飲まなきゃやってられんわ、こんな教室。   作:薔薇尻浩作

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飲酒回! 進まねえぜ! ストーリー!
そう言えば旧作復活させないのかというコメントや感想ちょくちょく頂いてますが、その予定は御座いません。
この作品とは別にダンまちのクロスオーバーものを書いているので、そちらを更新させるつもりです。


気のせい、気のせい。ほら、酒に酔ったせいだから気にする事ないって!

 

 

 突然ですが問題です。

 『Cider』この単語を英語で発音すると? はい、神室くん。

 

 

「サイダー」

 

 

 正解。では次の問題です。

 『Cidre』この単語をフランス語で発音すると? はい、神室くん。

 

 

「スペルが微妙に違う? っていうかフランス語なんか知らないわよ。答えは?」

 

 

 まあ、そりゃそうだ。留学経験や習い事でもしていなければ普通の高校生はフランス語なんか解らない。

 

 

「正解はシードル。主にリンゴなどを発酵させて造られる果実酒の名称だよ。ちなみに各国で呼称が変わるんだ。イギリスではサイダー、アメリカではハードサイダー、ドイツではアップェルヴァイン」

 

「……あんた前に中学時代にサイダー飲んでたとか言ってなかったっけ?」

 

「ハリソンママが飲んでたのをチロッと舐めただけだから酔わなかったよ?」

 

「そういう問題じゃないでしょう」

 

 

 呆れたように溜息をついた神室は一旦置いておいて。

 俺はラベルの着いていないペットボトルをいそいそと冷蔵庫から取り出して、机に並べた。その数は三本。

 どれもやや濁った黄色い液体が波々と詰まっている。

 

 

「……で、察するにそのペットボトルの中身はシードルって酒な訳ね。ワインの時も思ったけど本当に酒って簡単に作れちゃうのね」

 

「まあ理屈の上では糖分と水分。酵母があれば勝手に発酵するからね。いやーハンズに製パン以外の酵母の取り扱いがあって助かったよ」

 

 

 ちなみに今回造ったシードル。実は普通の醸造酒と違って、微妙に手が込んでいるものだ。

 使った酵母が奇跡的にも某有名雑貨店で取り扱っていたワイン用のイーストを使っている事。

 酵母の栄養剤として刻んだレーズンを数粒入れている事。

 アルコール度数を上げる為に発酵途中に砂糖を追加している事。

 と、まあ密造した側からすると細やかな拘りがちょくちょく入っているのだが、そんな事など一瞬で吹っ飛ぶような大きな特徴がある。

 

 俺は神室の眼の前でこれ見よがしにペットボトルの蓋を開けて見せた。プシュッ! と空気が噴き出す音と共に、黄金の水面から見る見る細やかな泡が噴き出し、水面がまるで湯だったようにグツグツと泡だらけになる。

 

 

「えっ? もしかしてこれって炭酸が入ってるの?」

 

「その通りだよ神室くぅん。二次発酵、及び瓶内発酵と呼ばれる一手間を加えるとだね、アルコール発酵によって生み出される二酸化炭素が酒に混ざり込んで、スパークリングシードルとなるのさ。こいつは俺が今まで造った酒の中でも自信作だぜー?」

 

 

 密閉した中で糖分を追加し、酒に炭酸を混ぜ込ませるプライミングと呼ばれる一手間を加えた酒だ。

 このシードルは入学して直後に蜂蜜酒を仕込んだ翌日に仕込みを始めた酒なので、仕込んでからは10日以上経っている。

 クリアな色合いの酒に仕上げる為、本来ならば一ヶ月程度寝かせるのがベストなのだが、まあ自分が楽しく酔っ払う為の密造酒ならこんなもんで十分だろう。

 その内、もっと大きな冷蔵庫を購入して色んな種類の酒を仕込んでみたいものである。

 

 

 「って言うか炭酸水まで自作出来るのね。アレって作るのに何か機材が必要なんじゃなかったの?」

 

「まあ、機械で作る方法は楽っちゃ楽だけども手作りしようと思えば誰でも出来るよ? 水にクエン酸と食用の重曹ぶち込めば炭酸水になるし」

 

「えっ、そうなの?」

 

「そうそう。 今回みたいに発酵を待つ時間とかも要らないから、単純にソーダ水を作るだけならそっちの方が簡単だと思うよ。まあ、普通にスーパーで買ったほうが楽ではあるけどね」

 

 

 意外と知られていない炭酸水の作り方について薀蓄を垂れ流しながら、俺は百均で買ったチープなシャンパングラスに自作のスパークリングシードルを静かに注ぎ入れる。

 きめ細かな泡がまるでスノードームを引っくり返したかのように舞い上がる光景は中々に美しい。

 二次発酵の期間が短かったので炭酸が上手く溶け込むか不安であったが、この様子なら一安心だ。

 

 

「うん。ちょーっと濁りが残っているとは言え、見た目は合格。あとは味だね」

 

「ぶっちゃけ期待してないけどね。あんたが完成したって言うから、ちょっとだけ期待した蜂蜜酒だって美味しくなかったし。全然甘く無かった」

 

「まあ、アルコール発酵は糖分を餌にするから基本的に甘くは無いよ、そりゃ。火入れしたり発酵途中に蒸留酒混ぜたりすれば別だけど」

 

 

 実はつい先日、神室と一緒に完成した蜂蜜酒を飲んでみたのだ。

 個人的には製パン用酵母の香りは気になるものの、味は普通に美味しかった。ただ、それはあくまで酒として、ハニーワインとしては美味しいという意味だ。

 恐らくは蜂蜜を原料にした事により、蜂蜜味の甘い味わいになると期待していたのだろう。心なしかワクワクとしていた様子を見せていた神室は一口飲んで盛大に顔を顰めたと思えば、要らないとばかりにグラスを突っぱねてしまった。ちなみに彼女の飲み残しはオッサンが美味しく頂いた。

 

 

「梅酒とかって甘いって聞いたけど」

 

「あれは混成酒、リキュールの類だからまた別物なんだよねー。材料としてホワイトリカー。要するに蒸留酒の準備が必要だし」

 

 

 酒の種類は大まかに分けると三種類。

 醸造酒。蒸留酒。混成酒。

 醸造酒は糖分と水分、それから酵母があれば造れる手軽な酒だ。

 だが蒸留酒は原料に醸造酒が必要となり、混成酒は原料に蒸留酒が必要となるので、必然的に密造するには難易度と手間がかかる。

 もしも俺が未成年でなければホワイトリカーやウォッカを買ってきて直ぐにでも梅酒でも杏露酒でも漬け込めるのだが……まあ、男子高校生に憑依した今は、そう簡単にはいかない訳で。

 

 

「まあ、蒸留器をどっかで買うか自作するかしたら、砂糖を原料にラムもどきを造るつもりだしね。蒸留酒の準備が出来たら梅酒も漬け込んでみようかな。とは思っていたけども」

 

「良く分んないけど何でも造れるのね、あんたって」

 

「まあ、作ろうと思えばある程度は、ね。手間も時間もかかるけど。特にリキュールはなぁ……流石に梅酒は時間かかるよ。最短で考えても多分、三ヶ月はかかるね。飲めるまで」

 

 

 そんなティーンエイジャーにそぐわない雑談をしている内に、二つのシャンパングラスは黄金の液体で満たされた。

 シュワシュワと炭酸の弾ける音に心地良さを覚えながら、俺はグラスを掲げた。

 

 

「ではスパークリングシードルの完成を祝して……Prosit!」

 

「はいはい、乾杯」

 

 

 互いのグラスのリムをキスさせると、チンと鈴の音のような澄んだ音が静かに響いた。

 香りはやや酸味が目立つが林檎そのもの。俺はグラスを傾け、舌の上でシードルを転がした。

 

 

「中々、だね。成功かな?」

 

「……想像してたよりは、悪くないわね」

 

 

 白ワインにも似たすっきりとした果実酒の味わいの中にも、ほんのりと果実の甘味が生きている。

 何よりきめ細やかな泡が口内で弾ける度に、鼻先から抜けるように爽やかな林檎の風味が香るのだ。

 

 

「これなら普通に食中酒で出してもアリだな……神室くんの感想は?」

 

「少なくとも今まであんたが造った酒の中ではダントツね。飲みやすいし、うん。悪くないわね」

 

「嬉しいお言葉だねー。んじゃ、これはリピ確定って事でまた仕込んでおくかね。甘さの方は?」

 

「食中酒って確か夕飯と一緒に飲む酒なんでしょ? ならこの位が丁度いいんじゃない?」

 

 

 ジュースの代わりとしては甘さが物足りないけど。そう言いながらも、あっという間に空となったグラスを俺に差し出してお代わりを催促する程度には、どうやら気に入ったらしい。

 未成年に酒の美味さを教え込む罪悪感。それから自分の好きな物を肯定してくれる幸福感。

 そして何より、彼女のような美しい少女が俺のような人間の相手をしてくれている優越感に浸りながら。

 俺は彼女のグラスに甲斐甲斐しく酌をするのだった。

 

 

 

 

 

 

「……で、結局、あんたは何て答えたの?」

 

 

 カニカマ炒飯にタコの酢の物。セロリと蕪のミネストローネという、相変わらずの無料商品に依存したカオスな夕飯を終えたあと。

 七面倒臭い洗い物を終え、満腹感のせいで気怠げな気分でベッドの上でくつろいでいた俺に、クッションに埋まっていた神室が言った。

 

 

「ん? なんの話よ」

 

「だから、さっきの。知らない女子に彼女がいるのかって聞かれた時の」

 

「ああ、長谷部の話か」

 

 

 よっこいせ。と声を出しながら起き上がった俺は体育の授業の事を思い出した。

 特に関わりの無かった女子生徒である長谷部からの意味深な質問。「カノジョとかって……いたり、する?なんて悪戯気な笑みで聞かれた時はまさかの逆ナンかと驚き半分、期待半分で思わず興奮した。

 

 だが、まあ。いくら擬態とは言え、こんな根暗陰キャ不審者男にそんな都合の良い展開が訪れる筈も無く。

 

 

「もちろんちゃんと否定しておいたさ。ハリソン少年に彼女は居ないし、神室くんとは仲の良い友人関係です。ってね」

 

「……あっそ」

 

 

 まあ、結論から言ってしまえば長谷部のあの質問は逆ナンでは無く、お年頃の女子独特のゴシップガールじみた探りであった。

 早い話が、俺と神室の関係に好奇心で首を突っ込んだだけの話だったのだ。

 

 どうやら長谷部と俺は放課後の夕飯の買い出しの時間や、訪れるお店など。結構な確率で被っていたらしい。

 幾ら広大な敷地を誇っている高度育成高等学校と言えども、同じ寮で生活していれば、そりゃある程度は行動パターンが被る確率もある。

 クラスでも目立たない陰キャ男子が他クラスと思われる美人と二人きりで買い物をしている。

 しかもそれが一度と言わず、二度三度も見かけた長谷部は、俺達がカップルでは無いかと疑っていた。という訳だ。

 

 

「水泳の見学席なら周りの目線も殆ど気にならないし、好機だと思ったみたいだよ。やっぱり女の子って皆、恋バナが好きなんだねー」

 

「全員が全員じゃないとは思うけど」

 

「あー神室くんはあんまり興味無さそうだよねー」

 

「まあ、他人の色恋ならね。うん、他人のなら」

 

 

 まあ、改めて考えれば誤解されても無理は無いのかも知れない。何故なら基本的に俺達は、授業以外では常に二人で行動しているのだ。

 学校を探索した時も、真島や茶柱からポイントをふんだくった時も。長谷部が俺達を見かけたであろう、夕飯の買い出しとかも二人で行ってる。

 

 ダメ押しとばかりに、こうして夕食や晩酌は俺の部屋で摂っているのだから、端から見たら殆どカップルに見えるのかも知れない。

 長谷部には否定しておいたが、「またまた〜」とニヤニヤ笑っていたので疑いは払拭されていないのかも知れないが。

 結局、その後。長谷部とは席一つの間を空けながら水泳授業が終了するまで色々と話をした。

 

 

「あとはまあ、雑談みたいな。いや、長谷部の愚痴と言うか相談。の方が正しいかな? そんな事を聞いてたぐらいかな」

 

「愚痴?」

 

「うーん……他クラスの意見も聞いといた方がいいか。なあ、神室くん。例えばの話なんだけども、水泳の授業中に男子が盗撮したり、女子のバストサイズの大きさで賭事をやっていたらどう思う?」

 

 

 長谷部との雑談は恋バナから逸れた後も、ちょくちょく話が色んなところに飛んだ。

 例えばハリソン少年の髪型が変だから直した方が良いと忠告されたり。女子がやっている裏ランキングでかなり悲惨な扱いされてるよ。と誂われたり。常に本を読んでいるけど、何読んでるの? と聞かれたり。

 まあ、そんな長谷部の質問責めが終わったかと思えば、今度はDクラスの男子一同への不満に移り変わったのだ。 

 

 そう、今まさに長谷部が授業を見学している一番の理由である、男子による『おっぱい賭博』の件である。

 

 

「殺す」

 

「ヒェッ」

 

「もしくは切り落す」

 

「ヒェッ」

 

「または握り潰す」

 

「ヒェッ」

 

 

 食後だからか、それともシードルの酔いが回ってイイ気持ちだったのか。穏やかだった神室の表情が瞬時に真顔になり、秒速の殺害予告である。

 いや、うん。まあ、発言はちょっと過激ではあるものの、やっぱり女子目線だと殺意を抱いてもおかしく無いよなぁ。

 

 

「急にそんな馬鹿みたいな質問をしてきたって事は、まさかDクラスの男子がマジでやってるって言いたいの?」

 

「そうなんだよねー多分。盗撮は観客席から堂々とやってる馬鹿が一人。賭けの胴元はイケメンを僻んでいるモテない男子二人。賭けに参加してるのは……ぶっちゃけ、参加していない男子の方が少ない位だね。うん」

 

「私。Dクラスじゃなくて良かったって本気で安心してるわ、今」

 

「だよね、うん。俺もクラス分けとかAクラスの特権には未だに興味無いんだけどさあ。実際、Dクラスで過ごしてると凄いよ? 色々」

 

 

 ここで俺はハンガーに吊るしてあったブレザーの胸元を漁った。

 犯罪者養成施設である高度育成高等学校で生活するに当たって、小型のカメラやボイスレコーダーは必需品だ。常に何個か携帯している。

 俺は制服の胸元に差していたペン型のボイスレコーダーを手に取り、神室に右手を差し出すようなポーズで録音を再生した。

 

 

「これが授業風景。念の為言っておくけど休憩時間じゃなくて、授業真っ最中を録音したものね」

 

 

 録音されていたのは今朝行われた二限の英語の授業風景だ。

 にも関わらず、担当教師の真島先生の声は一切聴こえず、男子生徒の馬鹿笑いや須藤のイビキの音に、女子生徒のキンキンと鼓膜を引っ掻く甲高いお喋りの声。

 

 ここは学校ですか? いいえ。動物園です。

 彼らは人間ですか? いいえ。モンキーです。

 

 そんなジョークが笑えない程の混沌とした有り様である。

 

 

「学級崩壊してるじゃないの」

 

「学級崩壊してるのよ」

 

 

 呆れを通り越して恐れすら浮かんでいる神室の顔を見ながら、俺は嘆息。人前で溜息を吐くなど失礼かも知れないが、どうにも我慢できなかった。

 いや、そりゃ俺だって飲酒密造やらかしてる不良品とは言えども。それでも、何て言うか、こう。

 最低限の外面を取り繕う努力というか……ね?

 

 

「ちなみにAクラスの授業風景は?」

 

「まあ、進学校なら普通じゃない? 流石に隠れて携帯端末弄ってるとかだったら分からないけど、遅刻欠席は皆無だし。授業中の私語も殆ど無いし」

 

「それが普通なんだよなー」

 

 

 多分、こうして一緒にお酒を飲んでくれて話を聞いてくれる神室の存在が無かったら俺はストレスが臨界突破して発狂していただろう。

 その結果は言うまでも無い。自主退学だ。

 

 

「神室くぅん。君の存在は俺の癒やしだよぉ」

 

「……はいはい。嬉しい嬉しい」

 

 

 割と本気の言葉をスルーされた悲しさに落ち込んでいると、マナーモードに設定していた携帯端末が震え出した。

 手慣れた手つきで画面をタッチするとメッセージが届いている。

 送り主は最近仲良くなった、他クラスの女友達だった。

 

 

「私以外のメッセージなんて、珍しいわね」

 

 

 耳元で囁くような神室の声に内心驚きながら、横を向いた。

 先程までクッションに埋もれていた筈の神室はいつの間にやら、ベッドの上へ。俺の隣、ほぼ零距離に座っていた。

 ギシリ。と軋むベッドの音が、どうにも。非常に煽情的に聴こえてしまうのは、俺の心が汚れているからだろうか。

 

 

「ほら、神室くんにも話しただろう? 図書館で読書友達が出来たって」

 

「ああ、エロ本仲間」

 

「語弊が酷過ぎるよ神室くぅん⁉ 俺が好んでるのは確かに官能小説だけども、彼女の好みはミステリー全般だからね。最近は布教の熱意が凄過ぎて辟易してるけど」

 

 

 内心の動揺を顔に出さないように軽口を叩きながら俺はミステリーを熱心に布教する友人へのメッセージを返信した。

 そこまで勧めるなら読んで見るから、代わりに団鬼六の『美少年』を読んでみてくれ。と返したのは、しつこい勧誘に対する俺なりの嫌がらせである。

 まあ、ホモが嫌いな女子はいない。と小耳に挟んだので、多分へーきへーき。

 

 ちなみに俺が官能小説を好んでいるというのは神室にはすっかり認知されている。

 と言うのも、俺が飯を作ってる時に暇になった神室が本棚から手に取った小説が団鬼六の『黒薔薇夫人』だった。というオチだ。

 顔を真っ赤にして俺を変態呼ばわりした神室を見て、エロい身体してる割には初心なんだなぁ。と変に感心したのは記憶に新しい。

 

 

「ねぇ、あんた」

 

 

 返信が終わり、端末を放り投げたと同時に耳元から神室が俺を呼んだ。生暖かい女の吐息が耳元を湿らせる様は、どうにも、こそばゆい。

 

 

「どしたの? 神室くん」

 

 

 俺が振り向くと同時に、視界を覆っている黒一色に染まった前髪のカーテンがふいに掻き上げられた。

 視界いっぱいにアップで映る美少女の顔は仄かに酔いが回っているのだろうか。薔薇の蕾のようにやんわりと色付いた頬。それから潤んだ菫の瞳が印象的だった。

 

 

「前に、女に酷い目にあったのは聴いたけどさ。あんたは別に、女が嫌いってわけじゃないのよね? たまに、イヤらしい目線とか感じるし」

 

「え? いや、まあ教師は論外としても普通に恋愛対象は女の子だけども。って言うか、目線?」

 

 

 唐突だが、もの凄く気になる発言をした神室に俺はちょっと居た堪れない気持ちになる。

 いや、まあ確かに普通に神室の事をエロいなぁ。とは常日頃思ってはいるものの、それでもこちとら元サラリーマン。

 痴漢冤罪や自意識過剰なお局様からのセクハラ犯扱いに怯えながら社会に揉まれた歴戦の男。

 視る時は露骨にならないように気を使っているし、然りげ無さを常に意識していたと言うのに!!

 

 

「普段はそうでも無いけど、酒が入ると結構露骨よ、あんた。胸とか、脚とか……後は、お尻とか。熱い視線、感じるんだけど」

 

「いや、あの、本当に。すみません、ごめんなさい、あの……セクハラで訴えるのだけは勘弁して下さい」

 

 

 ベッドの上で即土下座である。バレてた。

 ものすっごい勢いでバレてた。しかも最後に『お尻』の三文字をやけに強調して言っていたことから、オッサンが尻フェチだと言う事もバレバレな可能性がある。

 もはや恥も外聞も糞食らえ。俺は前世での自分の年齢とプライドを一切忘れて目の前の女子高生に這い蹲って頭を下げた。

 

 

「まあ、あんたと私の仲だから許してあげる。でも、それ他の娘にやったら許されないんだからね?」

 

「ははーー!! ありがとうございます神様仏様神室様ーー!!!!」

 

 

 冷や汗だっくだくになりながらも、何とか許された。俺がペコペコと頭を下げているのと、またしても不意に目の前が明るくなった。再び神室に前髪を掻き上げられたのだろう。

 顔を上げた俺の眼前、紫檀のような滑らかな長い髪をサイドに結んだ非現実的な美貌を持った少女の顔が再び広がっていく。

 

 

「私だから、許してあげたの。それ、忘れないでね?」

 

 

 マシュマロよりも柔らかく、桜の花弁よりも繊細な神室の唇が一言一言放つ度にふるふると形を変えた。

 白魚のような指。という比喩の何と見事なことか。彼女の真っ白い右手から伸びた五本の指が俺の頭を慈しむように優しく撫でている。

 その心地良さに思わず気を緩めていた瞬間、元より近い神室との距離が更に縮まった。

 

 瞳が鏡となり、彼女の紫色の二つの鏡にはハリソン少年の顔が映っている。

 互いの熱い吐息が重なる程の距離なのだ。ふわりと酒気が混ざる神室の吐息は不自然な程に甘ったるく、どこか媚薬めいた薄桃色の霧にすら見えたのはきっと幻影だ。きっと、その筈なのだ。

 

 

「あ、あの。神室くん? ちょーっと距離が近過ぎるんじゃないかなー。なんて……」

 

 

 冗談交じりでヘラヘラと笑ってみせた俺の声など聴こえていないとばかりに、互いの鼻先がくっつきそうな程の距離感のまま。

 神室は蕩けたような表情で俺から視線を外そうとはしない。

 

 コツリ。静かに音が鳴った。俺の額と神室の額が触れ合った音だ。

 彼女の長髪が俺の首筋に乗り、さわさわと愛撫する。

 

 

 「私だから。私だけ……だから」

 

 

 酔いが回っているのだろう。聴き取れない程の小声で何やら呟いている彼女は妖艷であった。

 青い少女とは思えない程にその表情は美麗であった。

 慈愛の籠もった眼差しは優しげで可憐であった。

 こんな美少女とこうして触れ合える俺は、きっと世界一幸運な男なのだろう。

 

 

 

 だから。きっと。見間違いに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんたは……私だけの……」

 

 

 彼女の慈愛に満ちた瞳の奥に、小暗がりのような小さな闇が蠢いているなんて。

 

 きっと、有り得ない話なのだから。

 




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今後の展開について

  • オッサン視点でストーリー重視
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