幕間 作:瀬田薫だいすきクラブ
思えば、俺はずっと薫へのあこがれを拗らせていた。ずっと君みたいに、いつか君みたいに、かっこよくて、やさしくて、あたたかい、お日様のような人になりたかった。
そんなあこがれを拗らせたまま薫と歩く午後三時。ふと、君が歩くたびふわりと揺れるポニーテールが、すごく綺麗だと思った。結び目に向かっていく髪の毛の流れがすごく綺麗だと思った。思わずこれはどんな髪型なの、と聞いたら君は「ハーフアップだよ」と教えてくれた。
その日君と別れてから、俺はハーフアップという言葉をインターネットで調べた。最近できたおませな妹の髪を結うためだから男がヘアゴムを買ってもおかしくない、なんて心の中で言い訳をしながら百均でヘアゴムを買った。俺、ひとりっ子なんだけどな。
家に帰って、鏡の前に立って。俺は、覚悟を決める。ヘアゴムを使うなんて、生まれてこの方やったことがない。けれど、あこがれは収まることを知らない。俺は、その日初めて自分で髪を結んだ。
……見様見真似でやったそれは、随分と不恰好だった。どうしてか、薫みたいにかっこよくならない。かっこいい王子様というよりかは、情けない武士みたいな髪型になっていることに、不満を覚える。
うーん、俺の長さじゃ足りないのかなあ。もうちょっと伸ばすべきかなあ。というか、解説動画で言っている言葉の意味がそもそもわからないし。
それに、動画で説明されているハーフアップは全部薫と違う形だから。どうやったって、俺は薫みたいにはなれない。
……ああでも。ちょっと違う気もするけど、これがハーフアップかあ。これで、薫と髪型をお揃いにできるんだ。そう思うと、ちょっとだけ嬉しかった。武士と王子様じゃ天と地の差であることはわかっていても、少しだけ君に近づけたようで嬉しかった。
だが、それではしゃぎすぎたのが良くなかったかもしれない。俺はいつのまにか気でも狂ったのだろうか、俺は朝起きてもう一度不恰好なハーフアップをしてから家を出てしまった。
どうしよう、今すぐコレを解きたい。でも、そうしたら薫とお揃いじゃなくなるよね。でも、こんなカッコ悪い髪型を薫に見られでもしたら絶対気持ち悪がられる、嫌われてしまう。こんなカッコ悪い髪型しかできないくせに、一丁前に真似しようとしてるなんてバレたら、俺はもうダメだ。頭の中が、パニックになる。
「やあ、おはよう。君は今日も……おや、今日の君はいつもと少し違うみたいだね」
「……あ、いや、これは、その、違くて」
「もしかして、私とお揃いにしてくれたのかい? フフ、嬉しいね」
……ああどうしようどうしよう。薫に、バレちゃった……俺は急いで髪の毛を解こうとするが、絡まってしまってうまく解けない。
薫は髪が傷んでしまうよ、と俺を止めようとしてくれるけど、恥ずかしくて情けなくてみじめに感じるこの髪型から、俺は早く解放されたかった。
「だって俺、手先、不器用だから、不恰好にしかならないのに、それなのに真似して、バカみたいで……」
「そんなことないよ。慣れない手つきだったとしても、君が髪を結んでみようと思ったことが……」
薫は俺のことを肯定してくれるけど、そんな薫の優しさに甘えているだけじゃ俺は薫みたいになれないから。
ああ、だめだだめだだめだ。いつも俺はこうだ。本当に、自分が嫌になる。また自己嫌悪で頭がいっぱいになりそうだった俺に、薫はこう言った。
「少しだけ時間を貸してくれるかい?」
薫に連れられて、俺は近くの公園のベンチに腰掛ける。一体、何をされるのだろう? 不安になりながら、俺は目を瞑る。
そんな俺に、もし痛かったらすぐに教えてくれ、と言った薫は、髪の毛が絡まないように、傷まないように、丁寧に俺の下手くそなハーフアップを解き、そのまま手ぐしで俺の髪の毛をとかしていた。
俺の髪をとかす薫の指はすごく心地よくて、そのまま眠ってしまいそうだった。こうして誰かに髪の毛を触られたことがほとんどなかったものだから、緊張しすぎて、心臓がバクバクするけれど。
太陽に透ける君の髪は、とても儚いね。そんなことを言いながら、薫はくし? のようなものを使って俺の髪をまとめていく。その手つきはすごく手慣れていて、まるで、魔法のようだった。
……最後に薫に渡された手鏡を見ると、そこには。
「フフ、よく似合っているよ」
俺がずっとあこがれてやまなかった、「あの」ハーフアップをしている俺が写っていた。思わず嬉しくなって、俺は薫の手をぎゅっと握ってしまう。
本当はもう少し上で結んであげたかったのだけれど、と薫はちょっとだけ申し訳なさそうに口にするが、もうそんなことはどうでもよくて。薫が結んでくれたハーフアップ、というだけで俺は嬉しくてたまらなかった。
ふと、近くの遊具に俺の姿が映るのが見えた。どうやら、後ろの結び目をお団子にしてくれているのがわかった。もしかして俺のためにアレンジしてくれたの、と聞くと君に似合うと思ったんだ、と教えてくれた。
嬉しいな。本当に嬉しいな。嬉しすぎて、死んじゃいそうだ。薫に結んでもらった、宝物みたいなハーフアップ。普段自分の写真はあまり撮らないけれど、今日だけは別だ。たくさん撮って、宝物にしよう。
あー、解きたくないな。ずっと、このままでいたいな。でもお風呂に入らないとな。どうにか、ずうっとこの髪型のままでいたいのにな。
「……この髪型のまま、お風呂に入れたらいいのに」
「おやおや、そこまで気に入ってくれたのかい? 実に嬉しいね。……安心したまえ、子猫ちゃん。君が望む限り、この瀬田薫が何度でも君の髪を結んであげるからね……!」
「……! ありがとう、薫……!」
でも、その不安もすぐなくなった。たとえこの髪を解いたとしても、何度でも、結び直してくれるって言ってくれたから。
……薫は、やっぱり優しいなあ。ずっと、このまま薫の隣にいたいなあ。こうしてまた、あこがれが膨らんでいく。
「あ、でも薫にやってもらいっぱなしじゃカッコ悪いから……俺もやり方を覚えたい、と思うな……」
「ああ、任せておくれ。瀬田薫流ヘアアレンジを必ずや君に伝授してみせよう……!」
……あこがれハーフアップは、君の隣で。こうして君と一緒にこの髪を揺らせたのなら、それ以上に幸せなことなどないだろう。