ARE CLAW   作:silentr

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「ゲロまず…」

 

少女は手作りのサンドウィッチを一口食べるとそうつぶやいた。

 

何が悪かったのだろうか。

 

冷凍コロッケの冷凍を溶かないのが悪かっただろうか。惣菜屋で買ってきた一週間前の肉じゃがだろうか。それとも豆腐だろうか。マヨネーズとマスタードとソースで味を付ければ、案外イケると思ったのが間違いだっただろうか。だって、オーロラソースとかあるじゃないか。味は良く知らないけど。

 

「まあ、いいや。」

 

つぶやいて、少女はかわいい口でもう一口かぶりつく。

 

「ゲロまず…」

 

7階建てのビルの屋上。危険防止のフェンスの向こう側、その縁に腰掛けて不味いサンドウィッチを頬張る少女。

 

赤い髪の頭には、大きめで無骨なゴーグル。左側から飛び出た長いテールが、ときおり風に揺れる。

長いまつげに縁取られるつり目がちの黒い瞳は、やる気がないのか、”面倒くさい”と言わんばかりに瞼を半開き。

整った顔立ち、かわいらしいポップな唇をへの字ままで、もぐもぐと動かす。

 

純白のブラウス、着崩して羽織っている学校指定のブレザーもなんだかだらしなかった。

首元緩く締めたネクタイも主の気持ちを知ってか、ダルそうにぶら下がっている。

 

青みがかった灰色のプリーツのスカートは、中の下着が見えそうで見えないほど短い。そこから、すらりとのびた白い足には、膝上まである黒いニーソックスにバックルだらけの黒くてゴツイブーツ。

 

制服ってのは窮屈なもんだ。

 

少女は、そんなことを考えながら胸元のネクタイが風に揺れるのを見ていた。

 

見た目はいたってふつうの女子高生だが、いささか身長控え目――でも、150cm――の少女は、まるで女子中学生ぐらい。

 

少女は眼下の道路に向けて足を垂らし、退屈そうにプラプラと揺らしていた。

大きな風が、ごうとひとつ吹き、少女の身体が危なげにフラリと揺れる。

 

落ちたらおしまい。赤い花まき散らして、さようなら。

 

少女は眼下の道路じっと見つめる。風景に吸い込まれそうな錯覚に襲われた。

 

なんか――今なら、できそう。

 

そんな不穏な想像をしながら、少女はまたサンドウィッチを口に運ぶ。

 

「ゲロまず…」

 

口をもぐもぐ、足をぷらぷら。

 

少女は空を見上げる。

天候は曇り。灰色と言うより白。そんな雲が青空を占領していた。

その黒い瞳に白い雲が映り、白い瞳に変わる。

 

また曇り。なんだか、いつでもどこでも曇り。

 

境界線のない空、たとえ目の前が晴れていても、世界のどこかがいつも暗い。あたしは、その暗いところにいつもいるのだろうか?

 

そういえば、あそこも――曇りだったな。

 

少女は、目の前の白い空に何かを思い出しかけてやめる。

思い出すほどの価値がないからだ。

 

あんなものガラクタ。

 

機械のような淡々とした動作で手を動かし、サンドウィッチを口に運んで、作業的に租借する。

 

東京武偵高校。第3女子寮屋上。少女が一人。

 

その名前を、神凪アリアといった。

 

 

「ゲロまず…」

 

 

             ■  ■  ■

 

 

うち捨てられた埋立地。そこに浮かぶ景色、見た目は普通中身は異常。

ここでは非常識な非日常が当たり前。

頭のネジが2、3本飛んだイカれた連中のたまり場、世の中に従順になれず、はみ出しそうな連中があがき行き着く最終地点。

 

武偵高校東京支店――またの名を東京武偵高校。

 

”武偵”なんてトチ狂ったことをやりたがるやつらを、育成するイカレた学校。

 

"武偵"とは国際資格のことで、”武装探偵”の略称。

”急増かつ凶悪化する犯罪に対処するため”と誰もが納得しそうな理由でつくられた資格。

 

”急増かつ凶悪化する犯罪に対処”と言っている割には、実はこの資格ができたあとのほうが犯罪が”急増かつ凶悪化”しているという事実を多くの人々は知らない。

 

発表されている数字が嘘なのだから知っているわけがない。

要はただの建前。

 

名前を聞いただけで物騒で、何を考えたんだか資格さえあれば帯刀、帯銃許可する上に逮捕権とおまけつき。

国際資格などと体裁を整えているが、普通に考えてこんな非常識な資格や職業はありはしない。

 

世のため人のため――うそつけ――本当の本音は金のため。

 

武偵の国際資格を言い訳に、ほぼ同時にごり押しで可決されたことがある。武器の規制・研究開発・製造販売そして輸出入に関する法の改正。

 

これらが可決されなければ”武装する探偵”は存在できなかったと言っても過言ではない。

よく考えてみれば、規制と輸入だけでいいはずなのに、なぜか研究開発・製造販売・輸出まで入っているところがミソ。

 

苦しい国際情勢とお国の経済状況。一番手っ取り早いのは闇の商人。思惑通り経済状況は改善、それなりに回るようになった。

そして、抑止されるはずの犯罪件数は、うなぎのぼりの鯉のぼり、ものすごい勢いで駆け上がる。

 

当然、武偵も人の子。武偵による犯罪というのも起こる。武器の所持を許される以上、その罪は一般人より遙かに重い。

それなのに綺麗なヤツのほうが少ない有様。

本来ならば犯罪抑止する奴までが犯罪やってるのだから、当たり前に犯罪件数は増える。

 

「風が吹けば桶屋が儲かる」というわけで「犯罪増えれば武器屋が儲かる」。世の中物騒になったが、良いか悪いか好景気。

 

 

なにもかも世の中が悪い――

そんな奴らが資格をとった後どうするかを考えない。

 

日々危険な思想を繰り返す――

そんな奴らが資格をとった後どうするかを考えない。

 

金が欲しい――

そんな奴らが”武偵”になった後どうするかを考えない。

 

人を殺したい――

そんな奴らが”武偵”になった後どうするかを考えない。

 

問題が必ず起きるとわかっていても考えない。怠惰の発展を言い訳に手を出さない。堕落した平和のために否定しない。延々と繰り返す言い訳。

 

思考停止した国と国民。そのなれの果ての現実。

 

所詮人間ごときに正義などありはしない。良心も過ぎれば悪意に変わる。悪意が腐れば殺意に変わる。あるのは自分勝手な理屈だけ。

 

なっちまえばこっちのもの――というわけだ。

 

とにかく気づいたときには遅すぎだった。

大して考えてもいないくせに、文句だけは立派な国民が騒ぎ出す。

騒ぎは、枯れ木が燃える勢いで広がり、どこの国でもブーイングの嵐。”武偵”なんぞ、やめろ、消えろと、シュプレヒコール大合唱。

 

消したくても時は既に遅く。凶悪犯罪の元凶かつ凶悪犯罪の抑止力に成長してしまった”武偵”。

 

なんとか国民に媚びを売り、国際的にまともな資格だと必死のアピール大作戦。綱紀粛正・法の見直し・規制強化・養成学校と苦し紛れの言い訳を連発、結果つぎはぎだらけの対策、やっぱり穴だらけ。

 

ま――というわけで、こんな物騒な学校があちらこちらにできました。

 

平和な秩序の人柱。"普通の生活"足元に広がる腐った大地。

まあ、世界規模で腐ってるんで、救いようなんてとっくに無い・無い・無い。

 

社会を"監獄"と呼ぶなら、ここはさながら"動物園"、飢えた野生動物の放し飼い。

だからパンピー(一般人)は近寄らない。近寄ればガブリ――生きて帰れない。

 

ああ、もう止め止め。面倒くさいからもういいや。

 

「んな、学校知ったことじゃねえって。」

 

少女――神凪アリアは、空に向け苛立ちとあきらめの混ざった言葉を吐き出す。

 

風が吹いて言葉が遠くさらわれる。

 

また、サンドウィッチを口に運ぶ。

 

今度は、少しマシな味がした。

 

でも――

 

 

「ゲロまず…」

 

 

 

 

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