お許しください。
Looks(ルックス)。
容姿、容貌。人の見た目というのは実に重要な要素だ。
「※ただしイケメンに限る」なんてネットスラングが流行するぐらいに、容姿の良し悪しというのは現代社会において。否、太古の昔から重要視されている。
クレオパトラがその美貌を利用して類稀なる外交センスを発揮したように、その顔の作りや身体つき。第三者から見た外見の価値というものは非常に重宝されるのだ。
それはもちろん女でも男でも変わらない。
男がグラビアアイドルに鼻の下を伸ばすことも、イケメンアイドルグループに若い女性がキャーキャー黄色い声援を送っているのは前世でも今世でも同じ事だ。
グラマラスな美女を遠くから眺めて、あの女を抱いてみたいと男性が劣情を催す事もあるだろう。
筋骨隆々の逞しい男性に本能から惹かれた女性が、あの腕に抱かれたいと妄想する事もあるだろう。
つまり何が言いたいのかというと、男性的、女性的との違いはあれど。
優れた容姿を持つものは周囲の本能を刺激して視線を強く引きつける訳だ。
そしてそれが絶世の。と言葉が頭につくような美貌ならば、もはやそれは狂気を催す凶器と化す。
突き抜けた美貌は、人目を引きつけるどころか。人目を『惹きつける』事になるのだから。
え? 何故、急に脈絡も無くこんな話を始めたのかだって?
それはとても単純な理由である。何故なら……
「キャアアアアアァァーーーッッ‼︎ スッッゴク‼︎ スッゴク‼︎ もうヤバイぐらい最高に、最上に、最っっっ強にカワイイですよ‼︎ お客様‼︎」
「アッハイ」
「うっわ無理ヤバッ‼︎ 美し過ぎて尊過ぎて胸キュンしちゃう‼︎ あかん興奮で涎垂れてきたズジュル‼︎ 少女漫画で憧れた理想のお姫様が私の手で今ここにイイイィィッ‼︎ ウヘヘヘヘ……‼︎」
「アッハイ」
「美しい……余りにも美し過ぎりゅううう……ウェへへ……嗚呼、鏡越しに世界一のお姫様が見てる……私を見てくれてりゅう……幸せ……幸せだよおおおぉぉぉ!!」
「アッハイ」
「嗚呼、鏡に! 鏡に!!」
「アッハイ」
今、正にハリソン少年の美貌でぶっ壊れている人間が間近に居るからだよ!! つーかマジで大丈夫かこの人⁉
南国の高級スパを意識したオシャレな作りの店内で仕事に励んでくれた、担当の美容師は落ち着いた雰囲気を纏った妙齢のお洒落な美人さんだった。
だが幾ら淑女めいた麗人とは言え、大の大人が瞳をキラキラ。を通り越してギラギラと輝かせ、興奮のせいで顔を真っ赤にしては鼻血と涎を垂れ流し、恍惚の笑みで俺を誉め殺している様は、何というか。最早、残念の一言でしかない。
アレだ。もしかしたらSAN値チェックとか必要かも知れない。大丈夫? ダイス振る?
テンションが高いのは大目に見るとしても、発狂染みたトンチキな行動は接客業として非常に不味いと思うの。常識的に考えて。
まあ、アレだ。流石はフィクションの世界、ラノベの世界。
本来なら登場しないようなモブキャラまでも、こんなにしっかりとキャラ付けされてるとは恐れいる。……うん。もうそう言う事にしておこう。
いや、個人的には何で髪を切りに来ただけで、こんな騒がれなきゃアカンのだと割と不服ではあるのだが、ツッコミ入れたところで解決しそうも無いし。
そんな事を考えているせいか、鏡越しに映る俺の瞳は現在進行系で濁りが加速し徐々に死んでいっている。
だが、アッパー状態の美容師のお姉さんはそのままテンションに流されるかのように髪のケアの仕方や、オススメの整髪剤の紹介。そしてドライヤーの当て方やヘアアイロンの正しい当て方ついて、立て板に水。と言う諺が生温く感じる程の機関銃みたいな早口で語り続けた。
アレだ。やっぱり発狂してるだろこの女性。
だが、まあ、それについてはまだ仕事の一環として理解出来る。
明らかに目がイッちゃって、鼻血を垂れ流しながらハァハァと飢えた獣の様な荒い吐息を吐き出している事にも目を瞑って、取り敢えず理解しよう。そこは妥協しよう。
だが、何故この元ゆるふわ系のお姉さんはオススメのブランドの化粧品や、服装のコーディネートまで提案してくるのだろうか?
え? 彼氏がキスしたくなる魅惑のリップメイクのやり方?要らんわそんなもん。
大体カットの最中の雑談で俺の性別は男だと10回以上は説明しただろうに。何だったらこちとら一応彼女持ちだぞ。
……え? いや、違う! 彼氏じゃなくて彼女!! だからカ・ノ・ジョ! って言ってるだろこのアマ!!
まあ、とは言えだ。非常に。非常に不本意ではあるのだが。美容師のお姉さんの反応はオーバーに過ぎるが、全く理解が及ばない。という訳では無い。
美容院。否、ヘアサロンに備え付けられてある大きな姿見に映っている人物。つまり、まあ今まさにカットを終えたばかりの俺の事なのだが。
その姿は輝くような美貌を放つ少女そのもの。
どっからどう見ても、儚げな美少女にしか見えなかったのだから。
汚泥の如きチープな黒染めを落とした事により曝け出された、ハリソン少年本来の髪色はプラチナブロンド。
月明かりを蕩かした様な蠱惑的な色彩を誇る頭髪はショートボブをベースに、立体的な仕上がりとなっている。
奇声を上げながら何やら五体投地を始めるという、あからさまな醜態を現在進行形で晒しているとは言え、美容師の腕自体は確かなのだろう。
レイヤードテクニックを存分に奮い、ナチュラルパーマを最大にまで生かしたふんわりとしたヘアスタイルは、我ながら西洋絵画に出てくる天使の如く神秘的で美しい。
前髪は緩くアシンメトリー状。軽く流しただけの、いっそ寒々しいぐらいのシンプルな作りが素の美しさを最大限に。
つまりはこのハリソン少年の最高の美貌を至高の域にまで引き出しているのだ。
その魅力や否や。一度街中を歩けば男子は新たな恋の予感に胸を高鳴らせ、女子は嫉妬の炎にその胸を焦がしつつも思わず視線を奪われる事、間違いなし。
……って言うかアレだ。この顔で男って我ながら無理があるだろ。どっからどう見ても女だよ。美少女だよ。胸はツルペタだけど、普通にメインヒロイン張れるレベルだよ。嫌だよ、俺。綾小路のTレックスをぶち込まれるなんて。
こんな顔でも前世のオッサンボディよりご立派なTレックスを股座に飼っているなんて、信じられ無いだろ。これで男って詐欺だよ。
「……この顔じゃ、水泳の授業は出ない方が良いよなぁ」
肌も白く、背も低い。バレエで鍛えているので一応腹筋は割れているとは言え、身体つきは華奢。極めつけに顔だけ見れば、そんじょそこらのアイドルや女優が霞んで消える程の美少女フェイスなのだ。
品性の無いDクラスの男子達から女の代用品として視られる可能性は決して低くは無いだろう。
「ハァ……」
キャーキャーと鼻血を吹き出しながらもカシャカシャと勝手に写真を撮って盛り上がっている推定年齢20代後半の残念美人の醜態に頰を引攣らせながらも、俺はそんな事を考えてしまい、重い溜息を吐き出した。
「はぁ……本当に反則よね」
時は放課後。関西を中心に展開しているらしい、ちょっと高級志向で日本茶専門を売りにした某有名な喫茶店の個室にて神室と二人。
懐古的な和の雰囲気を残しつつ、それでいて洗練されたモダンなデザインが特徴の店内には他の客が居ない。どうやら運良く貸切状態のようだった。
ふらりと周囲を見渡せば、奥まった部屋を隔てるよう障子戸やインテリアであろう和紙をあしらった日傘や桃色の蹴鞠。
まるで京都の老舗の喫茶にでも迷い込んだのか。と錯覚してしまいそうだ。
「いや、反則って何がよ」
「その顔よ。腹立たしいぐらいに整ってるじゃない」
「いや、そんな事を言われても好きでこんな女顔になったんじゃないしなぁ」
井草が薫る畳の上に敷かれた赤と青の煎餅座布団の上、俺と隣合うように座っている神室はさっきからこんな調子である。
俺は昼休みから早退して美容院へ向かい、ちょっとした買い物の後にこの喫茶店で神室と待ち合わせをしていた。
ちなみにイメチェン……と言うか髪色を戻して身形を整えた俺を見た時の神室の第一声は「ヤバい」である。仮にも彼氏に対して酷い台詞だと思う。
「ねえ、前々から聞きたいと思ってたんだけど。あんたって自分の顔の事、どう思っているワケ?」
「どうって……無駄に美少女フェイス? モテない男から性的な目で見られないかは不安ではあるよ。特にウチのクラスなら」
「……はぁ」
神室が妙な顔をしながら質問して来たので俺が答えると、ますます彼女の表情が歪んだ。
まるで、とびっきりの馬鹿を見る様な呆れ。
それから奇妙な生命体を見る様な珍妙さ。
ついでにほんの少しの慈愛をごちゃ混ぜにしたような。
そんな、筆舌尽くし難い表情だった。
どんな表情でも彼女の美しさに陰りが見当たらないところが、二次元世界の美少女らしくて何だか感心してしまう。
「そう、よね。あんたはそう言う奴よね。分かってたわよ」
俺の答えに何を思ったのか、何故か神室は意味深な台詞と共に頭を抱えてテーブルの上に沈んでしまった。耳を澄ませば何やら「やっぱり……が……護らなきゃ……」等とぶつぶつ呟いている声が聞こえて来た。
一体全体、どうしたと言うのだろうか。
「あー、神室……じゃなくて真澄くんや。何か俺は変な事を言ったかね?」
「別に、何でも無い。あんたはそのままで良いわよ。私が側に居れば良いんだし」
「うん? まあ、真澄くんが何やら納得してるなら良いんだけどね、別に」
気を取り直したのか、起き上がった神室はジト目でそんな事を言ったかと思うと茶碗に入った抹茶をチビチビと飲み始めた。
紆余曲折あって入学して一月も経たない内に恋人となった俺と神室だが、付き合い始めた事によって二人の関係性が大きく変わったかと言うと、そうでも無い。
そもそも付き合う以前から基本的に授業以外は二人で行動しているし、夕飯は俺の部屋で一緒に食べていた。
俺が密造している酒を外に出すわけにもいかないので、休日にぐだぐだと呑んでいる時だって元々二人で俺の部屋に籠もっているし。
「真澄くん」
「何よ」
「約束の時間までまだちょっとあるし、また何か頼む? ここのお店って雰囲気良いけど一品一品が小さめだから、物足りないのかなーって」
俺は中身がオッサンなのだからあまり褒められた事では無いが当初から神室の事を魅力的な少女だと思っていたので、時たま彼女を邪な目で眺めていたのを否定出来ない立場であるし、神室は神室で見た目によらず俺とのスキンシップを取りたがる娘だ。
俺の髪を掻き上げて頬に触れながら顔を眺めたり、頭を撫でたりするのは日常。酒が入れば抱き着いて来たりもする。
普段のツンツン具合からは考えられない程に、日頃から距離感の近い娘なのだ。
「要らない。夕飯入らなくなっても嫌だし。今日の献立は?」
「まだ決めて無いから手に入る無料商品次第だろうけどね。ちなみに真澄くんは何か食べたい物ある?」
「前に食べたワインの煮込み。赤ワインは不味かったけどお肉は美味しかったし」
「そう来たか……スジ肉は下処理込みで考えるとそこそこ時間がかかるから、牛タンでやってみるよ」
「牛タンって麦飯にトロロをかけて食べるやつ?」
「女性には人気の食べ方みたいだね。まあ、煮込みも凄く美味しいよ。レストランとかでも牛タンシチューとかは割とポピュラーだしね」
「ふぅん」
だからまあ、変わった事と言えば。先ずは互いの呼び方だろう。
原作でもニセコイ関係の平田と軽井沢のカップルが互いを苗字で呼び合っているのがどうにも不自然に感じていたので、取り敢えず身近な所から距離感を変えてみようかと思ったのだ。
俺は神室の事を「真澄くん」と呼び、神室は俺を「ハリソン」もしくは家族が呼んでいる渾名である「ハリー」と呼ぶ。
事になったのだが……
「あんたの作るご飯は大概美味しいから期待してるわよ」
「そうは言っても、この前作った俺特製の山菜定食は食べてくれなかったじゃないか」
「いや、夕御飯に葉っぱ尽くしは罰ゲームでしょ」
「味は美味かったんだけどなぁ」
何故か神室は俺の名前を呼びたがらない。常に「あんた」や「ねえ」と俺に呼び掛け、佐城という苗字すら呼びたがらないのだ。
これについてはちょっとばかし不思議な話ではあるが、まあ彼女の好きにさせておこうと思う。
他に変わった事と言えば、今まで全額俺が出していた夕飯の出費を半額出して(断ったのだが押し切られた)くれるようになったり。
晩酌時に何も言わなくても神室の方から俺にお酌してくれるようになったりだとか。
室内でのスキンシップのバリエーションにキスが加わった位だろう。
勿論、キスと言っても軽いものだ。
互いの唇をふんわりと重ね合わせたり、優しく喰む喰むする程度の可愛い触れ合いの範疇である。実に健全な男女の触れ合いだ。そこにエロティシズムの存在は全く……いや、殆ど無いと言って良いだろう。
まあ実は一回だけ神室の方から舌を絡めて来た事があったのだが。ちょっとばかし俺の方が。と言うか『ハリソン少年の身体』に少々トラブルが起きてしまい、それ以降は行っていない。
それでも時折、神室が俺の唇を眺めながらチロチロと舌を覗かせているのが少しばかり心臓に悪いのだが。
「真澄くんって肉食だよね」
「何よいきなり。別に魚料理でも文句は言わないわよ」
「いや、まあ。そこはどっちでも良いんだけどさ」
付き合い始めたばかりだからデートは放課後の買い出しや、麻雀部にカツアゲしに行く位。
外でベタベタ引っ付き合うのを好まない神室は、道中に手をつないだり腕を組んだり等もしない。
だからまあ、二人の距離感がそこまで大きく変わった訳では無いのだ。
それに、あまり大きな声で言えた事では無い話ではあるのだが、俺としては神室にその気が無くなるまで恋人関係は続けるつもりではある。
あるのだが、このぬるま湯のような二人の関係はそこまで長続きもしない。と、予感しているのだ。
「なあ、真澄くん」
「今度は何よ?」
「真澄くんって、ハリソン少年みたいな顔が好きなの?」
「……いきなり何言ってんの? あんた」
「いや、ふと疑問に思っただけだけども」
その根拠を確かめる為。俺の自己満足の為の唐突な質問に訝しんだ様子の神室だったが、その後は割と素直に頷いてくれた。
「そりゃ、まあ。嫌いだったら態々、彼氏にしたりしないでしょ。見た目だって、恋人にするなら重要な要素なワケなんだから」
そう言う神室の表情が、どうにも渋々肯定したように見えたのがが気にはなったが。
「うーん成るほどねぇ。いや、何。変な事を聞いて悪かったよ真澄くん。この男の娘フェイスも真澄くんみたいな美人さんに好かれるなら悪くも無いのかもね」
「別に……私は、顔だけであんたを選んだ訳じゃない」
「ははは。そう言ってくれるだけでも有難いよ」
普段のスキンシップで良く俺の顔を眺めている事から、薄々気付いてはいたが神室はハリソン少年の整った顔が。
もっとはっきり言ってしまえば男の娘フェイス。つまり女性として魅力的なこの顔が気に入っているのだ。
そして原作知識。神室は口では何だかんだで坂柳に文句を言っていたが常に三歩下がっては陰日向と彼女を支えていた。
そして言うまでも無く、ラスボス兼サブヒロインポジションでもある『坂柳 有栖』は超がつく美少女である。
俺が憑依した後は遠目からチラッとしか見た事しか無いが、それでも童話に出てくる妖精のような美しいニンフェットだった。
以上の事から、俺はある一つの推測を立てた。
美少女フェイスの俺に惹かれ、原作では甲斐甲斐しくホワイト・ロリータの世話を焼いていた神室の行動から導き出される結論は一つ。
つまり、『神室 真澄』は百合っ娘だったんだよ!!
「ふふん……我ながら自分の頭の冴えが恐ろしくなって来るぜ」
「急にドヤ顔になったと思ったら、何を訳の分からない事を言ってんのよ。あんた」
「今の俺はちょっとばかし難事件を解決した気分なのだよ真澄くぅん」
「あんたって、酒が入って無い時でも定期的におかしくなるわよね。もう慣れたけど」
何か隣から辛辣な言葉を投げかけられたような気もするが、気にはしない。
神室が潜在的に百合の気。つまり同性愛の趣向があると考えれば、態々こんな顔だけ美少女の面白ナマモノであるハリソン少年に好意を持った理由も理解出来る。
そしてその好意と恋愛感情が長続きしないであろう事も、自ずと予感出来るという訳だ。
今はまだ付き合い始めたばかりだが、時が経つに連れて二人の仲が進めば、もっと深いコミュニケーションを取る事になるだろう。
つまりその工程で、互いの性をより強く意識する時期が。もうぶっちゃけて言うが、性的愛撫や性交渉と言った段階まで進んでしまえば、嫌でも互いの性別をハッキリと意識する筈だ。
恐らくだが、神室自身は今の段階では自分に同性愛の気がある事を気付いて居ない筈である。
女好きだった前世の後輩も酔った勢いでニューハーフヘルスに突撃してドハマリ。
その後は紆余曲折あって屈強な男性が好みの同性愛者へと変貌していたし。
あまり知られていない事だが、同性愛や両生愛の趣向と言うのは必ずしも先天的な物では無い。産まれた時から暫くはストレートでも、その後の経験や事情によって同性愛や両生愛に目覚めた。なんて体験は良く聞いた話だ。
一部のデータによれば、全人類の凡そ10〜20%はLGBTに属する。なんて話もあるのだ。
そう考えれば、神室がそう遠くない内に俺から離れようとするのは予測出来る事だろう。
「男の娘キャラの悲しい宿命……か」
男の娘キャラはその愛くるしさから女性に嫌われ難いが、やはり容姿が容姿。異性として好かれる可能性は殆ど無いと言っても良いだろう。
現に様々なラノベに登場する男の娘キャラはサブヒロイン扱いされる事はあっても男扱いされる事は滅多に無い。
Dクラスにおいても『沖谷 京介』という男の娘が在籍しており、時たまギャル系女子達から弄くり回されているが男としては見られていない。
そう考えれば、神室との関係が解消してしまえば俺に恋人が出来る確率は皆無となるのだが……まあ、いいか。
別に未成年の間の恋愛にそこまで興味も無いし、何時退学するかも未だ目処が立っていない。
そもそもこうして神室と知り合い、光栄にも恋人関係になった事自体が奇跡のような幸運なのだから、この幸せを噛み締めるべきだろう。精々、直ぐに捨てられないように彼女に尽くすべきなのだろうか。
前世でも大学時代に彼女が居たことはあったものの、惚れた腫れた。と言うよりもハメた爛れた。な健全なお付き合いとは正反対の肉欲に溺れたような関係ばかりだったので、男女の清いお付き合いの仕方等、いい歳こいて良く分かっていないのだから情けない話である。
「ねえ。呼び出した相手って本当に来るワケ?」
俺が自分の情けなさに勝手に落ち込んでいるも、神室がそんな事を聞いて来た。
ふと携帯端末で時刻を確かめると、待ち合わせ時間の18時まで後僅か。と言ったところ。
「まあ、来るか来ないかは半々って所かな。でも手紙はしっかりと昨日の内に相手の机の中に入れておいたから、呼び出しに気付かない。なんて事は無い筈さ」
そもそも、何でたかが散髪する為に態々午後の授業を丸々サボったかと言うと、今日この場所にて放課後の時間帯に、とあるクラスメイトと交渉をする予定があったからだ。
まあ先程、神室にも説明した通り相手側としっかり約束をした訳では無いので、絶対に来てくれるという確証は無い。
同じDクラスの生徒とは言え、互いの連絡先すら知らないのは互いにコミュ障の陰キャ同士なのだから致し方あるまい。
と言うわけで俺は昨日の放課後、態々教室から人が居なくなる最終下校時刻ギリギリまで図書館にて読書友達と時間を潰した後に、誰にも見られないように交渉相手の机の中に呼び出しの手紙を仕込んだのだ。
「相手が怪しんで来なかったらどうするのよ。また別の日に呼び出すつもり?」
「いやーその時はプランBだね。暫くの間は放置して、然るべき時にまた声をかける。具体的には……7月に入ってからかな」
今回俺が考えている金儲けは今までとは少々趣きが違う。学校側と交渉したり、麻雀で荒稼ぎするのとは何が違うかと言うと、今から行う交渉が仮に上手く行くと、確実に原作ブレイクを起こすからだ。
今回はそれなりに考えた作戦なので、相手が交渉の席に着いてくれて、尚かつ聞く耳さえ持ってくれれば計画はきっと上手く行く。
百万単位の大金が手に入るだろう。
「また中途半端な時期ね。何企んでるのかは知らないけど」
そして仮に、今回の交渉をバックレられたり、断られたりしてもリカバリーは可能だ。
単純な話、原作通りにイベントを起こして貰って美味しい所で俺達が勝手に首を突っ込めばいいだけ。俺の予想が正しければ仮に原作通りに進んだとしても、神室と合わせて20〜40万ポイントはふんだくれる算段である。
「なーに。仮に今回の交渉がお流れになったとしても真澄くんには損はさせないよ。ちょいと儲けは減るかも知れないがね」
「はいはい。私はあんたに黙って付き合えば良いんでしょ」
「真澄くぅん! 物分かりの良い恋人を持てて俺は幸せ者だよー!!」
「調子の良い事ばっかり言って」
そんな軽口を叩いていると、襖越しに声が掛かり、スッと滑るように障子戸が僅かに開いた。
この部屋を案内してくれた着物姿が艶やかな和風美女が、待ち合わせのお客様の来訪をお知らせしてくれた。
俺は咄嗟にハリソン少年(明朗な姿)の仮面を被って応対。柔らかな笑みを意識しながら客人を案内して欲しい旨を伝えた。
小豆色の小洒落た上着を羽織った女性店員は我が担任教師よりやや歳上に見えた。だがその頬がまるで咲きたての桜のように色づく様は、慎ましやかな少女のように可愛らしく見える。そう感じたのは俺の内面が歳食っているからだろう。
頭を下げる女性に俺は柔らかな声で「有難う御座います」と礼を告げると、彼女はほぉっ。と色っぽい吐息を一つ吐き出して、やや名残惜しげに静々と襖を閉め、やがて店の奥へその影も消えて行った。
「さて、真澄さん。いよいよ交渉ですが基本的にはボクが喋りますのでお任せ下さい。貴女はあくまで相手方が緊張しない様に……あの、聴いてます? 真澄さん? 何故ボクを睨んでらっしゃるのですか?」
「あんた。あっちこっちに色気振り撒くんじゃないわよ、この女たらし」
「ちょっと何言ってるか分からないんですけど⁉」
何故か急激に機嫌が悪化してしまった神室にワタワタしている内に、「失礼致します」と言う店員の声と共に再び障子戸が開いた。
先程と違い、大きく開いた戸の向こうには店員だけで無く、俺が呼び出した張本人である女子生徒の姿。だけでは無く、彼女の付き添いと護衛役だろう。
一組の男女が彼女を護る様に挟み込んでいる。その内の一人は予想通り、俺の数少ない友人の一人だった。
彼女は俺の姿を見て、大きく目を見開き慌てた様子で口を押さえている。どうやら身形を整えた効果は抜群のようだ。
そそくさと店員が去って行く事を確認した俺は、先ず手紙で呼び出した無作法を詫び、三人に席を勧めた。
小ぢんまりとした個室とは言え、座布団の数から考えて六人までなら問題なく快適に過ごせるだろう。
俺はクラスで最も親しい友人に。それから護衛役であろうほぼ初対面の男子生徒にも。
それに、何より。本命である、交渉相手の女子生徒に向かって今まで培った演技力の全てを総動員。
ふんわりと優しい、まるで包み込むような柔らかな微笑みを意識して、邪念を一切感じさせない真心込めた挨拶と共に深々と一礼した。
「お越し頂きまして誠に有難う御座います。本日は双方にとって有意義なお話になる事を御約束致します。ですので、どうか。どうか最後までお話を聴いて頂きたく存じます。
宜しく、お願い申し上げます。ね?
『長谷部 波瑠加』さん。『三宅 明人』さん。
そして……。
『佐倉 愛里』さん。貴女様には、特に。ね?」
頭をゆっくりと上げた俺は、常日頃から護身の為に持ち歩いている黒無地の鉄扇を広げて口元を隠してから大きく舌なめずり一つ。
さてさて、久々に金稼ぎの為に頑張りますか。
真っ赤な顔のまま呆然として此方を見詰める佐倉の姿を眺めながら、俺は久々に全力で舌を回す準備を始める。
4月の最終日。放課後の時刻に起こした、この小さなイベントが、Dクラスに果たしてどの様なバタフライ・エフェクトを巻き起こすのか。
今はまだ、俺にすら想像が付かなかった。
感想、高評価、語次訂正。本当にありがとうございます!!
お陰様で総合評価10000超えました!!旧作超えました!!
読者の皆様ありがとうございます!!!!!!
今後の展開について
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オッサン視点でストーリー重視
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他者視点重視。イベントの裏側を解説