シャングリラ・フロンティア〜死にゲーマー、神ゲーに挑まんとす〜 作:マンデラカタログ
「遂に決戦は今晩、とりあえず晩まで寝るとして……」
三日前から生活リズムをずらして来た俺は、今日の夜がベストパフォーマンスを可能とする時間帯だ。今すぐログアウトして寝てもいいが、寝る前にいくつかやっておきたいこともある。
「ダブリュア、ラビッツまで頼む」
「了解であります!」
ひとまず先にヴァッシュ師匠に挨拶に行くか。
ラビッツに到着した俺とダブリュアは兎御殿を進み、ヴァッシュがいる大部屋へと入る。
「おう、おめぇかい」
「はい、いよいよ今晩ですので一言ご挨拶にと思い来ました」
こういう細かな心遣いはNPCイベントの基本だ、選択肢一つがルート分岐になりかねないからな。
訪れた俺に対して、ヴァッシュは一つ頷くと口を開く。
「成る程なぁ、サンラクの奴もそうだが、いい面構えじゃあねぇかい……だったらぁよう、
「…………」
「ヴォーパル魂を忘れんなよう」
「はい!」
この場でヴォーパル魂ってなんですか、とか聞いたらぶち殺されそう。
いや、それは冗談だがなんとなくニュアンスで理解はしている、それで十分なのだろう。
「では、失礼します」
「おう、頑張れよ」
ヴァッシュに頭を下げて、部屋を出る。
装備よし、コミュニケーションよし、アイテムよし。さて……これで大体やるべき事はやったか、あとは夜まで寝るだけか。
ログアウトしておやすみなさい……
『SIEEP』
夜、目を覚ました俺は風呂に入ってさっぱりした後、決戦前最後のリアルでの準備を整える。自室のドアに「重要局面につき明日朝まで面会謝絶」の紙を貼っておき、用意した諸々のうち、英語表記のそれのプルタブを開ける。
フルダイブVRではあまり推奨されていない裏技なのだが、カフェインを摂取してからフルダイブVRをプレイすると、ゲーム内でのパフォーマンスが上がる。
その代わり通常よりも多めの疲労感を感じるため、多用はできない裏技ではあるが今使わずしていつ使うというのか。
「つか、カッツォに教えてもらったこの「ライオットブラッド」ってエナドリ半端ないな……日本のやつよりエグいが、かなり効く」
若干残る眠気を叩き潰すようなカフェインパワーに口の端が不気味に歪んでしまう。来てる来てる、全身にカフェインが充填されているぞぉ……?
さらにビタミン剤、栄養食的なクッキー、諸々を詰め込んでエネルギーチャージ完了。言うなれば今の俺はゲージMAXの格ゲーキャラ、まさしくベストコンディションだ。
時間的にそろそろ2人と合流しないとな。
「さぁ、いざ決戦の世界へ……ってな」
ログイン。
俺がアラジオに代わり、現実のベッドに横たわった俺がラビッツのベッドから起き上がる。身体は軽く、今なら虚空を飛ぶ蝿すら素手で掴めそうだ。
本格的にカフェインが全身に回るまでは30分くらいかかるだろう、今はとりあえず2人と合流だな。
激戦は必至のため、ラビッツに留まるダブリュアではあるがサードレマまでは送ると言うので、お言葉に甘えることにする。
「アラジオ殿、アラジオ殿」
「ん?」
「墓守のウェザエモンに挑むアラジオ殿にこれ、貸してあげるであります!」
別れる前に、そう言ってなにやら小さな指輪を手渡してくるダブリュア。よく見れば、中石に付いているそれは宝石ではなく、何かのカケラを金属のフレームで補強したもののようだ。
「これ、おとんが昔お土産にって持って来たのを指輪にしてもらった吾輩のお守りですあります!」
「ふむ……まぁこれがなくても俺達はウェザエモンに負けないけどな」
がーん! とSEが鳴っていそうなダブリュアの姿に苦笑を浮かべ、俺はダブリュアの頭に手を乗せる。
「だがまぁ、ただでさえ無敵な俺がお守りなんか持ったらそりゃあもう勝利は確実だ。ありがたく受け取っておくし、ちゃんと返しに徒歩で戻ってくるからよ」
「は、はいであります! 頑張ってくださいであります!」
ぴょこぴょこ跳ねるダブリュアの声援を受け、俺は親指を立ててサードレマの裏路地から待ち合わせ場所へと駆け出すのだった。
・識別片の指輪
効果なし。
それは残滓であり、残骸であり、断片であり、欠片である。
それが誰を証明するもので、どこで用いられたものかを知ることはできない。
だがかつてそれは確かにある人物の存在を証明するものであった。
「ジャーン!見ろ、この輝かしい新腰装備!耐久力が7から一気に22まで跳ね上がった!」
「ティッシュ装甲から濡れた段ボール装甲に昇格だね」
「おめでと」
「何が生きてくるか分からないだろ?悔いが無いようにな」
カフェ「蛇の林檎」で合流し、なるべく人目につかないよう千紫万紅の樹海窟へと向かった俺達。どうやらサンラクとカッツォもベストコンディションのようだ、力み過ぎず緩み過ぎず……まぁ少なくとも緊張で手元が狂うようなタマでもないか。何千もの視線を受けてゲームをするプロゲーマーの肝がそんなみみっちいはずもなく、俺達はバレる可能性は低いとは思うが周囲に注意しながら隠しエリア「秘匿の花園」へと入る。
「ってか、前にお前が勧めてきたあのエナジードリンクだけど……やばいなエナジーカイザーが砂糖水に思えてきた」
「あれはもう劇薬の類だと思うぞ」
「ライオットブラッドの新フレーバー?俺もアメリカの知り合いに激推しされたから勇気出して飲んだけど、そうしょっちゅう飲もうとは思わないね」
サンラクがカフェイン中毒一歩手前みたいな状態の理由はそれか……俺もかなりやばいけど……
「あ、そうだ。便秘で新バグ技見つかってさ、スゲェの!」
「マジ!?後で教えてよ!」
「呑気だなぁお前等」
やることがない故に花畑に座り込んで駄弁っていた俺達だったが、彼岸花の花畑のど真ん中に亀裂が走った瞬間、表情を引き締めて立ち上がる
「……これ、だよね?」
「見た目からして多分そうだろうな」
「新月の夜は結界に綻びができる……だったか、こういう感じなのか。なんというかバ……」
「バグってオブジェクト崩壊したみたい、とか馬鹿みたいなこと言わないでよ?」
「……バ、バッカ、俺がこの局面でそんなくだらないシャレ言うわけない……ですわ?」
「「目が泳いでるよクソゲーマー」」
相変わらずのクソゲーフィルター問題に関しては放っておいて。あとは主催たるペンシルゴンを待つだけだ。
俺達が空間に生じた亀裂を眺めていると、洞窟の方から足音が聞こえてくる。
「お?きたきた」
「どうだった?」
「その様子だと……」
「うん、拍子抜けするほど上手くいったよ。何か「最大火力アタックホルダー」がやけにやる気でね、阿修羅会に個人的な恨みでもあったのかな?まぁ、皆んなあるか」
なんと哀れな……あまりいい印象の無い阿修羅会ではあるが、今頃は大変なことになっているのだろう。
グイッとポーションと思しき液体を飲み干したペンシルゴンは、改めて俺とサンラク、カッツォに視線を向ける。
「チャンスは一度きり、失敗すれば……まぁ阿修羅会から袋叩きは確実だね」
「失敗した時のことなんかドブにでも捨てておけ」
「そうとも、俺達は墓守のウェザエモンだなんてご大層な相手に勝ちに来てるんだ」
「なら、言うべき事はたった一つだろ?」
俺達は互いを見て不敵な笑みを浮かべ、拳を突き合わせる。
「じゃあ主催者として私が音頭を取りまして…………あのロボ武者野郎をぶっ倒すよ!」
「「「おう!」」」
拳を離すと同時にペンシルゴンから飛んで来たパーティ申請を受諾、改めて3人1組となった俺達は花園の中心に出来た空間の綻びに飛び込む。
カッツォが飛び込み、俺が飛び込み、次にサンラク、最後にペンシルゴン。
そして世界は反転する………!
サンラクが飛び込み、自分が飛び込む番となったペンシルゴンは、枯れ果てた……そう、桜の木を見上げる。
満月の光が彼女の姿を浮かび上がらせると言う設定上、新月の今日に彼女の姿を見出す事はできない。だが、それはあくまでも姿だけの話。
「セッちゃん……いや、セツナ」
その存在は確かにこの場所に存在している。恋人の純粋な想いに縛られた彼女は死してなおこの場でずっと待ち続けていた。
偶然と言えばそれまでだ。ただ自分の本名とゲームのNPCの名前が対義語であった、それだけの話だ。だが……否、だからこそペンシルゴンは、天音 永遠アーサー・ペンシルゴンは本気でゲームにのめり込む事を決めたのだ。
「貴女の願い、私が……いいえ、私達が叶えてあげる」
枯れ果てた木は夜風に僅かに枝を揺らすのみ。だがペンシルゴンはそこに一瞬女性の姿を見た。
そしてペンシルゴンは笑みを浮かべ、仲間達が飛び込んだ決戦のフィールドへと自身も飛び込むのだった。
彼らは、酷く消耗していた。今まで誰にも見つかる事のなかった拠点への突如とした襲撃。それも「黒狼」「イン虎会」「午後十時軍」「天ぷら騎士団」という、レイドボス戦でもみないような四クランによるプレイヤー連盟による奇襲は、PKクラン阿修羅会に大混乱を齎した。
否、本来であればある程度の防衛はできていたのだ……奴さえいなければ。
「くそっ……くそっ……! あんなのどう考えてもレイドボス相手に使うようなスキルコンボじゃねぇか……!」
特定条件で製作可能なプレイヤーが使役できる数少ないモンスター「ゴーレム」。レベル70相当のそれら十体を一撃で殲滅せしめたプレイヤー……サイガ-0。
最大火力アタックホルダーの称号が決して介護によるものだけではないという事をまざまざと見せつけられた阿修羅会は総崩れとなり、今ではクランマスターと数人のメンバーがかろうじて離脱に成功したものの、殆どのメンバーはPKK……即ち襲撃者達によって討ち取られてしまった。
「オ、オルスロットさん……どうしますか?」
「……とりあえず秘匿の花園に退避だ。あそこは俺たちしか知らねぇ、癪だがあそこで朝まで隠れるしかねぇだろ」
サードレマなどの大規模マップに逃げ込むのも手ではあるが、どこに襲撃クランの目があるのか分かったものではない以上、それらの目から完全に逃れられる隠しエリア以上に安全な場所はない。
転移と移動を繰り返し、秘匿の花園へと向かいながら阿修羅会クランマスター、オルスロットは考える。
(一体なんでバレた? どこから情報が漏れた……?)
阿修羅会が拠点としていた場所は、15番目の街フィフティシアの隠しエリア「栄光の廃船グローリー・エリス号」、情報屋ですら知り得ない安全地帯をどうやって見つけ出したのか。
考えられる最も高い可能性はやはり内通者。オルスロットの脳裏に一人の女性が思い浮かぶが、彼女もまた襲撃に対して驚愕の表情を浮かべていた。
(……ちょっと待て)
オルスロットの中で単語同士が繋がり始める。
今日はなんの日であるのか。アップデート実施日? 違う、今日は新月であり阿修羅会最大の秘密たるユニークモンスターへの挑戦が可能な日。
ペンシルゴンはどこへ行ったのか? 生き残りによれば襲撃者が雪崩れ込んだ時点でどこかへ駆け出していたというのはわかる。
ペンシルゴンという人物は悔しいが自分よりも優れている。であるならば阿修羅会のみが知る隠しエリアが安全な場所であると当然理解しているはずだ。
であるなら、だとすれば、ひよっとして、まさか、そんな。
仮定が補強され、現実味を発し始める。
足を動かす速度が上がり、気づけばクランメンバーの声すら無視して全速力で秘匿の花園へと走っていた。
「な、あ……………?」
秘匿の花園はオルスロットから見ても幻想的な光景を……いつも通りの光景。だがそこにはいるべきはずの人物は存在せず、あるはずの入口すらも存在しない。
「あ、が…………」
最悪の予想が、誰よりもアーサー・ペンシルゴン……天音 永遠を知っているが故に、オルスロットは真実へと到達した。してしまった。
嘘か真か「かつてあるゲームで全プレイヤーを支配下に置いていた」……そんなことを嘯いていた実の姉の姿を、雑誌に写る、仕事用の笑顔とは真逆の人を喰ったような嘲笑を幻視する。
「や、やりやがった……」
「オルスロットさん?」
ただこの一瞬のためだけに。
オルスロット達が今晩の墓守のウェザエモンへの挑戦を阻止する、ただそれだけのためだけに。
アーサー・ペンシルゴンは阿修羅会を売り飛ばした。
まさしく正解にたどり着いたオルスロット……
「あんの……あんのクソ姉御がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」