得難いものを手放してしまった、そういう自覚はあった。
けれど、後生大事にそれを抱えていることは、傷付けてしまったという負い目が許さなかった。拒絶は、忘却は、呵責は、得てして罪深い。
罪深いと言うならば、そこには罰が必要だ。普段シニカルを気取っているくせに、ちょっとしたことで外れてしまうような
元より、自罰的な嫌いのあった(というよりは、厭世主義、虚無主義の方が正鵠かもしれないが)私にとって、己に咎を課すことなど何の逡巡も
尤も、甚だ忌むべきことに、この身体は
例えば、昔受けた拷問訓練で、こういうものがあった。
まず、
これを私自身に適用するならば、私自身の罪を贖うに値する方法は、自ずと瞭然に輪郭を呈する。
「――とかいうのは全部後付けのこじつけかもしれないけど」
誰にもなく自嘲しながら、私は懐のシガレットケースから煙草を取り出し、慣れた手つきで火を点ける。
フィルターに濾された煙を肺に取り込み、呼気として宙空に吐き出す。舌を撫でながら口腔を出ていった副流煙が苦味を置いていき、少し遅れて酩酊感にも似た眩暈が脳を揺らして一瞬ではあるが私から体幹を奪う。
「ふー……」
吐き出され掻き消えた煙の向こう、あの日失った特別な人の姿が脳裏にちりちりと浮かび上がる。煙草の巻紙が灰となって短くなるにつれて、白昼の市街戦で指揮を執ってくれていた声や、連日徹夜漬けでも嫌な顔一つせずにPCの明かりに照らされていた真剣な横顔、誰に対しても真摯に向き合う温厚な眼差し、晩春の
この追憶は痛みだ。
どんな身体的自傷をも上回る精神的苦痛だ。
その痛みを享受するのが、見当違いの明後日の方を向いているのは承知の上で、それでも私は、何でもそつなくこなすあの人みたいに器用にはできないから、こうして無理矢理折り合いをつけていく方法しか思いつかなかったのだ。
かつこつとブーツの踵で
昼より夜の方が好きだった。
私が自らを「日の下を歩けない身の上」と規定していることを差し置いても、夜闇に身体を半分溶かし込んでいるようなこの感覚は、適度に心身を緊張させて少し心地良い。
この心地良さは、咎人としての私を喫煙という行為の中でよりいっそうに際立たせ、些かの快も許さぬ漫然とした贖罪の日々に比して明瞭な起伏を表される。
先述したように、
鈍化した罰を罰と呼び称すことに意味はない。そんなものは、惰性と慢性に任せた
「…………着いた」
銜えた煙草が丁度燃え尽きた時、見憶えのある外観のビルが眼前に現れた。以前と変わらず聳え立つ真白の威容に見下ろされながら、吸殻を処理する。
街灯りは星海を塗り潰さんばかりに煌々として、けれど通りに人の姿はなく、現実との乖離を感じさせる。数区画向こうの方から聞こえてくる銃声と爆発音とサイレンが、地を踏み締める感触を確かにしていた。
真正面に捉えた一際高層の摩天楼、その中のシャーレのオフィス、そこが今回の私の目的地であり、運命の交叉路だ。
懐旧の思いに胸が締め付けられる。
「……………………」
私は暫くの間、そのビルの灯りの漏れ出る窓を仰視してオフィス内の光景に思いを馳せていたが、やがて、疼く胸元を押さえてその敷地内に踏み込んだ。
エントランスに通ずる自動ドアが存外素っ気なく開き、室内照明の眩い光が私の目を眇めさせる。
自責に耐えられず距離を置いた、と言えば聞こえはいいが、要するに、ただ逃げたのだ。
甚だ
何か劇的なきっかけがあったわけではない。
なんとなく淋しくなって、なんとなく煙草に火を点けて、なんとなく窓の外を一瞥して、「生涯この路を往くのか?」と、茫漠とした、しかし確かに核心をついた問いが、ずぶりと胸を突いたのだ。
けれど、私がそれを刹那の間逡巡し、一考してしまった。それが故に、その間隙が、理性や建前を放り出した幼稚な我儘の侵襲を許してしまった。「傷付けてしまったこと、逃げ出してしまったことを謝りたい」と。そして、僅かな思考の
即ち、「先生に会いたい」と。
暴かれてしまったその
愚かな私にはそれをもう一度忘却の果てに追いやることは能わず、ささくれのように棘ついた喉の奥に気を遣らないではいられなくなっていた。
これも贖罪の一環だろうか。私は自問する。それを望むのであれば。私は自答する。
喫煙という行為によって緩慢な自殺を試みるのは、その都度に追憶を手繰り寄せるのは、その正否は別にして、熟慮の末に導き出された罰として充分に功を奏していたはずだった。だが、
咎人としての己に否を唱えることは、私が選び採った道程に背を向けることは、
赦されぬならば、謬りならば、今や、私を構成する
一切を無価値と冷笑し、一切を無意味と
全部欺瞞だった。
「私はただあの人を思い出したいだけだった」
それだけだったのだ。