飲まなきゃやってられんわ、こんな教室。   作:薔薇尻浩作

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最初に言っておきます。話は進みません。
中間テスト終了まで、あと三話程を予定しています。
早く無人島編を書きたい。


最近の若い子が『美味しんぼ』を知らないってマジなの?

『目には青葉 山ほととぎす 初鰹』

 江戸時代の俳人、山口素堂は初夏の訪れをこう詠んだ。

 

 新緑香る五月の木々が青々しいのは語るまでも無く。東京湾付近を強引に埋め立てる事によって設立された我らが高度育成高等学校の近くに山などあるわけも無いのでホトトギスは置いといて。

 

 初鰹である。

 主に春から初夏にかけて南から北上して来た鰹類の総称であり、俳句にも詠まれたように初夏の風物詩とも言われている。

 古くは大和朝時代から愛されていた鰹は鮪にも負けぬ人気がある魚であり、江戸時代では『女房を質に売り払ってでも初鰹が食いたい』なんて意味の定型句まで生まれる程だ。

 

 さて、お分かり頂けただろうか? ええ、きっとお分かり頂けただろう。ここまで長々と初鰹について語ってきたのだから、最早この後の展開は皆々様方にとって手に取るようにお分かりになるだろう。

 

 五月の半ば。緑が青々と茂り、じわじわと日差しが強まりを見せる今日この頃。少し前に仕込み始めたどぶろくの様子を伺いながらボンヤリと「この酒の肴は何にしようかしらん?」等と考えていたその時。

 

 俺は大変な事に気づいてしまったのだ。

 

 

 そう!! 五月だというのに!!

 そろそろ旬が過ぎ去ろうとする五月の半ばだというのに!!

 可愛さ余って憎さ百倍とも言って過言では無いあん畜生の事を俺はまだ!!

 

 大好物である初鰹をまだ今年は食べていないという衝撃の事実に気づいてしまったのだ!!

 

 

「と言うわけで今夜の夕飯は心ゆくまで初鰹を味わい尽くす為の鰹尽くしとする」

 

「どういうわけなのよ……」

 

 

 唐突な俺の宣言に呆れたような神室の言葉が自室に木霊した。

 中間テストの足音が確かに近付いて来る今日此の頃、今夜の夕飯は普段とは毛色が違う。吝嗇家の俺としては珍しい事に無料食品にはいっさい頼らず、完全に俺の好みと気分だけで決めた今宵の献立は中々に豪勢だ。

 

 

「お刺身なんて久々に食べるわね」

 

「真澄くんが生モノも食べれる娘で良かったよ。嫌いな人は結構多いみたいだから」

 

「まあ、生魚は独特な匂いがあるから仕方ないんじゃない?」

 

 

 テーブルにドンと乗っているのは丸々と太ったサクから丁寧に切り分けた初鰹に、これまた負けじと大きなタタキ。豪勢なお刺身を引き立てて好みのペアリングで味わう為に用意した無数の小皿には薬味の各種がこれでもかと広がっている。

 

 

「本音を言えば自分で丸々一匹捌いてみたかったんだが流石に手間だし、食わない部分の処理で困るし臭いもキツイだろうからな」

 

「え? あんたってお魚まで捌けるの?」

 

「まあ一応な。流石に鮪みたいな大物はやった事は無いけど鯵とか鯖はやった事あるし。鰹もサイズがそこまで大きくなければイケるとは思うんだよなあ」

 

「あんたって本当に何でも出来るのね」

 

「なぁに、昔取った杵柄と言うやつさ」

 

「何度も言ってるけど同年代なんだからね、一応」

 

 

 刺身には炊き立ての白米がお約束ではあるが、今宵はあえてメインをパスタにしている。細めのカッペリーニを絶妙なアルデンテに仕上げたものにツナマヨネーズをサッと和え、その上から鰹節をたっぷりと山になるまで乗せたツナマヨパスタだ。

 

 沸騰させたお湯には予めたっぷりと鰹と昆布の出汁を入れ、パスタを茹でるのでは無くあえて煮込む形で熱を入れてあるので麺一本一本に出汁の風味がしっかりと染み込んでいる事だろう。

 もちろんツナ缶の原材料が鮪では無くカツオフレークである事はしっかりと確認済みだし、鰹節は言うまでも無く本枯鰹節と呼ばれる最高級のお代物。

 おまけに豪勢に刺身のサクを切り分けた時の半端な切れ端なんかも混ぜ込んだ、当に文字通りの鰹尽くしの献立なのだ。

 

 

「初鰹は初夏の季語と扱われるにぐらいに有名なこの時期が旬の魚でね。味が美味いのは言うまでも無いが身がギュッと引き締まってるから弾力があって歯応えも良い。おまけに脂も控えめでヘルシーだから女性にもオススメ出来る絶品なのさ」

 

「そうなの? 私はあんまり詳しく無いけど、旬の魚。って言えば何となく脂がズッシリ乗ってるイメージがあったんだけど」

 

「鰹の場合は脂が一番乗ってる時期は秋だね、まあ地域によって多少のズレはあるけど大体十月くらいじゃないかな? 餌をたっぷりと食べて丸々太って南下した、いわゆる戻り鰹は確かに絶品さ。秋になったら是非とも一緒に食べ比べてみようじゃないか、真澄くん」

 

「まあ、別に生魚も嫌いってわけじゃないから付き合ってあげてもいいけど」

 

 

 戻り鰹とは、名前の通り餌を求めて北上した初鰹達が戻って来た群れの総称だ。別名で脂鰹やトロ鰹なんて言われる程にジューシーで甘みのある脂の乗りが堪らなく、一部の食通は「秋に勝るもの無し」と断言する程の美味である。

 まあ、おっさんの個人的な感想としては初鰹にも戻り鰹にもそれぞれ個性があってどっちも美味しいと思う。

 

 みんなちがってみんないい。

 天国の金子みすゞも旬の鰹を食したならば、アルカイックスマイルを浮かべながら首を縦に振りまくってくれるだろう。

 まあ、俺は別に件の詩人の顔なんか知らんのだけれども。

 

 

「醤油も今日の為にちょっとお高めな奴を買っておいたし、薬味も沢山の種類を用意したよ。山葵やニンニクを摩り下ろしたり紫蘇とかミョウガをわざわざ細かく刻むのはちょっと面倒だったけども。まあ、美味しい鰹の為だったら仕方無いよね!!」

 

「やけに薬味の乗った小皿が多いとは思っていたけど、こんなに使うものなの?」

 

「好き好きとは言え、鰹っていう魚は薬味をたっぷり乗せてから食ったほうが絶対に美味いと思うね。俺は」

 

「お刺身なんて精々が山葵醤油ぐらいでしか普段は食べないけど……」

 

 

 テーブルの上にて刺身の乗った大皿を飾り立てるかのようにして散らばっている沢山の小皿の上は色とりどりだ。

 摩り下ろした山葵やニンニクに生姜。細かく千切りにしたミョウガに青紫蘇、色鮮やかな小ネギに水に晒してしっかりと辛みと臭いを取ったスライスオニオン。そして最後に忘れちゃいけない黄色みがかった白さが特徴のドロッとしたマヨネーズ。

 

 これぞ薬味のオンパレードと言っても過言ではあるまい。

 

 

「いや絶対に最後のやつだけおかしいでしょ。っていうか刺身にマヨネーズってあんた正気?」

 

 

 思わずといった具合で神室からのツッコミが入った。まあ、確かに中々見慣れない組み合わせかも知れない。

 とは言え、鰹とマヨネーズの組み合わせは一部界隈では案外メジャーだったりする。

 

 

「正確には粉末のニンニクを加えたガーリックマヨネーズなんだけどね。鰹の刺身にはコイツが合うんだぜ? 意外と」

 

「えぇ? 何か想像するだけで口の中が気持ち悪いんだけど」

 

「まあまあ、騙されたと思って試してみなさいな……さて、と。そんじゃ腹も減ったしそろそろ食べよっか。今日の晩酌で初披露の『コイツ』も早く味見したいしね」

 

 

 ワイングラスの中で揺れる薄く黄色がかった透明の液体。一見すれば白ワインにも見えるコイツこそ、刺身と合わせるにはもってこいの酒なのだ。

 

 

「そう言えば何かやけに気合い入れて作ってたわね、その酒。いつものワインとかシードルとかとは別物なの?」

 

「醸造酒、っていう括りでは同じ仲間だがかかる手間暇が段違いだから別物だね。何て言ったってこいつは日本酒なんだからさ!!」

 

「日本酒って、あの日本酒?」

 

「そうそう、日本酒。日本を代表するお米様から造られるお酒だよ。まあ酵母菌にワイン用の奴を使った上に雑菌抑える為にヨーグルト混ぜちゃったし。と言うか、よくよく思い出してみればだいぶ前に買った無料商品の米の産地も確認しなかったから厳密に言うと清酒の名称が正しいのかも知れないがね」

 

「……よく分かんないけど、日本酒と清酒っていうのは別物なの?」

 

 

 多分あんまり良くわかって無いであろう神室がコテンと首を傾げている姿に内心で激しく萌えている俺だが、取り敢えず自作の日本酒擬きに話を戻す。

 と言うか実のところ俺もそこまで日本酒関連に詳しいわけでは無いのだが。

 

 

「厳密に言ってしまえば別物ではあるかもね。清酒とは米と米麹に水を主原料に使った醸造酒全般を指すもの。そして日本酒はその中でも原料に日本産の米を使用した物かつ、日本国内で生産されたものに限定にされた呼称。まあ、俗に言う地理的表示と言うやつさ」

 

「つまり、清酒よりも日本酒の方が高級って事?」

 

「うーん……あくまでイメージの話では間違いとは言えないかもね。単純に日本酒は清酒の中でもブランド品みたいなザックリした認識でオッケーだよ」

 

 

 案外と知られていない清酒と日本酒の違いだが、原料の産地と醸造される酒蔵が国内である事以外は特段大きな違いは無い。

 

 極端な話、タイ米で酒を造れば清酒であり、日本産の米を使用したとしても海外で造ってしまえばそれも清酒。

 日本酒という名称は国名を背負った歴としたブランドなのだから、酒関連に関心の無い人からすれば『日本酒>清酒』というイメージを持ってもおかしくは無い。

 最もそれが価格や味わいに直結するか? と聞かれるとそれはまた別の話になってしまい、途方も無く長くなるので今回は割愛するが。

 

 

「と言うか日本酒って分類がややこしいんだよね、マジで。清酒、日本酒で別れたかと思えばそこからまた純米酒、吟醸、本醸造に別れるし、指定された米のブランドや米の磨き具合によっては似た条件でも名称がコロコロ変わるし」

 

「ふーん。何か面倒なのね」

 

「おまけに普通の醸造酒より造るのに時間がかかるし手間暇も割と馬鹿に出来ないしなあ」

 

 

 散々シードルやらワインやらと造ってきた通り、基本的に醸造酒と言うのは密造でも割と簡単に造れてしまう酒類である。

 が、このなんちゃって日本酒に関して言えば仕込みに際し、ちょっとばかし面倒な工程が多いのだ。

 

 

「そもそも清酒。もしくは日本酒を設備の揃っていない一般家庭で密造するには、先ずもってコイツを造らなきゃいけない」

 

 

 そう神室に語る俺はワインやシードルを造る時にお馴染みとなりつつある大きめの保存容器を冷蔵庫から取り出してテーブルに置いた。優に二リットルは入るであろうガラス瓶の中には日本酒とはまた別の自家製酒が入っている。

 だがその瓶の中身を見た神室はまるで気持ち悪いものを見たかのような怪訝な表情で疑問を口にした。

 

 

「何よこの液体? あんたの事だから酒なんだろうけど白く濁ってるし汚いし何かドロドロしてるし……モヤなのかゴミなのか何だか知らないけど白い沈殿物が底にびっしり溜まってるじゃない」

 

「こいつは『どぶろく』と呼ばれる酒だよ。別名『醪酒』。日本酒の主原料とも呼べる、割と簡単に作れる醸造酒だ。酒税法がしっかり整備される前は田舎の爺ちゃん婆ちゃんがよく仕込んでいた程にメジャーな酒だよ」

 

「どぶろく。って名前だけは何処かで聞いたことあるかも」

 

「日本で密造酒と言えば先ず一番名前が上がるのがコイツだからねえ」

 

 

 瓶内のドロドロとした白濁の液体は相当に

粘度が高く米糊を水で溶いたような不気味な見た目をしているが、歴とした醸造酒である。

 ちなみに味についてはネットリとした甘みと後引く酸味が特徴で、乳酸菌飲料に近い味わいを想像して頂ければ分かりやすいだろう。

 

 

「で、だ。このどぶろくを造るのまではいいんだよ、楽だし。他の醸造酒と工程も殆ど変わらないし。ただこの後が面倒なんだ。先ずはどぶろくを目の細かい布で濾して『濁酒』を造る」

 

「濁酒。って、凄く不味そうな名前ね」

 

「いや、普通に美味いよ? ただ個人的には刺身には合わないから今回は全部日本酒の仕込みに使っちまったけど」

 

 

 どぶろくから醪。つまり瓶の底に溜まった沈殿物を取り除く為に濾す事によって濁酒を造る。更に造った濁酒を温度管理に気を使いながら長時間放置し、粒子状になった沈殿物を瓶底に沈殿させる。

 白く濁った沈殿物と完全に分離した透明な上澄みだけを丁寧に掬い上げ瓶詰め。

 

 そうして出来上がったのがおっさん特製の密造日本酒(清酒)である。

 

 

「これでもだいぶ工程簡略してるんだけども、それでも偉く時間がかかったよ。大した量も造れなかったしコスパ的に、と言うかタイムパフォーマンス的には今まで造った酒の中でもワースト一位だね」

 

 

 材料揃えて醸造して時折かき混ぜて暫く放置。その後にわざわざ購入したチーズ用の濾し布でせっせと濾して。丁寧に酒粕と分離させた酒をまた暫く放置して。そして最後にオタマを使って上澄みだけ掬い取る。

 

 文字にするだけでも面倒な作業をやってきたのは共感して貰えるだろうが、これでも本場の日本酒の仕込みから比べればだいぶ手を抜いている。

 例えば俺は食用の米を麹と水に混ぜて蒸しただけなのに対し、本職の人間は先ず米を磨く業が必須だ。更に言えば本格的な日本酒の仕込みについて最も特徴的と言われている三段仕込みの工程さえも俺はすっ飛ばしているのだ。

 

 

「そんな面倒なら造らなきゃ良かったじゃない」

 

「いやでもやっぱり刺身と言ったら日本酒か焼酎が定番でしょ?」

 

「女子高生が酒飲みの定番なんか知ってるわけ無いでしょ? 地元で悪ぶってお酒飲んでた知り合いだってチューハイやビールが精々だったし」

 

 

 詳しい事を語るとキリが無いのでザックリと説明すると、先ず『磨き』とは米の表面を削り取る精米作業の事。これをする事によって米の表面についている脂質やタンパク質を除去し、雑味を抑えて芳香な香りの酒が出来る。

 『三段仕込み』とは醪を造る工程において米、麹、水を混ぜ込み酵母を培養した液体を仕込む際、時間を置きながら三段階に分けて行う為にそう呼ばれている。この段階をすっ飛ばして横着してしまうと結果的に雑菌が繁殖してしまい、まともに飲めないダークマターが精製されてしまうらしい。

 ちなみに三段仕込みが一番メジャーではあるが、その他にも四段仕込みや六段仕込みもあるのだとか。

 

 

「まあ、日本酒についての蘊蓄はまた別の話に機会に語るとして早速、旬の初鰹を堪能しようじゃないか。それでは真澄くんグラスを掲げて……Prosit!!」

 

「はいはい。ぷろーじっと」

 

 

 チンと鈴のような音を立てて乾杯するや否や俺は真っ先に鰹の刺身に箸を伸ばし紫の湖に着水。そこに生姜とネギをたっぷりと乗せて口の中に放り込んだ。

 シャキシャキとしたネギの食感。鼻から抜ける生姜の刺激的な風味。それらが引き立てる鰹の美味みと言ったら、なんともはや。

 弾力のある赤身は噛み応え抜群で噛めば噛むほどに初夏を思わせる爽やかな香りが口内に匂い立ち、濃厚で力強い鰹ならではの美味みが舌の上から脳内へダイレクトに叩き込んで来るのだから堪らない。

 

 

「嗚呼、美味い……そしてまだ余韻が残っている内に、ここで愛しのお酒様を。っと」

 

 

 グラスに口をつけて手作りの清酒。舌の上で転がすようにして鰹の香りをふわりと絡ませ、そのまま喉をゴクリと鳴らし嚥下する。

 

 

「っくううぅぅ〜〜〜!! 美味いっ!! 初鰹最高っ!! そんでもって刺身にポン酒は最強の組み合わせだ!!!!」

 

「あっそ。良かったわね」

 

 

 神室のクールな反応は何のその。俺は夢中になって鰹の刺身を、鰹のタタキを適当な薬味を乗せて口の中に放り込んではゴクゴクと清酒で腹の中に流し込んでいった。

 

 自作のなんちゃって日本酒の出来は冷静になってしまえば、雑味はあるし香りも弱い。どぶろくから濾す段階で上手くいかなかったからなのか、妙な酸味もまだ残っている。前世で好きだった銘柄の日本酒とは雲泥の差の酷い酒ではある。

 だが!! しかし!! それでも初鰹とのマリアージュは最高だった!!

 

 

「鰹が舌の上でシャッキリポンと踊る!! 弾力があって濃厚な味!! 胃の悪い人なんか、これ一口食べただけで治っちまう!!」

 

「何よその変な擬音。あと鰹に胃を癒やす効果なんてあったっけ?」

 

「様式美という奴だから気にしないでおくれよ真澄くぅん」

 

 

 今の若い子には中々通じないネタに苦笑いだ。ちなみに鰹に胃を癒やす成分は特に入ってなかったと思う。なんなら鰹は高プリン体食品の代表格なので過剰に摂取すれば間違いなく痛風や結石の原因となる。

 まあ、今の若々しいハリソン少年のボディならばそんな心配は皆無だろうが。

 

 

「あ。確かに鰹にマヨネーズって悪く無いわね。想像していたよりも合うし、偶の味変には良いかもしれない」

 

「だろー? 元々は高知の漁師が刺身をつまんでる最中に誤ってマヨネーズをかけてあるサラダの上に落としちまったのを仕方なく食べたら案外に美味かった。ってところから広まった食い方らしいよ? 俺のオススメはスライスオニオンにマヨネーズ、それから醤油だね」

 

「やってみる……うん。普通に美味しい」

 

 

 俺のオススメに根負けした神室が恐る恐るといった様子で醤油をつけた鰹に少しだけマヨネーズを垂らしたものを口に入れると、パッと華が開くようにその表情が明るくなった。どうやらお気に召したらしい。

 マヨネーズと醤油を某料理漫画で一時広まった鰹とマヨネーズのペアリングだが、好みはあれど個人的には悪く無いと思っている。

 そもそも生魚とマヨネーズの組み合わせはそこまで珍しいわけでも無いのだ。回転寿司のサーモンとかにもマヨネーズ乗ってるタイプもあるし。

 

 

「パスタも美味い。麺も歯応えが残っているし和風出汁の味がしっかりと染み渡ってる。何よりこの山盛りの鰹節だよ。やっぱ高級品は香りが違うねえ!!」

 

「ツナマヨ。じゃなくてカツオマヨだっけ? お握りのイメージしかなかったけどパスタにも合うのね」

 

 

 前世では買ったことの無いような高級な鰹節は、雑味が一切感じられず最早ある種の清涼感すら感じられる馥郁たる芳香が烟るように口いっぱいに広がる。

 ツナマヨという庶民的で安っぽくすらあるお手軽なソースが鰹節の力強さによって最高級の和風パスタへと昇華されているのだ。

 

 

「ほら。グラスが空よ」

 

「お。悪いね」

 

 

 頷きながらも鰹尽くしに舌鼓を打つ俺のグラスに甲斐甲斐しく神室が酌をしてくれる。晩酌時のいつもの光景となりつつあるが、改めて考えると贅沢極まりない光景ではないか。

 文字通り二次元作品の様な非現実的な美貌を持つ現役JKが、こんな中身はオッサンの残念男にせっせと御奉仕してくれる。しかも料理は豪勢。酒も手間暇かけた手作り品。 

 

 

「っかああぁぁ〜〜〜!! 美味い飯に美味い酒。極めつけに酌をしてくれるイイ女だなんて、当に極楽よ!!」

 

「……馬鹿」

 

 

 クイッとグラスを傾け、酒を流し込む。お猪口やぐい呑みのように勢いづけて飲むのは下品かも知れないが、今の俺はそんな細かい事すら気にならないぐらいに幸福に満たされている。

 慣れない酒が回ったのか、それとも俺の雑な褒め言葉に照れてくれたからなのか。ほんのりと頬を桜色に染めながらも、不器用にも仏頂面のままに視線を横に反らしながら再び酌をする神室の可愛らしい姿を(あて)に、俺は再びグラスを傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、結局どこまで追い込むつもりなのよ」

 

 

 食後の洗い物を終え、満腹感といつもよりも回った酔いにぼんやりとした二人の時間。

 俺はベッドの上に座る神室の滑らかな太腿を枕に端末で読書友達からのメッセージに適当な文面を返信しようとしていた時、ポツリと彼女が呟いた。

 

 

「んぁ? 何の話?」

 

「決まってるじゃない。堀北の話よ。明日の放課後なんでしょ? 示談の話合いって」

 

「あーあー堀北ね、うん。って言うか追い込むだなんて人聞き悪い言葉を使うねー真澄くんも」

 

「どうなったって構わないもの、あんな奴」

 

「ありゃりゃ、堀北も嫌われたもんだ」

 

 

 そう吐き捨てる神室の声色からは嫌悪と侮蔑の色が滲んでいた。パレット茶会事件は俺のぶっかけ行為で結論が出る前に強制終了となったものの、堀北からの正論という名の罵詈雑言を神室はしっかり根に持っていたらしい。

 まあ、ぶっちゃけ途中で思考に耽っていて女二人の口論の内容は聞いていなかった為、果たしてその内容が本当に正論なのかは知らないが。

 

 

「まあ落とし所としては所持プライベートポイントの全額譲渡ってところじゃない? あんまりやり過ぎてイジメが発生しても後味悪いし」

 

「温すぎない? 全額って言ったって堀北はDクラスなんだから十万以下しか毟り取れないじゃない」

 

「とは言え、今回は別に金儲けがメインじゃないしなあ」

 

「あんたの事だから何だかんだ企んで、ここから退学にまで追い込むのかと思ってた」

 

「えぇ? そこまでする程に俺は堀北に関心無いしなあ。それにたかが名誉毀損じゃ流石に退学は非現実的でしょう」

 

 

 好きの反対は無関心。果たしてこの言葉が本当かは知らないが、堀北に関してはマジでどうでも良い。

 かと言って元社会人としては未成年の少女が虐めの被害者になろうとしているのを見過ごしてしまうのは流石に良心が咎める。

 と言うか仮に俺が無い頭を捻りまくって、何か。こう……イイ感じに奇跡が起こりまくって堀北を退学に追い込んだとしよう。

 

 

「と言うか堀北を叩いた末に、会長の方から悪感情持たれたら今後がやり辛いし」

 

 

 そう。単純に残された人間の反応が恐ろし過ぎるのだ。主にDV上等であるFucking son of a bitchの陰険糞眼鏡先輩の反応が。

 

 

「ああ。そう言えばテスト明けから生徒会に所属するんだったわね、あんた。あそこの兄妹仲ってどんな感じなの?」

 

「さて、ね。ちょっと前に会長と話した時は不肖の妹と蔑んでいたけど。まあ、他所の家族事情なんか安々と他人に聞かせたりしないだろうから。意外とシスコンだったりするかもしれないよ?」

 

「あの堅物そうな見た目で? 流石に無いでしょ」

 

 

 あるんだよなぁ、これが。拗らせまくって傍から見たら分かり難い事この上ないんだけど。まぁ、そもそもが原作知識だから堀北兄妹の関係について詳しく説明出来ないけど。

 

 

「まあ、今回わざわざ真澄くんに訴えを起こして貰った目的は嫌がらせって言う側面もあるけど一種の警告であるからね。俺や真澄くんに迂闊に手を出すと徹底的に噛み付いてやるぞー。っていう意味の示威行為。だから現時点である程度は既に目的は達成してるわけさ。欲を言えば策を仕込んだ時にかかった経費ぐらいは回収したいけど」

 

「噂に信憑性をもたせる為とは言え、やっぱり私が二日間も休む必要は無かったんじゃない? 堀北の所持金によってはプラマイゼロどころか若干の赤字になりそうなんだけど」

 

「まあ堀北自身は浪費する様な性格には見えないし大丈夫じゃない? 仮に赤字になったらその分は俺が補填するけど」

 

「元々あんたが稼いできた金みたいなものだし、そこは別にどうでもいいわよ」

 

 

 実は今回の堀北への嫌がらせ計画、地味な出費が嵩んでいたりする。

 

 紅茶で汚れた神室の制服のクリーニング代で約5千ポイント。堀北とのトラブルのせいで精神的に参ってますよ感を強調する為に二日間欠席させたので、その分の出席を購入するのに4万ポイント。

 更に訴えを出した際に必要経費として請求された1万ポイント。そして教師陣の口から生徒達側へAクラスとDクラスとの間にトラブルが起き、生徒会が取り仕切る裁判が行われるという通達が確認出来た瞬間に俺への暴行に対する訴え『のみ』を即効で取り下げた際にプラスで1万ポイント請求された。

 

 ちなみに訴えを出して間を置かずに即効で取り下げた神室の行動に、やり取りしていた堀北会長は苦虫を百匹は噛み潰したような苦悶の顔を晒していた。

 頭の回る会長の事だ。俺と神室のやりたい事が理解ってしまったのだろう。

 

 そして自身の妹にはその謀略を跳ね除ける実力が備わって無い事すらも。

 

 

「まあ、勉強会を通して長谷部や三宅。ついでに佐倉からちょくちょくクラス内の情報を仕入れているけど、話によるとイイ感じに俺が買っていたヘイトまで堀北がホイホイ集めてくれてるみたいなんだよな」

 

「そりゃ中間テストまであと一週間って時にAクラス(ウチ)と揉め事を起こしたら針の筵でしょう。おまけにあの性格なら誰も庇わないだろうし」

 

「ある意味では堀北がやらかしてくれたのは僥倖だったと言えるかもね。俺としても彼女には体のいいヘイトタンクで居て欲しいし」

 

「本当に性格悪い。って言いたいけど相手があんな女なら、もっとやれ。って応援したくなるから不思議だわ」

 

「まあ、俺が言えた事じゃないけど日頃の行いって大事だよな。今回の示談が終わったら必要以上には関わりたく無いよ、堀北とは」

 

 

 まあ、俺の本音としては堀北本人は割とどうでも良いのだが彼女と近付く度に影の実力者ムーブをかましてくる綾小路がチラチラと視覚に入ってくるのが心臓に悪くて仕方無い。

 きよぽんが軽井沢に股を開けと命令するまでは、堀北という存在は綾小路の相棒(笑)であり共にAクラスを目指す仲間(爆笑)であるのだから、堀北への接触=綾小路への間接的な接触となってしまう。何が悲しくてあんなラスボス系サイコパス主人公に絡まなきゃならんというのか。

 

 今回の騒ぎで堀北が俺や神室に対してトラウマやら苦手意識なんかを持ち、避けるようになってくれたらラッキーである。

 

 

「にしてもテストまで一週間か。時間が経つのは早いなぁ」

 

「そりゃ、あんたは基本的に引き籠りだから余計に時間の感覚がおかしくなってるでしょうよ。こっちは派閥問題やら放課後の勉強会やら友達付き合いで疲れてるのに」

 

「長谷部達に勉強教えるのと買出し以外は外に出ないしなぁ。と言うか真澄くんが友達付き合いだなんて意外だね?」

 

「元々はあんたが友人を作れ。って言ったんでしょうが」

 

 

 どちらかと言うとぼっち気質の神室だが、ちょっと前に話した俺の忠告に多少なりとも思う事があったらしく彼女なりに友達作りを頑張っているんだとか。

 ここ最近では派閥問題から距離を置いている俗に言う『中立派』に所属する数人の女子と世間話をする程度の仲にはなったらしい。

 更にそれとは別に昼食を共にしたり勉強を教え合ったりするレベルで仲良くなった、名実共に友人だと胸を張って宣言出来る存在まで出来たのだとか。

 コミュ力もこの学校では実力と判断されるので、今後も神室には苦手な人付き合いを頑張って欲しいものである。

 

 なおこれは余談だが後日、神室から件の友人を紹介された際にあまりのキャラの濃さっぷりに俺は若干引いちゃった事を告白しておく。

 

 

「に、しても中間テスト一週間前、か。うーん……?」

 

「どうしたのよ急に。何か悩み事?」

 

 

 気遣わしげな声色と共に優しく俺の頭を撫でる神室の体温を心地良く感じながらも、俺は何かが引っ掛かっていた。

 魚の小骨が喉に引っ掛かった時のような、知り合いの顔は浮かぶが名前が出て来ない時のような感覚に近いだろうか。

 

 

「中間テスト一週間前。なーんか忘れている事があったような気がするんだがなあ?」

 

「別に何も無かったと思うけど」

 

「気のせいか? 何かデカいイベントがあったような気が……うーん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の夕方。示談の場にて想像の十倍ぐらい焦燥している堀北の死人のような顔を見て。

 そう言えばテスト範囲の変更イベントとかあったなー。と俺はようやく思い出した。

 

 なお、流石に可哀想だったから中間テストのからくりと過去問の存在を教えてあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしたら何故か堀北は絶望したような顔で膝から崩れ落ちましたとさ。

 

 

どうして???

 

 




感想、高評価、一言コメント、誤字訂正。まことにありがとうございます!!
特に感想!!なかなか返せないけど全部読んでます!!嬉しい!!

今後の展開について

  • オッサン視点でストーリー重視
  • 他者視点重視。イベントの裏側を解説
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