座敷童の恋   作:quiet

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「人形というのは、どんなものですか?」

 ええと、と櫻子が様子を窺う前に、仕事をすることになる本人、肇が少女に応じた。

 

 もしかすると、売り物の人形を作ったのを櫻子の方だと勘違いしていたのかもしれない。彼女は戸惑った様子で、

 

「ぬ、ぬいぐるみです。あの、縫って直せるみたいな」

「破れたところを縫い繕うだけなら、この場でやれますよ。本職のぬいぐるみ職人というわけではないので、こっちの、」

 

 肇はぬいぐるみのひとつ、犬のそれを手に取って、

 

「ワンちゃんくらいの出来で良ければ」

「……じゃあ……」

 

 少女はおずおずと手提げの布袋に手を入れる。

 取り出したのは、女の子の姿をしたぬいぐるみだった。

 

 かなり質の良いものなのではないか、と櫻子は思った。年季こそ入っているけれど、華やかな洋装姿の装飾は現代的で可愛らしく見える。確かにぬいぐるみではあるが、どうも張りのようなものが感じられるというか、骨董品のような気配が混じっているように思われる。

 

「おっと、随分と高級そうなのが来たな」

 実際、少し慄いたように肇もそう言ったから、櫻子の見立てもそう外れてはいなかったのだと思う。

 

 が、

 

「やっぱり、こんなに破れちゃうとダメですか?」

 

 その人形は、年季が見た目に現れてしまっていた。

 

 華やかな装飾の、ところどころが破けているのだ。いくつかすでに修理の跡が残っているから、おそらくこれが初めてというわけでもないのだと思う。綿こそ飛び出ていないものの、よく見ればかなり手酷く破れている箇所も見受けられる。

 

「いえ、そんなことはありませんよ」

 肇はしかし、あっさりと答えた。

 

「手に取らせてもらっても?」

「……はい」

 

 受け取ると、ぐるりとそれを手の中で回して、

 

「破れたところを似た色の糸を使って繕えば、他のところと同じくらいには直せますよ」

「ほんとですか」

「ええ。これが丸々生地の交換まで必要になると、材料の問題もあるので難しいですが」

 

 じゃあ、と少女は言う。

 しっかりしたことに、布袋の中から自分の財布も取り出して、

 

「おこづかいがこのくらいあるんですけど。これで、足りますか」

「はい。縫うだけなら材料費もかかりませんし、時間もそんなにかかるものじゃありませんから……」

 

 ふと、そこで肇は言葉を切った。

 じっとこっちを見つめてくる。

 

「どうしました?」

「いや、すみません。ちょっと、」

 

 ちょいちょい、と肇が耳打ちするような手の形をするから、櫻子は頭を寄せる。

 

「材料も手間も、こっちの売り物の十分の一もかからないんですが……」

 ああ、と櫻子は納得した。

 

 大した仕事はないものの、自分は経理を預かっている身だ。それを踏まえて、肇もお伺いを立ててくれたのだろう。

 

 櫻子は、ぬいぐるみと少女を見比べる。

 それから市に出店した理由――顔を売るという目的を思い出す。

 

「適正価格がいいですよね」

 

 ですか、と肇は微笑むと、少女に『適正価格』を告げて、了解が取れればあっという間に仕事に取り掛かった。

 

 それにしても見事な腕前だと、隣で櫻子は感心していた。

 自分だって裁縫には多少の心得はあるけれど、肇のそれとは比べ物にならない。鼻歌でも口ずさむような気軽さで、瞬く間にぬいぐるみは元の姿を取り戻していく。

 

「さ。このような形でどうでしょう、お客様」

「……すごい」

 

 少女に手渡したときには、もう元の破れなんてどこにも見当たらなくなっていた。

 

 けれど肇は得意がるでもなく、

 

「今回は触りませんでしたが、中の綿がやや潰れてしまってますね。もしうちで少し期間を取って預からせてもらえるようなら、表面の掃除も含めてもう少ししっかり修理できますが」

「……うーん……」

「まあ、そこまで求めるなら専門店まで行って頼んだ方が良い仕事をしてもらえると思います。もし買ったお店がわかるようなら、ご家族の方に相談してみてください」

「あ、は、はい」

 

 ぎゅっと少女は修理の終わった人形を抱きしめて、

 

「ありがとうございました。お代、これで――」

 

「あ、いた! 櫻子ちゃん!」

 

 その向こうから、聞き慣れた元気な声が響いた。

 

 ころころと元気いっぱいだから、すぐにわかる。幸多だ。目が合うと満面の笑みで駆け寄ってくる。微笑ましくなって櫻子も手を振って答える。どうどう、お店の調子どう、と彼は目の前までやってきて――

 

「あれ、(かおる)だ」

「な、なんでいるの」

 ぬいぐるみの少女を見ると、不思議そうにした。

 

「幸多さん、お知り合い?」

「うん、同級生。あ、もしかしてこのお店に何か買いにきた? いいじゃん、ぼくもぼくも! 何買ったの、ていうか今日何売ってるの!?」

「ち、」

 

 幸多はいつもの印象通り、人懐っこく話しかける。

 一方で郁と呼ばれた女の子は、人形をしまった布袋を胸の前に抱えて、

 

「ちがうから!」

 叫ぶように言うと、慌てて走り去ってしまった。

 

「……え、何?」

 呆然とその背を、幸多は見送る。

 

 毎度あり、と郁の残していった代金を手に取る肇に、

 

「てんちょー、郁になんか変なの売った?」

「おいおい、言いがかりは困るな。私がそんな怪しい品物を売り付けるように見えるかい」

「見える。櫻子ちゃんは怪しくないけど、てんちょーは怪しい」

「なら二人揃えば間を取ってちょうどいいだろ。世の中何事も均衡が大事なんだ。それより幸多少年。ここまで来たからには何も買わずに帰るとは言わせないぞ」

「何があるの?」

 

 しかし二人の切り替えは早い。

 置いて行かれないように、櫻子も商売に加わる。ぬいぐるみの箱を「これ」と押し出せば、「わあ」と幸多は驚いて、

 

「すごいじゃん! 櫻子ちゃんが作ったの?」

「ううん。肇さんが」

「えー……」

「人は見かけによらないんだよ。良いことを学べたな。ほら、好きな動物を言ってごらんなさい」

「さかな!」

「商機を二度も逃すか……」

「あ、ほら。幸多さん、くまならあるよ」

「ほんと? くま好き! お金さっきうどん食べてなくなっちゃたけど!」

「よかったな、幸多少年。今日は金がないと何も買えないという世の厳しさまで学べるぞ」

「このお店、店員さんは良い人なのにてんちょーが足引っ張ってるね」

 

 そんな風にやり取りをしていると、その砕けた雰囲気に釣られてきたのか、それとも稲森が言ったとおり一度お客が来てくれたことで弾みがついたのか、ちらほらと人が訪れるようになった。

 

 購入まで至った者は少ないが、今日の目的を考えればそれだって上出来だ。

 いくらか話をして、道具屋をやっていますと伝える。商店通りの顔見知りなんかも訪れてくれれば、いよいよ自分がどういう人間なのかを明かすこともできた。

 

 お開きの少し前くらいに、仕事を終えた三田村が同僚数人と訪れてくれたのもありがたかった。とうとうここで「娘のお土産に」とその同僚たちがいくつかを買い上げてくれる。

 

 市の主催者たちに挨拶をして、帰り道。

 夕日に影を長く伸ばしながら、櫻子は肇と二人、並んで歩く。

 

「ちょっとだけ、売れ残っちゃいましたね」

「いやいや。こんなに売れたことの方が驚きですよ。櫻子さん、慧眼です」

 

 いえ、と謙遜してみせるけれど、内心櫻子は満更でもない気分だった。

 

 ぬいぐるみというのは、櫻子の発案なのだ。得意客が三田村親子しかいないがための「家庭向けのものにしてみませんか」という単純な発想だし、その他愛のない思い付きを実現できたのは肇の器用さの賜物なのだけど、褒められればもちろん、悪い気はしない。

 

「これがきっかけで、お客さんが増えてくれるといいですけど」

「そうですね。無害なものをもう少し蔵から選び出して、店内の模様替えもしましょうか」

「そうですね。じゃあ私も陳列を考えて……あの、でも」

「はい」

「広げるのって、ああいった客層で良かったんでしょうか。ぬいぐるみを買われる方が、最見屋の本命の商品をお買い求めになるのかなと」

 

 うーん、と肇は苦笑いをして、

 

「しかし、『怪しいもの売ってます』と看板を出すわけにもいきませんしねえ」

 

 ふ、と思わず櫻子も笑ってしまった。

 

「ですね」

 

 

 それからいくらか今後の経営について話をすれば、あっという間に最見屋だった。櫻子はすぐに金庫の中に今日のささやかな売り上げを納める。一方で肇はとりあえずと、売れ残ったいくつかのぬいぐるみを勘定台の上に広げる。

 

 何だかその光景が、妙に可愛らしく見えたものだから、

 

「このままここに飾っておきましょうか」

 と櫻子は言った。

 

「見た目にやわらかくなって、お客さんも入りやすくなるかもしれません」

「おや。売れ残りが思わぬ使い道だ」

「置いておけば、きっと売れて行っちゃいますよ。可愛いですし、会計のときに目に入ったら、私なら一緒に買っちゃいます」

「櫻子さん、ぬいぐるみはお好きなんですか」

「ええ」

「ちなみにこの中だとどれが?」

「幸多さんに勧めたくまも可愛いですけど、やっぱり犬ですね。元々好きなので、ちょっと贔屓目です」

「じゃ、これだけは非売品にしましょうか」

 

 てっきり、もう一度作るときの参考にでもするつもりの質問かと思っていた。

 櫻子は驚いて肇を見る。彼はその犬を手に取って、

 

「まだ人前に緊張するのに、一緒に市まで出てくれた優しいあなたに。ささやかながら、お礼を兼ねた贈り物です」

 

 わんわん、と肇の手の中で犬が動く。

 言葉を失って、黙ったまま櫻子はそれを受け取る。にこ、と肇が微笑む。

 

 櫻子は思う。

 この人はときどき、すごく心臓に悪い。

 

 

 

 

 翌日、櫻子は悲しいものを見つけてしまった。

 

 朝方のことだ。最見屋において朝の時間に済ませるべき急ぎの用事というのは、特に何もない。驚くべき何もなさであり、だから櫻子はいつも「もしかしたら今日の昼こそは忙しくなって帳場に座りっぱなしになるかもしれない」という儚い期待を抱きながら、今のうちにと身体を休めるように散歩に勤しんでいる。

 

 その途中で、ごみ捨て場の近くを通った。

 

 捨て場といっても、臭いの立ち込めるような場所ではない。粗大ごみの捨て場で、そんなに頻繁に使われるような場所でもないのだ。だからいつもなら、櫻子も全然気にしない。率先して近付くこともしないけれど、立ち止まることもしない。

 

 しかしその日ばかりは、大きく目を見開いた。

 女の子のぬいぐるみが、そこに捨ててあったからだ。

 

 他のごみはとっくに回収されてしまったらしくて、他には何もない。捨て場にはたった一人、そのぬいぐるみがぽつねんと座り込んでいる。

 

 どう見ても、昨日肇が修理したぬいぐるみだ。

 櫻子はみるみる悲しくなった。

 

 もちろん、あのぬいぐるみはあの利発そうな少女――郁のものなのだ。物である以上、大事にするのも放り捨てるのも本人の自由である。頭ではそれがわかっている。

 

 が、それでも悲しくなるものは悲しくなるのだ。

 折角綺麗に直ったのに、もういくらかあのぬいぐるみは破けている。

 

 いっそ最見屋まで連れて帰ってしまおうかとすら思ったときのことだった。

 

「櫻子さん、おはようございます」

 驚きすぎて、飛び跳ねてしまった。

 

 振り向く。声から想像したとおりの人が、そこにいる。

 肇だ。

 

「はは。昨日早寝したから、とうとう櫻子さんの散歩に追い付きました。朝方はまだ冷えますね」

「そ、そうですね」

「……? どうかしましたか」

 

 どうかしている。

 が、それを悟られるわけにはいかないと思って――それから櫻子は、自分でもどうしてそんなに馬鹿なことをしたのかよくわからない。

 

 両手を広げた。

 肇が、自分の背後に捨てられたぬいぐるみの姿に気付かないように。

 

「あ、えっと、」

「…………」

 櫻子は、それ以上何を言えるでもない。

 

 肇は一瞬、呆気に取られたような顔をした。

 それから眉間に皺を寄せる。

 

「……櫻子さん」

「は、はい」

「私は結構、自分では約束も守る方だし、抑制も効く方だと思っているんですが」

 

 何の話をされているかわからないから、とりあえず「はい」と櫻子は頷く。

 何だか肇は、とんでもなく言いづらそうに、

 

「その……こう。その大胆さを発揮されると、難しいところも出てきてしまうと言いますか」

「な、何がですか」

「だから……」

 

 肇は身振りをした。

 肇は櫻子と同じように両手を広げる。この時点で何か、うっすらとした嫌な予感が櫻子に訪れる。肇はもちろんその場から動かず適切な距離を取ったまま、続きの動きを見せてくれる。

 

「こう」

 がばり、という擬音が聞こえてくるだろう。

 

 そうして櫻子は、否応なく向き合わされることになった。

 

 自分がしていた仕草。自分では「こっちを見てはいけません」と塞いでいたつもりだったこの腕の形が、他の意味を持って伝わる可能性があるということに。

 

 そう、それはたとえば、わかりやすいところで言えば。

 

 抱き締めて。

 

「ち、違います!!!」

「えっ、違――違うんですか!? うわあ、危なかった!!」

 

 

「――――あった!」

 そのとき、第三者の声がそこに現れた。

 

 

 誰かに見られていたのかと思った瞬間に、櫻子の顔に最新式の焼却炉のような熱が宿る。

 しかし振り向いてそれが誰なのかを見れば、その熱もすぐに消え去った。

 

「あっ……」

「郁さん?」

 

 まさしくそれは、ぬいぐるみの持ち主だった。

 そして不思議なことに彼女はどうも、捨てられたぬいぐるみから櫻子が頭に浮かべた印象とは、まるで違う姿をしている。

 

 目に涙を浮かべて、この涼やかな春の朝に、額に汗まで流していた。

 

「っ!」

「あ、待って――」

 

 呼び止めても効果はない。

 郁はぬいぐるみを胸に抱えると、こちらを振り向きもしないで走り去ってしまった。

 

 

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