飲まなきゃやってられんわ、こんな教室。   作:薔薇尻浩作

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綾小路視点は一旦ストップなので初投稿です。


綾小路視点【奇貌 4】

 

 Dクラスの朝は騒がしい。

 厳密に言うと別に朝だろうが昼だろうが授業中だろうが休憩時間中だろうが常に騒がしいのだが、それにしても今朝の盛り上がりは異常である。

 昼前に三回目の水泳授業が控えているから。と言う理由もあるだろう。現に池から誘われているDクラスの男子グループチャットで、新たなおっぱい賭博のオッズ表が公開されており、新たなベットを募っていた。

 

 だがしかし、今朝に限っては女子の瑞々しい肉体を拝めるサービスタイム以上にDクラスを騒がせている事情があるのだろう。

 

 

「おいコラ!! 貞子おおおおおぉぉぉ!! 何でお前みたいな根暗野郎がリア充になってんだよおおおおおおぉぉぉ⁉」

 

 

 Dクラスに響き渡るのは、血涙を流さんとばかりに顔面を崩壊させた山内の怨嗟の声。いや、もはや絶叫だった。

 そんな叫び声を上げている本人は窓際最前列の机の前で、席の持ち主を取り囲む野次馬の一人となっている。

 山内以外にも何人もの男女が絶対に逃さんとばかりに一つの席を囲っては、たった一人の生徒に詰め寄っている様子だ。その熱気たるや、呆れを通り越して若干の恐怖を覚える程に凄まじいものがあった。

 山内に追従する池はもちろんの事、菊池や本堂、鬼塚も南も。女子は軽井沢や篠原を中心とした比較的目立ちやすい女の子達を筆頭にグループ全員で大集結している。

 

 

「ねえねえ貞子くん!! Aクラスの女の子と付き合ってるって本当⁉」

 

「どういう経緯で知り合ったワケ⁉ 軽井沢さん達に次いでまさかのカップル誕生とか!!」

 

「もうデートとかしたの⁉」

 

「良かったねーキミみたいなのと付き合ってくれる変り者がいてー。なんて言うんだっけ? B専?」

 

「ま、まあ。地味な人が好きって娘もいるんじゃない? 多分」

 

 

 最後尾の席に座っている俺の席まで届く姦しい女子達の黄色い声。多分な好奇心の中に、ほんの僅かな嘲笑が混じっている気がするのは考え過ぎだろうか。

 オレの思考が捻くれているだけなのだろうか?

 

 

「あ、あの……ボクの名前は佐城なんですけど……」

 

 

 喧騒に混じり、ポツリと静かな声が漏れ出るように零れ落ちた。

 大衆の熱気に怯えているせいなのだろう、どこか震えが残るウィスパーボイスは存外に耳心地が良く、男のものとは思えない程に澄んだ声色である。

 俺の席順からでは声の主は、老人のようにひん曲がった丸い背中しか見えないが、その陰鬱たる外見からは想像もつかない程の澄み切ったボーイソプラノだった。

 

 

「お前の名前なんかどうだって良いんだよ!! どんな手を使って女の子を手込にしたんだ! 言え⁉」

 

 

 だが悲しいかな。彼のたった一言の抵抗はあっさりと切って捨てられ野次馬共に踏み躙られた。

 山内は佐城の机に両手を力強く叩きつけた。バチンと激しい音が立つと同時に衝撃で机の脚が一瞬浮いたのが見える。

 身勝手な嫉妬と理不尽な憤怒で皺くちゃになった山内の顔面の迫力のせいか、それとも自分より背の高い男子生徒に詰め寄られた事による恐怖か。佐城は小さく「ひぃっ」と消え入るような悲鳴を上げると、まるでダンゴムシのようにその背を丸めて身を竦めた。

 

 クラス内でも目立たない、友人も一人も作らず、本名すら禄に知られていない。そんな孤独で哀れな佐城という男子生徒。

 そんな彼が実は他クラスの少女と恋人関係にあった。という衝撃の事実が判明したのは、つい先程の話だ。

 

 何の偶然か、その『恋人本人』からのまさかの告白を櫛田と共に耳にしたのは、時間にして僅か十五分程度前の話。

 たった十五分。その短い時間であっという間に広まった衝撃のニュースはDクラス中を震撼させ、大衆の興味と好奇心をコレでもかと煽った。

 

 その結果があの集まりなのだろうが……。

 

 

「煩わしいわね」

 

 

 隣人の堀北が思わずといった様子で吐き捨てた。

 先程までは読書に勤しんでいたのだが、こうも騒がしいと集中出来なかったのだろう。鋭い視線に侮蔑と怒りを込めて騒ぎの中心である最前列の人集りを睨みつけている。

 

 

「なんと言うか。佐城も大変だな」

 

 

 これがオレの素直な感想だった。

 

 恋人を作った。

 ただそれだけで今まで禄に口を聞いたことも無いであろうクラスメイトに囲まれて集団リンチの如し勢いで質問攻め。

 しかも今では何故か女子生徒を中心に心無い暴言混じりの嘲笑まで浴びせられている。

 

 

「お前、絶対に何か悪い事して女の子の弱味でも握ったんだろ!! 」

 

 

 山内が煽るようにして叫んだ。曰く、悪い事でもしなければお前のような根暗に女の子が寄って来るわけがある筈が無い。との事だ。

 自称、中学時代に告られまくった恋愛マスターの御言葉に信憑性など全く感じられなかったオレだが、群衆状況特有の熱気と勢いのせいなのだろうか。佐城の席を囲んでいる面々は山内の意見に感化されてしまったらしい。

 

 

「まさか、盗撮とかして『ゲヘヘ……これをバラ撒かれたくなければ……』みたいに脅してエロい事したんじゃないだろうな⁉ エロ同人みたいに!!」

 

「女に相手にされねーからって無理矢理襲いかかったんじゃねーだろうな?」

 

「いやいや……流石にソレは無いよね?」

 

「でも、なんか理由が無いと不可思議じゃない? 態々、あんなのを彼氏にするなんて」

 

「言えてるー。絶対に何か悪い事したでしょ貞子くん」

 

「犯罪はダメだよー貞子くん」

 

 

 どうやらあの集団の中では佐城は女性に対して破廉恥な犯罪行為を行い、被害者の弱味に漬け込んで男女交際を迫った鬼畜という事になったらしい。もはや偏見暴言レッテル張りまで何でもありだ。

 ここまで来ると好奇心という言葉を悪用した単なるイジメでは無いだろうか?

 

 

「あなたのお友達は盛り上がっているようだけど、あなたは参加しないのね。綾小路くん」

 

 

 ぼんやりと騒ぎを眺めていたオレに珍しく声をかけて来たのは堀北だった。

 どうやら騒音を通り越して爆音となりつつあるクラスメイトの騒ぎに読書を諦めたらしい。

 人嫌いで素っ気ない態度がデフォルトの彼女にしては珍しく文庫本を閉じて顔をこちらに向けていた。

 

 

「参加しない。と言うか流石に山内のあの悪ノリには着いていけないからな」

 

 

 紛れもないオレの本心だった。

 山内はオレの友人ではある。が、佐城の恋人疑惑の騒動が始まってからのアイツのテンションははっきり言って異常だ。

 

 もちろん年頃の高校生が異性に興味を持つ事は当然だと思うし、オレだって彼女が出来るなら欲しいと思う。例えば櫛田とか。

 恋愛事に興味を引かれるのは分かるし、先んじて恋人を作った人間の話を聞いてみたいと思うのも分かる。

 

 

「山内は確かにオレの友人だが、今のアイツは暴走している。巻き添え食らって同じような人間だと誤解されたく無い」

 

 

 だが、今の山内は興味のベクトルと言うか、心の持ちようがズレている。

 嫉妬のせいなのか、何なのかは定かでは無いが、好奇心よりも攻撃性が顕著に現れてしまい、今ではすっかり佐城を貶める事が目的にすげ変わっている気がするのだ。

 

 

「友人をあっさり見捨てる薄情さはともかくとして。態々、心配しなくても綾小路くんの品性の無さと人格の悲惨さはクラス中の女子生徒に知れ渡っている筈よ。それこそ山内くんと同レベルでね」

 

「……いくら何でもその言いようは酷くないか?」

 

 

 久々にまともに話しを出来るかと思ったら初手から人格否定だ。これぞ堀北節だと納得してしまっている自分がすっかり調教されてしまった犬のようで嫌になる。

 そもそも、クラスの女子にオレが何かした覚えは無いのだが。

 

 

「女子生徒の胸囲サイズで賭事をしている性犯罪者予備軍がまさか女子から好意的な目で見られるとでも思っているのかしら? 未成年であって、ここが閉鎖的な学校だからこそ訴えられていない事を自覚しなさい」

 

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 

 ぐうの音も出なかった。

 いや、だってあの時は友達いなかったし、断るのもせっかく誘ってくれた池や山内に悪かったし。それに、何だかんだ言ってあの、おっぱい賭博が切っ掛けで友人となった三バカの面子以外にも何人かの男子とは顔見知り以上の仲にはなれたんだ。

 代償として女子からの好感度はガッツリ落ちた気もするが。

 

 と言うか友人の居ない筈のエターナルぼっちである堀北が何故、クラス中の女子の好感度なんか知っているのだろうか?

 

 

「普段はいがみ合っていても人間は共通の敵が現れると一時的にでも互いを利用しあうものよ。それが、性犯罪者という全女性から蛇蝎の如く嫌われている汚物ならば、駆逐する為にはどんな手だって使うでしょうね」

 

「心読むなよ」

 

「あなたの低能さが透けて見える無表情が分かりやすいだけよ」

 

 

 取り敢えず、後で今後のおっぱい賭博からは手を引く旨を男子のグループチャットに書き込んでおく事をオレは決心した。

 

 

 

「ねえねえ! 早く答えてよ! 教えて教えて!!」

 

「まあ、貞子くんには全然興味無いけど、君みたいなのを彼氏に選んだ、変わり者の彼女さんの名前ぐらいは知りたいよねー」

 

「ねーねー写真とか無いのー? 早く見せてよー?」

 

「ちょっと、山内くん邪魔っ!!」

 

「だ、だから俺は嘘なんて……痛ぇっ!! ちょ、ちょっと押すな、痛い痛い痛いっ」

 

「彼女さんってAクラスの娘なんだよね? 名前教えてー!!」

 

 

 

 堀北の言葉のナイフにオレが切り刻まれている間にも、佐城の席の包囲網はますます熱を帯びていく。

 山内は普段の嘘付きが祟ったのか集団の中心から弾き飛ばされ、今では女子達が核となって噂の恋人の姿を暴いてやろうと躍起になっているようだ。

 

 確かに現時点のDクラスにおいて佐城の恋人である神室の顔を知っているのはオレと櫛田だけだ。

 恋バナが好きな女子からすれば妬み僻みを孕んでいる男子達よりも好奇心を刺激されて仕方ないのだろうが……

 

 

「どうしてそこまで他人の恋愛事情が気になるのかしら?」

 

 

 ポツリと。何の他意も含まぬ純粋な疑問の言葉が堀北の口から呟かれた。

 

 

「女の子は皆、恋バナが好きなものなんじゃないのか? 平田と軽井沢が付き合った時だって凄い騒ぎになったじゃないか」

 

 

 クラスのリーダー『平田 洋介』と女王の貫禄を醸し出す『軽井沢 恵』のDクラス一のビッグカップルが誕生した際の騒ぎ様を思い出してオレは答えた。

 あの時も何だかんだ言って、男子よりも女子達の方がキャピキャピと大盛りあがりしていた記憶がある。

 

 

「あなたの低能な主観と視野の狭い思い込みで勝手に一括りにしないで欲しいわね。私は好きで一人でいるの。他人と、特に愚かで能力の低い人達と性別が同じというだけで同類扱いされるのは不愉快よ」

 

 

 愚かで能力の低い人達。

 その発言の際に堀北の瞳が特に大声で騒ぎ立てている軽井沢や篠原の方を鋭く貫いていたのが印象的だった。

 

 

「少なくとも堀北は色恋沙汰には興味が無いみたいだな」

 

「他人に時間を費やすくらいなら、その時間を自分自身の能力を高める為に費やすべきよ」

 

「まあ、そうかも知れないな。オレも正直言って、何であそこまで盛り上がっているのかは共感出来ない」

 

 

 ストイック極まる堀北の信条はさて置いて、オレは素直な気持ちをそのまま口に出した。

 すると堀北は意外なものを見たように、ほんの少しだけ瞠目した。

 

 

「……意外ね。あなたの様な頭の軽い人間は、てっきり低俗な会話が大好物だとばかり思っていたのだけど」

 

「オレの頭の重量はともかくとして、多少の興味を引かれるのは否定しない。だけど、なぁ」

 

 

 例えばこれが佐城の話で無く、友人である山内……はどうせ嘘だろうから除外するとして、池や須藤に恋人が出来た。という話だったら、オレももう少し興味が引かれていたのかも知れない。

 唯一の女友達である櫛田や、好感度は別として良く話す間柄である堀北が対象だったとしたら、根掘り葉掘り質問攻めにしていたかも知れない。

 

 

「喋った事も無いし、もっと言うなら髪の毛のせいで顔すら知らない赤の他人だぞ? 顔見知りですら無い人間の恋愛事情で何故あそこまで盛り上がれるのかは、本当に不思議だ」

 

「それには同意見ね。少なくとも私が知る限りでは……佐城くん? だったかしら。彼がまともにクラスメイトと交流を図っているところは見た事が無いわ」

 

「平田や櫛田が声をかけても反応が悪かったみたいだしな」

 

 

 だが、件の佐城という少年はほんの先日まで本名すら知らなかった、ただ同じ教室で過ごした他人でしか無い。

 ましてや佐城本人の話ならばクラスメイトという同じコミュニティで過ごすという共通点がある為に切っ掛けさえあれば交流を持とうと好奇心が刺激される事もあるかも知れない。

 だが、佐城本人では無く、その恋人。しかも他クラスの人間だ。

 何故、彼ら彼女らはそんな関係性すら定かでは無い赤の他人の事を知りたがるのだろうか。

 

 

「それに、変な忠告もされたしな」

 

 

 ふと黒板より少し上に取り付けられている壁掛け時計に目をやると、時計の針は五分程進んでいた。

 

 

「忠告?」

 

「ああ。佐城の彼女と偶然顔を合わせる機会があってな。その時に妙な忠告をされた」

 

「……あなた、噂の彼女と会っていたの?」

 

「偶然だけどな」

 

 

 今から約二十分前。ほんの二、三分にも満たない短い会話の中。

 佐城の恋人である神室は妙な言葉をオレと櫛田に残していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「付き合ってるわよ。これで満足?」

 

 

 ツンと突き放すような刺々しい口調で、まるでつまらない事でも言うような気軽さで。

 話題の中心にあった女子生徒『神室 真澄』はあっさりと交際を認めた。

 

 

「ま、マジで!? い、いや、神室ちゃんって今まで誰が、Dクラスの男子と付き合ってるのか? って聞いても誤魔化してばかりでハッキリ答えて無かったじゃん!」

 

「はぁ? 何で私のプライベートについて、たかがクラスメイトに親切丁寧に教えてあげなきゃいけないわけ? 橋本、あんた何様?」

 

「い、いやぁ。まぁ確かにそうだよな。ごめんごめん、許してくれよ神室ちゃん」

 

「その呼び方止めて。ちゃんづけ、普通にキモいから」

 

「アッハイ」

 

 

 Aクラス同士、気安い仲なのだろうと勝手に勘違いしていたが、どうやらそれは違ったらしい。

 橋本は最初の方はヘラヘラとした態度で頭を下げて気不味い空気を曖昧にしようとしていたが、神室の鋭い眼光と素破な態度、氷の様な冷やかな言葉に、とっととやり込められてしまった。

 そう言えば橋本はオレと会った当初、神室とはそこまで親しいわけでは無いと言っていた。と言うか、神室の視線からは明らかな嫌悪の色が透けて見える。

 個人的に橋本に恨みでもあるのだろうか?

 

 少し話しただけの間柄だが橋本という男はかなり頭の回転が早く、他者とのコミュニケーション能力に優れている。

 そんな彼に負の感情を向けている神室は、橋本と個人的に何か確執のようなモノがあるのかも知れない。

 

 

「で、コソコソ人の事を嗅ぎ回っていたお二人はこれで満足した?」

 

 

 菫の瞳がオレ達を射抜く。その態度は確かに堀北のような他人を寄せ付けない攻撃性を孕んでいる。

 

 尤も、今回に関してはオレ達が悪い。

 好奇心のままに顔も知らない女子生徒のプライベートを詮索していたのだから、目の前の神室の刺々しい反応も当然と言えよう。取り敢えずオレは素直に謝る事にした。

 

 

「ああ、その。不愉快な思いをさせて済まない。オレは綾小路 清隆だ。櫛田や佐城と同じDクラスの「興味無い」アッハイごめんなさい」

 

 

 ……橋本の時以上の凍りつかんばかりの極寒の対応だ。

 何と言うか、堀北に暴言を吐かれている時にも感じるのだが、可愛い女の子から嫌悪感丸出しの対応をされるとダメージが十倍増しになるのは気の所為だろうか。

 オレは内心で物凄く落ち込んだ。

 

 

「ご、ごめんね神室さんっ。その、Dクラスで佐城くんの事が話題になっててね? 私が無理言って橋本君に色々教えて貰っていたの。本当にごめんなさいっ」

 

 

 オレが頼りにならなかったからだろうか、櫛田は一歩前に出ると口早に謝罪して頭を下げた。首だけでは無く腰までしっかりと曲げた最敬礼に誠意を感じたのか神室はピクリと片眉を上げたかと思うと、やがて小さく溜め息を一つ。

 

 

「もう、良いわよ」

 

 

 僅かにピリついた雰囲気が軟化していく。櫛田は頭を上げ、ほぅっ、と一息つくと、安心したとばかりに自身の豊かな胸を一撫でした。ナニとは言わないがポヨンと揺れる。

 オレは取り敢えず吸い込まれそうになる視線を反らす。流石にここで本能に負けるような態度を露骨にしたら神室の怒りが再燃しかねない。

 

 

「……ちょっと前に私が告った。アイツが承諾した。付き合う事になった。私もアイツも友人なんて殆ど居ないから、特に言い触らすことも無かった。それで終わり。これで満足?」

 

「か、神室さんから告白したの!?」

 

「そうよ。悪い?」

 

「い、いや。その、そんな事ないんだけどっ。ちょっと……意外で」

 

 

 ギョッと目を見開いた櫛田の反応も無理は無い。いつの間にかオレの背後に隠れるように移動していた橋本も「マジかよっ」と小声で驚嘆の声を漏らす程だ。

 橋本が先程まで語っていた容姿の上での『釣り合い』を考えるならば、櫛田や堀北にも負けない程に美しい容姿をした神室の方から、おどろおどろしい外見をした小男である佐城に好意を告げるのは非常に。否、異常に珍しい事なのだろう。

 

 

「気は済んだ? じゃあ、私は行くから」

 

「あ、ごめんね。色々教えてくれてありがとうっ、神室さん!」

 

 

 要件は済んだとばかりに踵を返した神室はそのまま教室へ向かって颯爽と歩いて行く。

 何だかオレは終始空気だったなぁ。そんな虚しい感想に浸っていた、その時だった。

 

 

「……一応」

 

「へ?」

 

 

 何を思ったのか前を歩いている神室が立ち止まり、やがてゆっくりと振り向きながら語りだしたのだ。

 

 

 

「一応。って言うか、念の為。櫛田さんは顔が広いみたいだし、そこの茶髪もアイツと同じクラスみたいだから、忠告しておいてあげる」

 

「ちゅ、忠告? って何かな神室さん?」

 

 

 階段の角度と太陽の位置の関係だろう。早朝にしては異様な程にベッタリと暗い影が重なっている位置で立ち止まった神室の表情は、まるでモヤがかかったように曖昧で輪郭すらボヤけて見えた。

 にも関わらず、先程までオレ達を貫かんとばかりに見つめていた紫色の瞳の色だけが、やけに鮮明に輝いている。

 

 その表情が、まるでベットリとした黒髪のカーテンで顔を隠した佐城のソレに重なって見えたのは、果たして本当に気の所為だったのだろうか。

 

 

「忠告しておいてあげる。私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、そこまでだよ」

 

 

 ふと、気付いた時には爽やかなテノールがクラスの熱狂を宥めているところだった。

 

 

「他人の色恋沙汰に興味を引かれる気持ちは分かる。でも、こうやって無理強いして話を聞き出すのは良くないよ。さあ、もうすぐホームルームも始まる、席に着こう」

 

 

 実質的なDクラスのリーダーである『平田 洋介』の人気は、軽井沢という彼女が出来てもなお健在だ。彼の一声に真っ先に女子達が従い、白けたのであろう男子達もダラダラと従って各々の席に着いて行く。

 それでもどこか不完全燃焼だったのだろう、篠原が「あんなキモイのを彼氏にするとか金貰ってもゴメンだわ」と大声で笑いながら吐き捨てると、それに追従するように同じグループの女子が嘲笑混じりに騒ぎ立てた。

 

 

「アレの彼女って、相当に趣味が悪いよね」

 

「そりゃ、私も彼氏は欲しいけどさぁ。だからって、あんなんで妥協する位なら、ずっとフリーで居た方がマシかな」

 

「なんで貞子君なんかと付き合ったんだろ? 実は髪の毛の下は美形とか?」

 

「無いでしょ。仮に幾ら顔が良くても、あんなチビで気の弱い男は人権とか無いよね」

 

 

 本人達は声を抑えているつもりなのかも知れないが、彼女達の言葉は最後尾に座るオレにも聴こえているのだ。きっと佐城本人にも聴こえている筈だ。

 

 

 「貞子だぜ!? どうせアイツの彼女なんてブスに決まってる。ヤだね、ヤだね、せっかく彼女を作るなら妥協なんてしたく無いっつーの」

 

「まあ、根暗とブスのカップルならお似合いじゃねーの?」

 

「チーッス。あ? お前らなんの話してるんだ?」

 

「お、今日は早いんだな須藤。それがよーあの根暗の貞子野郎がさー……」

 

 

 未だに佐城に対し、履き違えたような怒りと嫉妬を燃やしている山内を中心にして三バカ連中も雑談という名の誹謗中傷に花を咲かせている。

 ……佐城の恋人である神室の容姿が非常に整っている事を知ったら、山内がまたしても暴走しそうで今から憂鬱だ。

 

 佐城本人はなにやら机に縮こまっては胸を抑えるような動作のまま固まっており、それを平田が宥めるように話し掛けている。

 心優しい優しい平田の事だ。きっと先程の騒ぎや心無いクラスメイトの言葉に傷付いていやしないかと慰めているのだろう。

 

 

「綾小路くん」

 

 

 オレがぼんやりとそんな佐城の丸まった背中を眺めていると、ふいに堀北が声を掛けてきた。

 

 

 

「あなたがさっき言いかけていた忠告って何の事だったの?」

 

「……嗚呼、その話か」

 

 

 時計に視線をやれば今度は十分程度経っていた。時間にして約三十分前。

 たったその程度の時間しか経過していないのに、随分と時が経ったような錯覚を覚える。

 

 

「性格が、悪いんだとさ」

 

「……はあ?」

 

 

 この高度育成高等学校において佐城 ハリソンという男に最も近く、最も詳しく、最も好意を抱いているであろう。

 

 神室 真澄という少女の忠告は実に奇妙なモノだった。

 

 

 

「『私が今まで生きてきた中で、あいつ程に頭が良くて、あいつ程に性格が悪くて、あいつ程に頭のイカれた人間は見たことが無い』……これ、どういう意味なんだろうな?」

 

 

 

 恋人を評するにはあまりにも不適切に思える神室 真澄の謎の言葉。

 

 その言葉が正しく金言に値していたのだとオレが知るのは、五月に入ってからの事だったのだ。

 

 




お気に入り、高評価、感想!ありがとう!全部読んでる!モチベーション上がるうう!!

あ、アンケートの結果とは別で、話の都合上ハリソン少年はセーラー風の水着を着ますのでご了承下さい。

今後の展開について

  • オッサン視点でストーリー重視
  • 他者視点重視。イベントの裏側を解説
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