ARE CLAW   作:silentr

3 / 8
 1.

 アリアは残ったサンドウィッチを口に無理矢理押し込む。

 頬袋をぷくり膨らませた口に、パック牛乳のストローを突っ込んで思い切り吸った。

 

 ぢゅるるズズ―――ゴクン

 

 一気に飲み込んで胃に流し込む。

 『勝った!』

 そんな気分だった。

 

 指についたソースをぺろぺろと赤い舌を這わせ舐め取る。

 一番まともな味がした。

 というか、ソースの味だけなのだから、それはそうだろう。

 

 突然、頭の上でビッと信号音が鳴る。

 ピクリと反応するアリア。

 まるで猫のような動きでシャキッと姿勢を正し、大きな瞳を2、3度しばたたかせる。

 

 頭に装着されたゴーグル兼携帯端末からの音だった。やたらに発信をピーピー鳴らすので、ついた名前は”スクラッチゴーグル”。

 警察、自衛隊、武偵、武装検事と職業によってアクセスできる情報が異なり、使用申請も面倒だが映像解析から情報を取り出せるすぐれもの。しかし、やたらに音が鳴るのでかなり不快な代物でもある。

 

 アリアの退屈一色だった瞳が輝き、瞼が大きく開かれる。白い歯をむき出してニカリと笑みを浮かべた。

 

 あわててゴーグルをぐいと下げる。視界が変わって、薄いフィルターがかかったようなる。

 ゴーグルを下げすぎて顔からずれたのを直していると、視界に文字と記号と数字がパラパラと躍り行儀よく整列した。

 

 ”signal validation(信号確認)"――来た来た、ビンゴ!。

 ”search…”(検索中)――わかったから、とっととやれ。

 

 要らない情報は"要らない"。要る情報だけが欲しい。高い金払ったんだ。とにかく、やれ、さっさとやれ。わざわざ日本くんだりまで来た意味ねえだろ。

 

 アリアはその信号が出るのを待っていた。

 

 以前起きた事件と”似た信号”が最後に検出されたのが、この辺りだったというだけで、特になんの根拠もない。

 それでも、アリアは一週間この屋上で毎日こうやって、クソまずいお手製サンドウィッチを食べながら待っていた。自分の料理が上達しないのは全く省みず。

 

 視界の右端、"さらに右を見ろ"と赤い三角形が点滅していた。

 アリアは面倒くさそうに首を右に傾ける。画面内に米粒サイズの黒いものがうごめいているのが映り、白く縁どられて強調表示。

 

 「ズーム、ぷりーず」

 

 手を胸の前に差し出すように動かして、おどけた調子で言う。ゴーグルが音声拾って認識。ぴっと音を立てて、白い縁取り部分を中心に映像が拡大される。

 

 「おーおー、大変だねえ。」

 

 アリアはおもしろいものでも見るように笑顔で言う。

 もっとも、とりあえずは他人事なので面白い。

 

 白い縁取りの中には一人の少年。自分と同じ東京武偵高校の制服を着込んだ男子生徒。その男子生徒は、一生懸命に自転車のペダルを漕いでいた。その様子は学校に遅刻したものでなく、何かから逃げているよう。そして、その形相は一生懸命というより必死。

 

 モニターの中、必死に自転車を走らせる男子生徒の後ろを何かがピタリとついてきていた。

 

 「なんだありゃ、カカシか?」

 

 男子生徒は逃げていた。彼を後ろから追い立てるものから。

 アリアには、それは畑に立っているカカシにタイヤをつけたもののように見えた。

 

 かなりマヌケに見えたが、ただのカカシが走っているだけなら、男子生徒も必死になることはない。しかし、男子生徒の自転車の後ろにピタリとついて離れないカカシ車は銃が括り付けられて、その銃口を男子生徒に向けていた。

 

 短機関銃で鬼ごっこ、実にエグいことをする。

 

 「んで、あれか…」

 

 モニターの中、カカシ車の一部が赤色で縁取りされていた。

 カカシ車に取り付けられている金属の色をした四角い箱。

 アリアの視線が釘付けになる。

 

 ゴーグルが信号の送受信を確認。あれに受信機が取り付けられていて、遠隔操作であのカカシ車を動かしているのだろう。

 

 ピッと電子音がして、またモニターに文字がバラまかれて整列していく。

 整列した文字の中に”bombing”という意味のある情報を発見。モニターに映る自転車が縁取りされて明滅してる。どうやら自転車に”ボム(爆弾)”が仕掛けられているらしい。

 

 「手口は同じっと…。意味あんのかねえ…」

 

 つまり――男子生徒が逃げている理由、それはカカシ車の銃と自転車にくっついてる爆弾。

 

 「がんばらねえと死ぬぞー。あっはは――!」

 

 爆弾も男子生徒もどうでもいいのか、バラエティ番組でも見るようにのんきなアリア。左右のブーツの裏を合わせて拍足、ぱんぱんぱん。

 

 「そんでもって、お名前は――?」

 

 ゴーグルがアリアの声に反応。白い縁取り少年の横にサラサラと文字が並ぶ。

 

 「えーと…字ちっさ!」

 

 字が小さくて思わず身を乗り出す。身体がよろけ、ここが屋上であることを思い出し、あわてて姿勢を直した。

 

 「…KANAYAMA.KUROH……カ・ナ・ヤ・マ ク・ロ・ウ…?」

 

 アリアの動きが止まり、モニターに映った逃げる男子生徒をじっと見つめる。

 

 なんだろう?――よくわからなかった。

 

 何かを感じたような気がした――かもしれない。

 

 それはつまり――うん、気のせい。

 

 そういうことにして、アリアはすっと――何もないように、まるで平地のように――立ち上がる。

 

 ブレザーを脱ぎ袖を腰に巻いて括り付る。ベルトからワイヤーを引っ張り出してフェンスにガチリとフックを噛ませ、2、3度引っ張る。

 

 そのとき風が吹き――

 

 「さむぅ!」

 

 思わず自分の身体を抱くように、腕を回すアリア。

 アリアの赤いサイドテールが風に揺れる。

 プリーツのスカートがめくれて、ローライズの下着がチラリ。誘うような淡いピンク色。

 

 どうせ見てるヤツなんていない。見たきゃ見たいで勝手にどうぞ。見たら見たで、責任とれよ。覚悟はあるのかこの野郎。

 

 めくれたスカートの中、左右の太股にはベルトで取り付けた銃のホルスター、中には少女の容姿からはかけ離れた、無骨な銃が露骨に収められていた。

 

 『女の秘密を知りたきゃ命張れ』と警告するように。

 

 アリアは銃に指先で触れ軽くなでる。愛しいものに触れるように優しく。

 

 「んじゃまあ、行きますか…とと?」

 

 忘れ物を思い出す。腰に着けた小さなウェストポーチからあめ玉一つ。出たのは赤色。ひょいと、かわいい口を少し開けて放り込み、コロコロと口の中で転がした。なんだか不思議な味がした。

 

 何味だこれ?

 正解はジャパニーズアプリコット。つまり梅味。

 

 さて、今度こそ。

 

 ―― 目標とりあえずカカシ車 ――

 

 男子生徒?ま、あとでいいじゃん、要らないし。

 準備は適当、あとは成り行き。つまり、いつもどおり。

 

 3―――

 

 アリアは静かに両腕を肩の高さまで持ち上げて、まっすぐ横に広げる。

 

 2―――

 

 アリアがちらりと下を見ると、視界の端に少年が必死に自転車を漕いでいるのが見え――クスリと笑う。

 

 1―――

 

 アリアがゆっくりと前に倒れる。遠くの街並み、近くの建物と――足下の風景がせり上がり、やがて眼下にあるはずの道路が正面に見える。

 

 0―――

 

 吐息のようなささやき。歌うように軽やかに。

 

 「ゴーツゥー・ヘルゥ♪」(地獄にイきやがれ)

 

 ビルの壁と垂直になり、ゴーグルの中の瞳をカッと思い切り見開らくと――足を踏み出し――ビルの壁を走り出した。

 

 滑るように――落ちるように――走る――疾走る――奔る――。

 

 渦巻く風の音が耳元でうるさい。腰に括り付けたワイヤーがやかましく唸る。

 

 うるせえ、うるせえ、うるせえ。

 

 風を受けて顔の皮膚感がおかしい。今の顔を見たらきっと爆笑。カメラ付けときゃよかった。

 

 風が見える――見える気がする。足下にビルの窓が迫っては、後方にすっ飛んでいく。踏んで割れたらごめんなさい。弁償するお金ありません。

 地上の風景が一気に迫ってくるが、脳が風景を認識できずになんか笑えそう。気圧変動で色々とヤバくておかしい。あ、鼻血出そう。

 

 足が、足が、足が――止まらない、止まらない、止まらない。

 

 走ってるのか、落ちてんのか、滑ってるのか、わかんない。

 どれでもイイ。なんだってイイ。これって、イっちゃうかも!マジで往けそう!あの世まで――地獄まで一直線に――墜ちていけそう。

 

 脳内麻薬が弾ける。アリアのハイになった頭に膨大な数の光景が浮かんで、脳裏にすっ飛んでいく。

 いわゆる走馬燈――父さん母さん、ファックな人生と思い出ありがとう。顔なんて知らねえけど。

 やがて、すっ飛びすぎてそれもなくなり脳が空白で埋まる。

 

 そして小さく数を数える――2度目のカウントダウン。

 

 5ー4ー3ー2ー1…

 

 「ゼロ!!」

 

 かけ声元気に壁をガンと思い切り蹴って跳躍。

 腰のワイヤーをはずす。一気に巻き取られて、ひゅひゅんと暴れて風を切る音。

 

 浮遊感――空中ーー身体をひねる。

 

 赤いテールが踊り、首もとのタイが、プリーツのスカートが翻る。曇り空の下で優雅な線を描く。自分でも誉めてあげたいぐらいナイスなあたし。誰か撮ってー写メしてー。

 

 頭上に道路、足下に空。天地逆さま。変な感じ。

 見上げると――さっきの自転車の男子生徒――金山九郎がこちらを見上げていた。

 九郎は目を大きく開いて、口を半開きにしてアリアを見ていた。

 

 驚いている。何を?あたしを?あ、そりゃどうも。

 アリアの瞳と九郎の瞳、視線がぶつかる――クロウ?――何かを――なんだろう?

 

 今はいいや、と軽く流して両手を頭上に――九郎の方に――突き出す。

見せつけるように。

 

 アリアの両手に握られているのは、手になじんだ黒い拳銃。でも、使い古しで中古品。

 

 それを見た、九郎の表情が一気に変わる。ひきつり、驚愕と恐怖に染まった。”マジか!?”そんな声が聞こえそう。

 

 白い歯をむき出し、ギラリとトリガーハッピー(好戦的)な笑顔を見せると、可愛い唇を動かして熱烈ラブコール。

 

 「どけ!のろま!」

 

 ガリッ!口の中のあめ玉を思い切り噛んで割る。甘酸っぱい刺激が口の中いっぱいに広がった。

 

 躊躇無く、おかまいなしに引き金を引く。当たれば死ぬんじゃない?程度の感覚。

 

 ガガン、ガガン、ガガン、ガン、ガン。

 

 次々と飛び出す弾丸が地上に向かって降りそそぐ。

 

 アリアが降らせる弾丸の雨。その弾雨は少年の自転車の後方に続いていたカカシ車に降り注ぐ。嫌がらせに1、2発少年の横辺りに撃ち込むのを忘れない。

 

 弾丸が金属を穿い、雷鳴のような音が響きわたる。

 

 弾丸を一発食らうごとにひしゃげ、崩れ、壊れ、カカシ車はスクラップになっていった。

 

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