トウホウテンセイイブンロク   作:まめ三等兵

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5.夢

 

 

 寝ているのか起きているのか。

 

 目は開いているのか閉じているのか。

 

 動けるのか動けないのか。

 

 レミリアの感覚のほとんどは不透明なまま、ただひとつだけ、どこかに流されるようなイメージだけが、ぼんやりとした意識上にあった。

 

 

 

ーー……。……。……なんだっけ……えっと……えっと……。

 

 

 

 なぜ自分がここにいるのか。

 

 ここはどこか。

 

 そもそも自分は誰か。

 

 あらゆる疑問はレミリアの意識をすり抜け、彼女はただ、なにかの流れにゆだねるより他に何も出来ないようであった。

 

 生きているのか死んでいるのか。

 

 時間というものがあるのかないのか。

 

 しかし、とつぜんそのときはやってくる。

 

 

 

ーーッッッ!! ギャッ!! ッッッ!! ……ッ……ャ……ィャ……イヤッ!!

 

 

 

 レミリアの肉体が、記憶が、あらゆるすべてが一瞬にして完全に戻ったのも、つかの間、今度はそれらがバラバラと剥がれて流れさっていく。

 

 それはまこと事実として、レミリアの意識に鮮明に伝わってきた。

 

 指先、脚、腰、胸、腕、首、顔、髪の毛、贓物、冷たい血、骨、思い出、家族の記憶、仲間の記憶、友達の記憶、親友の記憶、憎き者の記憶、喜び、悲しみ、吸血鬼としてのアイデンティティ、悪魔の魂までもが、彼方に向かって、ほつれ流れていく。

 

 

 

ーー……ァ……ァァ……ヮ……ッ……ワタシ……ガ…………ォ……ワッ……チャ……ゥ……………………。

 

 

 

 ところが、それだけではなかった。

 

 未知のアイデンティティと肉体、記憶、経験、感覚、そして、形容しがたい温かい気持ちがやってきた。

 

 それら数々の未知は、真実の歴史、真実の自己として形成されていく。

 

 

 

ーー……ワ……タ……シ…………ワ……タ……シ…………ワ……タ……シ…………。

 

 

 

 レミリアは、散り散りになっていく自己を必死につなぎ止めるよう、意識の中、何度も自分を呼び続ける。

 

 しかしまもなく、彼女の必死さも、彼女の大きな後悔も、どこか彼方に流れ去ってしまった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「ここを通らんとするは何者ぞ。名乗らぬものを通すわけにはいかん。汝の名を名乗れ」

 

 

 

 気がつくとレミリアは、見知らぬ石門の前にいた。

 

 石門の中央には、人の顔が彫刻されている。

 

 しかし自分の名を聞いてくる声は、彫刻からではなく、まるで空間そのものが語りかけてくるようだった。

 

 

 

「……名前……私……」

 

 

 

 はたして自分は何という名だっただろうかと、ぼんやりと悩むレミリアを待たずして、彼女自身の口から名が発せられた。

 

 

「……レ……ミ……リア……私は……レミリア……」

 

 

 

 自身の名に、なにか忘却の感覚があるレミリア。

 

 

 

ーー…………なん……だっけ?

 

 

 

 さきほどの声が、ふたたび響き渡ってくる。

 

 

 

「レミリアよ……扉くぐりし汝を待ちうけるは、光の下に選ばれし民の法と秩序か、力を頼る者共があい争う混沌か、汝の天秤に二つを乗せ、こぼれ落とさぬよう歩むがよい……」

 

 

 

 声が止むと、石門は左右に開いた。

 

 レミリアの足は、石門の先へと、歩みをすすめる。

 

 自分と空間の境界線さえ朧げな中、はたして自分の意思で歩いているかどうか、彼女自身、定かではない。

 

 

 

「これは神に捧げられし魂。あなたが名前を呼べば、目を覚ますでしょう。彼の名前を呼んであげてください」

 

 

 

 石門を通りすぎ、どれくらい歩いただろうか。

 

 ふと、足を止めたレミリアの目の前に、見上げるほどの十字架が立っていた。

 

 その十字架の真下には、青いローブ姿の者がいて、レミリアに向かって、彼の名前を呼べと語りかけてくる。

 

 すると、どうだろう。

 

 なにもなかった十字架に、磔にされている者が現れた。

 

 しかしその姿は、まるで曇りガラスの向こう側にいるようで、明瞭ではない。

 

 ところがレミリアは、青いローブ姿の者が『彼』と呼んだからではなく、磔の者が男だとなぜかわかった。

 

 

 

「……トウマ」

 

 

 

 レミリアはトウマと呼んだが、自身の口から出た名に思いあたる節がない。

 

 だが、青いローブ姿の者は、レミリアが呼んだ名にうなずくと、

 

 

 

「彼には秘められし力があります」

 

 

 

 と言い残し、十字架と共に姿を消した。

 

 目の前には、先ほどまで磔にされていたトウマが立っている。

 

 

 

「ここはどこだろう……僕は何かを成し遂げるはずだったのに……」

 

 

 

 朧げな姿のトウマが、ひとりごとを呟く。

 

 レミリアがそうであるように、彼もまた、この場所や状況がわからないようであった。

 

 やがてトウマはレミリアの姿をみとめると、

 

 

 

「君が助けてくれたんですね。君といれば答えがみつかるかも……一緒に連れていってください」

 

 

 

 と言った。

 

 レミリアはボンヤリとしたまま何も言葉を返さなかったが、トウマと並んで歩きだした。

 

 

 

「これは力を求める渇いた魂。貴様が名前を呼べば目を覚ますであろう。さあ名前を呼ぶのだ」

 

 

 

 ひとことの会話もなくトウマとさまよい歩く中で、ふとレミリアは、自分が誰かに呼ばれているような気がしていた。

 

 その矢先ーー。

 

 トウマの『あれは……?』という声に、うつむき歩いていたレミリアが顔をあげてみれば、視線の先に、うつ伏せで倒れている者がいる。

 

 その倒れている者の背中上には、異形の者がしゃがんでおり、まるでレミリアを待ちぶせていたかのような眼差しを送っている。

 

 

 

ーー……悪魔……?

 

 

 

 うつ伏せに倒れている者は、トウマと同じように不明瞭であったが、一方、異形の者は、さきほどの青いローブ姿の者同様、明確な姿を持っていた。

 

 異形の者は、レミリアの瞳をしばらく眺めたあと、自身が踏みつけている者の名前を呼べと言った。

 

 

 

「……キョウイチ」

 

 

 

 レミリアの口から、ふたたび思いあたりのない名が出てくる。

 

 

 

「こいつにはまだまだ力がある」

 

 

 

 異形の者は、レミリアにそう言い残すと姿を消した。

 

 それからすぐ、レミリアがキョウイチと呼んだ男が立ち上がると、

 

 

 

「……なぜ俺を起こした! せっかくいい夢を見ていたのに……」

 

 

 

 と癇を高ぶらせた。

 

 そして周囲をグルリと見渡し、

 

 

 

「クソッ、とにかくここから連れ出してもらうぜ」

 

 

 

 と言って、レミリア達に先を行くよう、けしかける。

 

 あいかわらず虚ろなレミリアに、キョウイチの声がどこまで届いているのか判然としない。

 

 ともあれ三人は共に歩きだした。

 

 

 

ーー……誰か……呼んでる……。

 

 

 

 先へすすむにつれ、レミリアを呼ぶ声は、段々と強まってくる。

 

 誰かはわからない。

 

 しかしレミリアは、その声の主をよく知っていると感じていた。

 

 道の途中、何度か二手にわかれている場面に遭遇したが、レミリアは自身を呼ぶ声のする方へと進んでいく。

 

 変化が訪れたのは、一寸先も見えない暗い出入り口を見つけたときである。

 

 

 

「水の音……」 

 

 

 

 レミリアは、この出入り口の向こうから水の音がするとつぶやいた。

 

 

 

「……水? ……」

 

 

 

 トウマは曖昧に返事する。

 

 レミリアたちは暗がりの先へと足を運んだ。

 

 暗がりの中は岩窟になっている。

 

 道はずっと奥まで続いており、さっきまでの曖昧な空間にくらべ、ずいぶんと実体感が際立っていた。

 

 それがかえって3人に緊張を呼ぶ。

 

 それでも誘われるように道なりに進んでいくと、水面輝く小さな泉があらわれた。

 

 その泉の中ほど、女がいる。

 

 女は青黒い髪を艶めかせ、こちらに背をむけ水浴びをしている。

 

 女もまた、明確な姿であった。

 

 三人は、まるで動けなくなってしまったかのように立ちすくみ、なにも言えないまま女から視線を外せない。

 

 

 

「誰? そこにいるのは?」

 

 

 

 女は、背後の気配にゆっくりと振り返る。

 

 容貌も肢体もしなやかな女だった。

 

 だが、全身から漂わせている色気は、女が誇る美しさにすら収まりきっていないような独特の凄みがある。

 

 女はレミリアに視線を定めると、微笑し語りかけてきた。

 

 

 

「レミリアね……私の名はユリコ。あなたのこと、ずっと待っていたのよ……。永遠のパートナーとしてね……」

 

 

 

 ユリコはレミリアたちに向きなおると、こちらに近づいてくる。

 

 その時ーー。

 

 

 

「レミリア、休みだからって寝ぼうはダメよ。そろそろ起きてらっしゃいね」

 

 

 

ーー……お母さん……。

 

 

 

 ふと気づくと、目の前に天井がみえる。

 

 

 

ーー……夢……か……。

 

 

 

 レミリアは、ベッドに横たえたまま部屋を見渡した。

 

 ソファ、ポスター、洋服タンス、本棚、オーディオ、パソコン、ハンドヘルドコンピュータ、そして……床どころか壁までも覆い尽くしそうなPC機器の山脈。

 

 彼女の自室である。

 

 

 

ーー……色々な夢を見ていた気がする……。

 

 

 

 レミリアの心は、とてもとても長い眠りから覚めたような気持ちだった。

 

 あるいは、どこか遠いところに行っていたような感覚。

 

 そして、言いようのない不安、あるいは不快感のようなものが、胸に残っている。

 

 レミリアは、きっとこの不安は、夢から引きずってきたものだろうと考えた。

 

 しかしーー。

 

 この不安が夢のものであると、そう簡単に放っておけない奇妙な切迫感があった。

 

 心の内の切迫感が何かを訴えている。

 

 何かを。

 

 

 

ーー……なんだっけ……なにか……なにか……なんだっけ……。

 

 

 

 何かを思い出そうとするも、いまのレミリアには、それが何かわからない。

 

 

 

「レミリア? とっくに朝ごはん出来てるんだからね、ねぇレミリア?」

 

「はぁい。もう起きてるよ、お母さん」

 

 

 

 レミリアは身体を引きずるようにベッドからでた。

 

 

 

ーー……だるい。

 

 

 

 風邪だろうかとレミリアは思った。

 今日はやけに身体が重い。

 

 

 

ーー……気のせい……かな……。

 

 

 

 それは気のせいでなく、そしてその理由は風邪ではない。

 彼女がその理由に気づくのは、もう少しあとのことである。

 

 よろよろとデスクに向かったレミリアは、毎日の習慣であるパソコンをチェック。

 

 すると、Stevenと名のるものから、添付ファイル付きのメールが送られていた。

 

 レミリアは寝ぼけまなこを擦りながら無意識にメールを開く。

 

 中にはこのようなことが書かれていた。

 

 

 

『このNETに接続してる全ての人へ。現在、我々人間に深刻な危機が迫っている。伝説の悪魔達が闇から目覚めたのだ。すぐにも悪魔が襲ってくるだろう。悪魔と戦うために悪魔の力を利用することだ。このプログラムがあればできるだろう。勇気あるものが受けとってくれることを祈る…。悪魔と戦い人々を救うために』

 

 

 

 感情の起伏なく文面を流し読みするレミリア。

 

 そして悪魔召喚プロクマラムと名付けられた添付ファイルを、レミリアが物心つく前に亡くなった父親のハンドヘルドコンピューターにダウンロードする。

 レミリアはこのハンドヘルドコンピューターを父親の形見と決めて使っている。

 

 

 

ーー……。今度は誰だろ。

 

 

 

 レミリアは、このメールの送信者が自身が所属している部活『デジタルサバイ部』の先輩達の誰かだと考えていた。

 

 月に2、3度ほど、添付ファイル付のメールが送られてくるからだ。デジタルサバイ部の活動の一環であるらしく、入部して3ヶ月目になるレミリアも、部長から、そろそろ添付ファイルを作って部員達に送るよう言われている。

 

 

 

ーー……はぁ、めんどくさい。

 

 

 

 レミリアは高校入学式当日、デジタルサバイ部の部長から猛烈な勢いで勧誘された。

 

 部長の話によると、以前、レミリアと思われる女子が、左の前腕に小型コンピューターなる珍妙な逸品を装着して犬の散歩をしているところを目撃したことあるらしく、まるでなにかの天啓を受けたような感動と衝撃が身体を貫いたという。

 

 それゆえ、入学式でレミリアを見かけたときの驚きは相当なもので、これはなにがなんでも是非にと、恥も外聞も捨ててレミリアの行く先々で土下座をし続けた。

 

 どうか我がデジタルサバイ部の象徴になってくれと。

 

 その常軌を逸した情熱が連日つづき、ついに折れたレミリアであるが、彼女自身はコンピューターにそれほど興味はない。

 

 あくまで父親のものとして大切にしているのである。

 

 ともあれ、レミリアの入部が決まったときの部長や先輩達の喜びようといったらなかった。

 

 その喜びの訳は、もちろん彼女がハンドヘルドコンピューターという非常に物珍しい機器を持っていたからだというのは間違いない。

 

 それはレミリアの入部後、初めての部活動が、彼女のハンドヘルドコンピューターを参考に、部員各自、オリジナルのハンドヘルドコンピューターを制作するということからも証明済みである。

 

 かくしてハンドヘルドコンピューターはデジタルサバイ部の部員の証になった。

 

 ただ他の要因も多分にあり、それは彼女が部の紅一点という理由だけに収まらず、類まれな美貌の持ち主であるということだった。

 

 レミリアの母親は日本人であるが、亡くなった父親はルーマニア人である。

 

 父母ともに綺麗な容姿の持ち主で、それを十二分に受け継いだレミリアの目の覚めるハーフの美貌は、どこにいこうが人目を惹いた。

 

 事実、レミリアの美しさは、校内だけでなく複数の他校にまで知れ渡るほど傑出しており、街で芸能スカウトされた経験など数えきれない。

 

 ときに、生まれつきの真紅の瞳のおかげで、少しばかり苦い経験も味わったが、尋常じゃない美しさが彼女を救ってきた。

 

 そんな彼女が、校内でネクラオタク部として認知されているデジタルサバイ部に入部しているという現状は、余計な嫉妬や反感を買うハメになった。

 しかし現在はとりあえず解決し、先輩達はレミリアとともに過ごす放課後の部活動を謳歌している。

 

 

 

「まー、ねぼすけさん。ひどい寝ぐせ」

 

 

 

 レミリアが一階のリビングに向かうと、母のリョウコが三面鏡越しにイタズラっぽい微笑を浮かべ声をかけた。

 

 

 

「うん……」

 

 

 

 ソファーに腰を下ろし、なにげなく三面鏡に視線を向ける。

 

 すると、灰色のスーツ姿に身を包んだ母が、顔をかたむけイヤリングを外していた。

 

 いつもであれば、イヤリングをつけ仕事に向かうところである。

 

 鏡ごしにレミリアの視線を読み取った母のリョウコは、

 

 

 

「昨晩の騒ぎのせいで会社に行けなくなったの。ぐっすり寝てたみたいでなによりね」

 

 

 

 と言って眉尻を下げた。

 

 

 

「……騒ぎ? ……おはよー……パスカル」

 

 

 

 レミリアは紅茶に口をつけながら母に問い返す。

 ハスキー犬のパスカルがレミリアの傍にきて足元で身体を横たえた。

 

 

 

「一晩中パトカーの音が鳴りっぱなし。朝起きたら電車は止められてるわ道路も封鎖されてるわで……ほんとうに気づかなかったの?」

 

「……んー」

 

 

 

 レミリアはまだ眠気が抜けないのか、曖昧な返事をしながら目玉焼きトーストにかぶりついた。

 

 

 

「そ、あたしは寝れなかったわ。それにしても……きっと大きな事件ね……あれは」

 

「……ふーん」

 

 

 

 不安な気持ちが顔にあらわれた母リョウコの視線の先に、トーストをかぶりながらテーブルに置かれたお札にジッと視線を向けるレミリアの姿があった。

 

 リョウコは脱力して笑みをこぼした。

 

 

 

「それ、今月のおこづかい。ちょうどいいわ、アーケードのcafeでコーヒー豆買ってきて。無駄使いはダメよ」

 

「えぇ……」

 

 

 

 レミリアの口から不満がもれる。

 

 

 

「『えぇ』じゃないの。あたしこれから家でお仕事なんだから。それ食べたら顔洗って綺麗に身支度して行ってきてちょうだい。遅くなったらダメだからね。はやく帰ってきなさいよ」

 

 

 

 不満げなレミリアなどお構いなしに、言いたいことをすべて言ったリョウコは、私服に着替えるべく自室に向かった。

 

 

 

 

 

 

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