「そこに入ってろ!」
「ッ! 眩ッ……」
警官がレミリアの頭に被せていた袋を取り払った。
白い光がレミリアの目に飛び入ってくる。
最後に手錠を外されたレミリアは、警官に突き飛ばされ床に身体を強く打ち付けた。
結局なんの説明もないままレミリアは投獄された。
逮捕される覚えなく、こんなデタラメな話はないと、レミリアは頭に血が昇り鉄格子に飛びかかっていくが、さすがにこの堅牢な部屋では手のうちようがない。
ーーはやく家に戻らないといけないのに…………もうッ!
レミリアは鉄格子に八つ当たりをした。
「……キミも捕まったんですか……」
「ーーえ?」
とつぜん後ろから声がした。
レミリアは反射的に振り返る。
声の主の姿に、レミリアは驚きの表情を浮かべたが、それは相手も同じだった。
「……キミは……レミリアくんですか?」
「………………トウマ?」
衝撃と確信が2人の身体を走り抜ける。
間違いない、夢で出会った者が、この現実にいる。
トウマは信じられないと言った面持ちで、恐る恐る立ち上がる。
2人の視線は忙しなく、本物か真実か、確かめ合うようであった。
「はい……トウマです……夢じゃないんですね」
「よりによってこんなところで……あなたも捕まったの?」
レミリアの問いに、トウマは我に返ったような表情を浮かべた。
「それが……聞いてください。僕の彼女が行方不明になってしまいました。彼女を探してるうちに悪魔が襲ってきてーー」
「っ!? ……悪魔」
レミリアは昨日のハンチング帽の男を思い浮かべた。
いままで知り得た情報が自然と繋がり、それはさらに強固なものになっていく。
殺人、悪魔、そしてプログラム。
「それで、戦っていたら警察に捕まったんです……レミリアくんは? どうしてここに」
トウマの質問に、レミリアは無言で首を振った。
「さっぱり……朝散歩して、家に戻ろうとしたらいきなり……ぁっ、もしかしてこれのせいかも」
レミリアはポケットから折りたたみナイフを取り出して見せた。
ハンチング帽の男が持っていた例のナイフである。
しかしトウマは軽く笑みを浮かべるだけだった。
「そんなことだったら、僕なんてホラ」
するとトウマは懐から小型拳銃を抜きだした。
「本物……?」
「もちろんです。とてもではないですけど、悪魔と戦うには」
「悪魔……そんなあちこちに?」
「少なくとも昨日まではあそこまでひどくは。今日ーーいまから数時間前、急にですね……」
「もぅ……だったらなおさら家に帰らないといけないのに」
「ーーあの、レミリアくん」
トウマはあらたまってレミリアを呼んだ。
「?」
「……彼女を探すの、手伝ってくれませんか? もちろん僕もなにか手伝います。家に戻りたいというなら、きっと力になれます」
レミリアはトウマの願いを聞きながら数回頷いた。
早くに承知を受け取ったトウマは、大きなため息と共に『ありがとうございます』と言って額に手を当てる。
「私はとにかくここから出たい。それだけなの」
「ぜったい大丈夫、チャンスはあります」
レミリアは頷きつつ瞼を閉じた。
彼女の方も、トウマとの出会いに一息いれることができたようだ。
レミリアは壁際に身体を預けた。
「彼女の居場所、もう散々探しつくしたと思うけど、まだ探せてない心当たりはあるの?」
トウマは下唇を噛みしめ肩を落とした。
「マリサが行きそうな所は、あらかた調べたんです。でも……」
「ーーマリサ? 彼女、マリサって言うの?」
「……ーー知ってるんですか?」
レミリアは顎に手を当てた。
トウマもあの夢を共有してるはずである。
そのトウマの口からマリサという名前が出てきたが、夢の中のマリサのことについて少しも触れなかった。
もしトウマの彼女が夢のマリサを指しているなら、あのときのトウマも、いま目の前のトウマも、何か反応があるに違いないとレミリアは考えた。
ならばレミリアに思い当たる別のマリサは彼女しかいなかった。
「マリサって……まさか彼女のお父さん、お医者さん?」
トウマの目が大きく見開く。
ーー……なるほど、どうりで。
マリサが彼氏を隠したがっていた訳をレミリアは深く納得した。
トウマは美貌の男だった。
レミリアはトウマに、自分とマリサとの関係を聞かせた。
「まさかレミリアくんが、マリサの隣の家に住んでて、しかも幼馴染だなんて……」
「マリサ、今朝は家にいたわ、すこしお邪魔したの。9時半くらいかしら」
トウマは2、3度うなづく。
「じつは今日、会う予定をキャンセルしたんです。……でもやっぱり心配になって……僕が家に行ったときには、もういませんでした。マリサのお父さんに『すこし出かけてくる』と伝えてたみたいで……それで僕は」
「マリサ、あなたのこと考えるだけでほんとに幸せそうな顔してたの。あんな嬉しそうなマリサ初めてみた。あらためて協力するわ」
トウマは視線をおとして静かに笑みを浮かべた。
それからかなり長い間、レミリアたちはここで足止めされた。
事情が事情なだけに、2人が抱える不安と焦りは時間の経過と共に大きくなっていく。
やがて言葉がなくなり、レミリアとトウマは沈黙に身を委ねつづけた。
どれくらい経過しただろうか。
とつぜん外科医のような格好をした男が入ってきた。
「手術の時間だ、出てもらおう」
ーー手術?
男は鉄格子のロックを外す。
その隙をトウマはみのがさなかった。
俊敏な初動で男との距離を詰めると、その股座に蹴りこむ。
男は腰が抜けるように崩れ落ちた。
「レミリアくんッ、今のうちに外へ……はやくっっ」
呆気にとられているレミリアをトウマが急かす。
レミリアは慌てて駆けした。
部屋の外の景観に、トウマもレミリアも眉をひそめた。
「そうよね、ここやっぱり病院よね」
「ええ、逮捕したのに何故か病院……でも警察より好都合かもしれません。レミリアくん、とにかく今は」
「うん、急ごう」
受付や待合室はガランとしてひと気がない。
しかし各病室からは人の気配があり、大小さまざまな声が聞こえてくる。
院内は所々蛍光灯が切れており、病院として機能しているのか疑わしい不穏な空気が漂っていた。
病院の玄関前まで来たレミリアたちに、想定外のことが待ち受けていた。
トウマはその場で怒りを滲ませ、眼前のそれを力任せに叩いた。
「くそッ、どうなってるんだッ」
出入り口にまで、鉄格子が取り付けられているのである。
レミリアはこの病院が初めてじゃない。
こんな鉄格子など見覚えがなかった。
「そう言えば……」
「?」
「あくまで噂だけど、確かこの病院の院長、最近おかしいって……」
「……聞いたことあります」
トウマはうつむき長髪をかきあげた。
「なんか、ここから出るかどうかの選択肢は、こちら側にはないって言われてるみたい。…………病院だけじゃない……ホント、これどうなってるの」
レミリアは折りたたみナイフを片手で弄りはじめた。
トウマはほんのひと時、レミリアのナイフを無言のまま目で追っていたが、やがてなにか決意したような雰囲気を持って口を開いた。
「レミリアくん、院長室か手術室を探した方がいいかもしれません」
「ええ、それしかなさそうね」
レミリアは了承するーーその時。
突如強烈な耳鳴りに襲われ、レミリアは両耳をグッと押さえつける。
ナイフが落ちた。
「レミリアくん気をつけて! 悪魔が来るッ!」
レミリアの背後で残響がかった唸り声がした。
振り返る。
すると何もない空間に黒い大きな人魂が出現した。
よく見れば人の顔が確認できる。
「ッ! ……ぁ」
「僕に任せてくださいッ」
トウマは人魂に向けて両手を前で組み人差し指を突き出す。
ーーっ!? 空間……空気が歪んでる……?
レミリアの目には、トウマのすぐ前の空間が歪に曲がってるように見えた。
そしてつぎの瞬間、キーンという金属音がしたかと思えば、破裂音と共に黒い人魂が霧散した。
何が起きたのかハッキリと分からないレミリアだが、トウマが何かした事だけは確かだった。
「今のって……?」
レミリアの驚きの視線を受け、トウマは口を開いた。
「あの夢を見てから……自分の中で不思議な感覚が芽生えました。はじめは気づかないようにしてましたが……まさか、すぐにこう言った形で使うことになるなんて……」
「……そう。とにかく助けられたわ、いなかったらどうなってたか、ありがとう」