霧雨魔法店の玄関扉前ーー。
魔理沙はエプロンの内ポケットから、とてもちいさな皮袋を2つ取りだし、片方をレミリアに手渡した。
皮袋には汚い字でレミリア用と書かれてある。
袋の中をのぞいてみれば、まばゆい光の液体がレミリアの顔を照らした。
「わぁ……これなに?」
「ヒーローになる変身ベルトだ」
「今はそういうのいいから」
魔理沙は、へへ、と笑って肩をすくめると、自身が持つ皮袋を口に持っていき、中に入っている光りの液体を一口に飲みほした。
レミリアは、あっ、声をあげたが、それ以上なにを聞くわけでもなく、魔理沙に続いて光の液体をコクコクコクと飲んでいく。
「レミリア、おまえはこれも飲んでくれ」
魔理沙はそう言って、さっきと同じ皮袋をレミリアに放り投げた。
レミリアはそれも飲み干し、皮袋をまとめて後ろにポイと投げ捨てる。
「中に入っていいの?」
「ああ、だがまあ待て。わたしたちが最初に飲んだ液体……おまえが飲んだのは、ゲームでいうところの主人公に転生するための、わたしが飲んだのは、ヒロインに転生するための液体だ」
魔理沙の説明に、レミリアは肩をゆすってヘラヘラと笑った。
「うぷぷ……自分でヒロインって。……ウフハッ、でも意外とそうよね。すぐ拗ねるし怒るし……ぷぷぷ」
「う、うっせーっ! わたしのこと言えるかっ! それに仕方ないだろっっっ、ゲームの説明書にヒロインとしか書いてなかったんだからっ。いいかよく聞け本当はな、わたしが主人公に転生したかったんだっ。でも主人公は魔術が使えず、一方のヒロインはあらゆる魔術のエキスパートっ。だったら帰りかた知ってるわたしがヒロインに転生するしかないだろっ」
体をくの字にして笑いつづけたレミリアだったが、とつぜん、はたと笑うのをやめた。
「魔理沙が魔術のエキスパートだったら、わたしはなに? 主人公は戦士?」
「ったくこいつは……主人公は悪魔使いだ」
「悪魔使い??? ……ああ、アレはそういうこと」
レミリアはゲーム画面にズラリと並んだ著名な神や悪魔の名を思い浮かべ納得した。
「でも悪魔使いなのに魔術が使えないのね」
「じきにわかる。で、つぎにおまえだけが飲んだ液体は、わたしたちがここに帰ってくるためのものだ。これはわたしさえ分かっていればいい。実行役はわたしだからな」
「オッケーよ。じゃあもういいわね」
そう言ってドアノブを掴むレミリアの手を魔理沙が握った。
「おっとレミリア」
「もーっ! いい加減にしてっ! まだなんかあるわけっ?」
魔理沙はレミリアの手を握る力を強める。
「レミリア、やっぱ辞めよう。セーブもロードもない、わたしたちの転生先は最悪の現実世界だ。正直言って、退屈反逆同盟史上、一番やっちまってる。……死線しかない世界なんだぞ」
「そういえば魔理沙、転生経験あるの?」
「ない」
「私も」
そしてレミリアは勢いよく扉をあけて中に入った。
「……は? なにこれ?」
中に入ったレミリアは、そこで立ち止まってしまった。
玄関扉を開けたすぐ目の前に、また扉があったからだ。
しかも、四方は木板でふさがれ、タンスの中くらいせまい。
レミリアのすぐ真後ろに魔理沙がきた。
「やっぱ失敗か。そりゃ一回じゃうまくいかないよな」
「これどういうこと?」
「ちょっと狭く作りすぎたかな。えっと、ほらあれだ、さっき言っただろ? 100%確実な転生術じゃないって」
「失敗したってこと?」
「ああ、一部屋目はハズレだ。だが、これと同じ小部屋が12個つづいてる。いつか当たればいいけど、さてどうかな」
「……。全部ハズレ部屋だったらどうなるの?」
「そこは安心しろ、さっき私たちが飲んだ液体は、飲んでから6時間以内に転生しないと、体から綺麗さっぱり出ていく。害はないぜ。ただ、また一から作り直しだ。家の壁の魔法陣も、この個室も液体もな。わたしが大変なだけだぜ」
個室が静まり返る。
「すぐに作り直せるのよね」
「バカ言え。これだってただの個室じゃないんだぞ。個室の一つ一つに転生魔術がかかってる。おまえなァ、これら全部つくるのに5ヶ月かかったんだぞ」
レミリアは眼前の扉に額をあずけた。
「信じられない……このマヌケっっ、ばかっっ」
「なんでそうなるんだよ、わたしに言うな、あの魔導書つくったヤツに言えよ」
「サイアク、ぜったい失敗だわこれ。2%だもの」
「2%はおまえが勝手に言ったんだろっ」
「どちらにしろ最初で失敗してる時点でたいしたことないわよこんなの」
「ふざけんな怒るぞおまえは」
「だから魔理沙に言ってないわ、これ作ったやつに言ってるのよ。ばかマヌケ、ヘタクソの半端者、かけ出しの初心者魔法使い」
「ちびっ子かおまえはっ」
「ちびっ子よっ」
「オイ、まだ一部屋目だろ。いいからさっさとつぎ行けって」
魔理沙に促されたレミリアは太いため息をついて目の前の扉を開ける。
ところが眼前には、ふたたび同じ光景がひろがっていた。
「はぁぁぁ……もぉぉぉ……あれだけ期待させといて……このばか魔理ーー…………魔理沙?」
勢いよく振り返ったレミリアの眼下に、瞳孔をひらいて崩れ落ちた魔理沙がいた。
しん、と静まり返った個室。
「ーーねえ魔理沙」
レミリアは、魔理沙の生命が完全に絶たれているのを承知で、もう一度だけ名を呼んだ。
反応はない。
ーーこの大バカッ!! わたしだけハズレたらどうなるのよッ!
同時に転生するものと思い込んでいたレミリア。
ところが、どうやら魔理沙は、さきに転生したらしい。
レミリアは、いまさら魔理沙の説明不足を責めても仕方ないと、もし、全てハズレたら急いでパチュリーの所に戻らねばと、なだれ込むように次の扉を押し開ける。
だがレミリアの意識はそこで途絶えた。