――メルダース工房*1
「もう質問はないみたいね。なら、次は実際に工房を利用してもらうわよ」
「というわけで、今回は私たちの方でセピスを用意しておいたよ」
各属性のセピスを詰めた袋をハルから受け取り、エステルはガサゴソと中身を確認する。
「それだけあれば、幾つかのクオーツを合成できるはずだよ」
「まず、自分のオーブメントに合う属性のクオーツを作ってみなさい。エステルはどんな属性でもOKだけど、ヨシュアは時属性でないとダメよ」
「りょーかい」
「分かりました」
「工房を使うなら倅のフライディに声をかけてくれよ。俺はここで待ってるからよ」
メルダースがそう言って2人を送り出す。エステルとヨシュアがカウンターの方に向かうと、それを待っていたかのように工房の奥から1人の男が姿を現した。
その人物は中肉中背で、明るい茶髪を短く切り揃えた40代中頃くらいの男性だった。彼の名はフライディ。メルダースの一人息子であり、この工房の跡継ぎでもある導力技師だ。フライディはエステルたちに気付くと、人当たりの良い笑顔と共に気さくに声をかけてきた。
「やあ、研修頑張ってるみたいだね。僕はフライディ、この工房の技師だ。よろしく頼むよ」
「あたしはエステル。よろしくね、フライディさん」
「ヨシュア・ブライトです。こちらこそよろしくお願いします」
エステルとヨシュアはそう自己紹介して、頭を下げた。2人の礼儀正しい挨拶にフライディはニコニコと頷く。
「うんうん、元気があって何よりだ。さてと……研修で工房に来たってことは、早速クオーツを合成するのかな?」
「はい。どんなクオーツを合成できますか?」
ヨシュアが尋ねると、フライディは工房のカウンターに置いてあった5個のクオーツを見せてくれた。そして、そのうち1つを手に取ると、それをカウンターの上に置きながら説明を始める。
「この工房で合成できるのは、地・水・火・風・時の5属性。それぞれ防御力、耐久力、攻撃力、回避力、行動力を上昇させる効果がある。例えば、この防御力向上のクオーツなら、地属性のセピスを20個合成すれば1つ作ることができるよ」
基礎能力を向上させる身体強化をもたらすクオーツ。地は
「うーん……取り敢えず、一通りは作ってみるべきよね?」
「そうだね。時属性のクオーツは僕が使うとして、エステルは水属性のクオーツはどうかな?」
「水属性?」
「うん。水属性のアーツには味方の怪我や火傷を回復するティアがあるから、使えると便利じゃないかと思ってね」
ティア――味方単体を治癒する回復のアーツ。水属性は属性値1で攻撃と回復の両方のアーツを使えるようになるため、ヨシュアはエステルに水属性のクオーツを勧めた。
ちなみに、時属性の属性値1で使用可能になるアーツはソウルブラーという単体攻撃魔法だ。
エステルはヨシュアの提案に少し考え、クオーツを合成するためのセピス20個をカウンターの上に置きながら頷いた。
「そうね。じゃあ、あたしは水属性にしとく」
こうして5個のクオーツを合成したエステルとヨシュアは、各々の適正に合わせて戦術オーブメントのスロットにセットする。エステルは水属性のアーツ2種類を使えるようになり、ヨシュアも時属性のアーツ《ソウルブラー》を使えるようになった。
「あら、もうクオーツをセットしたの?」
作業終了を見計らったように、シェラザードが2人に声をかけてきた。エステルとヨシュアが自分たちの戦術オーブメントをシェラザードに見せると、彼女は感心したように頷く。
「ちゃんと回復と攻撃のアーツを用意できてるし、もう説明は必要ないみたいね。そうやって2人でバランスよくアーツを使い分けると戦いやすいわよ」
「ちなみに、どのクオーツをセットするとどんなアーツが使えるようになるかはブレイサー手帳に書いてあるからね。より強力なアーツが使いたいんだったら、自分なりに工夫してみてね」
ハルがそう補足すると、エステルとヨシュアは2人でブレイサー手帳を覗き込む。そこには、各属性のクオーツの組み合わせから使用可能になるアーツを簡単に纏めた表が記載されていた。
「――さて、そろそろ工房での研修も終わりに近づいてきたわね。最後にやってもらうのは新しいスロットの開封よ」
「スロットの数が増えれば、それだけ選択の幅が広がるからね。アーツで消費するEP値の上限も開いているスロット数で決まるから、早めに開封していった方が何かと有利になるよ」
「じゃあ、このセピスを使って実際にスロットを開封してみなさい。どっちのスロットを開封するのかはあなたたち2人で決めるといいわ」
再び、セピスの入った袋が2人の前に差し出される。この袋の中には地、水、火、風のセピスが各30個ずつ入っており、ちょうど1人分のスロット[2]が開封できるようになっていた。
ヨシュアはそれを確認すると、迷うことなくエステルにスロット開封用のセピスを差し出した。
「ヨシュア?」
「今回は、エステルがスロットを開封してほしい」
「え、でも……」
エステルは、最初から全ての属性のクオーツをセットできるが、ヨシュアのスロット[1]は時属性の専用スロットであるため、時属性以外のクオーツをセットするためにはスロット[2]を開封する必要がある。そのため、エステルはヨシュアにスロットの開封を譲るつもりだったが、当のヨシュアもまたエステルにスロットの開封を譲ろうとしていた。
「僕は時属性のクオーツが1つあれば事足りるからさ」
「えー……でも、それだと不公平じゃない?」
「大丈夫だよ。僕のほうが君よりはこういうコトには慣れているからね」
皮肉げな表情をしながら、ヨシュアがそう言うと、エステルもちょっとだけ険しい顔をする。
初めて会った夜から、エステルは時々ヨシュアのこういう顔を見る。その度になんだか腹が立つのだ。ヨシュアに対してではない。ヨシュアにこんな表情をさせている何かにだ。
そして、その都度、エステルはいつも同じことをしている。今回も同じだ。ヨシュアの背中を思い切り叩いて言ってやった。
「ヨシュア、えらい!」*2
「っ、痛いよ、エステル」
「それなら、遠慮なくお姉さんがスロットを開封させてもらうわね」
「はいはい……まったく、困ったお姉さんだなぁ……」
エステルの明るい笑顔を見て、ヨシュアはほっとした顔をする。
「……というわけで、フライディさん。スロットの開封をお願いしてもいいわよね?」
「ああ、もちろんさ。それじゃあ、オーブメントを貸してくれるかな?」
エステルから戦術オーブメントを預かったフライディは、そのスロット[2]を開封するために作業場へと向かった。数分も経たないうちに彼は戻り、エステルにオーブメントを返却する。
その後、攻撃力向上のクオーツをスロット[2]にセットしたエステルは、結果を報告するためにシェラザードたちのもとへ戻った。
「どうやら、エステルのスロットを開封したみたいだね。エステルは私と同じで中央スロットの属性がフリーだから、何かと使い勝手がいいはずだよ」
ハルは、エステルの戦術オーブメントを確認した後、前述のように説明した。完全に証明されているわけではないが、属性専用スロットは持ち主の内面を反映しているかのような傾向がある。その点、属性専用スロットを1つも持たないブライト姉妹は非常に珍しいタイプだと言える。
「これで一通り工房での研修は終わりよ。さあて、次はいよいよお待ちかねの認定試験ね」
「……え? し、試験って、なにそれ?」
「……まさか、本気で忘れたの? 今朝も話したばっかりじゃない」
「あ゛……そう言えば、聞いたような聞いてないような……」
「あはは……流石に擁護できないよ、それは……」
「はあ……ホント期待を裏切らない子ねえ」
冷や汗を掻きながら明後日の方向を見るエステルに、シェラザードが呆れたような顔でため息をつく。エステルのうっかりは今に始まったことではないが、今回は本当に大事な試験なので、シェラザードは頭を抱えていた。
「……まあいいわ。とにかく試験場に行くわよ」
「えっ!? も、もう!? ちょ、ちょっと待って。まだ心の準備が……」
「ほらっ、きりきり歩きなさい」
「ハル姉、お助け~!」
シェラザードに襟首を掴まれたエステルは、そのままズルズルと引きずられていく。ハルは過保護気味なところもあるが、今回ばかりはエステルを庇うつもりはなく、苦笑しながらも見送っていた。それどころか、ポーチから取り出したミレニアム製のオーバルカメラで写真を撮っている。
「メルダースさん、フライディさん。色々とありがとうございました」
「おう、試験頑張れよ」
「しっかりね」
エステルが工房の外に出た後、ヨシュアはメルダースとフライディに改めてお礼を述べ、2人もそれに返事をした。そして、家族2人に見捨てられたエステルは恨み言を漏らしながら、シェラザードに連行されていくのであった。
「こら~、2人とも覚えてなさいよ~」
――ロレント市・地下水路入口*3
「ようやく研修も大詰めね。これから2人に認定試験を受けてもらうわ」
ロレント市の南東に位置する地下水路の入口。そこにはエステルとヨシュアは立っていた。普段は閉じられている地下水路の入口は開け放たれており、薄暗い地下へと続く梯子が見えている。
時折清掃などの理由で地下水路へと降りることがあるハルには、見慣れた光景だったが、エステルとヨシュアにとっては新鮮そのものだった。魔獣の類が住み着いているため、本来であれば進入禁止となっている地下水路。その内部に立ち入る機会など、滅多にあるものではない。
「今までの研修の成果が発揮されることを期待してるからね」
「はい」
「…………………………」
「……? エステル、どうしたの?」
意気込むヨシュアとは対照的に、エステルは何か考え事をしているかのように、地下水路の入口をじっと見つめている。普段の2人とは真逆の反応だ。エステルは恐る恐ると口を開いた。
「……ねえシェラ姉」
「なに?」
「……もしかして、試験ってペーパーテストじゃないの?」
「はあ?」
シェラザードは、エステルの質問に思わず素っ頓狂な声を上げた。
「エステル、あんたさっき掲示板を見たでしょ」
「うん、見たけど」
「メモまで取らせたのに覚えてないの?」
「依頼の1つに地下水路の探索をするって書いてあったでしょ? あれが最終試験だよ」
呆れ顔のシェラザードに、ハルが苦笑しながら補足する。確かに、エステルとヨシュアは掲示板で地下水路の探索という依頼を確認していた。だが、それはあくまで下準備に過ぎなく、本当の試験はこれからなのだ。
2人の言葉を聞いたエステルは……
「はああ~、良かったあ~~。ああ、
ゼムリア大陸において多くの者が信仰の対象とする
「ひょっとして……筆記試験だと思ってたの? だから工房であんなに騒いでたのか……」
「ふっ、懐かしいわね。今となってはいい思い出だわ」
「いや、ほんの数分前の出来事だからね?」
「はあ、本当に僕たち、ちゃんと卒業できるのかな……」
「な~によ、失礼しちゃうわね」
これから試験だというのに、いつものエステルで安心するのと同時に、ヨシュアは不安を覚えてしまう。その反応にエステルは頬を膨らませるが、シェラザードに頭を軽く叩かれると、すぐに真剣な表情に戻った。
「はいはい、2人ともお喋りはそこまで。試験前なんだから、もっと緊張感を持ちなさい」
「緊張しすぎも問題だけど、シェラさんの言う通りだよ。エステルも気を引き締めて」
「えへへ、大丈夫だってば♡ さっ、早く試験しちゃいましょ!」
「ま、自信があるなら結果で証明してもらいましょうか」
エステルの切り替えの早さに、シェラザードはやれやれと肩を竦めながら言った。
「……さて、掲示板にもあったとおり試験の課題は地下水路内の捜索よ。捜索対象はどこかにある宝箱の中身で、それを回収することが目的になるわ。水路の構造はすごく単純だから迷う心配はないと思うけど……本物の魔獣がうろうろしてるから油断してると痛い目に遭うからね」
「……そこで、2人にはこれを渡しておくね」
エステルとヨシュアに渡されたのは、七耀教会で調合された回復薬《ティアの薬》が3個、敵の戦闘情報を調べることができる《バトルスコープ》が5個、そして最後に……
「? この手帳は?」
「それは《魔獣手帳》だよ。戦った相手の情報を記録するための手帳なんだ。敵の特性を見抜いたら、すぐにその手帳に記録してね」
「なるほど……情報を制する者が戦いを制する。つまり、そういうことだね? ハル姉さん」
「うん、その通りだよ。情報は何よりも優れた最大の武器だからね」
ハルは首を縦に振る。情報こそが勝敗を分ける最大の要素であることを、彼女はこれまでの経験で嫌と言うほど思い知らされていた。情報は戦況を左右する最大の武器であり、その情報を掌握する者こそが戦いを制することができる。魔獣との戦いであっても、それは変わらない。
「へ~、いい物貰っちゃったわね。サンキュー、ハル姉!」
「ありがとうハル姉さん」
「どういたしまして」
エステルとヨシュアがお礼を言うと、ハルは満面の笑みで答える。
「よーしっ、ヨシュア! 気合入れて行こっ!」
「そうだね。実戦だと思って慎重に行動しよう」
こうして、ついにエステルとヨシュアの2人が
TIPS:
戦術オーブメントで使用可能になる魔法。
使用する際にはオーブメント内部に蓄積された導力を消費する。
基本的に地・水・火・風の四属性のみが魔獣の弱点になっているが、遺跡などの霊的な場所などでは時・空・幻の《上位属性》が働くこともある。