりあの子が望んでない。それより、さっさと魔石使って傷を治して。半端な状態で勝てるほど甘くないわ」

 

 

 

 このさき、夢と同じことが待ち受けているならば、いまいる小さな廊下を出た先の通路を左に折れた正面の部屋に、レミリアたちを圧倒したあの男がいるはずである。

 

 誰の胸の中にも、過酷な戦いになる予感があった。

 

 そんな中、レミリアはただひとり、べつのことで胸が張り裂けそうであった。

 

 あのとき夢にあらわれた母リョウコがレミリアの心を占領してしまっていたのである。

 

 

 

ーーお母さん……。

 

 

 

 夢であれば、このさき母があらわれ、レミリアたちを必死に止めるのである。

 しかし、その母はもういない。

 

 

 

ーー出てきてよ……お母さん……ッ。

 

 

 

 まぼろしでもかまわない、触れなくてもかまわないからと、レミリアは胸に手をあて強く願った。

 

 

 

「大丈夫ですか、レミリア君」

 

 

 

 トウマがレミリアの傍にたち、顔色を伺い声をかける。

 レミリアは淡い笑みを浮かべると、

 

 

 

 

「大丈夫、じゃあそろそろ行こっか」

 

 

 

 と言って先頭をきって通路に向かった。

 例の角に差し掛かると、レミリアは息を止めた。

 ひざが震えていた。

 息でもとめなければ、足を前に踏み出すことが出来そうになかった。

 

 

 

ーーッッ!? ……っ。

 

 

 

 角を曲がった先の人影に、レミリアは期待と恐さで悲鳴をあげそうになった。

 

 しかしーー。

 そこにいたのは、母リョウコではなくユリコであった。

 

 

 

「あなた……どうしてここに……?」

 

 

 

 レミリアは慎重さを持ってユリコに言葉をかけた。

 トウマとキョウイチも、緊張で身体が張り詰めている。

 ユリコは顔を少しかたむけ、影のある妖艶な笑みを崩さないまま、

 

 

 

「この先に行くのね。あなたの強さだったら、何が出てきても大丈夫よ」

 

 

 

 と言い残し、レミリアたちの前を通りすぎていく。

 即座に振り返るレミリアだが彼女の姿はなかった。

 ユリコは、トウマやキョウイチと同じく、夢と現実の両方で会う人物だが、2人にくらべあまりに異質だとレミリアは感じていた。

 彼女はいまのように、現実においても、まるで夢の時のようにあらわれては姿を消す。

 自身の得体の知れなさを、はなから隠すつもりなどないと言わんばかりに不適であった。

 

 

 

「ぉ、ぉおぅ……誰だよ……今の……すっげえいい女……」

 

 

 

 ワードッグが惚けた口調で呟いた。

 

 

 

「今度会ったら直接聞いたらいいわ、さあ行きましょ」

 

 

 

 レミリアはワードッグの顎をくすぐると、正面の部屋に乗り込んだ。

 

 

 

ーー……。あそこに比べたらずっとまともね。

 

 

 

 部屋中に張り巡らされた管が、中央に設置されたコンピュータに集約している。

 それらは整然と並べられていて、夢で見たときもスッキリとした印象を受けた。

 

 コンピュータの前には研究員のような男がいる。

 夢でみた男だ。

 

 

 

「我が同胞よ! 今こそ魔界より来れ!」

 

 

 

 研究員は、レミリアたちに背を向け、ぶつぶつと聞き取れない低い声を発しながら何かに没頭している。

 夢と寸分違わない光景。

 不吉な敗北のビジョンがレミリアたち3人の胸をかすめる。

 

 

 

ーーッ……同じ結末になんかさせないッ!

 

 

 

 コンピュータを弄る研究員の手が止まる。

 

 

 

ーーサモン。ケルベロス。

 

「懲りもせずにまたやっーーッ!?」

 

 

 

 振り返った研究員の顔が驚愕で染まり、彼はそこで終わった。

 

 一瞬の決着。

 

 殺意を爆発させたケルベロスが、研究員を頭から食べたのである。

 ケルベロスに喰われながら研究員の男は本性の姿にもどっていったが、結局なんの抵抗も叶わなかった。

 もしあと数秒、命が延びていたら、様々な疑問と対抗手段が生まれていたはずである。

 だが、壁に飛び散った血しぶきだけを残し、研究員の正体である超人ドウマンの痕跡は、ケルベロスの胃の中に消えさってしまった。

 

 

 

「ひゅう……た、たまんねえな、こっちは形無しだぜ」

 

 

 

 ワードッグは引き攣った笑みを浮かべながら、眉間から流れる汗を拭った。

 

 

 

「……たいした……もんだな」 

 

 

 

 キョウイチが唖然と呟く。

 レミリアは手をグイとのばし、高くなったパスカルの身体を撫でた。

 

 そのときーー。

 なんの予兆もなく、部屋に無数のスパークが走った。

 レミリアたちは反射的に身体をかがめた。

 

 

 

「ッッ!? グルッッッ!」

 

 

 

 しかし、顎を赤く染めたパスカルだけは、コンピュータに牙をむき威嚇をはじめた。

 全身の毛を逆立て低姿勢で飛びかからんとしている。

 

 

 

「パスカル落ちついてーーっ!」

 

「ッ!? なッ、ちょっと待ってくださいッ……こ、この気はいったい……ッッ」

 

 

 

 とつぜん、誰のものでもない信じられないような強大無比の妖気が部屋中にみなぎった。

 顔面を蒼白させたトウマが過敏な反応で周囲を見わたす。

 

 

 

「グゥアルグァッッッッッ!」

 

「ーーだめッ!」

 

 

 

 コンピュータに飛びかかるパスカル。

 ところがパスカルは、スパークと共に音もなく姿を消してしまった。

 

 

 

「ぉ、おぃ……いま、一瞬……とんでもねえ恐ろしいなにか……や、やべえぞマジで……あ、あいつどこに消えちまったんだよ……っ」

 

 

 

 ワードッグはひどく狼狽しながら後ずさっている。

 

 

 

「パスカル……パスカルッ!」

 

 

 

 レミリアはすがりつくようにコンピュータにかけ寄った。

 

 モニターにはプログラミング言語が映し出されていた。

 だがレミリアにとって完全に用途不明であり、どう手を出せばいいか皆目検討もつかない。

 

 レミリアは、泣きそうになるのを堪え喉を鳴らしながら、あたふたとした手つきでコンピュータに触れる。

 

 

 

「レミリア君ッ、ちょっとどいて下さいッ」

 

 

 

 レミリアを押しのけトウマが割り込んできた。

 トウマも初めてお目にかかる代物のはずだが、モニターを見ながら手際よく操作するさまは、熟知しているように見える。

 

 しばらくすると、トウマの動きがピタリと静止した。

 

 

 

「トウマ……」

 

「僕もサッパリです。ただ……パスカルの後を追えるかも」

 

「ッ!?」

 

「お、おい待てって!」

 

 

 

 ワードッグが血相を変えて飛び入ってくる。

 

 

 

「なんです?」

 

「なんですじゃねえッッ! 後を追うってのか!? バカかてめえ俺たち確実に死ぬぞ! てめえも感じたはずだぜッ、クソデタラメなパワーだッ! ライオン丸どころのさわぎじゃねえッ! 言っとくが勘違いすんなよ、いまさら死ぬのが怖くて悪魔狩りなんてやってねえッ、だが100%皆殺しになるとわかって突撃するバカがあるかタコッ!」

 

「ワードッグの言うとおりだわ」

 

 

 

 レミリアが言った。

 トウマもワードッグも驚きの反応を見せた。

 

 

 

「ワードッグ君の言うとおりって……まさか追わないつもりなんですかッ?」

 

「追わない。私たちはマリサとオザワの後を追う。これ以上後回しにしない」

 

 

 

 レミリアは血がでるほど拳をかためて踵をかえす。

 

 

 

ーー私たちだけで戦うことだって出来たのに……私のせいで……ッッ。

 

 

 

 レミリアは強く思う。

 自分がまねいた事態にトウマたちを付きあわせるわけにはいかない。

 かれらはもう十分以上に自分のために命を賭けてきた。

 パスカルに関するすべては自分のせいだ。

 悪魔にさせたのも、この戦いに参加させたのもーー。

 

 

 

「ちょっと待ってください」

 

 

 

 トウマがレミリアの手首を掴む。

 

 

 

「ぜったいに待たない。ここにはマリサやオザワの手がかりはなかった」

 

「ーーわかりました、でも吉祥寺は探しつくしました。マリサは、おそらくもうこの街にはいない気がするんです」

 

「いまから新宿に行く」

 

「ええ、もちろんかまいません。けどいったいどうやって……?」

 

「抜け道をさがすわ」

 

 

 

 トウマが力なく首を振る。

 

 

 

「僕たちでさえ自衛隊の警備を抜けられそうになかったんですよ。キョウイチ君の言うとおり、マリサがあれを抜けるのは現実的じゃない」

 

「……。たとえば、あのオザワってヤツなら、どうやって新宿に行くのかしら」

 

 

 

 レミリアはキョウイチに視線を向けた。

 キョウイチは一瞬目を大きく開いたが、やがて難しい顔で黙りこんだ。

 

 

 

「そもそもあの夢は、いったい僕たちに何を伝えたかったんでしょうか」

 

 

 

 ふいに夢のことを口にしたトウマがコンピュータに向きなおる。

 キョウイチが言葉を返した。

 

 

「考えてわかるようなことじゃないな。だがあの男を倒したことは間違いじゃないはずだ。やったのはレミリアの飼い犬だがな」

 

「僕もそう思います。でも彼を倒して、それから? 悪魔はあいかわらずです」

 

「夢の中で俺たちが死んだのがまずかったってか? あのとき死んでしまったせいで夢の続きが見れなくなってしまったと?」

 

「まさか。ーーただ、あの夢が僕たちに伝えたかったことが、あの男を倒すことだけではないとしたら」

 

「他になにがあるんだ」

 

「決まってます、このコンピュータしかないでしょう」

 

 

 

 2人のやり取りを黙ってきいていたワードッグが口をはさむ。

 

 

 

「おいおい待て待て、なんでそっちに話が行くんだよ。いいか、間違ってもてめえの女はそっちにはいねえって。いまは女とオザワを探すのが先だ、そうだろ?」

 

「ーーなぜか僕は、このまま引き返すことにものすごく違和感がある。もしかしたらマリサの手がかりはこっちにあるかもしれません」

 

「はあ? てめえの違和感に付きあうこっちの身にもなーー……チッ、まるで俺だけビビってるみてえじゃねえか。いいだろう上等だぜてめえ、ライオン丸のケツを追っかけようじゃねえかよ。はんっ、どのみち俺なんて武器振り回す以外やることねえんだからよ」

 

 

 

 レミリアはワードッグの肩に触れたあと、トウマの傍に並んだ。

 

 

 

「気をまわしてるわね」

 

「いえ、まわして欲しくなさそうだからまわしてません。レミリア君たちはなにも感じないんですか?」

 

「……普通じゃないこと続きだから、なにも感じない時間を探すほうが難しいわ」

 

「とにかく行く価値はあります。戻ってこれる可能性だってある。……このまま吉祥寺に残っても、時間だけ過ぎてなにも変わらない気がします」

 

 

 

 レミリアはキョウイチを見た。

 キョウイチは肩をすくめ、黙ってうなずいた。

 

 

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