ARE CLAW   作:silentr

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 5.

 目でその暖かさを感じ、肌でその寒さに凍える、そんなまだ春早い季節。

 無機質にまっすぐに延びる廊下。窓からは申し訳ない程度の日の光が差し、所々に猫が安堵するような日溜まりを提供していた。

 

 「始業式に来ないから、今日は来ないかと思っちゃったあ」

 「ちょっと面倒事に巻き込まれまして」

 

 ゆるいパーマのかかった茶色くボリュームのある髪、丸みをおびた顔に眠そうに半分落ちたような瞼、ゆるやかな笑みを湛えた薄くルージュの引かれた唇。

 着ている服装もゆったりふわふわと揺らし、全体的にどこか呑気な雰囲気を漂わせる女性教師 氷浦 美空(ひょうら みそら)。

 そして、その横に真っ赤なサイドテールを揺らす制服姿も可愛らしい神凪アリア。

 

 音質の違う靴音を競るように響かせ、二人は東京武偵高校の廊下を歩いていた。

 

 「もしかしてー、さっき連絡のあった爆発事件?」

 「あーそれです」

 「そうですかー、生きてたんですねえ。それは残念。」

 「は?」

 「面倒な生徒が一人消えるだろ?」

 「はあ…(なんだこいつ?)」

 

 氷浦 美空(ひょうら みそら)――通称 表裏(ひょうら=おもてうら)先生。

 

 専門担当は尋問科。犯人を自白や説得させるなど、取り調べなどに関する技術を習得する専門科目。別の名前は拷問科。

 氷浦は、その通称どおり性格の表裏が異常に激しい。表向き優しくおっとりした先生、そして裏向きとてもエゲつないことを笑顔ですると有名。だが、その詳細は誰も語らない。

 

 (学校ねえ)

 

 学校はアリアにとって通った経験が無く、話ぐらいにしか聞いたことのない場所。

 最初のうちは物珍しげに、あちらこちらキョロキョロと見回していたが、10分もたたずに飽きてしまっていた。

 そんな彼女の学校の第一印象=”動物園”、なかなかの観察眼。

 

 (こんなところ、何を好き好んで来るんだか…)

 

 窓には、ところどころ銃撃の痕が蜘蛛の巣のようなヒビを作っていた。

 床も壁も天井も、そこらじゅうに傷があった。刀傷、弾痕、銃創、焦げ痕、ひび割れ、小さなクレーター、などなど…

 

 (まあ、戦場の廃墟よりはマシか…)

 

 比較対象が”戦場”しか出てこない時点で十分異常な光景だったが、アリアにはどうでもよかった。実際その戦場に放り込まれた経験があるからだ。彼女にとっては、これでも”平和だね”といった光景。

 

 窓の外を眺めながら、氷浦の後をついて歩く。

 窓の外にはグランドがあり、その先にある塀の向こうは道を挟んで別の建物が見えた。近くに商店とコンビニなんかもあったはず。

 ここは学園都市みたいなもので、学校と街が混ざり合ったところらしい。その街とも学校とも呼べない歪な光景が、合わないピースを無理にはめ込んだジグソーパズルみたいで面白かった。

 

 「じゃあ、ここでちょっと待っててね」

 

 そう言って氷浦は、廊下に並ぶ教室扉の一つの前で立ち止まると、扉を開けて中に入っていった。壁の向こうから聞こえていたざわめきが消える。

 一人にされたアリアはなんとなく所在をもてあまし、氷浦の入っていった扉の上を見る。

 

 (…クラス…何組だここ?)

 

 本来”年”と”組”の書かれているプレートが半壊して、”2年”しか読めなかった。廊下に並ぶ他の教室の扉の上を確認。生き残っているプレートを見て、なんとなくここは”B組”だと判断する。

 

 「神凪さん、入ってきて。」

 

 扉の向こうから氷浦に呼ばれたので、中に入る。独特の緊張感のある空間――教室が目の前に広がる。何かを期待するような目をした生徒たちがこちらを見ていた。

 

 そのまま直進して教壇の上に上がる。生徒たちのほうを向いて――変な儀式があるもんだ。ただのさらし者だな――そんな内心など1ミリも顔に出さずに、表情筋を完全にコントロールしてニコリと可愛らしい営業スマイル。さわりあたりの無い挨拶をはじめる。

 

 「みなさん、はじめまして イギリスの武偵校より転校してきました。神凪 アリアと申します。」

 

 我ながら気持ち悪い。(何分持つだろうか)などと考えながら、台本通りの挨拶を機械的に口から吐き出す。

 この挨拶も、学校なんて行ったこともないから当然嘘だった。一応経歴上”そういうことになっている”だけ。次々に嘘のプロフィールを口にする。自分ではない誰かの挨拶を代わりにしているようで、段々と苛ついてきた。

 

 見てくれは人並み以上、その性格はマフィア以下の神凪アリア。

 男子生徒などが「おい、可愛いじゃん」とひそひそ話す声が聞こえ満更でもなかった。

 しかし、たぶんその夢は儚く10分持たないだろうし、持たせるつもりもないわけで。

 勝手に人のキャラ脳内で作ってんじゃねえよ、と笑顔で挨拶をしながら、器用に脳内で悪態をつく。

 なんとか苛つきを押さえ、一通り台本通りの挨拶が終わり「よろしく――」と腰を90度に曲げておじぎをする。

 

 そこで、いたずら心が湧いた。

 顔を伏せたまま、唇をつりあげニィと笑う。

 

 「――ねっと――」

 

 お辞儀を戻すそのタイミングで――ジャカ――と左右の太腿に着けたホルスターから拳銃を抜いて突きつける。

 

 ほぼ同時に、ドカっという乱暴な物音とともに机や椅子が舞い上がり。ジャガガガガガガ――という凶悪な機械音が教室中に響く。

 そして――シンと静寂。

 

 「ヒュー♪あはははーこりゃあスゲエ。」アリアは思わず口笛を吹き感嘆する。

 

 大小様々、色とりどり、24の銃口がアリアに向けられていた。

 

 「神凪さんといったかな?いきなり何のつもりだい?」

 

 そう言って、黒い拳銃をこちらに向ける男子生徒。その顔は一般高校生の顔のそれではなかったが、少々迫力不足で標準的という言葉がぴったり。

 なんか髪をかき揚げてキザっぽいポーズしてるし。キモいぞおまえ。

 

 「マジマジー、転校早々喧嘩売るとか?うっけるー。」

 

 跳ねたくせ毛の金髪ショートカットで活発そうな女子生徒が、銀色の拳銃を手の中でクルクル回していた。その態度は挑発的だが隙がない。さっきの男子生徒より、こいつのほうができそうだ。

 

 「な、ななんですか、い、いきなり」

 

 机を盾にしてこちらを伺う男子生徒。怯えているように見えるが、口ぶりだけで少し芝居が下手だ。

 

 「マッキー、ユーイチロー気をつけてこいつ――」

 

 誰だよそれ?”こいつ――”で、切るなよ。

 アリアよりも背の小さくて子供みたいな男子生徒。机の向こうから頭を少しだけのぞかせている。変な生物もいるんだと、失礼な感想。

 

 攻撃態勢のもの、防御態勢のもの、攻防一体の構えのものと、それぞれだがさすがイカれた学校、それなりに訓練されてる。

 

 「あらあら、神凪さんありがとう」氷浦がアリアに礼を述べる。

 「え?」何が”ありがとう”なのかわからない。

 「チャイ、森、木下 お前ら反応悪すぎ。あとでちょっと教務科に来い。いいな」

 

 どうやら、アリアが取った行動は教師の”試験”になってしまったらしい。

 名前を呼ばれた該当者らしき3人の生徒が、恨みのこもった鋭い目でアリアを睨む。その目は何故か涙目で『てめえ、余計なことしてんじゃねえよ…』と言っていた。

 アリアはとりあえず愛想笑いの苦笑い。

 

 「すいません、遅――なにこれ?」

 

 なんだか、つい一時間ほど前に聞いたばかりのような声が聞こえた。

 アリアが声の方を見ると、一人の男子生徒が申し訳なさそうに肩をすぼめ、教室の後ろの扉から入ってきたところだった。

 これまた、つい一時間ほど前に見たばかりのような女男なシルエット。

 

 「せんせーあいつは?」アリアが男子生徒を(銃で)指さす。

 「んー金山君?」

 「はい?」

 

 ”金山”と名前を呼ばれて男子生徒が首をこちら――教壇の方向に向けた。アリアを見つけて眉をひそめて表情を堅くする。

 「おー、九郎だー。さっきぶりー」パタパタと拳銃を持ったまま手を振るアリア。

 「………人違いです」

 「あん?なんだって?」

 「嘘だから、銃向けるの止めてくれる?」

 「なんだよー。さっき一緒にドッカンした仲だろー、つれねーなー」

 「誤解招きそうな表現やめて。ほらあ、周りの人が変な目で見てるでしょ」

 

 周囲の生徒が、”いったいどういう関係なんだ?”、”ドッカンて何?もしかして――”と興味津々といった視線を二人に投げかけていた。

 言葉通りだとは誰も気づいていない。

 さっき連絡あったんじゃないのかお前ら?

 

 「あらー?金山君、神凪さんとお知り合い?」氷浦が不思議そうに金山九郎と神凪アリアを交互に見る。

 

 「ええ、さっきちょっと会いました。不本意ですが。」

 「おまえ嫌そうな顔してねえか?」

 「すみません、正直なもので。」

 「正直だと嫌な顔する理由を教えてもらっていいか?」

 「だから、銃を額に押しつけるの止めて。っていうか、いつ、どうやって近づいたんですか。早すぎるでしょ、少し常識考えてください。」

 

 すでにキャラを作る気などまったくない通常運用のアリア。

 九郎と話すアリアを見て、さっそく夢を壊された男子生徒が愕然としていたが、おかまいなし。

 

 「あらあらあらー。仲がいいのねー」

 「表裏先生。目とか頭大丈夫ですか?」

 「両方とも2.0よー。頭はそうねーちょっとダメかもー。それとあたしは氷浦。金山、今度呼んだら尋問科で説教フルコースだ。神凪、金山の隣に座れ。」

 「聞きたくないけど聞きます…なぜ僕の隣ですか?」

 「あらー?うふふ、そんなの先生が楽になるからに決まってるでしょー。遠藤、ボサッとすんな、さっさとそこどけ。」

 「よろこんでー!」居酒屋の店員みたいな元気な返事を返す、同級生Aの遠藤。すでに私物をまとめ終わり移動する気満々。

 「金山、悲しいけどここでお別れだ。応援してるぞ、幸せになれよ!」

 「ねえ、なんの応援?遠藤、面倒事から逃げられて喜んでない?」

 「そーゆーわけでー。神凪の面倒お前が見ろ、金山。」

 「……嫌ですよ。」

 「ああん?」睨むアリア。視線だけで人を殺せそうな目つき。

 「あら?なーに?ちょっと良く聞こえなかったわ。」頬に左手を当てて”あらー困ったわねえ、どうしましょう?”という表情を浮かべる氷浦。

 二人とも手に銃を持ち、その銃口を九郎に向けていた。

 

 「やります。やるから、二人ともこれ見よがしに銃口向けないでください。で、えーと…神凪さん、でよかったっけ?」

 

 もう一押ししたら、確実に撃ってくるだろうと判断した九郎。

 あきらめたように、アリアに向き直る。

 名前を聞いていないことを思い出し、指をさして『名前あってる?』という表情をする。

 

 「ああ、名乗ってなかったか。あたしは神凪アリア。強襲科専攻らしいぞ。神凪ちゃんでもアリアちゃんでも好きなように呼べ。なお、お姉さまでも、お姉ちゃんでも、可だ。」

 

 ぴっとVサインを突き出し、二カッと良い笑顔を向ける。

 自称お姉さまの神凪アリア。どう見たって九郎より年下にしか見えない身長と容姿。

 

 「呼びませーん」

 「ノリ悪いぞー九郎。」

 

 これが、神凪 アリアと金山 九郎、の出会い。

 導かれ引きよせられて出会った二人だったが――

 

 「そうだ九郎、金貸してくれねえか?」

 「はっはっは、いきなりだねえ、神凪さんは」

 

 とりあえず平和だった――

 

 今はまだ。

 

 

 




■おまけ

カットした会話です。
なんとなく載せてみました

「”神凪さん”はやめてくれ。堅苦しい」勘弁してくれと言いたげに肩をくすめるアリア。
「じゃあ、アリアさん?」九郎は”これならどうでしょう?”と言いたげに首を斜めに傾ける。
「”さん”取れないのか?別にアリアでもかまわないぞ。」
「なんか、癖になってまして…あと、いきなり呼び捨てってのも」
「日本人は面倒だな。じゃあ、”お姉ちゃん”って呼べ!」
「…アリアお姉ちゃん」(男性らしからぬ)可愛い笑顔で微笑む、九郎。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あ、壊れた…」
「お姉ちゃんは、お姉ちゃんはああああ!」
「お、落ちてついてください。あ――!だめですって服脱いじゃ」
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