魔理沙が言ってた棚は、レミリア達がいた最下層から、4800Kmほど上にある。
紅魔館は、外観と内部の大きさが比例しない。
外から見るぶんには、館のサイズはこじんまりと常識的なものである。
しかし内部はデタラメで非常識だ。
中でも大図書館の広さときたら、紅魔館すべての部屋を合わせても、まったく比較に値しない。
パチュリーは、短距離テレポート魔法を何度も駆使しながら、上へ上へと飛行していく。
目的の棚に到着したとき、パチュリーは息をきらし、「カヒューカヒュー」と喘息の発作が起きていた。
魔力こそ膨大なパチュリーであるが、虚弱体質の彼女には、魔法の連続詠唱は身に堪える。
さらに普段の彼女は、1000Kmより上には、めったに行くことはなかった。
パチュリーは、両手で抱えていた魔導書をそっと置くと、胸元をおさえ息を整えながら、棚から一冊の黒い本を手に取る。
魔理沙が魔法金庫と呼んでいた本だ。
パチュリーは表紙に手をかざし、大きく深呼吸を3回して、ボソボソと詠唱する。
すると、無地だった表紙に、五芒星が輝きあらわれた。
パチュリーは、眉が動いたり指先が動いたり、まるで何かを探っているようだ。
そのとき、バサバサドオーとパワフルな羽音と風が起こって、パチュリーのフリルの帽子を巻きあげた。
「あっ! みっけ!」
音と風の正体はレミリアだ。
レミリアは空中でキャッチしたフリルの帽子を、パチュリーの頭にポンとのせて着地する。
にぎやかなコウモリ達が主人の腕に戻っていく。
レミリアはパチュリーの顔を覗きこんでたずねた。
「これが魔理沙の言ってたやつね? 手紙ってなにかしらね?」
レミリアの目はクリクリとして期待でいっぱいだ。
だが当のパチュリーは、レミリアの問いかけに反応せず、本に手をかざし目を閉じたまま。
レミリアは黒い本に視線を向ける。
そして、あどけなくも整った顎に指をあて、首を傾げながら「ウ~ム」と唸ると、
「……。うん! やっぱり知らないわ。なんのことかさーっぱり!」
と言い、パチュリーが面してる棚にもたれ掛かり、彼女の反応を待つことにした。
「ーー本の封印が解かれた痕跡はない」
レミリアが待つこと20分。
ふいにパチュリーが口を開く。
「解かれてない? ……ふーん」
「むぅ、なによ。わたしが間違ってるっていう気?」
レミリアの言葉に、パチュリーは眉頭を上げ、不服をもらした。
「間違ってるかどうかなんて、私にはわからないわ?」
レミリアはそう言葉を返すと、パチュリーの背後にまわってギュッと抱きしめ、自身の頬を彼女の頬にくっつけた。
そして言葉を続ける。
「じゃあ手紙なんてなかったのね。魔理沙も自信なさげな伝えかただったし。『もし手紙があったのなら』だものね?」
レミリアのやけに楽しそうな声色が、パチュリーの頬ごしに伝わってくる。
「……もしかして私が嘘をついてるって言いたいわけ?」
パチュリーの言葉にレミリアはクスクスと小さく笑ったが、なにも返さなかった。
からかわれているような気がしたパチュリー。
密着してくるレミリアの両手をほどき、彼女の頬を、手でムニニと押しのけると、
「ぜんぶ見せないとダメっ? ぜんぶぜんぶぜんぶっ、なにもかもぜーんぶ見せないとダメなのーっ?」
と言って、頬を膨らませ拗ねてしまった。
パチュリーは、魔法金庫のことをレミリアに教えてなかった。そのことに対してのレミリアの態度だと、パチュリーは思ったようである。
「ま、失礼ね。秘めてこその魔術じゃない。わたしにもパチェ自身にも失礼だわ?」
あいかわらず、なにかがおかしそうな笑みをうかべるレミリアに、パチュリーは軽くそっぽをむく。
レミリアはパチュリーの手を握って言葉を続ける。
「つまり魔理沙の目的って、嘘をついてパチェに魔法金庫を開けさせることかしら? あ、ということは近くにいたりして」
「……違う気がする。とても不可解」
不可解。
その言葉に、レミリアは高揚する気持ちを抑えられず、小さく何度も飛び跳ねた。
そしてパチュリーの顔を至近距離で覗きこむ。
しばらく見つめ合うふたり。
瞳をビー玉のようにさせるレミリアと、ただただ曇った表情のパチュリー。
「わかったわよ解くわよぉ……この封印にどれだけ時間がかかると思ってるの……ったく」
折れるのはいつもパチュリーである。
パチュリーは、ため息をひとついれると、ふたたび本に手をかざした。
今度はキビキビとした口調で、封印を解く魔法を詠唱する。
すると、本が強い白光と風圧を放ち、彼女の帽子はふたたび宙を舞う。
レミリアは嬉々として帽子をキャッチ、また彼女の頭にのせてあげた。
パチュリーは本をゆっくり開く。
のぞきこむレミリア。
本の中は、パチュリーの筆跡とわかる魔法文字が書かれてあるのみである。
レミリアは、パチュリーの魔法文字を読むことはできない。
しかし、ざっとページを眺めたレミリアは、収納物を魔法文字に変換しているのではと推測した。
パチュリーは、ゆっくりと、でも手を止めることなくページをめくっていく。
やがて、あるところで手がとまった。
「あっ! 見つかったっ!? ねえっ!」
レミリアの視線が、パチュリーと本のあいだを、行ったり来たりと忙しい。
パチュリーは、落胆してため息をつくと、ある魔法文字を指でサッとなぞった。
すると、ベージュの封筒が、紙面上から芽吹くように出てきた。
パチュリーは封筒を手にとり、くるりと裏返す。
ガタガタの字で、レミリアへ、と書かれてあった。
パチュリーは、プイと明後日のほうを見ながら、手紙をレミリアに手渡す。
「ふふふっ、いったい何かしらね? ねっ?」
レミリアは、さっそく封筒を開け、中の便箋をとりだした。
便箋には、このようなことが書かれていた。
【退屈反逆同盟No.2! レミリア・スカーレット! 刻は来た! 今こそ我ら退屈反逆同盟が狼煙を上げるときだ! さあ同志よ! 霧雨魔法店前に集え! ところでそこにパチュリーはいるか? きっといるな! たぶん怒ってるだろうから伝えてくれ。これはほとんど私の力じゃないってな! まあアレだ、スゴイ魔導書をそこで見つけたんだ。さてはおまえ、このスゴイ魔導書の存在しらなかったな? 表に出ろとは言わんが、たまには身体を動かせよ。で、話をもどすが、スゴイ魔導書に危険はつきものだろ? だからまずは試しにと……この手紙をだ、いまの私じゃ絶対に解けないパチュリーの魔法金庫の中に……で、これを読めてるってことは、うまくいったんだな! なあパチュリー、手紙はどんな風に入っていたんだ? 金庫の封印は解かれていたのか? それとも解かれてないのに入っていたのか? 近いうちに遊びに行くから聞かせてくれ! それよりレミリア、これ見たなら早くこいよな! ああそうだ、言っとくが家の中には入るなよ? 外で待っててくれ。なーに待たせないさ! 霧雨魔理沙より】
レミリアは声に出して読み終えると、封筒の中をのぞいてみた。
便箋のほかに何もない。
「どうやら便箋だけみたい」
「魔理沙のやつ、ほんっとに……。それとレミィ、タイクツハンギャクドウメイってなに?」
「知らないわ」
「ナンバーツーなんでしょ?」
パチュリーは疑いを向けながら、レミリアが持っている手紙をトントンと指差した。
「ほんとに知らないってば。アイツのことだから好き勝手いってるだけよ」
「その言葉が初耳ってだけで、退屈反逆同盟のNo.2になっちゃってる事に、なにか思い当たる節はあるんじゃないの?」
今度はパチュリーがレミリアの顔を覗きこむ。そろった前髪がサラサラと流れた。
「んー……そうなの……かなぁ」
レミリアはそう返すと、上を見上げ腕組みをした。
「もぉ、はぐらかすんだからっ。あるに決まってるわよ」
パチュリーはまたプイとそっぽをむいた。だが見た目ほど機嫌を損ねてない。
レミリアはいつもこんなだからだ。
そのレミリアはパチュリーの肩に手をのせると、
「ありがとパチェ。じゃあ行ってくるわね」
と言って、細かい彫刻が施された木製の手すりの上に、フワリと立った。
「ちょっと待って」
パチュリーが呼び止める。
「?」
振り向くレミリア。
パチュリーはレミリアをジッと見つめ、少し間を置いた後で、
「ーーあなたにこんな言い方は逆効果なのは分かってる。なにより止めるべきじゃないことも。でも私が後悔したくないから素直に言うわ。行くのはやめて欲しい。かなりいやな予感がする。それでも行くんだったら、魔理沙を止めるために行ってちょうだい。あのバカ……自分の能力を超えた力を使ってるに違いないんだから」
ーービュウゥゥゥッ!
レミリアは風を残して去っていった。
フリルの帽子が床に落ちた。
「……。知ってた」
おたがい、やりたいことは邪魔しない。
それがなんであろうと、どれだけ時間を使おうと。
レミリアとパチュリーは、そうやって仲を深め育んできた。
これからも変わることはないだろう。
それでも……と、パチュリーは心中で思う。
ーーふたりとも思いっきり叱ってやるんだからっ……だから無茶はしたらダメよ。
遠くからチュパカブラの鳴き声が反響した。