トウホウテンセイイブンロク   作:まめ三等兵

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6.吉祥寺

 

 

 アーケードは、レミリアの自宅から徒歩10分ほどの所にある。

 

 規模はそこまで大きくないが、平日も地元住民の往来が目立ち、活気は悪くない。

 

 またアーケード周辺は、駅、病院、商業施設などがあり、立地的にも恵まれている。

 

 

 

「レミ君……レーミー君ッ。ちょっとッ。ちょっとってばッ」

 

 

 

 レミリアがアーケードの入り口に差し掛かったときである。

 

 自分を呼ぶ声にレミリアは足を止めた。

 レミとは彼女の部活内でのニックネームである。

 そしてその名で呼ぶのは、もちろん彼らしかいなかった。

 

 レミリアが周囲を見渡せば、アーケードの入り口と雑居ビルの間の狭い路地に、前腕にハンドヘルドコンピューターを装着している3人組の男子生徒がいる。

 

 

 

ーー……な、何してるのよ……ああもう……ッッ!

 

 

 

 デジタルサバイ部の面々である。

 

 背が高い部長の今村、ひどく痩せた立花、肥満の大杉。

 

 レミリアに同期はおらず、部員勢ぞろいである。

 

 3人とも、休日であるにもかかわらず制服姿、そして街中でスカウターとハンドヘルドコンピューターを装着している。

 

 立ちくらみを覚えながらレミリアは思う、最低最悪の悪目立ちであると。

 

 3人とも、顔を蒼白させながら、必死の身振り手振りでレミリアを呼んでいる。

 

 レミリアは周囲を見渡しつつ、小走りで3人のもとにかけていった。

 

 

 

「もうっ、こんなところで何やってるんですかっ。なにより外ではソレ身につけないでって何回も何回もお願いしてるのにっ」

 

「こちらも何回も言おう。その願いを聞くつもりは毛頭ない。それにキミが最初にやってたんじゃないか。キミが始祖だよ」

 

「だからアレはたまたまですッッ。いい加減忘れてくださいッッ」

 

 

 

 レミリアは、ハンドヘルドコンピューターを、1回しか外で装着していない。

 

 それは高校の入学式を一週間後にひかえた春休み。

 

 なにかの気の迷いか、それとも好奇心か、今となってはわからない。

 

 

 

「じつはキミに用があってね。キミの家を訪ねようとしていたところなんだ」

 

「私の家、そこの路地から行けませんけど」

 

「不意にキミの姿が見えたものだから、思わず隠れてしまったのだよ」

 

「私に用があるのにですか」

 

「これ、お茶菓子だ。お口に合えばいいけどもね」

 

 

 

 今村は和柄の紙袋を手渡した。

 

 

 

「まぁ。わざわざ気をつかっていただいて。どうもありがとうございます」

 

「いや当然だろう。キミ、いまからお出かけか?」

 

「そこのカフェまでお使いです。すぐ済みます。待っててください」

 

「あ、いや、待ってくれたまえ……や、やっぱりだな、いきなりキミの家にお邪魔するっていうのは、まずいのではないかと思うのだが、どうだろうね」

 

「どうだろうねって言われましても。お茶菓子いただいちゃったし、ちょうどお母さんもいるし、コーヒーか紅茶でもどうぞ」

 

「待てレミ君……その……あれだ……ご家族の前で部活の話は……や、やりにくい」

 

「……。ハハハ、笑えます。そんなこと気にする人が、ソレ身につけながら街中を平気で闊歩するんだから」

 

「談笑をする訳じゃないのだよ。さすがに母君のまえで部の話はやりづらいだろうとも」

 

「ははぎみって。でしたら私の部屋で話せばいいじゃないですか」

 

「バカ言え。よし、出直そう」

 

「どうしていつも面倒なんでしょうか先輩達って。わかりました。でしたらそこのカフェに行きましょう。すぐに帰らないといけないお使いじゃないですし」

 

「……う、うむ……の、のぞむところだ」

 

「戦いじゃないんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつものコーヒーだね。あとで家に届けてやるから、お金はその時にいただくよ。お得意さんだからいいさ」

 

「ありがとうマスター。お母さん今日は一日家にいるから。あと、プリンとミルクティー」

 

「はいよ。おつれさん方はどうするね?」

 

「お、同じもーーああいえッ、わ、我々は、ココ、コーヒーで、お、お願いしまするっ」

 

「コーヒー3つね、了解」

 

 

 

ーーしまする?

 

 

 

 カフェに来たはいいものの、レミリアから見て3人の様子がかなりぎこちない。

 

 みんな肩を堅くして黙りこくったままである。

 

 孤独で仄暗い人生を歩んできた3人にとって、女子とカフェに入るなんてことは、かなりハードルが高く、場違いな気さえしていた。

 

 いまの3人にとってレミリアは、部活の後輩ではなく、赤の他人の超美少女というもっとも不得意な存在である。

 

 

 

「ちょっと部長、先輩たちも、どうしちゃったんですかさっきから」

 

 

 

 レミリアは両手をパンパンと叩いた。

 

 

 

「ああうん。ま、まぁあれだよ。うん」

 

「……。は? あれだよ? だからなんなんですか?」

 

 

 

 テーブルを挟んだ向かいに座る今村と立花はもちろん、レミリアの横の大杉もレミリアと視線を合わせようとしない。

 

 大杉は最初、今村と立花と並んで座った。

 

 ところが2人用のソファに3人は無理がある。壁側に座った立花はなどは、よけいに痩せて細ってみえた。

 

 いったい何を訳のわからないことをやっているのかと、レミリアが半ば強制して大杉を隣に座らせたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部長の今村は、コーヒーを一口飲むと、大きく深呼吸して沈黙をやぶった。

 

 

 

「キミ、やらかしていないか?」

 

「なにをですか?」

 

 

 

 部長はレミリアに手のひらを突きつける。

 

 

 

「いや、いいんだ。キミは悪くない。なにせキミは初めてだったのだから。キミが入部してくれた奇跡にいつまでも浮かれていないで、もっと真剣に説明しておくべきだったんだ。部長である僕が悪い。僕の失態だ」

 

「……ハ? 本当になにを言ってます?」

 

 

 

 レミリアは事情がさっぱり飲みこめず、今村の隣にいる立花に視線を投げた。

 

 立花は、黙りこくったまま無理くりにはに噛んだ笑みを作ると、自身のハンドヘルドコンピューターを起動して、モニター画面をレミリアに見せた。

 

 

 

ーー……ああこれ……。

 

 

 

 立花が見せたのは、今朝レミリアもダウンロードした悪魔召喚プログラムであった。

 

 大杉が、おそるおそるレミリアに話かける。

 

 

 

「……こ、これ……なんか……あれだろ……き、きみだろ……?」

 

「いいえ? 私な訳ないじゃないですか。添付ファイルの中身も、メールの内容も、まだ何にするか決まってもないんですから。先輩達の誰かでしょう?」

 

 

 

 すると部長の今村が『チッチッチ』と人差し指を左右に振り、

 

 

 

「レミ君、怖いのはわかる。そりゃこれだけのことをやってしまったのだから怖いだろうとも。でもねレミ君、僕の責任だと言っている。それに、やはり僕の見込んだとおり、キミは大したものじゃないか。…………良いも悪いもひっくるめて」

 

 

 

 と言った。

 

 

 

ーーまあ、ほんっとこの人たちは。

 

 

 

 まだ全容が掴めないレミリアだが、どうやら今朝の添付ファイル付きのメールは自分だと思われているようだ。

 

 

 

「部長、そして先輩方。私、そんなウソつきません。やったならやったって言います。で、それ、私じゃないです」

 

「だったら誰だっていうんだ?」

 

「どうして私に聞くんですか。そんなの知るはずありませんっ」

 

 

 

 立花がそっと割り込んできた。

 

 

 

「でも……そのう、レミさん。本当のところだけど、あなた……これ作ろうと思えば作れるのでは?」

 

「はぁあっ!? 作れる作れないじゃなくて、私じゃありませんって言ってますっ。それに私、そんなもの作れませんっっ」

 

 

 

 レミリアの勢いに、立花は両手をあげて降参を示した。部長の今村が割って入る。

 

 

 

「レミ君、悪かった。疑って悪かったこのとおり。疑ったのは半分冗談だ。キミがこんなタチの悪いことするはずがない、それはみんな十分承知だ」

 

「半分本気じゃないですか」

 

「もう半分も冗談さ。ただ立花もいったが、なんだかキミが凄い能力を隠しているような気がしていてね。だってキミには、ハンドヘルドコンピューターをお作りになられた御父上の血が流れているのだから」

 

「あー、なんかそういうの先輩達らしい。残念でしたね、私が隠れた実力者じゃなくて」

 

「まぁ、余興はこのあたりにしよう。ともかくね、まずいことには変わりないんだ。メールの犯人が我々でなくともね。よってだただいまから、デジタルサバイ部の極秘ミーティングを行う」

 

 

 

ーーそんなゴテゴテな腕で街中歩いて何が極秘よ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「廃部の危機?」

 

 

 

 レミリアはスプーンを口に咥えたまま、疑問を口にした。

 

 

 

「ああ、そうさレミ君」

 

 

 

 いつになく深刻な空気をまとう部長に、レミリアはようやく真面目に聞く気配を見せた。

 

 

 

「廃部の危機と、この、悪魔召喚プログラム? なにか関係あるんですか?」

 

 

 

 隣の大杉が答えた。

 

 

 

「あ、あのメール……ぼ、ぼぼ、僕たちの手口を、ま、真似た、模倣犯の、か、可能性がある」

 

「大杉先輩、手口とか模倣犯とか、まるで私たちが悪いことやってるみたいじゃないですか」

 

「あああいやッ、ちがッ、違う言いかた間違えたごめんッ。そ、そうじゃないよ。た、ただ、こ、この、あ、悪魔召喚プログラムが入った、て、添付ファイルのメールがね、不特定多数……そうとう広範囲にばら撒かれているらしいんだ。そ、それは流石にマズイよ……へ、下手したら……し、新聞に載っちゃうかも……」

 

「不特定……? ふーん」

 

 

 

 生クリームをパクリと口に入れるレミリア。どうであれ、自分たちがやったのでなければ関係ない話だと思った。

 

 

 

「もし校内の誰かが、これは我々デジタルサバイ部の仕業だと声をあげでもしたら、その時点で我が部は終わりだな。マスターさん、コーヒーのおかわりをお願いします」

 

 

 

 部長はそう言うと、残りのコーヒーを飲み干した。

 

 

 

「どうして終わりなんですか。私たち関係ないのに」

 

「そうだ、我々ではない。だが今回のメールは無差別かつ悪質だ。もし疑いが大きくなり一人歩きしたら、学校はよからぬ噂が立ちそうな要素を摘むだろう。我が部の印象はよくないかーーッ!?」

 

 

 

ーーバァアアンッッッ!!!

 

 

 

 突然、レミリアが力任せにテーブルを叩く。

 

 一同は身体を強張らせのけぞった。

 

 カウンターの向こうでマスターも驚きの表情を見せていたが、やがて何事もなかったかのように仕事を再開する。

 

 

 

「じゃあなんですか。私たち顧問から言われたルールを守って楽しく部活をやっているだけなのに、どこぞの下郎共の戯言がそのまま本当の事としてまかり通ってデジタルサバイ部が無くなるだけじゃなく悪者で迷惑者で愉快犯の烙印まで押されるって言ってるんですか。ーーは? 面白いことになりそうじゃないですか。だったらさっさと吹聴してまわって欲しいです私。犯人もろとも目にものくらわせてやる」

 

 

 

 今村たち3人は、レミリアが入部してから3ヶ月の付き合いになるが、深く痛感したことがある。

 

 彼女は、その可憐で耽美な容姿からは想像の欠片もつかないほど向こうっ気が強い。

 

 たとえば彼女がデジタルサバイ部に入部した当初、今村たち3人は、妬みなどから誹謗中傷をかなり受けたが、レミリアはそれらを暴力をもって叩きのめし、あげく教師を脅して解決に向かわせた。

 

 

 

「あ、い、いや、レレミ君。な、なにも今の段階でそんな怒ることはないだろうとも……」

 

「寝言は寝てお願いします部長。極秘ミーティングって、そういう段階だと思います。これは談笑じゃないって言ったのは部長ですけど」

 

「あ、い、いや……ま、まぁ……」

 

 

 

 レミリアの強い語気と完全に据わりきった目つきに、今村は萎縮してしまい言葉を飲み込んだ。

 

 

 

「……でも、私たちがやりそうってイメージだけで、廃部にまでするかしら……」

 

 

 

 気まずい沈黙が3人を包みこむ中、レミリアはひとりごとのように疑問を呟く。

 

 すると立花が声をかけた。

 

 

 

「が、学校にとってイメージはバカに出来ないからね。もちろん杞憂に終わる可能性は十分にあるよ。……でも、ちょっとタイミングが悪い。いや悪いというより、むしろ今がチャンスと思った可能性すらあるかもね」

 

「……タイミング、ですか?」

 

 

 

 レミリアのピンと来てない表情を見た今村が口を開いた。

 

 

 

「まずひとつ。昨晩、井の頭公園で殺人事件があった」

 

「……」

 

 

 あまりにも突拍子がなかったのだろう。レミリアの驚きはたいして表に出なかった。そのかわり、今朝、母が言ってた事を思い出した。

 

 

 

「そう言えば、一晩中パトカーのサイレンが鳴ってたみたいですね」

 

 

 

 今村が黙ってうなづく。すると立花が話をつづけた。

 

 

 

「殺されたのは僕たちの学校の生徒らしい」

 

「えッ!?」

 

 

 

 さすがに目を丸くするレミリア。引き続き立花が話をする。

 

 

 

「まだ犯人は捕まってない。交通封鎖はそのためだね。そして僕たちの問題はここから……メールを送った時間と、殺人事件が起きた時間が、たぶん同じくらい」

 

 

 

 そこまで言った立花は、ソファに背をあずけた。

 

 レミリアは今朝のメール内容を思い返してみた。

 

 

 

ーー……はんっ、なんかばっかみたい。結局、先輩達が勝手に楽しんでるだけじゃない。

 

 レミリアは苛立ちが冷めていくのを感じていた。

 

 

 

「つまり立花先輩、殺人事件に合わせて……あぁ違うか……同時に送ったなら、その時点では殺人事件かどうかわからないですよね。えっとだから、パトカーのサイレンに合わせて、誰かがあのメールを送ったってことですか?」

 

「うん、それが一番可能性あるね。……でも他にあるとしたら、メールの犯人と殺人犯ば同一人物」

 

 

 

 そう言うと立花は肩をすくませた。

 

 

 

「返って好都合じゃないですか。だったらなおのこと私たちから遠くなります。殺人犯が私たちだなんて言ったら、言った方が過激で危ない奴だと思われますよ」

 

「たしかにね。それに同一人物とするには殺人はちょっとねぇ。もし僕だったら絶対にありえないなァ。あんな凄いものを世に放っておきながら、当の本人は塀の中だなんてさ」

 

 

 

 立花の推測にレミリアはうーむと唸った。

 

 

 

「あのメール、悪魔がどうしたとか書いてありました。つまりメールの犯人は、なんらかの事件と悪魔を結びつけたかったってことでしょうか」

 

「それはそうだろう」

 

 

 

 今村が答える。

 

 

 

「先輩達、凄い凄い言ってますけど、これ作った人って頭お花畑ですよ。全力でファンタジー、メルヘンですアレは。……というか、だったらメールの犯人は吉祥寺の人間ってことになりますけど」

 

「その可能性はあるよね」

 

「バカじゃないですかその人」

 

 

 

 今村が言葉を返す。

 

 

 

「レミ君、このメールの送り主はバカではない。悪質だがね」

 

「でも部長、私から残念なお知らせです。これは偶然だったんです。もし、吉祥寺の人間だったとしたら、その人いまごろ顔真っ青にしてると思います。変なタイミングで送っちゃったって」

 

「キミ、さっきまで怒ってたのに、今度は面白がってるだろ」

 

「面白がってるのはお互い様じゃないですか。そんなことより、まだ殺人犯が捕まっていないということで、みなさん大人しく家にいた方が、よっぽどデジタルサバイ部のためだと思います」

 

 

 

 すると隣に座っていた大杉が、カバンの中から一冊の雑誌を取り出した。大きな赤字で月刊ヌーと書かれてある。都市伝説や心霊物を取り扱ったオカルト雑誌だ。

 

 

 

「こ、これ今月の……吉祥寺の記事がいくつか載ってあるんだけど……」

 

「でた、大杉先輩のバイブルだ」

 

「バ、バイブルって言うのやめてくれよぉ……」

 

「ダメです先輩。宣教師がそんな弱気じゃ。それに私、先輩達とそれ読むのわりと楽しみなんだから」

 

「えぇぇ……ほ、ほんとかなぁ……い、いつも文句ばかりじゃないか……」

 

 

 

 そう言いながら大杉は雑誌をパラパラとめくり、あるところでページを止めると、テーブルに置いた。

 

 病院の院長が恐怖の人体実験といった見出しや、深夜の廃墟ビルの発光体、などといった、いかにもな記事が目に入ってくる。

 

 大杉は、ページの中の、一枚の写真を指差し、

 

 

 

「こ、これ……なんだと思う……?」

 

 

 

 と言った。

 

 レミリアは覗きこむ。なにやら人が写っているように見えたが、写真のうつりが悪く、ほとんどシルエットと言っていいほど対象が黒い。

 

 

 

「どうしてこんなに画質が悪いのかしら……んー、そーですねー、あえて言えば……深夜の街を徘徊する顔の大きい背の曲がったボケたおじいさん」

 

 

 

 レミリアの解答に今村が口を挟む。

 

 

 

「バカはよしたまえ。よく見たまえレミ君。ただの人にしては顔が大きすぎる。身体のバランスが奇妙だ。なによりこの体色。……記事によると、これは悪魔だ」

 

「おじいさんに失礼ですよ、部長」

 

「レーミー君」

 

「え? 私、いま怒られてます? せっかく楽しくなってきたのに、私だけ真面目に検証しろって死ぬほど怒られてるんですか?」

 

「死ぬほど怒ってはないし、普通に怒ってもない。しかし無茶に楽しむのもやめたまえ。かといって怒るのもやまたまえ。まだ冷静になる時だ」

 

「では、いまの私の気持ちを伝えても?」

 

「もちろん聞かせてくれたまえ」

 

「やっぱりわたし、先輩達が一番不謹慎だと思います」

 

「そこだ。そこだよレミ君。だからあのメールが、我々に対する悪意のあるイタズラだと言っている。我々の活動内容、我々が月刊ヌーの愛読者であること、他生徒から見た我々のイメージ。何より我々の嗜好。あのメールの送り主は、我々のことをよく知っている。あのメールは、意図的に我々が怪しまれるように見せかけている可能性が極めて高い。悪魔召喚プログラムも合わせて……極めて優秀だよ」

 

「それが真実だったら、私、ただじゃおきません。でも、先輩達が自分の好きなように繋げて楽しんでいるようにも見えます」

 

「そうかもしれない。だが、いずれ周囲が騒ぎ立てつなげることも十分にありうる。それこそがメール犯の思惑だ」

 

 

 

 レミリアの口から乾いた笑いが出た。

 

 

 

「お言葉ですけど先輩方。少なくとも、ソレを身につけてウロウロするのをやめるだけで、余計な疑いを向けられることはなくなると思います」

 

「これは我が部のユニフォームだ。何度も言わせるな」

 

 

 

 そう言って今村は腕組みをした。

 

 

 

ーーまァ……あきれた。

 

 

 

 と、コーヒーのおかわりを持ってきたマスターが雑誌の記事に目をとめた。

 

 

 

「おかわりおまちどうさん。……ん? これもしかして吉祥寺第三病院のことかね」

 

「マスターなにか知ってるの?」

 

「わたしは知らないよ。しかし客の話が勝手に耳に入ってくるものでね。あそこの病院の院長、最近おかしいという話だ。でも鵜呑みにしないほうがいい。ごゆっくり」

 

 

 

 そう言いのこしマスターはカウンターに戻っていく。

 

 ふとレミリアは今村を見る。すると、なにやら得意げな顔をこちらに向けていた。

 

 

 

「だから言ったろう、レミ君」

 

「病院はなんの関係もないじゃないですか。ほら、やっぱり楽しんでるんだから」

 

 

 

 と、レミリア達がいる席のそばを、一人の女がスッと通りすぎて行く。

 

 

 

ーー……あれ? あの人……。

 

 

 

 ネイビーブルーのスーツに身を包んだその女の後ろ姿に、レミリアの視線は吸い寄せられる。

 

 見覚えのある後ろ姿だと思った。

 だがハッキリと思いだせない。

 レミリアは脳内に霧がかったような感覚を覚えた。

 

 

 

「レミ君、レミ君。……おい、レミ君」

 

 

 

 今村の呼び声に、まるで我にかえったかのようにレミリアは頭を振った。

 

 

 

「ーー……ぇ……ぁ、はい」

 

「どうしたんだ? 急にボーッとして黙り込んで」

 

「あ、いえ大丈夫です。なんでもありーー…………ません」

 

 

 

 今村に返事をしつつ、再度、女の姿を確認しようとしたレミリアだったが、すでに女は店内になかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「部長、今日はごちそうになってしまって、ありがとうございました」

 

 

 

 レミリアはかしこまって礼を述べ、深々と頭を下げた。

 今村の隣にいる立花と大杉も、レミリアの後に続いて軽く頭を下げる。

 

 

 

「かまわん。レミ君、ここはいい店だ。そして良いミーティングだった。反省点は、この悪魔召喚プログラムについてほぼ何も話せなかったことだが……それは次回だ」

 

「やっぱり楽しかったですね。次のミーティングは家でしましょう。みなさん遊びにきてください」

 

「い、いや……レミ君、やはりそれは気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 

 

 顔を見合わせる今村たち3人。

 肩をすくませたレミリアだが、彼女はそんな彼らの愚直な誠実さに大きな好感を持っていた。

 

 

 

「ぬふふ」

 

「なんだレミ君、その奇妙な笑い方は」

 

「たとえば部長ーーいえ、じゃあ大杉先輩、私の部屋、どんな感じだと思います?」

 

 

 

 レミリアにいきなり質問を投げかけられた大杉の腹と頬がブルっと震えた。

 

 

 

「えええっ!? …………ぇ、ぇぇっと……………………………ち、中世的な雰囲気の……」

 

 

 

 大杉はレミリアから目を逸らし、消えそうな声で答えた。

 

 するとレミリアは口角を上げ挑発的な笑みを浮かべる。

 

 

 

「大ハズレです。1%もかすってません。だって私の部屋……元はお父さんの部屋ですから。洋服タンス以外はそのままですよ」

 

 

 

 今村たち3人は、レミリアの言葉を咀嚼するのに少し時間が掛かった。

 一番最初に反応したのは立花である。

 

 

 

「レミさん、それつまり……そういう事?」

 

 

 

 レミリアは笑みを浮かべたまま無言で頷いた。

 すると今村が立花を押しのけるようにして慌てて反応する。

 

 

 

「ちょッ、レミ君ッ! それはつまりあれか?! 御父上の研究室……そう受け取っても構わんと……そう言っているのか?」

 

 

 

 レミリアは挑発的に目を細めた。

 

 

 

「部屋中、お父さんが作ったヘンテコ機器だらけで足の踏み場もなく壁も見えません。ハンドヘルドコンピューターなんて、あのヘンテコ機器の中ではずいぶんまともな方です。ほんと、私には意味不明なものだらけですけど、先輩たちだったら部に活かせるんじゃないんですか? ーーうわ」

 

 

 

 とつぜん今村がレミリアの肩を掴んだ。

 

 

 

「レミ君きみそれは早くに言いたまえよはやくにっっっ」

 

「言ったじゃないですか。私の部屋でミーティングしましょって」

 

「キミの自室にそんな秘密があると一体全体だれが想像できるというのだっ! あ~」

 

 

 

 今村はレミリアの肩から手を放すと、両膝をついて頭を抱え悶えた。

 大杉はひたすら『えっ

?』を繰り返している。

 

 

 

「逆に先輩たち以外で想像できる人なんていないと思いますけど。ほんとにその可能性考えなかったんですか」

 

「レミ君、キミ本当にね、もう少し自分を知ったほうがいい」

 

「あー、タイムリーです。今朝ちょうど、そんな感じのこと思いました。ーーで? 次のミーティングどこでします?」

 

「是非に是非にお茶菓子を持っていくともさっ! キミらもそれでいいだろう?」

 

 

 

 鼻息荒い今村の言葉に両隣の2人も同意する。

 

 

 

「手ぶらでいらしてください。もうこれ頂いてますし」

 

「そうはいかん、日が改まる。それでいつお邪魔させてもらえるのだ」

 

「でしたらいっそ明日の12時はどうですか? 事件のこととか明日の朝になったら新しい情報が出てくるかもしれないし。みなさんのお昼ごはん用意して待ってますから」

 

「決まりだ。では解散。まだ陽は高いが気をつけて帰りたまえ」 

 

「ありがとうございます、先輩たちも。では明日」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 今村たちと別れたレミリアは、明日の昼食の買い出しを済ませようとスーパーに寄った。

 

 スーパーはアーケード内にあり、カフェからは目と鼻の先である。

 

 

 

ーーそうねぇ……パスタとサンドイッチ、うん決まり。

 

 

 

 買い物を終え、さて家に帰ろうとアーケードの外に向かっていた時である。

 

 ひどく苦しそうな呻き声がレミリアの足を止めた。

 

 あたりを見渡す。

 しかし該当者はいないようである。

 

 

 

ーーいまのなに? ……。

 

 

 

 その小さな呻き声は、人の往来の隙間を縫うように、そう遠くないどこかから確かに聞こえてくる。

 

 レミリアは声の主を助けることよりも、もしかしたら明日のミーティングの報告に使えるのではないかと、その好奇心はいつもより昂っていた。

 

 耳を澄ませる。

 ここから近いところだとレミリアは感じた。

 

 意識を研ぎ澄ませ歩いていくと、アーケードの出入り口にあるドラッグストアの前に来た。

 

 店内のはずがないと、店の前でキョロキョロあたりを見渡すレミリアの視界に、ドラッグストア横の路地が目に入ってくる。

 

 さっき今村たち3人がレミリアを待ち伏せしていたところだ。

 

 レミリアは息を殺して路地をのぞきこむ。

 すると、呻き声はより明確さを持って奥から反響してくる。

 

 

 

ーーここね……。

 

 

 

 一度、後ろを振り返るレミリア。

 そして意を決し路地の奥へと踏み込んだ。

 

 

 

ーー……本当に苦しそう、救急車呼んだほうがいいかしら。

 

 

 

 路地を10メートルほど進んだ曲がり角の先に、声の主はいるようであった。

 

 言いようのない緊迫感にレミリアを包む。

 少し後悔の感覚があったが、好奇心が優った。

 レミリアは壁からゆっくりと顔をだす。

 

 そこには、ハンチング帽を被った中年の男がいた。

 

 レミリアは頭の片隅で、先輩たちの誰かもしれないというイタズラ心の混じった可能性をもっていたが、それはかき消えた。

 

 ハンチング帽の男は、背を曲げ、頭やお腹を押さえながら、呻き続けていた。

 血色がひどく、顔から脂汗が噴き出ている。

 あきらかに只事ではなかった。

 

 

 

「っ……大丈夫ですかッ! すぐ救急車呼びまーーッ!?」

 

「オレに近寄るなァアアッッッ!」

 

「ッ!? キャッ!」

 

 

 

 ハンチング帽の男はいきなり叫び散らかすと、懐から小さなナイフを出しレミリアに向けた。

 

 レミリアは悲鳴を上げとっさに後ずさるが、身体が強張り思うように動かない。

 なにか得体のしれないものが爆発して空気が裂けたようであった。

 

 

 

ーー動いて……逃げなきゃッ!

 

 

 

 ところがーー。

 そのレミリアの目の前で、予想を遥かに超える光景が繰り広げられる。

 

 レミリアに向けるナイフを持つ男の腕が、関節を無視して鞭のようにグニャグニャとしなった。

 

 そしてそれをかわぎりに、男の頭部や眼球、身体のあちらこちらがメキョメキョと音を立てながら膨張と収縮を繰り返していく。

 

 レミリアは呆気にとられたまま、それをただただ見ることしかできない。

 

 

「オ、オ……ゥウォレニ……ニニニ……チカ……チカヨル……ゥウッ……グゥ……グエ……ウエエエ……グェエエエエエエッ!」

 

 

 

ーーなにあれ…………あれ? ……あれ……たしか……。

 

 

 

 レミリアの目の前で、ハンチング帽の男は、頭と腹部だけ異様に膨れ上がった歪な体格の青黒い肌の異形者へと姿を変えていく。

 

 男の変容に恐怖する中で、レミリアは目の前のソレと同じものが、すでに自分の脳内にあることに気づいた。

 

 それは大杉が持ってきてた雑誌に載っていたものである。

 

 

 

ーー……うそ……じゃああれ……。

 

 

 

 それでもレミリアは、まだ夢でも見ているのではないかと本気で思った。

 目の前のことをとても受け止めきれない。

 

 ーーと。

 異形者の白く濁った巨大な目がレミリアを捉えた瞬間、間髪入れずレミリアに向かって殺到してきた。

 

 

 

「ッ、ちょッ! ……ぐぅッッッ」

 

 

 

 レミリアはとっさに両腕を前でバッテンにして防御をとったが、異形者の体当たりで後ろの壁に思いっきり吹っ飛ばされてしまった。

 

 異形者はそのまま叫び散らかしながら路地の外に走り去っていく。

 遠くで悲鳴が次々と聞こえてきた。

 

 

「…………………………いっつッ……本当に……なにいまの……」

 

 

 

 身体の痛みは確かなものだが、いま目の前で起きたことに実感が湧かない。

 たしかに恐怖はあったが、それが過ぎ去った今、その恐怖自体も、まるで幻のような感覚のレミリアである。

 

 レミリアは起きあがろうと腰に力を入れる。

 ところが壁に全身を強打したダメージは想像以上に大きく、力が思うように入らない。

 レミリアはしばらく座りこんで身体を休めることにした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 5分ほど座っていると身体が動くようになったレミリア。

 しかしダメージは深く残っていた。

 今朝から感じている身体の不快な重さが、さっきの強打で一層強まっている。

 

 

 

「……?」

 

 

 

 立ち上がったレミリアの視線の先に、光るものがある。

 

 近づいて見れば、それはハンチング帽の男が持っていた折りたたみ式小型ナイフ。

 

 

 

「これ……もしかしてあそこのナイフショップに売ってるものかしら」

 

 

 

 このアーケードは、レミリアからみて少し黒い雰囲気のお店が結構ある。

 ナイフ専門店やサバイバル専門店、怪しい噂が飛び交う骨董屋など。

 

 それらがスーパーやカフェなどの普通の店と並びたつ景観は、地元民のレミリアでさえ奇妙に見えた。

 少なくともナイフ専門店など、こんなおおっ広げた所で見かけた記憶はない。

 

 レミリアは後ろを振り返り、人がいないのを確認すると、小型ナイフを手に取った。

 

 小型で軽量。

 しかし包丁とは違った独特の刃の重みが、握ったハンドル越しにつわってくる。

 

 

 

ーー…………うん、警察に届けるのも面倒だし……うん、明日、先輩達に聞かせてあげよ。

 

 

 

 レミリアは衣服の汚れを手早く払うと、その場を離れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「遅いじゃないレミリア。どこに寄り道してたの、心配してたんだから」

 

 

 

 レミリアが玄関扉を開けると、私服姿の母リョウコが足早に出迎えた。

 

 

 

「寄り道はしてない。アーケードで部活の先輩達と会ったから、カフェでそのままお茶してた。はいコレ、部長から」

 

 

 

 レミリアは今村から貰った手土産を母に渡した。

 すると不安気だった母リョウコの表情が少し綻ぶ。

 

「あら…まあまあ、きっといいものねぇ。どうしたのこれ」

 

「あー、うん、なんか説明するのちょっと面倒。とにかく明日、先輩たちを家に呼んでお昼食べることになったから」

 

「ま、アンタこんなときに」

 

「もう決めちゃったもん。お昼の具材も買ってきた」

 

 

 

 リョウコは手土産の中身を確認する。

 老舗の高級和菓子であった。

 かなり値段だとリョウコは踏んだ。

 

 

「買ってきたって……アンタがなに買ってきたのよ」

 

「なにって、色々。パスタとサンドイッチ作るから」

 

「パスタとサンドイッチ……ちょっとあたしに見せなさい」

 

「あ、なにするのよ」

 

 

 

 リョウコはレミリアの紙袋を取り上げ、中を覗き見た。

 

 

 

「……。混ぜるだけって……ダメよこんなので済ませちゃ。あたしが作るからアンタ大人しくしてなさい。何人来るの?」

 

「えーっ」

 

「なに言ってるの。良いもの頂いたのにアンタの手抜きで下手なもの出せないでしょうが」

 

「うわ、うわうわ、どういうこと信じられない」

 

「もっ、いいから、何人来るの?」

 

「ぇぇぇ……3人」

 

「3人ね。この前ね、ちょうどいいお肉頂いたから。せっかくだからそれにしましょう」

 

「えーっ! それは家で食べればいいじゃない」

 

「ケチなこと言わないで、はやく手をあらってらっしゃい」

 

「……えぇ」

 

 

 

 リョウコは有無を言わさず話を決めると、手土産とレミリアの買い物をキッチンへと持っていく。

 

 

 

ーー……。まいっか。

 

 

 

 レミリアは洗面所で手を洗ってると、キッチンからリョウコが話しかけてきた。

 

 

 

「ねぇ、レミリア?」

 

「……んー?」

 

「昨晩のパトカーね、あれ、井の頭公園で女の子が殺されたらしいの。アンタね、絶対公園に近づいちゃダメだからね? あとね、用もないのにフラフラと外に出ないの」

 

「……」

 

「ねぇ、聞いてるの? レミリア? ねえ? わかったの?」

 

「あーもうはいはいはいはい、聞いてるし手洗ってるし」

 

 

 

 レミリアはさっき身に起きたことを思い出していた。

 

 

ーーまさか……さっきのあの男の人。

 

 

 

 あまりにも現実味のない出来事だったため、レミリアの中でそれだけが独立の事柄として宙ぶらりんになっていた。

 

 それがいまになって、色々な事柄と結びついていく。

 

 

 

ーー……まさか……アレが犯人? ……じゃあこのナイフ…………うん、今日はもうぜんぶ知らない。

 

 

 

 ナイフの処遇は明日考えればいいと、レミリアは思考を放棄した。

 

 そして自室に戻ると、疲労感が一気に押し寄せてくるのを感じ、そのままベッドに身体を横たえる。

 

 横になりながら、なんとなく部屋を見渡し、パソコンのそばのハンドヘルドコンピューターに目をとめた。

 

 

 

ーー悪魔召喚プログラム……悪魔……悪魔か…………ほんと……どうなってるのよ……ねぇ、Steven。

 

 

 

 ハンドヘルドコンピュータを眺め色々考えてるあいだに、レミリアは眠りにおちた。

 

 

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