幕間 作:瀬田薫だいすきクラブ
だから、死んでなんかいません。瀬田薫は。
勘違いもほどほどにしてください。生きてますから、彼女は。
信用できない? なら僕だってあなたが信用できない。やはり、僕が信用できるのはただひとり、あの人しかいませんね。
あの人は誰か、って? そんなの聞かなくてもわかるじゃないですか。僕のカミサマですよ。僕の腐り切った口を動かしてその名前を呼ぶのさえ烏滸がましいのだから、わざわざ言わせないで欲しいですね。
いいですか? 今からあなたのようなニンゲン風情にもわかるように教えてあげますよ。僕はね、彼女をカミサマにしたんです。僕が知る中で、あの人ほどカミサマに近いニンゲンはいなかったから。
はは、怒ってます? そーですよね。あなたは、僕の信仰するカミサマがまだニンゲンだった頃、その恩恵をありがたく享受していたニンゲンですから。
んーと、なんでしたっけ? こころさん、ああ、こころさん。こころさんに仕えてましたよね、みなさん。あの人はこころさんの友人でしたから、あなたが怒り心頭に発するのも理解できます。大切なお嬢様のオトモダチ、ですもんね。
だーかーら、死んでませんよ。瀬田薫は。むしろその逆。彼女は永遠になったんです。僕だけのカミサマになったんですよ。
何を言ってるかわからないってカオしてますね。まあ、一般市民からしたらそうかな。そうですね……あなた、標本って知ってます?
そう、虫や魚を生きたまま保存するために必要な処理を施して保存できるようにしたものですよね。あ、なんとなく察しがつきました?
そうです。僕はカミサマの標本を作りました。僕のカミサマは、あの人でないと務まらないと思ったから。
せっかくだから教えてあげます。僕とあの人の馴れ初めを。これ、あの人以外の誰かに話すの初めてなんですよね。少し緊張しちゃいます。
僕はね、人生に絶望していました。何もかもに恵まれず、何もかもを失って、生きる意味など見出せるわけもなくて。この世界に神なんていない。ずっとそう思っていました。
だけど現れたんですよ、カミサマが。初めてカミサマの声を聞いたのはいつだっただろうな、そうだ、茹だるような八月の日のことです。
僕は暑いのが実に苦手でして、そのイライラをセミにぶつけていました。木に張り付くセミを無理やり地面に落として、その腹を木の棒でつついて、つついて、つついて。起き上がりそうになったらまたひっくり返して、つついて、つついて、つつきました。
僕には友達がいませんでしたので、こういった昆虫や魚、動物だけが僕と遊んでくれました。寂しいもんですよね。そんな時、あの人は現れました。
突然のことに目をぱちぱちとさせる僕に、その子を、解放してあげてくれないか。と、彼女は言いました。最初は困惑しました。別に僕はこの昆虫をいじめているわけじゃない。ただ一緒に遊んでいるだけだ。殺すつもりなど、一切ないのに。
僕はおもちゃを取り上げられるのが嫌いな子供でしたので、すかさず反論しましたよ。気持ち悪くて得体の知れないこんな虫に構ってあげるニンゲンなんていないのだから、構ってあげているだけマシだろう、とね。
あなたは言いました。私たちと同じように、この子は生きているんだ。私たちニンゲンのわがままでこの子の自由を奪ってはいけないよ、と。
その時、僕はハッとしました。虫如きにこんな慈悲深い言葉をかけられる人がいるのか、と。この世界には、こんなにも徳が高い人がいるのか、と。
彼女の言葉に心打たれた僕は、セミを逃がしてあげました。セミは、嬉しそうに僕たちの周りを一周した後、どこかへ行ってしまいましたね。
彼女はそれを見て、行っておいで、子猫ちゃんと優しく言葉をかけるもんですから。
僕は、感動しました。この世界は、案外捨てたものではないと思いました。それに、気づいたのです。彼女こそが、この世界における本当のカミサマではないのかと。
まあでも、まだそうだとわかったわけではないし。彼女の神格性を、もう少し確かめねばと思いました。
それから彼女の姿が見えなくなるまでその他の有象無象に気を取られる暇もなく、僕の目はあの人を追っていました。
それから僕は彼女を追い続け、観察し続け、確信したんです。彼女は、カミサマだ。どんな穢らわしいニンゲンにも、どんなに頭の悪い雌にも、どんな薄汚い動植物にも彼女は等しく優しかった。僕が求めていたのは、そう、あの神格性です。
僕も、少しだけその神格性をつまみ食いしたくなって、あの人に話しかけたりしました。すると、彼女は優しく笑って頭を撫でてくれる。気づけばもう、僕はあの人の、瀬田薫の虜でした。
だからこそ、その神格性を僕以外の下民に消費されるのが許せなかった。これでいいですか? これが巷で言うところの犯行動機ってやつだと思うんですけど。
ああ、今もあの人は元気ですよ。眩いまま、美しいまま、誇り高いまま、僕の部屋を照らしてくれています。
みなさんもやってみませんか? カミサマの標本。案外おすすめですよ。どこにも行かないから安心できるし。何より、愛するカミサマの死に際も見られますし、ね。
瀬田薫は、死に際も綺麗でしたよ。その心臓から血が吹き出しているにも関わらず、僕の心配ばっかりするんです。何があったんだ、どうしたんだい、って。とんだお人よしだ。
だからこそ、彼女はカミサマになれたのでしょうね。僕はとても誇らしいです。
だから、瀬田薫は死んでいない。瀬田薫は永遠だ。瀬田薫は僕の中の永遠の宗教としていつまでもいつまでも生き続ける。
これで構いませんか? 僕は無駄話が好きではないので、早く帰りたいのですが。集中力が途切れるので、長時間の拘束は勘弁してもらいたい。
早くあの人の顔をこの目に焼き付けたいのです。あの人のこと以外何も考えたくないのです。あの人がいれば、もう他に何もいらないのですから。
それでは、ごきげんよう。あなたにも、あなたのカミサマが見つかるといいですね。