英雄神話 空の記録FC   作:ゲーマーN

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第3幕 実地研修

 ――遊撃士協会・ロレント支部*1

 

「さてと……復習はこのくらいで勘弁してあげるか」

 

 最後の説明を終えて、シェラザードはエステルとヨシュアの様子を窺う。エステルが机に突っ伏し伸びているのに対して、ヨシュアは涼しい顔でシェラザードにぺこりと頭を下げる。

 そんな対照的な2人の反応に苦笑しながらも、彼女たちの指導教官として研修を先に進める。

 

「今日はやることが山ほどあるんだからとっとと実地研修に進むわよ」

 

「ねえ、シェラ姉。実地研修って今までの研修と何が違うの?」

 

「実地っていうのは現場を体験してもらうってことよ。これから2人には、遊撃士の仕事に必要なことを一通りやってもらうわ」

 

「……それってつまり。机でお勉強、じゃないってこと?」

 

 突っ伏していたエステルが、ガバッと起き上がってシェラザードに問いかける。彼女は目を輝かせてお預けを解かれた犬のようにブンブンと幻の尻尾を振っており、期待に満ち満ちている。

 

「ええ、もちろん違うわよ。あちこちに出かけていって、実際に体を動かしてもらうわ。たっぷり汗かいてもらうつもりだから、楽しみにしてなさい」

 

 実地研修とは読んで字の如く、実際に現場に出て仕事を体験する研修である。

 遊撃士の仕事には様々なものがあり、その全てを一から十まで座学で学ぶことはできない。そのため、実地研修を通して現場で必要な技術や知識を身に付けるのだ。

 エステルは早くもやる気満々といった様子で、ガタッと勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「えへへ、助かったわ~。体を動かせるんなら、今までの研修よりずーっとラクよ。もう、心配して損しちゃった」

 

「なんだか急に元気になったね」

 

「あはは……エステルらしいというか、なんというか」

 

「その笑顔が最後まで続くといいんだけど……」

 

 今までの研修の疲れが嘘のように元気になったエステルに、周りの面々は苦笑するしかない。エステルはそんな3人を見て不思議そうに首を傾げたが、すぐに「まあいいや」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべる。

 

「……さて、と。最初の実地研修に行きましょうか」

 

「おう!」

 

 シェラザードが立ち上がると、エステルは元気よくそれに続いた。ヨシュアもそのあとを付いていき、ハルはにこにこと2人の姿を見守っている。そうして1階に下りたところで、シェラザードは改めてエステルとヨシュアに向き直った。

 

「最初の研修は仕事内容の確認よ」

 

「その前に、まずは2人に大事なものを渡さないとね?」

 

「大事なもの?」

 

「アイナ。もう用意できてる?」

 

 首を傾げるエステルとヨシュアを尻目に、シェラザードが受付に向かって呼びかけると、別の仕事に勤しんでいたアイナが顔を上げる。彼女はその呼びかけに、大きく頷いて応えた。

 

「ええ、いいわよ」

 

「じゃ、2人とも。貰ってきなさい」

 

 そう言って、シェラザードはエステルとヨシュアをカウンターの方へ向かわせる。2人がカウンターに歩み寄ると、アイナは事前に用意していた特別な備品を取り出した。

 それは、小さな手帳だった。表紙の中央には、遊撃士協会の紋章――翼のついた盾に鋼の手甲が重ねられた紋章――が刻印されている。

 

「大切なものだからなくさないようにね」

 

「それはブレイサー手帳と言って、仕事の記録を残すための公式な手帳よ。どんな話を聞いたのか、どこで何を見つけたのか……些細な出来事が手掛かりになることも多いわ。細かいことでも必ず記録を残すようにね」

 

「分かりました」

 

「げっ、ちょっと面倒かも……」

 

「あら? 気のせいかしら。返事がひとつしか聞こえなかったけど?」

 

「あ、あははは……」

 

 ヨシュアは素直に頷くが、エステルはいかにも面倒臭そうに顔をしかめる。それに気付いたシェラザードがジロリと睨みを利かせると、エステルは誤魔化すように乾いた笑い声を漏らす。

 シェラザードは小さくため息を漏らしながらも、それ以上はエステルを追及せず言葉を続ける。

 

「記録を残すことは遊撃士(ブレイサー)の大事な義務よ。面倒臭がらずしっかりやりなさい」

 

「はぁ~い、分かりました」

 

「ふむ、分かればよろしい」

 

 まだ不満が残っているのか、エステルの返事は渋々といった感じだったがシェラザードは敢えてそれを指摘することはなかった。手帳を受け取ったエステルとヨシュアがアイナに礼を言って戻ってくると、シェラザードは早速研修に入るべき2人に指示を出す。

 

「……じゃ、実際にやってもらうわよ。出口の方を見て。掲示板があるでしょ? 掲示板のところまで行って仕事の内容を確認してきなさい」

 

 指示通り、エステルとヨシュアは出入り口の扉のすぐ目の前にある掲示板へと足を運ぶ。

 掲示板には様々な依頼が書かれた紙が貼り出されていた。中にはエステルにとって難解そうな文章で書かれたものも混じっているが、基本的には彼女でも理解できるものばかりだ。エステルはそれらを一つ一つ確認していき、最後の1枚まで読み終えると「ふぅ~」と息を吐き出す。

 一方、ヨシュアは依頼の1つに目が止まる。それは、エステルが最後まで読み終えるのを待っていたヨシュアが、掲示板の隅で見つけたものだった。

 

『実地研修・宝物の回収

 【依頼者】:シェラザード

 【報酬】 :500 Mira

 【難易度】:直接依頼

 

 地下水路を探索し、宝箱に収められたものを回収してくること。

 詳しくはシェラザードまで。                             』

 

「(……なるほどね)」

 

 ヨシュアはクスリと小さな笑みを浮かべると、エステルが依頼を読み終えるのを静かに待つ。そして、手帳に書き写した自分のメモを見せながら2人揃ってシェラザードの元へ戻った。

 

「うん、いいわね。ちゃんと確認できたみたいじゃない」

 

「掲示板のチェックは遊撃士(ブレイサー)にとって基本中の基本。緊急の仕事がないかどうか常に確認しておくのも大事な義務だからね。日課として、チェックは怠らないようにすること。いい?」

 

 ハルの補足説明を聞き、エステルがげんなりしたように肩を落とす。本格的に遊撃士の仕事を体験する前から、彼女の心は早くも疲労を感じているようだった。

 

「ふう、義務ばっかりで聞いてるだけでも息苦しいわね」

 

「確かに規則は多いけど、それだけの責任がある仕事だからね。いい加減な気持ちでいたら、とても務まらないと思うよ」

 

「……うん、そうだよね。もっと気合入れていかなきゃ」

 

 ヨシュアが諭すと、エステルは納得したように頷いてグッと拳を握りしめる。

 

「フフ、ちょっとは気持ちが切り替わったかしら?」

 

「うんっ、もうバッチリ」

 

「じゃあ、その気合が抜けないうちにさっさと次の研修に行くわよ」

 

 シェラザードに尋ねられ、エステルは生き生きとした笑顔で返事をする。そうして気持ちの切り替えができたことを確認すると、シェラザードは次の実地研修の内容を2人に告げた。

 その研修とは……

 

「今度はどんな内容ですか?」

 

「お向かいにあるメルダースさんの工房に行って工房の利用法について勉強するわ」

 

「2人とも、失礼のないようにね。わざわざ営業中に研修の時間を割いてくれたんだから」

 

「はーい」

 

 ハルの注意に素直に頷き、エステルとヨシュアは《メルダース工房》へと足を運ぶ。

 

 

 

 ――メルダース工房*2

 

 工房では、《結晶回路(クオーツ)》の合成と《導力魔法(オーバルアーツ)》を使うための専用の導力器(オーブメント)の改造を行える。この導力器(オーブメント)の中に七耀石(セプチウム)を加工した結晶回路(クオーツ)を組み込むことで、その機構に応じた導力魔法――アーツを行使できるようになる。

 アーツには多彩な効果があるので、使いこなせるようになれば戦闘の幅も大きく広がる。そのため、エステルとヨシュアがこれから学ぶのは《導力魔法(オーバルアーツ)》の基礎中の基礎である。

 

遊撃士(ブレイサー)稼業っていうのは危険と隣り合わせの職業だから工房とも長いお付き合いになるわ」

 

「ま、私たちが説明できるのはこれくらいかな? 技術的な説明は専門家にお任せってことで」

 

「……というわけで。メルダースさん、あとはよろしく」

 

「おう、任しとけ」

 

 シェラザードに促されて老年の技師――メルダースが前に出る。彼はエステルとヨシュアの前まで歩いてくると、2人を値踏みするように下から上までジロジロと眺め回した。それから、彼はニカッと快活な笑みを浮かべる。

 

「研修ごくろうさん。俺はメルダースだ。この工房の親方をやってる。ま、気楽にな」

 

「はーい!」

 

「よろしくお願いします」

 

「うんうん。礼儀正しいのはいいこった。それで、お前さんがヨシュアで、そっちの女の子がエステルだな?」

 

「なんであたしたちの名前を……ってそっか。あたしたちが来るってシェラ姉が前もって言っておいたんだもんね」

 

 自分たちの名前が既に知られていたことにエステルは少しだけ驚くが、すぐに納得したように頷いてみせる。メルダースはそんなエステルを見て鷹揚に頷くと、早速研修を始めることにした。

 

「……さてと、それじゃ始めるか。まずは《オーブメント》についてからだな」

 

 導力器(オーブメント)とは、結晶回路(クオーツ)を組み込むことで様々な事象を引き起こす機械の総称である。最初に発明されてからまだ50年くらいしか経っていないが、今では照明などの日用品から通信、魔法、果ては飛行船に至るまで、あらゆるものにオーブメントの技術が利用されている。

 ちなみに、この七耀暦1150年頃に起きた技術革新は一般的に《導力革命》と呼ばれている。

 

「ここで言う導力器(オーブメント)は、身体能力を高め、魔法を使えるようにする《戦術オーブメント》ってやつのことだ。こいつは個人の適性に合わせて完璧に調整された一品物だから、持ち主によって構造が異なるぜ。具体的には、属性限定のスロットやスロットを結ぶ(ライン)の形が違うんだが……ま、難しい話は後回しだ。まずは基本的な知識からだな」

 

「はーい。あ、《戦術オーブメント》ってこれのことよね?」

 

 エステルは返事しながら、自分の胸元から銀色の懐中時計の形をした導力器(オーブメント)を引っ張り出す。新型戦術オーブメント。それは、去年の誕生日に姉のハルからプレゼントされたものだった。

 

「お、噂の新型か。ちょっと見せてもらっていいか?」

 

「もちろん!」

 

 エステルがメルダースに向かって新型戦術オーブメントを突き出すと、彼はそれを様々な角度から観察し始める。そして、一通り確認が終わるとメルダースは感心したように頷いた。

 

「ほう……こいつは凄いな。旧型からスロットが7つに増えてやがる。こりゃあ大したもんだ」

 

「そうなの……?」

 

「おうよ、魔法を使うのに必要なEPの上限は開封されたスロット数に応じて増加するからな。スロットの数が増えるってのは、それだけ使えるアーツの幅が広がるってこった」

 

 現在、主流となっている第四世代戦術オーブメントのスロット数は6つ。対して、新型オーブメントのスロット数は7つ。数にすれば、たった1つの違いだが、実戦では1つの差が命取りになることも珍しくはない。この差は数字の何十倍も大きい。

 

「ちょうどいいから、次は《アーツ》について説明しておくか。アーツってのは……まあ、平たく言うと、専用の《戦術オーブメント》を使って発動することのできる魔法のことだ。オーブメントの中に蓄えられた《導力》と呼ばれるエネルギーで色々とおかしな現象を起こすわけだな。オーバルアーツじゃ舌噛んじまうからみんなアーツ、アーツって呼びやがる。……ったく、最初(ハナ)っからそう呼べってんだ」

 

 ぶつくさ文句を言いながら、メルダースは不満げに鼻を鳴らす。エステルとヨシュアはそんな愚痴を聞き流し、ふむふむと頷きながらメモを取っている。

 

「アーツにゃ色んな種類があるんだが、使えるようにするには、まず工房で結晶回路(クオーツ)ってのを合成するんだ。その結晶回路(クオーツ)導力器(オーブメント)のスロットにセットするとアーツが使えるようになるってカラクリだ。使えるアーツの種類はセットした結晶回路(クオーツ)の属性値の組み合わせによって変わるぜ。水のアーツが使いたいなら水の属性値を持つ結晶回路(クオーツ)をセットすればいいってわけだ。……ま、正直なところ本当はもっと複雑なんだが、差し当たりこれぐらいで十分だろ」

 

 最後に、メルダースはそう付け加えた。遊撃士(ブレイサー)の仕事にアーツが必須というわけではないが、エステルとヨシュアの2人はこれから遊撃士(ブレイサー)としてやっていく以上、いずれはアーツも使いこなせるようになる必要がある。

 そのことは2人とも重々承知しているようで、時折質問を挟みながらもメルダースの説明に聞き入っている。そんなエステルとヨシュアを好ましく思いながらも、メルダースは工房を利用する上で必要となる知識を一通り説明していった。

*1
【推奨BGM:MX Adventure】ブルーアーカイブより

*2
【推奨BGM:Lovely Picnic】ブルーアーカイブより




TIPS:
戦術オーブメント。
エプスタイン財団が開発した導力機械の一種であり、機械の内部にあるスロットに七耀石(セプチウム)で作られた結晶回路(クオーツ)を組み込むことで身体強化や導力魔法(オーバルアーツ)の使用を可能にする。
アーツなどを使用するエネルギーをEPと呼び、EPが枯渇するとアーツが使用できなくなる。

本来、エステルとヨシュアが新型オーブメントの使用を開始するのはSCからなのだが、過保護気味な姉が自らのコネでFC時点で新型を用意している。
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