ARE CLAW   作:silentr

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 3.

 さーて、どうすっかな。

 あたしは手を離せば済む話しなんだが…そうすっとコイツ下手すると死ぬしなあ。下手しなくても死ぬかな。

 

 ばっかみてえ、助けに来た意味ねー。

 助けるなんて考えないで、帰って寝た方がよかったか。

 あ、やべえ学校行く気失せてきた。

 

 アリアは試しにバイクのアクセルをふかしてみる。しかし、スピードは上がらない。

 慣性で動いているわけじゃなさそうだが、一度スピードを上げてからある程度落とすと、それ以上スピードが上がらないような仕組みらしい。

 

 交通安全用の制限速度つきのバイクとして売れないかコレ?

 そんなことを考えながら、アリアはチラリと九郎を見る。

 すると、九郎はもそもそと危なげな動作で自転車サドルの上に立とうとしていた。

 

 「おまえ何やってんだ?」

 「飛び降りる」

 

 確かに、遅かれ早かれ、そうするしかない。

 できれば、その決断はもう少し早くしてほしかった。希望を言えば、さっきカカシ車をスクラップにした直後ぐらいに。

 

 でも、なんで横向いてる?

 その体勢で飛ぶとあたしのほうに飛んで来るわけで――

 

 ああ、そう、そうなの。

 

 アリアは九郎が何しようとしているか理解した。つまり、彼は自転車から飛んで、アリアを捕まえて一緒に飛び降りようとしているのだ。

 

 あたしは、それに付き合う必要――

 

 そこまで考えてアリアは気づく。

 それは、アリアの乗っているバイク、これにも爆弾が仕掛けられている可能性。それはあり得る、確認したわけではないがバイクが罠であった以上は可能性としては十分すぎる。

 

 結果的には九郎の判断が正しいか――

 

 「おまえ、本気か?」

 

 少しあきれ気味に聞くアリア。

 自分の行動がアリアに伝わったと判断して、素早く右手の指でサインを送る九郎。

 

 ”信じろ”

 

 口で言わないと思ったら、恥ずかしいこと考えてるなーコイツ。聞き慣れない上に信憑性ゼロの言葉だぞ。

 

 でも、どうすっかな。

 このバイクもヤバそうだし、下手すると死ぬしなあ。

 口元に笑みが浮かぶアリア。

 まあ、面白そうだしつき合ってみるか。なんとかなるだろう。

 

 「おまえ、恥ずかしいな。まあ、好きにすれば?合わせてやるよ」

 

 赤い髪を風に流しながら、笑顔でアリアは答えた。

 自分でもそれがとても楽しげで可愛らしい微笑みだとは気づかなかった。

 それを見た九郎は少しだけ顔を伏せる。耳が赤く染まっていた。

 

 ったく、照れるぐらいなら言うな。こっちが恥ずかしくなる。

 自分の笑顔が主な原因とも知らずに、心の中で悪態をつくアリア。

 

 さて――

 

 アリアがバイクのスピードメーターをちらりと見る。

 スピードは約時速50km普通自動車ならば、ゆっくりな速度。でも結構なスピードだ、ふつうの自転車で出し続けると競輪の選手ならまだしも、いくら鍛えた”武偵”でも重労働。

 

 これなら自転車を離しても、しばらくは持つかもしれない。もっとも途中でコケなきゃ――という前提だ。バイクは速攻でコケそうだから、ちっとキツいかもな、どちらにせよ運任せだし、考えるのやーめたっと。

 

 アリアは九郎に視線を戻す。

 九郎はアリアの方を向いてサドルの上にしゃがみ込むように立つ。

 まだ少し赤い顔でアリアを見ていた。その真剣な眼差しにアリアは少しだけドキッとする。

 

 九郎は右手を広げてアリアに見せると、ゆっくりと親指を折り曲げる。それは、カウントダウン。

 今日は既に2回カウントダウンやったから飽きたなー。と、喉まで出掛かったが止めておいた。

 

 親指――4

 時速50kmの風が二人の間を流れる。

 

 人差指――3

 九郎とアリアが見つめ合う。

 

 中指――2

 お互いの呼吸が重なっていく。

 

 薬指――1

 九郎がうなずき、アリアがうなずき返す。

 

 そして、小指――0

 九郎がサドルを蹴って飛ぶ。彼の足が離れるのを確認してからアリアは左手を自転車から離し、全身の力を抜く。

 

 くれてやる、もってけ九郎――死んだらあの世で責任とらせるから。

 

 九郎は両腕を広げアリアにぶつかると、その小さな体を抱きしめる。そして、そのまま九郎はアリアをバイクからさらうように左側へと抜け――力任せに体を入れ替える。

 

 背中から道路にたたきつけられる九郎。

 二人は、そのままもつれ合うようにゴロゴロと道路を転がる。

 その速度は、九郎が思っていた以上だった。

 空いてる足を使って回転の勢いを殺そうと必死にもがく。ガツガツと身体のそこら中にあたるアスファルトが痛い。

 

 少し離れたところで、重い機械がアスファルトの上に落ちるような音がした。バイクが転倒したのだろう、ガガガと固い石を削るような音が続く。

 

 まずい――

 

 早く転がるのを止めないと、爆発する。そう判断した九郎。

 まだ少し勢いがあったが、四肢を思い切りふんばり、肘膝を擦りながら強制的に回転を止めようとする。

 苦痛に顔がゆがんだ。

 

 それでも、なんとか回転を止めると、一度アリアを抱いていた腕をゆるめる。そして、再びアリアの頭を引き寄せて自分の胸に押しつけ、抱え込むように抱きしめなおす。

 

 思い切り、力強く、他人に取られまいとするように。

 

 そして、二人の背後にブクブクと膨れ上がった緊張感が、我慢の限界を超えそうな気配で満ちた。

 

 ――来る!

 

 ドゴゴン!――2発の爆音。

 大気が叩かれてビリビリと振るえた。アスファルトがガクガク揺れた。爆風が二人を押し流そうと荒れ狂った。

 自転車、バイク、アスファルトの破片、大小様々な破片。つぎつぎと飛んできてガリガリとアスファルト削りながら、道路を滑っていった。

 

 やはりバイクにも爆弾があったか――にしてもハデだな。

 

 九郎に力強く抱きしめられながら、アリアは感じていた。九郎の優しく温かい胸越しに、彼の背中に飛び散る破片がぶつかるのを。それでも彼はまったく力を緩めず、アリアを抱きしめ、かばっていた。一片の破片も彼女に当てさせまいと。

 

 やれやれ、か弱い女でもないんだけどな。

 

 制服の上からでも、彼の規則正しく力強い心臓の音が感じ取れた。アリアは何の不安も感じなかった。むしろ落ちつていると言っても良かった。

 

 にしても――

 

 男に抱きしめられるの久し振りだな。もうちょっとガッチリしてるとドキドキなんだが、コイツは身体の線が細くてイマイチだ。

 でも、強引に押し倒されて――ってのは悪くない。むしろ、アリかな。

 

 「だ、大丈夫?」

 

 声にいかがわしい妄想が中断される。いつの間にか腕の力がゆるめられていた。アリアが見上げると見下ろしている九郎と目があった。初めて会ったときとは逆の格好だ。

 

 爆発は収まっているようだった。風に乗って火の臭いがした。

 アリアは九郎の顔をその大きな黒い瞳でじとっと見つめた。どこか責めるような目つきで。

 

 「ど、どこか痛めた?」

 

 九郎にはアリアの表情が苦痛と感じたのか、不安そうに聞く。

 アリアの体はどこも痛くなかった。それよりも――

 

 「おまえ…怪我してんじゃねえか」

 

 破片が当たったのだろう、九郎は頭から血を流していた。出血自体止まってきているようだが、結構な量が流れていた。

 

 アリアはそんな九郎を見て腹が立った。

 

 彼女は他人に守られたり、かばわれたりするのがあまり好きではなかった。

 さらに、怪我などをされると怒りが湧いた。

 彼女自身も何故そうなるのかよくわからなかった。

 

 助けてもらっておいて――

 自分勝手と言われようと、そう考えたことはなかった。

 どうでもいい、他人事だ、と自分に言い聞かせるが、まったく言うことを聞かない。

 

 人をかばって死ぬ――

 

 かばわれた奴の気持ちも考えない、そんな自己満足。

 お前はそいつの中に残って一生責め続けるつもりか?

 苛ついた。

 抑えが効かずに拳を握る。

 

 「お、おい!?」

 

 いきなりの不意打ち。九郎が再びアリアを抱きしめる。さっきよりも遙かに力強く。

 

 そして――銃声。

 

 機関銃のような連続した振動音。

 さきほど見たカカシ車が持っていたような――いや、”ような”じゃない、さっきの奴――あのカカシ。

 

 九郎の胸越しにアリアに振動が伝わった。爆発のときより規則正しく機械的で容赦のない振動。まるで押さえつけているドアをぶったたかれるよう。

 

 九郎の着ているのは防弾防刃の制服。

 だからといって、弾が貫通しないだけで、弾き飛ばせるわけじゃない。あくまで弾丸によるダメージを軽減させるもの。

 当たりどころが悪ければ重傷なのはもとより、近距離で食らい続ければダメージは大きい。防弾にも限界がある、そのうち骨だって砕ける。最悪の場合は死ぬ。

 

 ――死ぬ?――死ぬだと?――あたしの前で?

 

 「どけ!死ぬぞ!」

 

 アリアは怒鳴って九郎を押しのけようとする。

 その額に――ポトリ――なま温かいモノが落ちる。

 アリアがその瞳を大きく見開く。

 九郎の口の端から流れ出る赤い血。それが彼の顎をつたってポタリと落ちていた。

 

 「ふざけんな!いいから、さっさと、どけっ!どいてくれ!」

 

 再び――銃声。九郎越しに響く肉の振動。

 アリアは必死で九郎を自分の上からどかそうとして暴れた。しかし九郎はしっかりと抱きしめたままで動かなかった。

 

 「てめえ、どかねえと殺すぞ!どけえっ!!」

 

 言ってることが無茶苦茶だった。

 それでもアリアは叫んだ。叫びには泣き声が混ざっていた。アリアは自分でも知らないうちに泣いていた。頼むからどいてくれと――駄々をこねる子供のように。

 

 「悪い、もうちょっと。もうすぐ――」

 「”もうすぐ”がなんだ!今すぐ――?」

 

 

 ――避けなさい――

 

 

 その声と同時に九郎がアリアを抱きしめたまま横に転がる。

 

 「え?」

 

 声?誰?

 アリアは九郎に抱きしめられて一緒になって転がる。

 

 タァーン――

 

 どこか遠い銃声。ヒュンと空気を切り裂く音。

 そして――ドシャン――重いものが降ってきて爆発したような盛大な破壊音。カン、カツン、カラカラと金属の欠片がばらまかれる音。

 

 タァーン――

 

 二度目の銃声。やはり遠い。破壊音。破片の散らばる音。

 

 転がっている途中、九郎に視界を遮られたアリアの耳に聞こえたのは音だけ。それだけで何が起きているのかはっきりとわかった。

 そして、その二回の銃声の後、九郎の呼吸の音、心臓の音、それ以外は何の音も聞こえてこなかった。

 

 少なくともアリアの耳には。

 

 

 

 

 

 

 

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