飲まなきゃやってられんわ、こんな教室。   作:薔薇尻浩作

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プロローグだから短いです。
せめて月内には投稿をと……あ、タグに勘違い追加しました。


綾小路視点【奇貌 1】

 

 

 

 フリードリヒ・ニーチェは著書『善悪の彼岸』にて、こんな言葉を書き記している。

 

「怪物と戦うものはその過程で自らが怪物とならぬよう気をつけよ。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」

 

 その言葉が正しいのならばきっと。

 今こうして俺が覗き込んでいる二つの眼球の奥に広がる深淵は、文字通りに俺の心の奥底、脳髄の深くまで覗き込んでいると言いたいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん〜?」

 

 

 ゆらりゆらり。夢遊病患者の様に身体をふらつかせながら此方に近付いてくる少年の顔は、何度眺めても見慣れない。

 美人は三日で飽きる。そんな言葉を残した人間は、どうせ本当の美人と言うものを見たことが無いのだろう。

 

 俺の目の前には居る。本物の『美』が。

 ふらふらとした足取りで、満月の下、匂い立つ美貌を撒き散らしながら、まるで陽炎のようにその輪郭をふわふわと透かしながらも俺の目の前に、こうして今。

 

 

「ちょーっと……きよぽんの言ってる事がぁ……分っかんないなぁ。ごめんねぇ。俺ぁ、あんまり頭が良い訳じゃあ、無いからさぁ」

 

 

 ニヘラ。と力無く笑う目の前の美貌は相変わらずの凶器。狂気的な凶器だ。

 白鳥の翼のような睫毛の下でキラキラと輝く蠱惑的な紫色の一対の瞳は、まるで最上級のブラックオパールのように、角度によって見る者に対してその色合いを極彩色の万華鏡の如くクルクルと変化させる。

 生暖かい風に乗って立ち上る目の前の美少年から香る酒精に混じり、官能的なまでに甘ったるく、それでいて初夏の緑のような瑞々しく爽やかな芳香が鼻を擽る。

 嗚呼、そう言えば彼は香水を作るのが趣味とか言っていたな。Dクラス一の人脈を誇る櫛田がそんな事を言っていたのを思い出した。

 

 

「きよぽんには、何度か自己紹介したぁ、つもれ……つもり。うん、つもり。だったんだけどなぁ、アレだよ。ほら」

 

 

 酔いのせいか、それとも夏の兆しを見せるじんわりとした暑さのせいか。

 頬を赤くした目の前の美少年はじんわりと汗ばんでおり、絹糸のような前髪が額に何本か張り付いている。

 

 その表情。その瞳。その髪。

 その顔。その身体。その全てが。

 

 存在全てが、美しい。

 最早動く事も無いだろうと、とっくに見切りをつけていた俺の凍り付いた情動が熱に浮かされ、絆され、溶かされていく。

 暴力だ。圧倒的で、徹底的な。

 全てを屈服させ、全てを魅了させ、全てを支配する、美貌と言う名の暴力の化身。

 

 目の前の美神は、どんな宝石よりも美しい紫水晶の瞳に俺の顔を写しながら、夢見るような心地で言葉を紡いだ。

 

 

「俺の名前は、佐城だよ。佐城 ハリソン。あ、サジョウ。じゃないよ? 山内の馬鹿みたいにさぁ、何度も間違って呼ばないでくれよなぁ? きよぽんく〜ん」

 

 

 どこか小馬鹿にしたような言葉と表情すら薄気味悪くなるほどに美しい。月明かりの下、目の前の少年は右手に抱えていたペットボトルを徐ろに開けた。

 中に入っていた無色透明の液体を二、三度口にするとホォッと生暖かい吐息を吐いた。

 媚薬めいた彼の香りが強くなると同時に、ますます酒精の香りも鼻に刺さる。どうやら中身は酒のようだ。

 無色透明の蒸留酒。麹の香りがしない事から考えて、中身はウォッカかウィスキーの原酒だろうか。あくまで書物の知識でしかない俺のこの推理がどこまで当たっているかは確かでは無い。

 流石のあの白い部屋でも未成年に飲酒を強要する事は無かったからだ。上流階級の社交に向けて、無駄にワインの種類や香りについて叩き込まれた事をふと思い出した。

 

 

 こくりこくり。と。真っ白い喉が鼓動のように鳴り響くと共に可愛らしく振動していく。

 

「ん……」

 

 

 唇の端からトロリと零れ落ちたアルコールの雫を掬う為、肉厚の舌が蛇のように顔をだして薔薇よりも濃厚な朱に染まった唇を艷やかに照らし出す。

 ゴクリ。思わず唾を飲み込んだ俺には、同性愛の気質など無いはずだ。

 ……嗚呼、違う。そうじゃないだろう。

 オレは魅了から覚める為にも大袈裟に一つ頭を振った。

 

 全く持って不本意な事に、気を強く持っていないと、ほんの一瞬の一挙一動に目を奪われてしまいそのまま見惚れてしまうのだ。

 

 目に毒。と言う言葉すら生温い。目の前の少年はある意味では俺の天敵かも知れない。

 そう、敵だ。目の前の存在の正体を確かめるまで、俺は決してコイツに気を許してはいけないのだ。

 

 

「……なぁ、違うんだ。俺は『お前』の名前を聞いているんだ。佐城の名前を聞いているんじゃない」

 

 

 そう。唯でさえ目の前に佇むこの美少年は、俺の父親が解き放った刺客の疑いがあるのだから。

 

 

「ん〜? だぁかぁらぁ……佐城 ハリソンだってばぁ……人の話はちゃあんと聞かなきゃダメダメよ〜? きよぽんくーん」

 

 

 幼子のように頬を膨らます事で不満を表した少年は、ズイッと俺との距離を詰めると徐ろに白魚のような人差し指で、のの字を書くように俺の右胸をなぞり始めた。

 無駄に蠱惑的で、色仕掛けめいた少年の行動にオレは怯みつつも、全力で思考に耽っていた。

 

 

 教室での高円寺以上に唯我独尊じみたあの様子。恋人であるAクラスの生徒、神室といる時の表情の変化。

 つい先日に俺と堀北と対峙した時の、まるで羽虫を見るような冷たい瞳。

 

 そして何より、職員室でのあの一件。

 

 茶柱先生が退学を仄めかしてまで俺と堀北に強く口止めした、『あの事件』の時の彼の異常なまでの変貌。

 まるで人が変わった様な……否。本当に入れ替わったであろう、あの瞬間。

 

 

「そうか。分かり辛いなら言葉を変えよう。俺はお前の名前を。お前の正体を知りたいんだ……」

 

 

 きっとその正体に気付いているのは教師陣を除けば、俺と件の恋人である女子生徒だけか。

 いや、堀北も地頭は悪くない。むしろ潜在能力という観点ではかなり高いモノがあるので、遠からず気付くだろう。

 

 

 美の化身の奥に潜む、狡猾な化け物の姿に。

 

 

「お前は誰だ? なぁ。佐城 ハリソンの身体に隠れているお前は一体誰なんだ?」

 

 

 解離性人格障害。

 

 強いストレスによる精神の防衛反応によって生まれる精神障害。

 ホワイトルームで腐る程見てきた、心が壊れた人間の成れの果て。

 

 俺のその言葉を聞いた瞬間。

 動作も。言葉も。音も。

 

 全てが静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嗚呼……。

 やっぱり……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君のような勘の良いガキは嫌いだよ」

 

 

 見る者に極彩色の幻覚を見せる宝玉のような瞳に。

 どす黒い深淵が渦巻いては俺を覗き込んでいる。

 

 女神のような美少年の皮を被った異形の怪物が、能面のような無表情で俺を覗き込んでいる。

 

 

 ぐるぐると雲が渦巻く五月の夜。

 長いようで短い。短いようで長い。オレとヤツとの因縁の日々は。

 狂気的に輝く満月の下の出来事から始まったのだ。

 

 

 

 

 

今後の展開について

  • オッサン視点でストーリー重視
  • 他者視点重視。イベントの裏側を解説
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