「あてんしょんぷりーず。」
弾丸をばらまき、カカシ車をスクラップにした、赤い天使(のつもり)のアリアが地上に舞い降りる。
アリアは、スタッと鮮やかにポーズを決めようと頭の中でシミュレート。しかし、”痛そうだから、やっぱやめ”。そして、しゃがみ込むように着地すると、そのままゴロゴロと転がった。
勢いが落ちたところで、もう一度ゴロリと転がりと体勢を立て直す。
立ち上がり、鬱陶しいゴーグルをぐいと頭の上に押し上げると、ふぅと大きなため息一つ。
何度かゆっくり手を開いて閉じた。肩をグルグル回し。手足の間接を細かく動かす。身体中を動かしてチェックしながら少しゆっくりと歩きだす。
首を振って髪を流し、パンパンと服や身体についた埃とゴミを払う。
「あーあー、白いシャツが、汚ちゃない…」
特に怪我はなさそうだった。
しびれたような感覚が腕に残っていたが、それは拳銃を撃ったため。
辺りはいまだ薄く硝煙で霞んでいた。
アリアはスクラップになったカカシ車を見つけると、ツカツカと近づいて――。
ガシャン――無造作に蹴り飛ばす。
カカシ車の残骸が飛び散り、カンカン、カラカラと音を立てて道路に散らばった。
見下ろす視線の先に灰色の金属製の箱が転がっていた。
アリアは見つめる。つまらない物を見るような醒めた目で。
そして、おもむろに拳銃を向けると引き金を引き、ガンガンガン――三発弾丸を立て続けに撃ち込む。
キキン・キン・キンと空薬莢が道路の上で跳ねて転がった。
金属の箱が壊れて中が現れる。当然グチャグチャだったが、一部の機械は生きているのか、緑色と赤色の小さなランプがチカチカと点滅していた。
アリアはその中に、まだそれが何かわかる部品を見つける。
カメラのレンズ、スピーカー、そして多分無線装置――ほとんど予想通り。
ふん、と鼻を鳴らすと弾丸を――ガン!――もう一発撃ち込んだ。小さなランプが息耐えるように静かに明滅を止めて機能停止。
辺りに新たな硝煙と沈黙が広がる。
そういえば――
ようやく自転車少年を思い出し、アリアは彼が走り去った方向を見る。彼の背中どころか、姿そのものが見えない。
聞き逃していないのなら、爆発音はまだ聞こえてこないし、爆煙らしきものも見えない。ということは、彼は現在進行形で一生懸命に自転車ペダルを漕いでいるはず。
爆弾が時限式だったら意味ないが、減速してドカンのタイプ。もちろん、過去と同じケースならば。
だが――わざわざ真似してるんだ、恐らく同じだろう。
少年は何らかの方法でそれを知ったか、知らされたので一生懸命走らされている。
教えたのは――ちらりとカカシ車だったスクラップを見る。
さっき散らばった部品の中にスピーカーっぽいものがあった。たぶんあれを使って”止めると爆発する”とでも言ったのだろう。
「花火…上がんないとこ見ると、がんばってんのかー、そっかー。」
アリアは空をみつめて少し考える仕草。相変わらずの白い空。世界の果てまで変わらないんじゃないかと思える。
突然、頭の中にノイズ――何かを思い出しかけた。アリアは振り払うように頭を振る。
「やれやれ…」
しかし――さっきの少年。なんか気になる。さっき目があった時を思い出す。なんだろう?
不意に必死な形相で自転車を漕ぐ少年の顔がアリアの頭に浮かぶ。
ふう、とため息をつく。
視線だけであたりを見回し(何かないか)と探す。無けりゃないで何もしない。とりあえず合掌してナムナム、回れ右して帰るつもりだった。
だって、カカシ車でデータ取れたしー、あとは爆発するだけだしー、巻き込まれたくないシー、死体か重傷者一名ってとこだシー。
「ちっ、運のいいヤツ。」
あからさまな舌打ち。
少し離れたところに”何か”があった。
アリアは見つけたモノにスタスタと歩み寄り、それに跨がる。
黒光りする大型のオートバイ。無骨で色気のない古くさいタイプ。ネイキッドタイプとか呼ばれる代物。
アリアはポケットから武偵高校謹製の解錠キットを取り出すと、バイクのキーに差し込み、カチャカチャ、グリグリと動かしはじめる。
カチリと何かがはまる感触が手に伝わり。一気に捻るとぐるりとキーが回る。
アリアはニヤリと笑って、足下を探す――が、残念、キックスターターはない。仕方なくスターターボタンを押し込む。
エンジンが盛大に吠える。血の通った生き物のようにバイクが震え、それに跨がるアリアの全身が震えた。いい感じ。なかなか感じるバイブレーション。
「借りるぞー」
「どうぞー」
「ありがとー」
誰もいないところで自己完結すると、アクセルを何度か捻り、思い切りふかす。エンジン咆哮をあげ、タコメーターが右から左へと往復する。
そして、一気にクラッチをつなぐ――ガスン――エンストしそうになりガクガクと上下に揺れされながら、それでも、なんとか――キキキッ!と、リアタイヤを鳴らしロケットスタートっぽく発進する。
「カッコわる!!」
映画みたいに行くわけ無い。慣れないことをするもんじゃない。
右手のハンドルを捻りアクセルを開ける。バイクは流れるように加速していった。
春先の冷たい空気を切り裂きながら、道路を疾走するバイク。
冷気がアリアの頬を撫で、赤いテールをなびかせる。
ちょっと寒いけど、すっげー気持ちいい。バイクにハマる奴の気持ちが分かる。
が…おかしい。
アリアは前方を見据えたままで思考する。
ここは学校の敷地内。今日は始業式で、とっっくに始まっている。だから遅刻決定。しかも転校初日。先生様の説教率は200%。
やっべぇじゃん、あたし…フケるか。
いや、そうじゃない。それも問題だが、今の問題はそこじゃない。
たしかに、パンピーなんか寄りつかない東京武偵高校だが、それだって限度がある。学生は登校済みでいないにしても、あまりにも人がいない。
誰にも会ってないし、道路に何も走ってない。なんでだ?
交通規制かなにかしやがったかな…ホント念入り、ご丁寧なことだ。
でもまあ、いいか。これはこれで都合がいい。
アクセルを開けてバイクの速度を上げる。
エンジンが吠えて風が顔を叩いた。風の音がひっきりなしに耳の中をかき混ぜるように鳴る。ただの騒音のはずなのに不思議と気持ちがいい。
赤いテールがなびく。頭を後ろに引っ張られるような感覚があるが、左側にしかテールがないので、ちょっとバランスが悪い。
「いえーい。ノーヘル、サイコー!ひゃっほー」
なお、日本ではオートバイに乗るときはヘルメットの着用が義務づけられています。着けずオートバイを運転すると道路交通法違反になり、捕まると減点されます。罰金はありませんが、安全のためにも必ずヘルメットを着用しましょう。
アリアが現状を忘れて、思わず声を上げたところで――いた――金山 九郎、その背中が見えた。
ずいぶんと疲れているのだろう、ヨロヨロしながらペダルを漕いでいる。
九郎がバイクのエンジン音に気づき振り向く。
アリアは一気に九郎の自転車を追い越し、距離を取ってからスピードを落として自転車の右側を併走した。
疲れ切った顔でアリアを見る九郎。その黒い瞳には精気が無い。乱れまくった武偵高校の制服。首もとのネクタイも疲れている。春まだ早いというのに汗だく。黒い髪が汗で頭に張り付いていた。
”もう勘弁してくれ”と、体全体で体現。
アリアはパチリと可愛く(自分評価)ウィンクをして、左の指を小さく動かしてサインを送る。
”Right Now!今すぐ降りろ”
九郎は驚いた顔をして「無理言わないでくれ!爆弾がある!」と大声を出す。
アリアは犯人の監視を考えてサインを送ったわけだが、それは伝わらなかったらしい。
お前、何のためにあたしがサイン送ったと思ってやがる。と内心イラっときたが、もういいやと面倒なので声を出す。
「んなこと知ってる。あたしがチャリ運ぶから飛び降りろ。」
左手で自転車のハンドルをつかもうと手を伸ばすが、届かない。
――あれ?
素敵な計算違いが発覚。
アリアの身長は低い。小学生とはいかないまでも低い。発達途上と本人は舌の上で抵抗するも、色々理由があって実はすでに成長が止まってると知っている。当然、腕も足も短く簡単には届かなかった。
うんうん言いながら、左手を必死にのばしてなんとか掴む。
九郎に向けて”どうだ”と言わんばかり、さわやかな達成感の笑顔を見せた。
それを見た九郎は苦みばしった、渋い愛想笑い。
(この子はこの状況で何を期待しているんだ?)
とにかく、アリアが自転車を掴んでくれたことで一休みできた九郎。
「降りたら…ぜい…爆発す…るって」ペダルから足を離して息を整えな がら言う。
「へー…試したのか?」口笛でも吹きそうなほど軽やかにアリアが答える。
「するか…。」
ジトっとアリアを見る九郎。
おーおー、お疲れだねえ。
「面倒だから説明しねえぞ、さっさと降りろー、降りろー」
「おい…聞けよ」
「うるせえ、やなこった。」
アリアは銃を向ける。驚いたことに彼女は右手をハンドルから離していた。曲芸とまではいかないが、なかなかのバランス感覚。両手離し運転状態。
バイクのハンドルから右手を離す=アクセルを離すことになる。
エンジンブレーキがかかり、スピードが一気に落ちていく。みるみる減速していくバイク。もちろん、アリアが左手でつかんでいる自転車も道連れだ。
いったいどの程度の速度で爆発する仕掛けか知らないが、一度速度上げているから、制限ラインが上がってる可能性が大きい。
あたしならそうするなあ。とアリアはのんきに思った。
というわけで――
「アクセルを離すなあああ!」必死の形相の九郎が叫ぶ。人間必死になればどんなに疲れていても叫べるものだと証明。
「あ!ごめーん」ぺろりと舌を出し、悪気がないことを可愛くアピールするアリア。反省の意はまったく感じられない。
「だから、降りろって――あれ?」
右手をアクセルに戻したアリアが言いかけて止めた。
九郎の表情が、何か良くないことを気づいたように青ざめていく。
アリアも気づいた。
このバイク、なんか都合良くあると思ったら――
右手を戻し、アクセルをふかしているにも関わらず、バイクのスピードが出ていない。
罠っすか――