トウホウテンセイイブンロク   作:まめ三等兵

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15.研究所

 

 

 トウマは転送ボタンを押した。

 部屋が大きく振動し、整然と張り巡らされていた管が光を放ちはじめた。

 

 やがて光につつまれ何も見えなくなると、レミリアたちの身体に強力なGが掛かる。

 

 

 

ーーッッ……これ転送……?

 

 

 

 10秒も経たないうちに、強い光もGも消え去って、部屋は元の状態に戻った。

 どこかに移動させられていたような感覚があったレミリアだが、周囲の景色に変わりはない。

 

 ワードッグが恐る恐る口を開く。

 

 

 

「同じところ……だよな……さっきのはハッタリ、か?」

 

「みんなここにいて、外に出てみるわ」

 

「オイコラむやみにーー」

 

 

 

 ワードッグの声を背中に、レミリアは真っ先に部屋から出る。

 

 

 

ーーッ!

 

 

 

 すると、トウマたちの視界にいたレミリアが、ナイフを抜き扉の外へと身を躍らせ消えていった。

 歪な呻き声と鈍い衝突音が響いてくる。

 トウマたちは慌ててレミリアの後を追う。

 

 レミリアの足元には、白衣に身を包んだ男が倒れていた。

 男は暗い土気色で、頬や手の肉が欠け、所々骨が剥き出しになっている。

 

 

 

「なんだ、ただのゾンビかよ」

 

 

 

 ワードッグが鼻息をついた。

 悪魔が出現してからというもの、ゾンビはいたるところで見かけるようになった。

 悪魔の犠牲になった人間の成れの果てである。

 

 

 

「ところでーーもっとヤバいところ想像してたが……ずいぶんまともだな。さっきの無茶に強い気も感じない。それでも、駅前の廃ビルじゃないことだけは確かだが」

 

 

 

 そう言ってキョウイチは壁を小突いた。

 トウマは相槌をうちながらパスカルの気を探っていたが、この建物からは、あの大きな気は感じられなかった。

 

 

 

「レミリア君……どうやらここには」

 

「みんな無事でよかったのよ、さあ行きましょう」

 

 

 

 絶望に暮れ、自分を責めることなど、いくらでも、そしていつでも可能である。

 そうすることも許されるだろう。

 家族をすべて失ったのだから。

 

 しかしレミリアは、転送した先で、パスカルの名を呼ぶのを我慢した。

 実際には、転送後すぐ、パスカルの姿を目で探したのだが、頭を振って、パスカルのことを考えないように努めたのである。

 

 レミリアは、この未曾有の惨事は自分だけではないと、心で何度も何度も唱えることによって、絶えず襲ってくる苦しみ悲しみに抵抗し、マリサの行方に専念していた。

 

 棚に残っている資料を見るに、ここはなにかの研究施設のようである。

 そして、それらの資料は、ある種の安堵感をもたらした。

 

 ワードッグは茶化した調子で『魔界じゃなくて助かったぜ』と口にしたが、おそらく誰の胸にも、その恐ろしい可能性があったに違いない。

 

 

 

「おい来てみろ、こっちに下り階段がある」

 

 

 

 キョウイチが声をあげる。

 そして下に降りた先で、レミリアたちは驚くべき人物と再会した。

 

 

 

「やぁ、レミリア君」

 

「ッ!? スティーブン……ッッ」

 

 

 

 いつか吉祥寺の病院で出会った、車椅子に乗った銀髪の男ーー。

 

 

 

ーーどうしてこんなところにいるの……いつのまに……。

 

 

 

 いくつもの疑問がレミリアにわき起こる。

 あのときトウマは院内のオートロックを解除した。

 だから病院から脱出できたことはわかる。

 しかしーーいったいどうやってここに来たのか。

 なぜその状態でこれたのか。

 なぜここにいるのか。

 

 スティーブンはあのときと変わらない調子で、こちらと目を合わせることなく、独り言のように話しはじめた。

 

 

 

「ここは千駄ヶ谷にある瞬間移動装置ターミナルシステムを開発していた私の秘密研究所だ。……だが、ゴトウの手はここにも伸びていてね、ごらんのありさまだ。ところでどうだったかね? 私の瞬間移動装置の乗り心地は?」

 

「せ、千駄ヶ谷ッッ!? じゃあ……じゃあもしかして……いや、でもーー」

 

 

 

 車椅子の男から告げられた言葉に、もっとも目を見開いたのはトウマだった。

 もしここが本当に千駄ヶ谷ならば、新宿までは歩いて行ける。

 マリサへの大きな手がかりを掴んだと、トウマの心に喜びが起きたが、それもつかの間。

 やはり無理があるーー。

 

 

 

「てめえッ!」

 

 

 

 犬歯を剥いたワードッグがスティーブンに鉄棍を振りかざした。

 レミリアはワードッグの前に立った。

 

 

 

「話をさせてちょうだいっ」

 

「話は終わったんだよッ! そいつが言ったとおりだどけッ! てめえ前もコイツの肩を持ちやがったなッ!」

 

「持ってないでしょっ」

 

「持ってんじゃねえかコラァッ! コイツいまなんつったと思う!? 千駄ヶ谷だとッ!? やっぱトウマより俺の勘のが正しかったぜッ! いいか、こいつはクソ院長にドタマやられる前からやられてんだよッ! ほんもんのマッド野郎ってことだッ! どけやッ! てめえだってコイツを恨まなきゃいけねえはずだぜッ」

 

 

 

 ワードッグはレミリアの肩を強く押しのける。

 それでもレミリアは譲らなかった。

 

 

 

「いいから下がってッ! あなたの言うとおりかもしれない、けど、いまだから必要なのよっ」

 

「ーーああそうかい、てめえいつのまにそんなお行儀よくなったんだよ、笑えるぜ死ねクソが」

 

 

 

 ワードッグはレミリアとスティーブンを睨みつけると、地面に唾を吐いて壁際にもたれた。

 

 

 

 

「私の悪魔召喚プログラムは使っているかね?」

 

 

 

 スティーブンは自身の小型PCと向きあいながらレミリアにボソボソと言葉をかける。

 

 

 

「ーーええ」

 

「そうか、キミのハンドCOMPを私に見せてみたまえ」

 

「だれが見せるかくたばれ」

 

 

 

 ワードッグが言葉を被せる。

 レミリアはすこし黙考したあと、スティーブンの言うとおりにした。

 

 ハンドCOMPを受けとったスティーブンは、自身の小型PCとケーブルでつなげ、忙しなくキーボードを叩きはじめる。

 なにをするつもりなのか、たぶんいま聞いても答えないだろうと思ったレミリアは、そのまま見守ることにした。

 

 

 

ーーワードッグ、しばらく機嫌が悪くなるかしら。

 

 

 

 ワードッグはスティーブンがすべての元凶と考えているらしいが、レミリアは少し懐疑的だった。

 

 夢のこと、夢で会った人たちのこと、トウマ、キョウイチ、ユリコ、そして生贄にされかかっていたマリサ、公園で会った不思議な老人、その老人があのとき口にしていた言葉、突如あらわれた謎の施設、邪教の館ーー。

 

 たとえば、これらすべての起因を、スティーブンが起こした事故とむすびつけるには、なにか引っかかりのようなものをレミリアは感じるのである。

 

 ただーーそれとは別に、レミリアはスティーブンを最後まで恨みきれないでいた。

 それは彼女が、無意識のうちにスティーブンという男に亡き父の幻影を見ていたからである。

 レミリアが産まれる前に亡くなった父について、生前、母のリョウコはこんなことを言っていた。

 

 

 

『ーーあの人はとても身体が悪かった……いつもコンピュータばかり触ってたわ』

 

 

 

 母リョウコに聞けば、父は極度の写真嫌いで一枚もないと言う。

 レミリアには父の姿を知るすべはない。

 しかしだからこそ、スティーブンに父の影が重なってしまったのかもしれなかった。

 

 

 

「ふむ…………ーーよし」

 

 

 

 やがて作業を終えたスティーブンは、ハンドCOMPをレミリアに手渡した。

 

 

 

「……なにをしたの?」

 

「悪魔のストック数を2体増やした、これからさき6体では少なかろう。それとデビルアナライズプログラムを入れておいた、サーチした悪魔の能力を知ることが出来る、役立てたまえ。では失礼するよ」

 

 

 

 スティーブンは車椅子を走らせ部屋の外に消えた。

 舌打ちしてあとを追うワードッグだが、すぐに足を止めた。

 そして地面を蹴りあげる。

 

 

 

「ーーえ? いないの?」

 

「ケッ、車椅子にニトロでも積んでんじゃねえのか。ーーチッ! あの野郎、やっぱ普通じゃねえじゃねえか」

 

「……」

 

 

 

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