Angel Beats!に転生したワイ成仏出来ず、31Aに全てを賭ける 作:万能炭酸水
学舎前の広場は静まり返り、遠くで虫の声だけが小さく響いている。夕方に始まったShe is Legendのライブの喧騒が嘘のように、辺りはしんとしていた。
「ふぅ……やっぱり、すごい熱量だったな」
蒼井えりかは小さく呟いた。
噴水近くのベンチに腰を下ろし、夜風にそよぐ髪を指で軽く払った。彼女の脳裏にはライブ中の31Aの笑顔や、観客の歓声がフラッシュバックする。あの瞬間——心が震えるような一瞬が、今もまだ胸の奥で熱く脈打っているように感じた。
「えーりかちゃん」
前方から弾むような声が響いた。蒼井はハッして声の方に視線を送る。
「一花さんでしたか」
そこには、自動販売機で買ったのだろう手のひらサイズの乳酸飲料を二つ持った茅森一花(偽名)がニコニコと笑顔で立っていた。しかし、蒼井が名前を答えると少し驚いた表情に変わった。
心地よいハスキーな声帯を持っていたイッチだが、相棒を切り落とした影響か素の声が柳ぐらいの高さにまでなっていた。身長はイッチの方が高いのだが、基地内を散歩しているとなぜか月歌と間違えられることが頻発していた。例外は31Aやシャロぐらいだろう。顔が似ているとはいえ、そんなに間違うものなのかと31Aを交えて会議をするほどであった。
「一発で正解するとは。みんな僕の顔を見ると月歌姉ぇと間違えるんだけどね。おっぱい無いけど」
「あたしの事をえりかちゃんって呼ぶのは一花さんだけですから」
あぁ、そうなのかとイッチは小さく笑って、片方の乳酸飲料を蒼井に差し出した。
「いちごちゃん達は?」
蒼井が乳酸飲料を受け取ると、イッチは隣に座った。
「どこかに出掛けていたのか、皆さん泥のように寝ています」
蒼井は、蓋を開けて乳酸飲料を飲んだ。口内に生きて腸まで届きそうな甘みが広がる。
ラベルを見るとリラックス効果!ぐっすり眠れる!を謳い文句にしているようだ。
夜風の心地良さと流れる甘い香りで、心なしかリラックスしたように感じる。これがプラシーボ効果というものだろうか。
「一花さん。ありがとうございます」
ふと出た感謝の言葉。それを聞いたイッチはキョトンとした顔をした後、あぁと答えた。何のことかきっと分かっていないのだろう。
蒼井はふふっと笑った。
「すみません。言葉足らずでしたね」
「てっきりあの時のメイド服が気に入ったのかと思った」
「ぽかーん……って違います!」
確かに、茅森さんと2人してメイド服を着たあたしの事を「可愛い、可愛い」と褒めちぎってくれた事は嬉しかったが、そうではない。
「特別訓練のことですよ」
蒼井は少し間を置いて静かに語り始めた。
「あの訓練まで、あたしは文字通り自分の命をかけてこの部隊を守る覚悟でした。だけど、気づいたんです」
「いちごさんは、あの時のあたしそのものでした。残された者の気持ちは分かっていたはずなのに……」
自然と手に力が入り、ペットボトルがギュッと凹む。
「僕が干渉せずとも君はきっとそれに気づいていたと思うよ」
「そうだったとしても、取り返しがつく前に気付かせてくれました」
蒼井は何気なく空を見上げた。そこには無数の星々が輝いていた。前までの彼女なら、この星空を見る余裕すら無かっただろう。だが、特別訓練を経て仲間たちと腹を割って話し合えた事で、原作の作戦開始前より親密に絆を育むことができた。それが顕著に表れているようだった。
「だから、あたしはもう迷いません。それにやりたい事ができました」
「やりたい事?」
「茅森さん達とまたライブがしたい。バンジージャンプがしたい。ジェットコースターに乗りたい。いちごさん達とお料理を作りたい」
他にはですね、と指を折り数える蒼井は普段の大人びた優等生の面影は無く、まるで遊園地に遊びに行く前日の夜、何をしようか何を見ようかと思いを馳せる少女のように無邪気な顔だった。
「それから」
そう言うと先ほどまでやりたい事をすらすらと話していた時と正反対に静かになった。イッチが不思議に思い、蒼井の方に目をやると下を向いた蒼井が意を決したように続きを話し始めた。
「それから、一花さんともっとお話がしたい」
「僕?」
イッチは自分も呼ばれるだろうと思うほど自意識過剰のナルシストではない。少し期待はしたが、それだけだ。それなのに、まさか自分に矢印が向くとは思っていなかった。そんな反応だった。
「駄目、ですか?」
まるで飼い主の前におもちゃを置いて遊んでくれないのか?と愛犬のように愛らしく首を傾げる。これが狙ってやってないのだからタチが悪い。いちごちゃんがえりかちゃんと話した後で、時折キュン死しかけてるのを見かけたが、これはそうなるなとイッチは心の中で呟いた。
「……いいや。えりかちゃんの頼みなら喜んで」
「ありがとうございます!」
イッチの返答がよほど嬉しかったのだろう。ぱぁと笑顔になった蒼井の頬が、街灯の明かりに照らされてぽっと赤く染まるのがはっきりと見えた。
蒼井はペットボトルを飲み干し、立ち上がると「約束、守ってくださいね」と言い残して小走りに自分の部屋へと駆けていった。
「あぁ、風が気持ち良い。何だか今日は良く眠れそう」
目を閉じれば、いまだにあの悲惨な光景が蘇ってくる。だけど前を向いて進み続けよう。大切な人達をずっと守れるように。
そんな想いに応じるように風が彼女の背中を後押しした。
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イッチは、ベンチに深く腰掛けたまま、夜風に吹かれていた。
掲示板を覗くとイッチ蔑称・侮蔑スレがいつの間にか立てられ罵詈雑言が飛び交っていた。
転生者しかアクセスできないこの掲示板では、なぜかアニメ・ゲームのキャラと仲良くすると変な強火オタクが大量に発生してスレ主を一斉に叩きまくる文化が存在した。
しかし、ある時いつものようにスレを荒らし回っていた害悪達は、たまたま時空間移動系の転生者スレを荒らしてしまい、全員特定され別世界に数十回転生させられ、今まで荒らされた転生者達も合流し、みんなのおもちゃになった結果、自分達でスレを立てそこで悪口という名の馴れ合いをして過ごすようになったのだ。そんなゴミのようなスレをイッチが一通り眺めるとそっ閉じして、残っていた乳酸飲料を空にした。
空は先程まで力強く輝いていた星を雲が隠していき、近くの電灯だけが寂しく光っている。
やがて暗い静寂が訪れた。
「残された者の気持ち……ね」
イッチは、小さく苦笑いした。
卒業する奴らを縛りつけてまであの世界を継続させちゃった人にとっては耳が痛くなる話だ。挙げ句の果てに彼女が出来たら成仏するだろうと思い込み、月歌ちゃんの世界に寄生している。
結婚してやんよと言われて卒業していった少女のことを思い返すが、それを自分に置き換えて考えても……多分卒業できないだろう。そんな感じがする。
『どうかそばに——』
すううう……と夜風が息を吐くように長く、顔を通り抜けて現実に戻す。
嫌な記憶が蘇りそうになった。イッチは深呼吸を三度繰り返し、心を落ち着けた。
「さて、打てる手はできるだけ多い方がいい……頼りにしてるよ」
イッチが取り出したデンチョには新着のメッセージが一件あった。
「約束してしまったからね」
メッセージには『OK』と表示されていた。
イッチ
(イッチ蔑称・侮蔑スレから一部抜粋)
柳と月歌を足して2で割った偽物。拗らせた芳岡ユイ。厄介ジジイ。原作キャラに近づく理由がカス。ゆりっぺは神に抗う前にこいつを殺せ。過疎ゲーの原住民。うちはオビト。ノンデリ。野獣先輩。ファッション暗黒。シンプルに浅い。スマブラでパルテナ使ってそう。こじゅが成仏しなければいけない悪霊。四ツ葉のATM。水瀬に殺されるべき男。華村の天敵。
蒼井
吹っ切れたお清楚ガール。月歌にもやりたいことを話している。が、イッチとやりたいことは話していない。
「あなたのことをもっと知りたい。ところで一花って名前偽名ですよね」
シャロ
「お兄様に頼まれたので用意しましたが……これを一体何に使うのでしょうか?」
スレ民
命が軽いので、超えちゃいけないラインを超えてしまいがち。他のスレ民を見下している。
「まさかこんなこと(荒らし)でリアルを晒されるとは……」