――ロレント市・地下水路入口*1
「2人とも、お疲れ様」
「一応、規則があるんで捜索対象を確認させてちょうだい」
地下水路から地上に戻ると、僅かに眉をひそめたシェラザードと苦笑いのハルが出迎えた。エステルとヨシュアは魔獣との戦闘で汚れた服装や身体を簡単に整えると、今回の実技試験における捜索対象である小箱を渡す。
「……うん、本物ね。途中で開いた形跡もなし、と」
「(あ、あぶな~~)」
「(……やっぱりね)」
小箱の状態を確認するシェラザードに、エステルは心の中で冷や汗をかいた。ヨシュアの予想通り、もし小箱を勝手に開けてしまっていたら、落第する可能性は十分に有り得ただろう。エステルがホッとしたように胸を撫で下ろすと、くふふっとハルがいたずらっぽい笑みで声をかける。
「『……ねえ、誰も見てないし、ちょっと開けてもバレないわよね?』」
「!? なな、なんで。なんでそれを……!?」
「危ないところだったね、エステル。私たち、ちゃーんと2人のことを見てたんだよ?」
「まったくもう……エステル、もう少し考えてから行動すること。いいわね?」
「あう……」
2人の注意に何も言い返せず、エステルはがっくりと肩を落とした。シェラザードの忠告ももっともだ。好奇心に負けかけたことに関しては、自分が全面的に悪いので反省するしかない。
「さてと……それじゃあ、今回の試験の結果を伝えるわね」
ひとしきりお説教を終えたシェラザードは、エステルとヨシュアに向き直ると本題に入る。エステルも気を取り直して姿勢を正し、試験結果の発表に真剣な表情で耳を傾ける。シェラザードが告げたエステルたちの実技試験の結果は――
「2人ともおめでとう。実技試験は合格よ」
「やった……!」
合格の通達を受けて、エステルが喜びを爆発させる。そんな妹分の反応を見て、シェラザードも優しい微笑みを浮かべた。一方、ヨシュアの方は彼女とは対照的に落ち着いた様子である。2人の表情は対照的でも、その胸の内にあるのはきっと同じ感情なのだろう。姉のハルには、エステルとヨシュアの気持ちが手に取るように分かった。
「さあ、お喋りはこれくらいにしましょう。まだ研修が終わったわけじゃないんだから」
「あれ、そうなの? だって試験は合格なんでしょ?」
「最後に報告についての研修が残ってるわ」
「報告するまでが仕事だからね。疲れているだろうけど、あと少しだけ頑張ろうか」
「はーい……はぁ、まだあるのかぁ……」
エステルは唇を尖らせて不満を露わにする。報告のための研修の話を聞いた途端、元気だったエステルが萎れ始めた。合格という嬉しい知らせが入った直後に、このお預け状態はエステルでなくともげんなりしたくなるだろう。
「まあまあ。あとちょっとみたいだし」
「まあ、そうね。ここが踏ん張りどころよね」
ヨシュアのフォローを受けて、エステルが気持ちを持ち直す。研修はまだ終わっていないが、最後の難関である実技試験は無事に突破することができた。この調子なら報告も乗り越えられるだろう。エステルの表情に明るさが戻ったところで、シェラザードが出発の号令をかけた。
「それじゃ、ギルドに戻りましょうか」
――遊撃士協会・ロレント支部*2
「最後の研修は報告の仕方についてね」
着いて早々、受付前の開けたスペースまで移動したところでシェラザードが切り出した。報告の研修はロレント支部の受付カウンターで行われる。この研修には、エステルとヨシュアに加えて、報告を受ける側としてアイナも参加している。
「どんな仕事でも、達成したら必ずギルドに報告しないとダメよ。どう解決したのか、その経過を報告するのも
「報告を受け付けるのは各ギルドの窓口だよ。このロレントなら、2人もよく知ってるアイナさんが担当だね。……あ、ちなみに報酬もそこで支払われるから」
「今後ともよろしくね、お2人さん」
「はーい」
「よろしくお願いします」
エステルとヨシュアが返事をする。ロレント市限定とはいえ、アイナが担当になってくれるのは心強い。このロレント支部ではエステルやヨシュアもよく知る人物だし、何かと顔を合わせる機会も多いだろう。
そして、肝心の報告の研修については――
「じゃ、とにかく自分たちで報告してごらんなさい」
一通りの説明を終えたところで、シェラザードが再び口を開く。いよいよ研修も最後の内容へ移行した。細かいところはアイナに教わりながら、依頼達成までの経緯を自分たちで報告する。
「お疲れさま。無事に目的を達成できたみたいね。仕事中の手際によっては、報酬が増減することもあるから注意してね」
「ふーん。なるほどねえ」
「報告をすると、ミラだけでなくBPというポイントも加算されるわ。BPはブレイサーポイントの略称で、ブレイサーとしての実績を示すものよ。このポイントが一定値を超えると、遊撃士としてのランクが上がり、協会から特別な備品が支給されるわ。準遊撃士のランクは9級から1級までの9段階よ。ぜひ1級目指して頑張ってね」
適切な判断や行動を取ったり、仕事を達成した時に協会から与えられる評価点がBPだ。取得したBPの累計が一定値になり、遊撃士としての階級が上がると、店では販売されていない特別な品物が協会から支給される。
また、実際に獲得したBPはブレイサー手帳に記録される。不正を防ぐため、評価は窓口の担当が専用のインクで記入する。これにより、獲得BPの偽造は事実上不可能になっている。
「さぁ~て、残るは最後の仕上げね。ようやくギルドの2階に戻れるわ」
「またね、アイナさん。今日は忙しいところありがとう」
「気にしないで。大事な戦力を育てるためだもの。2人にはバリバリ働いてもらうつもりだし」
「ば、バリバリ……」
「……覚悟しといた方がいいみたいだね」
アイナから直々に発破をかけられて、エステルとヨシュアは冷や汗を流した。2人の研修も無事に終わり、これであとは仕上げを残すのみだ。大きな期待と僅かな不安を胸に抱えながら、アイナと別れた一同は2階へ足を向けた。
◇ ◇ ◇
「2人とも、お疲れさま。これで研修の全課程は終了よ」
「あとは実際の経験で身に付けるようにね」
階段を上り、2階の広間に着いたところで、シェラザードとハルが労いの言葉をかけた。2人の研修はこれで全て終了だ。ようやく研修が終わったという実感に、エステルとヨシュアはホッと一息吐いた。2人にとっては長い一日だったが、どうにか無事に乗り越えられたと言えるだろう。
「さて……と」
そう言って、エステルとヨシュアの前まで歩いてくると、シェラザードは懐から2つの小箱を取り出した。それは地下水路から回収した宝箱に入っていた小箱だった。
「あ、その箱は……」
「そう、さっきの試験で回収してもらった小箱ね。中に何が入ってるのか、随分、気になってたみたいだけど」
「ひょっとして、もう開けていいの?」
「ええ、いいわよ。2人とも、中身を確かめてご覧なさい」
「えへへっ、やった」
「それでは……」
2人は小箱を開ける。
「あ」
「これって……」
箱の蓋を開けると、そこには憧れていた《準遊撃士の紋章》が輝いていた。
エステルとヨシュアの2人は小箱に顔を近づけて、食い入るように紋章を見つめた。2人を優しい目で見守っていたシェラザードは、「……コホン」と咳払いをすると畏まった声で宣言する。
「エステル・ブライト。ヨシュア・ブライト。本日
その言葉を聞いて、エステルの胸に十年間の積もり積もった想いが押し寄せてくる。十年の努力と夢が遂に報われたという実感が、彼女の胸を満たした。やった……と、心の中で勢いよく拳を突き上げる。憧れていた遊撃士になれた喜びで胸が一杯になり、感極まったエステルの顔から自然と笑みがこぼれる。
ぼそっとヨシュアがエステルだけに聞こえる声で呟く。
「エステル、顔がにやけてる」
「あっと……」
彼女は自覚すると、両手で顔を挟んでにやけた表情を元に戻した。
「まったくもう……ふふ。ええと、では以後は、遊撃士協会の一員として人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと!」
シェラザードの宣誓に、エステルとヨシュアは姿勢を正し、真剣な表情で頷いた。
「2人とも、おめでとう! これからは2人も同じ遊撃士の仲間だね」
「仲間……!」
目の前の遊撃士は今までは憧れの的だった。今でも尊敬の対象だ。けれど、今日からはそれだけではない。若手遊撃士の中でも一、二を争う《銀閃》のシェラザードと、他の誰よりも尊敬している《銃帝》のハルと、自分たちは『仲間』になったのだ。
「やったねヨシュア! これで晴れてあたしたちもギルドの一員よ☆」
「そうか、僕がブレイサーか……はは、少し不思議な気分だな」
「もう、ヨシュアったら~。しんみりしてないで、もっとパーッと喜ばないと!」
仲間になれたことが嬉しいのはエステルだけではない。ヨシュアも戸惑いながらも、胸の中は感慨深さで一杯だった。2人で目指してきた夢が叶ったのだから無理もない。そんな彼に手本を見せるように、エステルは全身で喜びを表現する。
「ひゃっほー、やったあっ♪」
「はしゃぎすぎだよ、エステル」
「あはは……エステルらしいと言うかなんというか……」
あまりの喜びようにヨシュアは苦笑混じりの笑みで嗜める。喜びすぎて、今にも小躍りしそうな勢いだった。彼女を見ていると、シェラザードとハルも思わず笑みがこぼれてしまう。
「ふふ、さてと……あたしはそろそろ失礼するわ。溜まってた仕事を片付けなくちゃいけないしね」
「そっか、忙しい合間に毎日付き合ってくれてたんだ。2人とも、ホントありがとね」
「お世話になりました」
「ま、新人を育てるのもブレイサーの義務ってやつよ。あたしも昔、カシウス先生に研修でお世話になったもんだわ」
「大人とは、子供のために責任を負う者だからね。2人も早く一人前の遊撃士になって、後輩を指導できるようになってほしいな。そして、いつかはお父さんみたいな立派なブレイサーにね」
「うん!」
「……はい、頑張ります」
先輩2人の激励を受けて、エステルとヨシュアは力強く返事をした。自分たちの目標であった遊撃士になれて、エステルの胸には確かな自信が生まれていた。それと同時にまだまだ学ぶべきことは多いという自覚も芽生えた。それは彼女の中で大きな決意となって広がっていく。
「いい返事ね。それじゃあ、またね」
シェラザードはそう言って3人に背を向けると、そのまま階段を降りていった。2階に残った3人の間に穏やかな空気が流れる。エステルは手に入れた準遊撃士の紋章をもう一度見つめた。これが自分の努力の証だと実感し、口元が思わず緩みっぱなしになる。
「エステルってば、だから顔が緩みすぎだよ」
苦笑交じりにヨシュアがそう指摘する。エステルは照れ隠しにえへへと笑って頭を掻いた。ヨシュアもやれやれといった様子で軽くため息を吐く。
「さあ、今日は早く家に帰ろう。無事に遊撃士になれたことを父さんと母さんに報告しなくちゃ」
「そうだね。でもまずは、今度こそ雑貨屋でお使いを済ませないと」
「うん、そうね! じゃ、父さんの買い物を済ませたら、そのまま家に帰りましょ!」
両親とも、エステルとヨシュアの準遊撃士就任を喜んでお祝いしてくれるだろう。今日は家族で盛大にお祝いをするのも悪くない。そんな想像をしては喜びに浸っているエステルを見て、ヨシュアは小さく吹き出してしまう。
こうして、エステルとヨシュアの準遊撃士としての新たな日々が、ここに始まったのだった。
TIPS:
ハル・ブライト。
拙作『ブルーアーカイブ 校境なき生徒会』の主人公である『蒼井ハル』の並行同位体にして、彼女が辿るかもしれない未来の姿の1つです。キヴォトスで過ごした日々を忘れておらず、先生の言葉を胸に今日を生きています。