九郎は仰向けになるとアリアを放し、そのまま手足を大きく広げて寝ころんだ。
解放されて視界が広がったアリア。その目に映る光景に呆然とする。
アリアの見つめる先にあるのは、散らばる鉄の欠片、コードや機械だったもの、ひしゃげたフレーム、曲がったタイヤ。スクラップ――カカシ車のなれの果てだった。
駆け寄り残骸を確かめる。
あたりを見回すが、もちろん誰もいない。
ゴーグルを装着して周辺地図を表示、検索。
武偵のネットワークとリンクさせて情報提供――申請――承認。
目の前のモニターが文字、記号、線が爆発したように広がり埋め尽くされる。
アリアの瞳がせわしなく動いて文字を拾い、意味あるもの探す。
車両が数台こちらに向かっている。
誰かが爆発音を聞きつけて連絡したのだろう。
近くの建物からこちらを見ている人物がいた。武偵校の敷地内なので全員関係者。当然武装している――が、該当しそうな装備を持っているもの――ゼロ――いない。
「ちっ」
軽い舌打ち。
要るものが――欲しいモノが見つからなかった。
カカシ車から信号はすでに出ていない。”一応”と、スクラップになったカカシ車とその周辺映像を記録。
――狙撃…いや砲撃か?
アリアはしゃがみこみアスファルトを撫でる。抉るように小さなクレーターができていた。砲弾とまでいかないが、少なくともふつうの狙撃銃の威力ではないだろう。
――しかし、いい腕だ。
カカシ車は全部で4台あったようだが、クレーターは2つ。1発で2台以上壊したわけだ。
カカシ車の倒された角度と、破片の散らばりから攻撃を予測してその方角をみる。手前に丸い屋根の建物が目に入った、さらにその奥に、高い建物の屋上が見えた。
現実的には手前の建物だが――もし、奥の建物だとしたら――あんなところから?1kmは余裕でありそうだ。
――避けなさい――
九郎と一緒に転がる直前に聞こえた言葉を思い出して振り返る。
確かに少しでも逸れると自分たちに当たる。だが、実際にはかすりもしていない。的確な狙い。
いったい誰が?
なんで声なんか聞こえた?
あれは本当に声か?
違う、何かもっと――
「あぁ――――…痛タタ…あー助かったあ。」
九郎の声。そのどこか呑気な声で考えが中断される。
声の方向に視線を向けると、九郎が起きあがろうとしていた。
「九郎。お前このことを知ってたのか?」
アリアはゴーグルを頭の上に追いやりつつ、スクラップを指さし九郎に聞く。
「…まさか、僕は超能力者じゃないよ。」
話を流すように軽くそう言って立ち上がり、服についた破片や埃をパンパンと払う。
言葉を発する直前わずかに躊躇するような間があった。
アリアは眉をひそめる。
嘘。
こいつは、あたしをかばったときに”もうすぐ”と言った。そして攻撃のタイミングにあわせて転がった。とにかく方法はわからないが攻撃が来るのを知っていた。
なぜ嘘をつく必要があるのかわからないが――。
まあ、今は――放っておくか。
とりあえずアリアは気づいていないフリをすることにした。
それにしても、女みてえだなこいつ。
身長は165cmくらい。線が細くて華奢。
耳にかかる程度の黒く艶やで柔らかそうな髪、細い眉毛に、長いまつげの大きめの黒い瞳、形のいい唇。男のくせにきめの細かそうな肌。少し高めの声。
アリアがあらためて見る金山九郎の姿は、制服こそ男性で胸もないが線が細くどことなく女性で、全体的には中性的。
抱きしめられたときの感触や骨格の感じからすると、やはり男性。女性の男装ってことはなさそうだ。
それと――腰にぶら下がっているのは?
九郎の腰には異質な物体がぶら下がっていた。それは銀色に輝く攻撃的なデザインのガントレット(手甲)。
あれを装着して徒手空拳が得意ってところだろう。たしかにまともに食らったら痛そうだ。
「ところで、僕、名前言ったっけ?」
名前を呼ばれたことに違和感を感じたのだろう、九郎が不思議そうに聞いてきた。
アリアは、頭の上のゴーグルをコツコツと叩く。
ああ、と納得した顔の九郎。
九郎もその存在ぐらいは知っていたらしい。
”スクラッチゴーグル”。
やたら操作音がうるさいから付いた名前。
消音機能がオプション別売りって何だよ?
と、メーカーに突っ込みどころのある代物。
ゴーグル内のモニターに映ったものを、武偵のネットワークに連動させて解析したり、情報提供の申請などもできる、それ以外にも色々と便利ですぐれもの。
武偵専用というわけではなく、警察や武装検事など他の職種でも使えるが、それぞれアクセスできる情報は制限される。
まだあまり出回っておらず、やたらと高価で、ネットワークに接続するため個人認証などの手続きが面倒でうるさく、あまつさえ購入できないこともあるらしい。しかも電池の持ちが悪いおまけつき。
(ところで、さっきからなんで僕を睨んでるんだこの子は?)
九郎はアリアから体を遠ざけるように少しのけぞってみせる。
アリアは値踏みでもするように、九郎の頭の天辺からつま先までジロジロと見ていた。
彼のケガの様子をみていただけで、別に睨んでいるつもりはなかった。
目つきが悪いので、九郎からはそう見えただけ。
九郎の頭と口から出ていた出血は止まっていた。他に大きなけがをしている様子は見られない。
ふぅと息を吐き、安堵するアリア。表情も少しだけ和らぐ。
といっても、あんだけ派手に食らったんだ、今はいいが後遺症がないわけがない。あとから盛大に腫れて地獄だろう。まあ、コイツが勝手にやったんだ、さすがに知ったことじゃない。
黙ったままのアリア、沈黙に耐えられなくて九郎が口を開く。
「僕の――知り合いなんだけど、良くサボってる人がいてね。この時間よく屋上にいることが多いから。もしかしたら爆発で気づいてくれるかも、なんて勝手に期待したけど、気づいてくれたみたい。」
こいつさっきから嘘つくの下手だな。
九郎は”知り合い”そう言う前に少し迷っていた。
ただの知り合いじゃないっていうのがバレバレだ。
まあ、こいつの知り合いなんて、どうでもいいんだが――少し気になることがある。
「屋上って…あそこか?それとも奥の建物か?」
アリアは、さきほど見ていた狙撃したと思われる、丸い屋根の建物を指さす。
「奥の方かな。たぶん、あそこウチ(武偵校)の専門棟だと思うし、その人狙撃が得意だから」
「得意にもほどがあるだろが…当たるかよ普通」
「あはは、まあ、ちょっと普通じゃない人だから」
あきれるしかない。
たしかに銃声がかなり遠いところから聞こえたから距離が離れているのはわかる。しかし1km越えの距離を当てるなどというのは”得意”で済ませられる範囲を越えている。さらに無風どころか、どこに風が渦巻いているかわからない、他にも建物があるこんなところで当てるなんてことは神業だ。
オリンピックの選手でもそんな狙撃手は早々いない。
もっとも、オール電化の機械仕掛けならできないことはないが、そんなご大層な装備で屋上でサボってるのは想像できない。
それに九郎の口振りからするとあきらかにアナログ――要は手作業によるもの。
「じゃあ、つまり九郎――おまえは、特に策があったわけじゃないと?」
「ん、まあそうなるね。」肩をすくめてみせる九郎。
実はアリアが一番気になっていたところだった。
へー、そう、すげーな、なんにも考えてなかったんだコイツ。
で、何も考えずに、あたしをかばって破片で頭怪我して。
さらに銃撃食らって血をはいて――。
あー、だめだ…なんかすげー腹が立ってきた。
「おい…」
刃のように鋭い赤い瞳が、九郎を睨む。ズイっと一歩前へ。
「え?ど、どうしたの?」
九郎は突然のことに驚きスッと一歩下がる。
アリアに何か違和感を感じながらも、そんな場合ではなかった。
間違いなく身に危険が迫っている。
「なんだてめえは?人が”どけ”って言ってるのにどかねえ。なんか考えでもあるかと思えば、”無い”だと?」
アリアは、拳を固め腕をぶんぶんと振り回しながら、さらにググッと一歩前へ。
「え?な、何?何?」
その古き良き時代からの伝統的なモーションから、彼女がなにをしようとしているかわかった。
ちょっと待ってくれ。九郎はそう言いたげに手を前に出しながら、さらにズズッと一歩後退。
「歯――――――っ!くいしばれええええ!」
「ひぃ!」
アリアが叫び、九郎が悲鳴を上げる。
アリアは思い切り腕を振りかぶって九郎に飛びかかった。
「げふぅ!」
腰の入った会心の拳が九郎の顔面に突き刺さった。
(何で?)そんな感想を抱きながら、ふっ飛ばされてそのまま後ろに転ぶ。鼻血が尾を引いてるのが見えた。
後で考えたらこの日受けた攻撃で一番痛い思い出だった。
「いいか!人をかばって勝手にくたばったりすんな!そんなもんはただの自己満足の自殺だ!そんなんで、助けられた方は迷惑千万!てめえは、そいつに一生モノのトラウマでも植え付けるつもりか?そんなのは救ったとは言わねえんだっ!おぼえとけっ!」
血濡れの拳をふるわせながら説教するアリア。その手の血は、もちろん九郎の鼻血がついたものだ。
「え?え?」
「え?じゃねええ!返事ぃいい!」
「さ、さーいえっさー!」
一瞬で立ち上がり、直立不動でビシッと敬礼する九郎。
あれ?なんで?とは思ったが、体が勝手に動いていた。
「以後、気をつけろ!」
ふん!鼻を鳴らして腕を組むその姿、鬼軍曹さながら。
(こいつ、こえー)
「あ?」
九郎の心の声が聞こえたのか、アリアがギロリと睨む。
ビクッと肩を振るわせる九郎。
アリアは、ツカツカと九郎に近寄ると、ぐいっとネクタイを引っ張った。
九郎は強制的に前屈みにされる。また殴られると思い顔が引きつった。
九郎の目の前にアリアの赤い瞳があった。血のように赤い瞳、その向こうに九郎が映っていた。
その瞳から発せられる雰囲気――誰かに似ている――と九郎は思った。
アリアが掴む力を抜く。するりとネクタイがその手をすり抜けた。
「え?」
同時に、九郎の顔に手を伸ばし引き寄せる。
「ん?」
九郎の唇に温かく柔らかい、そして包み込まれるような感触。
硝煙の匂いに混ざって、何かの花を連想させる――甘くやさしい香りが鼻をくすぐる。
ほんのわずかな――甘い時。
その感触がアリアの唇であると九郎が理解できたのは、すでにアリアが顔を離したあとだった。
「ふー、ごちそーさま。まあ、助かったからな、礼だ。」
アリアのあまりにも一方的なムチ(顔面殴打)とアメ(キス)に、前屈みのまま硬直しっぱなしの九郎。
(えーと、これどういう状況ですか?)
考えてみるが、なにもまとまらない。まとめようがない。
「うおっ!やべえ、こんな時間かよ!んじゃな!」
近くの建物の時刻表示を見て焦った表情をするアリア。
九郎に軽く手を振ると、何事もなかったようにその場を走り去っていった。
散々かき回してその場を去るアリア。九郎はその小さな背中を目で追いながら、相変わらず硬直をしたままだった。