霧雨魔法店は、魔法の森のほぼ中心にある。
真昼の日光を地面に通さないほど、うっそうとした森だが、霧雨魔法店の周辺は、魔理沙が木を刈っているため、日当たりは良好だ。
本日、夜明け前の霧雨魔法店は、極めて繊細な月の光によって、まるで水面に映っているように朧げだった。
レミリアは持ちまえの超速飛行で、紅魔館を出て10秒とかからず、霧雨魔法店前に到着。
ーーうっふふっ、なにこれっ
霧雨魔法店の壁面に、大小いくつもの魔法陣が描かれている。
一見して、なにか大掛かりなことをやろうとしているに違いないと思ったレミリアは、翼をバタバタさせた。
「はやかったな。だがちょうど良いタイミングだ」
背後から声がした。
レミリアは背を向けたまま、声の主に言葉をかえす。
「だれが退屈反逆同盟のNo.2よ」
「はは、本当に読めたんだな。たいしたもんだよこの魔術は」
レミリアは振りかえる。
巨樹の枝に、黒いドレスと白いエプロン姿の金髪少女、魔法使い霧雨魔理沙が座っていた。
魔理沙は人差し指でレミリアを呼ぶ。
レミリアは鼻を鳴らすと、魔理沙の横に立った。
「おい座れよ、話しにくいだろ」
「なにも邪魔していないのに、話しにくいなんてことないでしょう。どうぞつづけてちょうだい」
「話しにくいんだ。今回はな」
魔理沙は、秘めごとを打ち明けるような声色でレミリアを手招いた。
「……。今回も、でしょ」
レミリアはそう言って、木の枝にフワリと腰をかけた。
「で? あの魔法陣は? 言っとくけど、ただの見せ物とかだったら……頭はったおすわよ」
「……」
魔理沙は一呼吸おいて口を開いた。
「さきに結論を言う。わたしの家の中に入ったら異世界転生する。壁の魔法陣はそのためのものだ」
レミリアは背筋が少しピンとなった。
さすがに驚いたのだ。
ただそこに怖さは微塵もなく、愉快な気持ちがモクモクと膨れ上がっていく。
レミリアは両手を膝のうえでそっと組み、行儀よくつとめることにした。
「悪くなくてよ魔理沙。前向きに最後まで聞いてあげる」
魔理沙は、へっ、と笑うとエプロンの内側に手を入れた。
そして、ふでばこくらいの紙箱を出してレミリアの眼前に突きつけ、
「これ知ってるか? まだなら一緒に遊ぼうぜっ」
と言った。
「……しん……めがみてんせい……」
レミリアは、箱に書かれた文字を声にだして読んだ。
魔理沙が取り出したのは、SFC版の真・女神転生1のカセットケースだった。
レミリアは、しばし無言を貫く。
魔理沙のやろうとしている事は読めたが、レミリアの愉快な気持ちは萎んでいった。
ーーゲームか……つまんない。
レミリアが抱える退屈は、魔理沙の提案ですら相手にならなかったようだ。
そんなレミリアをまじまじと眺める魔理沙。
「ん? それどっちなんだ? 遊んだことあるのか? ないのか? ハッキリしろよ」
そう言いながら魔理沙はレミリアの横顔に迫った。
レミリアは魔理沙の顔を押しやると、夜空に大きなため息をついた。
「あのね魔理沙。私、ゲームで遊ぶ趣味ないの。仮想空間系でも同じよ。遊びで遊ぶ程度で退屈がまぎれたら世話ないわ。そんなのだったらフランのとこ行ってらっしゃいよね。ほんとガッカリな奴」
レミリアはそう吐き捨てると、フワリと宙に浮き上がった。
ーー来て損した……魔理沙のばかっっ。
ところが飛翔しようとしたレミリアのスカートの裾を魔理沙が掴んだ。
「なにするの、放しなよ」
魔理沙は、どこか挑発的な笑みを浮かべている。
「たとえば、このゲームと同じことが現実世界のどこか……現実の外の世界のどこかの並行世界で本当に起きている可能性……あると思うか?」
「……。そんなの私が知るわけないでしょ」
わざとそっけない返事をしたレミリア。
二人の視線が交錯する。
レミリアは魔理沙の目に笑みが寸分もないのをみた。
森はまるで二人を見守るように静まり返っている。
レミリアはふたたび枝に腰を掛けた。
そして静寂を解かないよう、そっと口をひらく。
「それ……フランが遊んでるのをチラッと見たことある。たしか、あのゲーム画面……古今東西、見たこと聞いたことある名が並んでたかしらね。知ってるのはこれだけよ?」
「やっぱりあいつ遊んでたのか。フランのやつ、好きだって言うから誘ってやったのに……」
そう言うと魔理沙は猫背になった。
「なんだ、フラン誘ってたんだ。あの子も退屈反逆同盟だったのねー」
魔理沙は手を横に振る。
「『超めんどくさい、本読みの邪魔しないで消えて』だってさ。レミリアおまえ、アイツをパチュリーに任せっきりじゃないのか? たまにはオマエが外に連れてってやれよ」
「失礼ね。あの子はいつだって自由気まま。一緒に遊びたかったら遊ぶし、外に出たかったらそうするわ。それで?」
すると魔理沙はエプロンを2回ほど両手で払い、あらたまった雰囲気でこう言った。
「このゲーム内容を簡単に言うとだ、ある日とつぜん外の世界に現れた神の軍団と悪魔の軍団が勝手に覇権戦争をおっぱじめ主人公達が巻き込まれる」
「アハハ……ありがた迷惑」
「ありがたは要らないぜ。ただ迷惑だな」
「でも素敵、乗ったわ」
「おまえはそう言うと思ったよ」
「だから呼んだのよね。さきにフランだけども」
「予想どおりだけどな」
「なにが?」
「きっとフランは乗ってこないだろうってさ。あいつは退屈を優秀な下僕にしてる。わたしたちと別種だよ。でも友達だからな、なにより女神転生が好きだって言うなら、そりゃ誘うだろ」
「……」
レミリアは少し沈黙してから口を開いた。
「フランの前に霊夢でしょ。ということはそっちにもフラれたのね」
魔理沙が渇いた笑い声を出した。
「さすがにコレにアイツは誘えないよ」
「ワザと聞いたのよ。でもホントは残念でしょ」
「どうだかな。でも、たとえ霊夢が自由に動ける立場でも、きっと乗ってこなかったさ」
「そう?」
「霊夢も退屈を支配してる。というより退屈と仲が良い。私から見て、あいつら似てるとこあるよ。そう思うだろ?」
「……さ、どうかしら。でも少なくとも、いまの私は、いつ扉の向こうに行くんだってイライラしてるけど」
レミリアの言葉に微笑をかえす魔理沙。
しかしその表情には緊張があった。
「おまえ、わたしがやったこと分かってないだろ」
レミリアは魔理沙の鼻っ柱を指で軽く弾いた。
「いてっ、なんだよ」
「私の気持ちを試すの辞めてくれない? 乗るって言ったでしょ」
「どうだか」
「ふんっ、私の大図書館から転生に関する魔導書を盗み、それを使って、無限の並行世界から真・女神転生が現実化してしまっている世界線を探り当て、そこに転生できる通路を家の中に作った、ってところかしら? もしそうだったら、私の退屈もギャフンって言いそうね」
「……」
推し黙る魔理沙。
「ねえ魔理沙、怖気づくなら退屈反逆同盟なんて辞めたら?」
それでもなお、なにか言い淀んでるような魔理沙が、レミリアの目にめずらしく映った。
魔理沙は鼻をスズっとすすり、魔導書を取りだした。
どうやら例の魔導書のようだ。
「おまえの言うとおりだ。この魔導書は転生転移の専門書だが、可能性を見つける魔導書と言い換えてもいい。この魔導書を使ってわたしがやったことは……本当に存在するかどうかわからない未知の状態から、無限に連なる並行世界のどこかで、あのゲーム同様のことが現実に起きてしまっている可能性を見つけだし、さらにそこから、わたしの家に入れば、その世界に転生できるかもしれない、という可能性を見つけ出した……ただ、あくまで可能性だ。100%には出来ない」
「手紙があんなとこにあったのも、手紙の妙な言い回しも、その魔導書のせいなのね」
レミリアは魔理沙の顔を覗きこんだ。
「……あぁ」
「なんて悪いことするのかしら」
そう言ったレミリアは、脚をぶらんぶらんさせ、クスクス笑いながら目を三日月のようにさせた。
「人聞きの悪いこと言うな。あのなァ、これは0%から1%にする天地創造みたいな術じゃないんだ。あくまで転生術なんだかーー」
「はいはい、この世はあらゆる可能性に満ちている。魔理沙はこの魔法で可能性を見つけただけ。0%を1%じゃなく、1%を10ーーきっと2%くらいなのよね? とにかく魔理沙、私はNo.2よ? 話を続けなさい」
意気揚々と身振り手振りで喋るレミリア。
「……こっからが肝、転生についてだ」
魔理沙はレミリアに顔を寄せた。
「カモンよ魔理沙」
「なにがカモンだ。マジで聞いてくれ。いいか? 普通の転生術は、転生したら元の世界には帰ってこれない。転生しちまうと、転生前の世界では死んだことになるんだが……」
ーー…………ッ!? 転生ッ!!
ここで初めて、転生という言葉を実感するレミリア。
「ちょっと待ちなよ。まさか私、死のドライブに誘われてたの?」
「えぇ……いまごろかよ。……ああ、否定はせん。だがもう少し聞いてくれ」
「そうだったわ、どーぞ続けてちょーだい」
魔理沙は前に垂らした三つ編みをいじりながら話をつづける。
「わたしが修得した転生術は、制約はあるが、いちおう帰ってこれる」
「いちおう、ってなーに?」
レミリアは顔をそむけつつ、微笑の眼差しを魔理沙に送る。
「たとえば転生先で死んだら、ジ・エンドだ」
魔理沙は堅い口調で答えた。
「……」
「まァ、怖いよな、さすがにわたしも怖い」
「ばか、一緒にしないで。大人しく聞いてあげてるの」
「そうかい」
「ともかく、死んで帰ってこれる転生術じゃないのね」
「そもそもこの魔導書は危なっかしいんだ。面倒だし不確定だし安全性が低い。まァ、私が修得したのが初級転生術ってのもあるんだけどな」
「くくく……初級だったらむしろ簡単で安全性は高くあるべきだと思うけど? 初級じゃなくて、転生術を不完全に会得した魔理沙のせいじゃないの?」
「なんだよおい。人が謙遜してやってるのにっ」
ふくれっつらをした魔理沙はレミリアの頬を両手でムニムニする。
「いちゅ謙遜ひひゃのひょ。ひょっとしょれひゃめて、やめひゅへったらもうっ」
レミリアは魔理沙の手をグイと解いた。
「あとあれだ、転生先の選択ミスとか、何者に転生するのかちゃんと考えないと、たとえ死なないにしても、帰って来れなくなる」
「うん……うん? うん」
「たとえば、魔術のたぐいが存在できない世界、なおかつ、転生後の新しい自分が魔術を扱えない、こういうのは一発アウトだな。この面倒な制約のおかげで、転生先の自由度は限られてくる。ここに帰ってくるには、あっち側の世界でも魔力が存在し、あっちの世界でこの転生術が使えないとダメなんだ。もっとも、帰ってくるつもりがないなら好きにすればいいが」
レミリアは得心したのだろう。何度かゆっくりうなずいた。
「それで神と悪魔が出てくる世界に白羽の矢がたったってわけか」
「ここで出来ることはあっちでも出来るだろう。あれはそういう世界だ。ただし、生存確率は最低最悪。以上だ」
遊びの範疇を完全に逸脱した危険極まりない行為。
だから魔理沙はレミリアを誘った。
この二人の関係を一言でいうなら、悪友である。
危険であればあるほど喜んで乗ってくる者、なにが起きようが放っておいても構わない程度の関係、その二つを兼ね備える筆頭が、魔理沙においてのレミリアであり、またレミリアにおいても魔理沙なのであった。
魔理沙とレミリアは、普段は滅多に顔を合わさない。
大雑多に言ってしまえば、魔理沙は霊夢といることがほとんどで、紅魔館に遊びに行くときは、相手はフランかパチュリーである。
もっともパチュリーに関しては、本盗みの魔理沙とは犬猿であることが多いものの、魔法を扱うもの同士、お茶をしながら長話することも珍しくない。
またレミリアの方も、遊びにおいて魔理沙を誘うことは滅多にない。
そもそも顔が広く、なにかと付き合いの多いレミリアは、特定の誰かとよく遊ぶということ自体、滅多にない。
二人とも、とてつもないイタズラや危険な遊びを思いついた時にだけ、互いを呼ぶのだった。
「じゃ、あらためて誘ってみるか」
「なにが、あらためて誘ってみるか、よ。どうせバレたりでもしたら、いつもみたいに、一緒に考えた、とか言って責任半分なすりつけるくせに」
魔理沙は口元に薄い笑みを浮かべるだけで、なにも言い返さなかった。
「どうだレミリア? 死のドライブに付き合っーーってオイ」
「待ちくたびれた、このばか」
レミリアは魔理沙が言い終わるまえに木の枝から飛び降りた。
「ムードないなァ。……っ!? おいおいレミリア待て待てっ、まだ入るな準備があるんだよっ」
魔理沙は箒を召喚して飛びのり、レミリアに続いてゆっくり下降していった。