飲まなきゃやってられんわ、こんな教室。   作:薔薇尻浩作

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話が進まない!! 取り敢えず中間テストまではあと3話も無い筈!!


茶会事件はボストン以外でも起きるらしい。

 

 最初に言っておこう。

 俺は『堀北 鈴音』という少女が嫌いでは無い。

 

 

『堀北 鈴音』というキャラクターについて語りたいと思う。

 もしも『ようこそ実力至上主義の教室へ』という作品を知らない第三者に堀北というキャラの説明を一言で済ますとするならば『毒舌系ヒロイン』というキャッチフレーズが、割と近いモノにあたるのではないかと思う。

 

 

 腰まで伸びた射干玉の如き艷やかな黒髪に映える雪の様に白い肌。

 意思の強さを鏡映しにした様な夕日色の瞳。

 鉄心を宿した堂々とした立ち振舞いを彩る乙女らしい体付き。

 

 こうして言葉に表してみると、まさに正統派のメインヒロインといった風格すら感じる。いやまあ、『よう実』ワールドを知っている読者達からすれば、堀北は特にヒロインキャラとかでは無い。という事は御存知であろうが。

 

 堀北というキャラクターは一年生編の中盤まではかなり出番も多く、主人公である綾小路の相棒とまで言える程に彼との絡みが多かった。第一巻に関して言えば彼女と綾小路との掛け合いが文量の大半を占めていたと言っても過言では無いだろう。

 だがしかし、後半になるにつれて『軽井沢 恵』という女子生徒に出番を奪われるように登場回数も少なくなる。何だったらこっちは最終的に綾小路と恋人関係に発展するので、軽井沢の方が本物のメインヒロインと言えるかも知れない。

 まあ、サイコパス疑惑濃厚な綾小路相手に何時まで軽井沢が付き合ってられるのかは神(作者)のみぞ知る事だろうが。

 

 話を戻そう。堀北の話だ。

 そもそも彼女と綾小路の関係を的確に言い表すならば、あくまでAクラスになる為の協力者や仲間という括りであり異性として云々というフラグは全く立っていない。後々に詳しく説明するつもりだが、少なくともこの時期の堀北は年頃の少女にも関わらず恋愛沙汰には一切の興味を持ってなかったのだから。

 ちなみに綾小路から見た堀北は単なる隠れ蓑だったりする。こうして詳しく分析すればする程に恋愛要素どころか友情要素すら感じられなくなって来るのだから哀しいモノだ。

 

 

 次は彼女の内面について見てみよう。堀北 鈴音という少女の最大の特徴を上げるならば『口の悪さ』だろう。もっと正確に言うならば『歯に衣着せぬ言葉が非常に多い』と言えるだろうか。

 

 堀北 鈴音は非常に優秀な少女だ。

 学力はDクラスどころか一学年の中でもトップクラス。運動神経も非常に優れており、武道を嗜んでいるので並みのチンピラなら制圧出来る程に武力もある。

 それ自体は美点なのだが、堀北という少女は自分自身が優秀だと強く自覚している。つまり非常にプライドが高く、気が強く、そんでもって自分が優秀だという自覚があるものだから基本的に自分の言動が正しい。と確信している。

 それが原因なのだろう。基本的に彼女の会話は上から目線でマウントを取るような威圧感が有り(本人には多分自覚は無い。自分は正しい事を言っているだけだと思っている)、おまけに彼女本人が非常に頭が回るものだから、その言葉は大概に的を射ている。

 

 つまり他者からすれば『口を開けば空気も読まずに上から目線で正論ばっかり吐いて来る女』という認識になるのだ。

 

 

 そして、堀北鈴音のもう一つの大きな特徴。それは異常なまでのブラコンである事だ。

 

 そもそも彼女が勉学に励むのも武道を修めたのも実の兄である『堀北 学』の背中を追っての事。コレだけならば、まあただのお兄ちゃん大好きっ娘で済む話なのだが、兄の好みの異性が髪の長い女性だと(後にこれは嘘だと発覚するのだが)聞いてから髪を伸ばし始めている事から、その業の深さが垣間見えるだろう。

 この時点で堀北鈴音は多少なりとも兄を『そう言った目線』で意識する程に憧憬。もしくは盲信しており、実の兄がちょっと引いちゃうレベルのブラコンなのだ。

 

 で、そんなお兄ちゃん好き好き大好き愛してる〜な堀北 鈴音の理想の人間は当然ながら兄である堀北 学となる。だから兄のように勉学に励んでは学力を向上させ、兄のように武道を修めた。

 まあ、ここまでなら良かった。他所の御家庭の爛れた兄妹事情は放置するにしても、ここまでならば未だ良かったのだ。

 堀北鈴音は兄が大好きだ。兄が大好きで大好きで堪らないのだ。

 

『その他の人間など目に入らない位』に、兄だけを追っていたのだ。

 

 

 結果的に、彼女は孤立した。いや、本人的には孤高である兄を模倣したつもりなのだろう。類稀なるカリスマ性と圧倒的な実力。かの扇動家、アドルフ・ヒトラーさながらの重厚感を纏ったバグキャラの様な兄の『ガワ』だけを模倣してしまった。

 結果として、彼女は(あくまで兄と比較して)無能で劣等である他者を見下し、徹底的にコミュニケーションを絶ってしまった訳である。

 

 話しかけられれば正論という名の暴言と侮辱で罵倒し、攻撃し、傷付ける。そんな堀北に周囲の人間は怯え、悲しみ、あるいは怒り。彼女を排他していく。

 

 こうして孤高と孤立を履き違えた哀しい少女。『堀北 鈴音』という人格が形成されてしまったのだ。

 

 

 とは言え、もう一度だけ言っておこう。

 

 俺は『堀北 鈴音』という少女が嫌いでは無い。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にして!! これ以上挑発するつもりならこっちにも考えがあるわよ!?」

 

「挑発? 勝手に貴女がそう思い込んでいるだけでしょう。何度も言っている通り、私はクラスメイトである佐城君にDクラスについて話があるの。部外者である貴女の存在はそもそも関わりたく無いと思っているの。何故そんな貴女に対して私が時間を割いてまで挑発しなければならないと言うの?」

 

 

 

 さて、現実逃避という名の思考から目を覚ました俺はチラと周りを見渡した。

 

 本日は月曜日。時刻は午後四時を過ぎた辺りだった。

 常日頃から青春を謳歌する学生の黄色い声で溢れているであろう高育生御用達の喫茶店『パレット』。その店内は俺が想像していたよりは客足が落ち着いて見える。

 

 原作では櫛田が綾小路を利用した堀北との友達作戦を実行した際に、席が中々見つからないレベルで混雑していた描写があった筈だが、特に並ぶ事も無くすんなりと奥のテーブル席へ。恐らくは中間テストが控えている影響も有るのだろう。きっと学生達は各々、教室や図書館、あるいは自室にてせっせと勉強に励んでいるのでは無いだろうか。

 

 授業を終えた神室が俺の自室にやって来たかと思えば、それに続くようにして唐突に我が屋を訪ねてきた招かざる客人。つまりまさかの凸して来た堀北と綾小路の事なのだが、何やら相当な覚悟を決め込んで電撃訪問を決行したらしい。

 堀北からのまさかの「拒否権は無い」宣言に半ば唖然としながらも、取り敢えずこの時点で無理矢理にでも追い返すのは賢い選択では無いだと考えた。

 

 いや、まあ。やろうと思えば管理人に通報したりだとか緊急連絡先として登録されてある職員室への直通電話で通報とかも出来たのだが、こちとら不登校を決め込んでいる問題児。悪目立ちをするのも嫌だったし、ここで追い返した挙げ句に変に拗れて執着でもされたら非常に面倒臭いと思ったのだ。

 

 とは言え最近作り始めた自作の蒸留器のパーツやら発酵途中の密造酒など、他人に見つかったら一発アウトな物が溢れている我が部屋へ招き入れる訳にもいかず。

 

 

『部屋は散らかっているので……話があるのならば何処か適当な喫茶店か何かで伺いましょう』

 

『仕方無いわね』

 

『あー……いきなりスマンな。佐城』

 

 

 と、まあそんなやり取りを挟みつつ。こうして距離が近くて、値段も安くて、なおかつ『人目のある場所』としてパレットにやって来たのだ。

 

 うん。来たのはイイのだが……

 

 

「問答無用で引き摺り出しておいて今さら何を言ってるのよ!?」

 

「貴女が勝手に着いて来ただけでしょう。 もう、良いかしら? 話を進めたいからせめて貴女は黙って座っていてくれない? それが出来ないならとっとと帰って欲しいのだけれど」

 

「こいつっ……!! 本当にっ」

 

 

 何故か我が恋人であるAクラスの神室 真澄と堀北が現在進行系でバチバチに修羅場っちゃっているのだ。

 俺は内心で白目を向くような気分で半ば絶望。堀北側の同行者である筈の綾小路は何故か俺の顔をヌボーっとガン見している。コイツ何しに来たんだよマジで。てか、お前は隣のブラコンを止める素振りをみせろやサイコパスが。いや、怖いから本人には直接言わないけどさあ。

 

 

「えぇと、真澄さん? 取り敢えず落ち着いて下さい」

 

「はあっ!? 何であんたまでそいつの肩持つのよ!?」

 

「いえ、肩を持つとかそういう訳では無いのですが……」

 

 

 閑話休題。

 感情的になっても話は進まないし、と考えながら俺がやんわりと神室を宥めてみるも結果は逆上。完璧に頭に血が昇っているようだ。白い肌はすっかり朱に染まり、激情が抑えきれないのが眉間に皺を寄せては瞳が既に潤みつつある。

 一ヶ月近い付き合いとは言え、ここまで怒り狂っている神室の姿は初めて見た。と言うか何故彼女はここまで怒っているのだろう?

 

 実は今回の話し合い(と言うか一方的な要請が正しいけど)に呼び出しをされたのは、あくまで俺一人。お前に拒否権無ぇから。とばかりに呼び出しをくれた堀北の口の悪さに関しては割と今さらの話なので置いておくとしても、先程から堀北自身が何度か言っている『Dクラス内での話をしているのだから他クラスの人間が口を出すな』という主張はある程度の正当性がある。

 

 

 

「真澄さん」

 

「何よっ!? 私はあんたの為に言ってるだけなんだけど!?」

 

 

 ぶっちゃけ俺としては堀北達が訪ねて来た時点で何の話をしたいかは察していたし、とっとと済ませたかった。と言うか今も済ませたい。とっとと帰って夕飯の支度しなきゃいけないし。

 だからまあ、取り敢えず喫茶店に行って彼女らと話をつけて来る。と軽い気持ちで神室に断りを入れたら、何故か我が恋人は断固として自分も同行すると言って聞かなかったのだ。

 

 この時点で当然の様に堀北は拒絶。Aクラスを目指している堀北からすれば、Dクラスについての話をしたいタイミングで、他クラスの人間が。それもよりによって怨敵たるAクラスの人間が同席するのは心情的にも宜しく無いのだろう。

 だが神室がこれに反論。「恋人同士のプライベートな時間に許可も無く乗り込んで来ておいてふざけるな」的なニュアンスで牙を剥き出しにする勢いでもって堀北に噛み付いた。

 

 話し合い云々以前の問題だ。もうこの時点で。つまり玄関前にも関わらずバチバチに険悪なムードを醸し出しながら騒いでいるものだから、てんやわんや。

 俺は神室を。綾小路は堀北を宥め言いくるめ、とにかく苦労しながらエレベーターに乗せて、ようやく喫茶店へ。

 

 原作でも櫛田の『堀北との友達になろう作戦』等で、割とちょくちょく登場しているパレットへの初来店。内心ではちょっと聖地巡礼の気分で軽くソワソワするオッサンin男の娘。

 そしてそんな俺とは裏腹に、相変わらずバチバチ火花が弾ける勢いでメンチを切り合ってる女性陣。いつからここはアウトサイダーの会場になったのやら。

 付き添いとして巻き込まれたであろう綾小路は唯でさえ表情筋が死んでいるにも関わらず、追加オプションで死んだ魚みたいな目で溜息を吐いていた。途方も無い疲労感を感じさせている。その時の俺は勿論、見なかった事にした。

 

 

「真澄さん」

 

「だからっ!! 何であんたまでっ……!?」

 

 

 さて、肝心の堀北からの話し合い。という体を取った要請(むしろ命令?)はシンプルなものだった。

 要するに不登校を辞めて学校に来い。それから強制はしないが小テストで百点を取った実力がホンモノだと言うなら平田が面倒を見てる一部赤点組に勉強を教えなさい。との事。

 

 前者については俺の予想していた通りの要請だった。

 現時点のCPが0である事。それから五月一日のホームルームで茶柱先生が「幾ら遅刻欠席をしてもポイントが減る事は無い」と皮肉りながらも断言していたので、幾ら俺が学校をサボり続けたところでDクラスに直接的なダメージが及ぶ訳では無い。

 

 とは言え、だ。集団プレイを強制されている中で一人がサボりまくったら全体のモチベーションに悪影響が及ぶであろう事は想像に難く無い。

 Dクラスに所属する大半の生徒は成績が悪い。つまり勉強するという行為に慣れておらず、またその意義も見出だせていないだろう。やりたくもないやり辛い事を半ば強制されている中で、幾ら成績優秀とは言えども不登校を決め込んだクラスメイトの存在は害悪でしか無いだろう。

 

 で、俺の予想を超えて来たのは二つ目の要請だった。まあ、単純に考えれば使える駒があるなら便利に使ってやろう。という堀北特有の他人を見下すような感覚と言ってしまえば、それまでなのだが。

 

 

「どうやら佐城くんの方は物分りが良いようね。神室さんだったかしら? 貴女はそこで黙って座っていて」

 

「このっ……調子に乗って……!!」

 

 

 そもそも堀北がこうして半ば無理矢理にでも俺に接触して来た切っ掛け。タイミング的に考えて、俺が生徒会長と綾小路のイベントに介入した事が起点だろう。

 俺自身はとにかくテンパって自分が何を喋ったのかはぶっちゃけ覚えていない。だが俺が意味深な台詞を適当にぶん投げて、そそくさと立ち去った時には生徒会長も綾小路も。それから勿論、堀北妹もその場に居た筈だ。

 

 これはあくまで俺の予想なのだが、俺が居なくなった後に堀北兄が綾小路や堀北妹に俺の存在について言及したのでは無いだろうか。原作でも彼は堀北妹に「Aクラスに上がりたいなら死ぬ気で足掻け」と忠告していた。要するに使えるモノは何でも使え的なニュアンスで。

 

 

 堀北妹は今さら論じるまでも無い病的なブラコンである。だが実は、兄の方は兄の方でまたちょっと妹に対しての感情を拗らせている節が垣間見えるのだ。

 堀北兄は自分だけを見つめて、追い掛け、模倣しようとする妹の姿を見る度に自分の存在こそが彼女本来の成長を阻害する原因となってしまっているのでは無いか。と中学時代に強い危機感を覚えた。

 

 それから堀北兄はあえて妹を遠ざけるようになった。まあ、結果的にそれで堀北妹のブラコンが悪化してしまったので思いっきり逆効果ではあったのだが、根がクソ真面目な癖して身内には不器用になってしまうキャラ付けなので仕方無いと言えよう。

 まあ、だからと言って前日のイベントにて『高育まで追い掛けて来た妹を突き放す為にコンクリの上でぶん投げようとする』のはやり過ぎだし、普通にポリスメン案件であると思うのだが。

 

 

 話を戻すが堀北兄妹は各々の思惑と願いがすれ違った結果、妹である堀北 鈴音の兄への憧れが過激化。

 兄に認めて貰う為。兄に褒めて貰う為。Aクラスへの昇格に執着しているのも己が優秀だという自負からの行動よりも、寧ろ兄に評価をして貰いたい為。という行動理由なのだ。

 

 だからこうして堀北は強引なまでに俺を動かそうと行動を起こしたのだろうが……。

 

 

「……!!」

 

「……」

 

 

 未だに言い争いを続けている二人の少女の声が、外野の騒ぎのように遠くからぼんやりと聞こえるノイズの如くボヤケていく。深く思考の海に沈み込むと人は皆、こういった錯覚に陥るものなのだろうか。

 

 恐らく今でも俺の直ぐ側に座る少女達は激しい口論を繰り広げているのだろう。だが、最早それすら気にならない。

 何故なら俺はこの瞬間、本当に色々な事を考えていたからだ。

 

 

 何度でも主張しよう。俺は『堀北 鈴音』という少女が嫌いでは無い。

 

 容姿端麗、成績優秀。プライドの高さと兄への盲信のせいでコミュニケーション能力には多々問題がある。だが彼女はまだ未熟な少女だ。今後、彼女は綾小路の助言やクラスメイトととの関わりで大きく成長して行く。

 最低でも一人の退学者を選出しなければならない残酷な特別試験である『クラス内投票』で確固たる信念とクラスを導く為の指導者としての勇気と責任を見せ付けた彼女は素晴らしいリーダーとして大輪の花を開かせる。折れてしまった平田や暗躍する櫛田すらも纏め上げ、時に人工の天才たる綾小路の予想すらも飛び越え、堀北鈴音は成長していくのだ。

 

 そもそも堀北の要求は一方的で上から目線な事にさえ目を閉じてしまえば、その内容に関しては何ら理不尽なモノを含んではいない。

 クラス内での関わりは皆無だったとは言え、クラス内の一致団結を前提とした高度育成高等学校に在籍するクラスメイトの一人としては不登校の生徒を放置する事は出来ないだろう。そもそも、俺だって絶対に譲れない目的があって不登校を続けている訳では無い。アクシデント的に五月一日に寝過ごしてしまってからはアドリブで動いているケースも多いのだから。

 

 勉強会のサポートをしろという命令も、まあ心情的なものを置いておけば間違いでは無い。

 赤点を取れば即退学というルールが存在する今後の学校生活を乗り越える為には、学力の強化は必須である。ならば少なくと現時点ではDクラス一の学力を示した俺を教師役とすれば、クラス全体の学力の底上げに貢献出来る。基礎学力さえある程度向上すれば定期テストでの退学者は出し難くなるだろうし、Dクラスの強化にも繋がるだろう。

 

 

「だから……あんたみたいな人間がっ……!!」

 

「いい加減に……」

 

 

 堀北 鈴音の言っている事は間違っていない。間違っていない、正論である。

 己が優秀である自負と、尊敬すべき兄を模倣して来た彼女の言葉は、正しかった。どこまでも正しいモノだった。

 

 

 嗚呼……やっぱり俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真澄くぅん」

 

 

 

 ピタリ。とまるで示し合わせたようにノイズが消える。

 

 俺はいつの間にか瞑ってしまった瞳をゆっくりと開いた。目の前の堀北は俺の声に驚いたように目を見開いている。

 俺はそのままゆらりと隣に首を回して神室の様子を覗った。つい先程までは怒りで真っ赤になっていたであろう顔色には青みがかった白が混ざり始めつつあるではないか。

 

 たった一言。いつもの様に、何重にも被った猫の皮を脱ぎ捨てて、剥き出しの『俺』の意識で。ただ愛しい恋人の名前を呼んだだけ。だと言うのに、どこか怯んだようにして俺を凝視して彼女は固まってしまっていた。その菫色の瞳からは怯えの色が透けて見える。

 常日頃から大人びている彼女の様子からは考えられないような幼さすら感じた。

 

 まあ、そんな神室の大袈裟な反応は無理も無いかも知れない。俺自身も今の自分の言葉に。と、言うよりもその声色に少々違和感がある。想像以上に重く、低い声が出てしまったのだ。俺の心情がこれでもかと。

 たった一言、神室の名を呼ぶ短い台詞に。抑える事の出来ない生身の感情が濃厚に纏わりついてしまったのが原因だろう。

 

 

 俺の心を支配している感情。

 それは一方的な命令を降す堀北への反骨心。

 それは何故かこれでもかと怒りを露わにし、我武者羅に騒ぎ立てる神室への困惑。

 それは全く役に立たずに人様の顔面に視線を固定させている綾小路への恐怖。

 

 それら全てが混ざり合い、最早外面すら取り繕う事が出来ない程の灼熱のような激情!!

 

……。

 

……。

 

……なんてモノでは無く。

 

 

 

 

 

 面倒臭え!!

 

 

 これ。マジで俺の内心はその一言に尽きていた。

 

 

 いや、色々考えたのよ? ぶっちゃけ堀北の主張って正しいよ? 確かに正しいけどさぁ、人間って正しさだけじゃ動かんのよね。そんでもって彼女って基本的に上からじゃん? 上から目線で正論ばっかり吐かれてもさぁ普通は反感買うよね?

 その反感さえ踏み倒す程の圧倒的な権力やら暴力を堀北自身が持っている訳でも無し。思わず従いたくなるようなカリスマ性を身に纏っている訳でも無し。特にこちら側に利益を提示する訳でも無し。

 

 駄目。もう、駄目。なんだったら敢えてこちらに反感を持たせて、逆に不登校を徹底させたいのか? と、疑っちゃうレベルで駄目。

 と言うか堀北自身だって自分が優秀だと確信しているならば、それでも尚Dクラスに配属されてしまった理由は現時点でも薄々は勘付いている筈だろ。

 優れた学力や運動神経、ついで人目を惹きつけるであろう美貌というありとあらゆる美点を台無しにして余りある汚点こそが自身のコミュニケーション能力である事に。

 

 なのに何でこの娘は話し合いの体すら無していない一方的な命令で、まともに挨拶すらしたこと無いレベルで関わりの無いクラスメイトを何とか出来る。と思い込んじゃったんですかね〜〜〜???

 

 せめてさぁ、隣でボーッとしてる綾小路に会話パートを任せるとかさぁ。予めコミュ力の高い平田や櫛田に協力を要請しておくとかさぁ。何か、もう。有るじゃん、幾らでもやりようが。

 にも関わらずアポ無しで部屋に突撃して来るわ。何の権力も無いのに拒否権は無いとか言ってほぼ無理矢理にこっちを引き釣り出すわ。俺の連れである神室を怒らせるわ……。

 

 もう駄目。初手から駄目。一から十まで駄目。ありとあらゆる全てが駄目!!

 

 

「はぁ……」

 

 

 そりゃ溜息の一つでも漏れますよ。隣でビクッてなってる神室にちょっと笑いそうになったけど、最早そんな元気もモチベーションも無い。と言うかもしかして神室って俺が自分に怒ってるとか呆れてるとか勘違いしてないか?

 無い無い。そんな事無いから。何だったら堀北にすら怒っても無いし。いや、まあ余りの駄目さと残念さ加減に呆れてはいるけども、神室に対して含むところはマジで無い。強いて言うなら何であそこまで堀北にキレていたのかは疑問ではあるけども。

 

 

「……さ、佐城くん。何、かしら? 此方の言い分に何か異論があると言うならば聞く耳ぐらいは持つつもりだけど」

 

 

 ツリ目がちな瞳を殊更に鋭くして俺を見つめる堀北が何か言ってる。何か言ってるんだけど最早どうでもいい。

 

 面倒臭ぇなあ……ぶっちゃけさあ、堀北を論破したりするのは簡単なのよ。

 彼女の欠点を指摘してこの場で説教したり、何故かめっちゃ怒っていた神室の仇討ちなテンションで皮肉めいた言葉で散々に責めなじる事だって出来る。

 

 

「異論。で御座いますか……」

 

 

 でもさあ、そんな事して俺に何の得があるのか。って話になる訳よ。

 

 大前提として俺はこの将来のエリート(笑)を育てるこの学校のシステムにも、歴代最悪の不良品と嘲笑されるDクラスにも。それから堀北が兄に認められる為に執心してるであろう栄光あるAクラスへの昇格にも。何もかもに一切の興味が無い。そんなもんだからやっぱり興味が湧か無い。堀北の話の何もかもに魅力を感じ無い。

 

 おまけに目の前の彼女は下手に有能なものだから迂闊に変な事を言えたものじゃない。

 堀北 鈴音という少女は成長のノビシロという観点で見るならばホワイトルームの最高傑作である綾小路が目をかけるレベルで将来有望なのだ。

 ここで変に俺が論破したり説教かましたせいで、堀北が将来的に俺のような原作知識頼りのクソ雑魚ナメクジ野郎を完封してしまうような、爆発的な成長を遂げる可能性も無きにしも非ず。

 

 あと単純に中身は四十近いオッサンである俺が幾ら優等生とは言え社会経験の一切無い無垢な女子高生に上から目線でああだこうだ言うのも……何か。こう、ね?

 

 

「色々と、申し上げたい事は御座いますが……」

 

 

 紅茶を一口。テーブルに着く前に注文したアールグレイらしきソレはすっかり冷めて、ぬるま湯とも言えない温度になっていた。所詮は金の無い学生向けの格安の喫茶店とは言え、出された紅茶はそこまでチープな味わいでは無い筈だ。

 何か疲れちゃったなぁ、もう。俺はもう、こんな御茶よりも酒が飲みたいよ。マジで。

 

 

 酒が飲みたい。今日の晩飯の出来はどうだった? そんな中身が有るんだか無いんだか分からない、どうでも良い雑談をしながら神室に酌をして貰う。

 ほろ酔いになった俺が酒の蘊蓄をペラペラと垂れ流すのを見て「ハイハイ」と雑に流しつつも、それでもどこか慈愛の籠もったような優しい微笑を浮かべる恋人の姿を肴に。

 

 

「な、何よ……大声出したのは、確かに悪かったわよ……。でもっ……」

 

 

 隣を眺めれば彼女がいる。僅か一ヶ月とそこら。四十数年を生きてきた中年から見ると僅か一瞬とも言える短い期間。瞬きのような短い時間だと言うのに、俺の直ぐ側に神室 真澄という存在が居るのが当たり前になっているとは。俺ってそんなにチョロい人間だったのだろうか。

 

 

「でもっ……私は、あんたの為に……っ!!」

 

 

 嗚呼ほら、また泣きそうな顔して。もう、別に怒ってる訳じゃないんだけどなぁ。

 思わず苦笑しそうになる自分の顔と神室の顔の丁度、中心を正面から隠すようにして。使い慣れた黒無地の鉄扇を広げながら俺は彼女にゆっくりと顔を寄せた。それと同時にテーブルの下で彼女の手を握った。

 互いの指を絡める様に、ゆっくりと五回。頭の中に浮かんだ車のテールランプを点滅させながら、ギュッと音立てる様に。

 

 

「え?」

 

 

 キョトンとしたあどけない神室の表情に何だか可笑しな気分になった俺はそっと耳元で囁いた。

 もう疲れたよ。めんどいよ。とっとと二人で帰ろうよ。御飯はしっかりと心を込めてつくるからさ。だから、また今夜も俺にお酌をしてよ。

 

 そんな事を考えながらも、俺の口は半ば無意識の内にこの茶番からとっとと解放される為の『やらかし』の説明を紡いでいく。

 

 

「……は? ちょっ、今の言葉って。あ、あんた何をやらかすつもり……!?」

 

 

 俺の『事前の謝罪と理不尽なお願い』を聞いた神室のギョッとした顔と言ったら。つい先程までは泣きそうだったのが嘘のようだ。

 そんな彼女をからかう様な気持ちでもって俺はベロリと舌を出して露悪的に唇を舐め回す。どうせ扇に隠れて堀北達からは見えないだろう。俺はとっとと帰りたいのだ。

 

 

 壁に掛けられた時計で時刻を確認した。

 チラと周りを確認して人目が無い事も確認した。

 ついさっきまで飲んでいた紅茶が冷めている事は確認するまでも無い。

 

 

「ちょ、ちょっと。貴方達、こちらの話を……」

 

 

 堀北が何やら気分を害したような気配で声を上げた。扇でこちらが見えない彼女からしたら、急に扇越しとは言えカップル二人がまるで接吻でもするかのような距離感で顔を近付けたものだから、公共の場で人目を憚らずイチャつき始めたようにでも見えたのだろうか。

 

 

 だが、それは違う。これは恋人同士の愛の語らい。なんて可愛らしいモノでは無いのだから。

 

 

 俺は物音一つ立てずにさっさと扇を閉じて胸元に仕舞う。

 どこか引き攣ったような顔のまま、視線だけでもって器用に「馬鹿な事は止めろ!」と主張している神室にウインクを一つ。

 冷めた紅茶のカップを手に取り、大袈裟な動作で顔の前まで持ち上げた。

 

 

「異論は御座いません。ですが堀北さん、ボクからも貴女に提案を御一つ」

 

「提案?」

 

 

 何度でも言おう。

 俺は『堀北 鈴音』という少女が嫌いでは無い。

 

 成績優秀、容姿端麗。性格は取っ付き難く人嫌いが激しく歯に衣着せぬ言動が目立つが、それでも俺は堀北 鈴音が嫌いでは無い。

 

 我が強くてどこまでも不器用だが、それでも一度決めたらどこまでも直向きで、芯のある魅力的な少女だと思う。

例え挫折しかけたとしても何度でも立ち上がり、どんな困難にも打ち勝ち、やがてはDクラスの頼れるリーダーとして燦然たる気高さを纏い、突き進む。

 

 そんな堀北 鈴音という少女の事が、俺は決して嫌いでは無いのだ。

 

 

 まあ、だけど。

 

 

 

 のんべんだらりとした俺自身の怠惰な平和と、愛しい恋人たる神室の存在と比べちゃったら、ぶっちゃけどうでも良い存在な訳で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tea Party(戦争)と洒落込みませんか? 因みに拒否権は御座いませんので悪しからず」

 

 俺は笑顔でそう宣言しながら、俺を見つめる彼女の顔に冷めた紅茶をぶち撒けた。

 

 

 




感想、評価、誤字訂正、誠にありがとう御座います。
感想欄でのアドバイスや御指摘、全て目を通しおります。即時の適応は難しいかも知れませんが、読者の皆様が楽しめるような作品を書けるように努力していきます。

これからも宜しくお願い致します。

今後の展開について

  • オッサン視点でストーリー重視
  • 他者視点重視。イベントの裏側を解説
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