白く無機質なエレベーターに乗り込み、迷わず目的の階の釦を押す。銃弾も通さぬであろう重厚な造りの自動ドアが閉まり、やがて全身にかかる重力が一瞬僅かに増加する感覚と、小部屋の外から漏れ聞こえる機械的な駆動音が、私を上階へと運び始めた。
閉所狭所に対する不得手は未だに克服できていない。心臓は細く長く絞り上げられ、視野はピントを失い狭窄し、肺は十全に機能を果たさず、ただそこに立つだけの膂力も削ぎ落とされる。このたった九人分の空間が、お前はどこへも行けぬのだと、押し潰さんばかりに嘲る。
こんな私を、八方塞がりの袋小路で立ち往生する私を、あの人が見ればどんな顔をするだろうか。
いっそのこと嗤ってくれた方がまだ救いだ。
けれどそうはいかないだろう、と記憶の中で声がする。
人は可能的に過つもので、況や私のような若輩は論を俟たず、その愚昧に啓蒙し嚮導するのが「先生」という存在なのだ。前に進むことができなくなった人間の傍らに立ち、背中を押すことが意義である先生にしてみれば、微笑みこそすれ嗤う道理など微塵もない。剰え、譴責され、糾弾され、矯正されるべき、そんな私にも、造作もないように手を差し伸べたあのお人好しは、長い時間を経て尚戻ってきてしまっても、なんでもないことのように受け容れるのだろう。片時も忘れたことなどなかった、などと嘯いてほしいわけではない。ただ、「おかえり」と迎えてほしいだけだった。それだけで、あの人を記憶の向こうに追いやった無為な日々が、報われるような気がしていた。それだけで、私とあの人を分かつ特異点に、失われた日常の地続きに帰ってこられるような気がしていた。
どれほどの時が過ぎたかも知れず、ただの一度も再訪することのなかったシャーレのオフィスへの道は、わざわざ思い出すまでもなく、記銘された身体の動きとしてそれをなぞるだけで済んだ。
帰巣本能などと莫迦げたことを宣うつもりは毛頭ない。本能は理性の対極だ。そして理性は、人の欠くべからざる一要素であり、これを不断に行使することがその証左だ。その帰結として今の自分があるのだから、私にもそれが過不足なく備わっていることは疑いない(その功罪についてはまた別として)。けれども、ア・プリオリに内在するその機能を十全に発揮した果てが、この間違いだらけの薄汚れた肉体と道程であるのならば、真っ先に排除すべきだったのは、他ならぬ理性であったのかもしれない。或いは、正しさへの緒たる理性を等閑に、本能と感情の赴くに任せる人面獣心の徒に身を堕していたならば、私という人間は、自らの誤りに無自覚で、生を厭うこともなく、あの閉鎖的な肥溜めから出られず無為に命の涯を迎えていたのかもしれない。
だとすれば。
私は、戒野ミサキという人間は、幾多もの過ちから手繰った選択的な理性とその延長、何も疑わずただ与えられたままを甘受する無謬の傀儡とその末路、いずれかを秤に掛けなければならない。現実と仮想、得られたものと得られなかったもの、自身を構成する骨子たるに相応しいのはどちらであるのかを、比較検討し択ばなければならない。
両者の違いは何だろうか。アリウスで訓練され、教育を施され、忌まわしい「あの事件」を起こすに至るまでの連続性に、私の理性的な思惟が介在する余地はあっただろうか。おそらくは、ない。意思の萌芽と女怪の支配で渾然としたあの日々に、脆弱な個人が太刀打ちする余地は、ない。惰性と環境に蹶起し背反することも、理性を棄却し諾々として慫慂に頭を垂れることも、結果としてそれらは同義となっただろう。そしてそれは、四人で寄って集って反旗を翻したとて、同じことだ。絶対的、盲目的、偏執的、私達ではそれらの軛を脱することはできなかった。どれだけ知恵を振り絞っても、精々が姑息の徒事で大局を変えるに能わず、所詮は規格の違う存在の掌の上で、振り上げた拳は蟷螂の斧でしかなかった(皮肉にも、幼少の時分に読み聞かせられた寓話を彷彿した)。
けれど、余人の付け入る隙は、どうやらまだ残っていたらしかった。
あの連邦生徒会(私に知らされていたのは、輝かしい功績ではなく、耳を聾する醜聞ばかりであった)が招聘した外部の大人たる「先生」は、吹けば飛ぶような風貌をしておきながら決して屈せず、瞳の奥の光は決して霞まず、私にでさえ伸ばす手を決して躊躇わず、さながら利他が服を着て歩いているようだった。けれどもその他者を益する精神性は、必ずしも遍く他者に向けられるものではなかったらしく、あの蜘蛛の如き貴婦人の張り巡らせた知略、策略、権謀術数、それらを跳ね除けてしまうというのは、当時の私にとっては全くの慮外の出来事であった。
後にして思えば、あの「先生」なる彼女が憤っていたのは、口の端に血を滲ませ声を震わせていたのは、私欲の為に他者を害すことを厭わず私達アリウスの自主性と可能性とを踏み躙っていたからであり、その時点で既に交渉や折衝の余地は寸毫ほども残されていなかったようだった。しかし私達とて自らの意志で作戦を遂行したということは言うまでもなく、ならば、全くの無辜ではありえず、その罪過に背を向けることはできないだろう。
先生に曰く、「君達にも当然罪はあって、それは褒められるべきことじゃない。けど、〇と一の二元論で語るべきことでもなくて、少しでも君達が君達自身の為に明るい未来を目指すと言うのなら、私はそれを応援するよ」と、所詮子供でしかない私達に責任を負う能力を充分に認めていないか、或いは、彼女が「先生」という立場を取る以上私達も生徒として庇護下に置かれるべきと考えているのか、支配者とその手駒(だったもの)として明確に区別しているようだった。咎の多寡を俎上に載せるでもなく、私達が生得的な判断能力を欠いているとするかのようなその態度は、大人と子供、先生と生徒、無情にもそういった垣根を隔たりとして設けているようにも思える。その線引きはともすれば、私達の理性と思惟を未熟と断じ、残酷なまでに矮小化するものでもあった(少なくとも私達にとっては)。
判断と責任を背負うもの、それが大人の定義であるならば、それらを委任するものが子供の定義たりうる。この区分によれば子供は主体たりえず、当初その虜囚の如き様相は私に苦痛と抵抗とを喚起せしめた。世界を混乱と恐慌に陥れたかの事変が決着し、「自分のやりたいことを見つける」という名目の下に解放された(されてしまった)私達は、長く自らを縛りつけていた羈軛からも同時に解き放たれたということがまさしく天佑であることに気付かず、地に足の着かない感覚に戸惑う他なかった。
けれど、こうも思う。少なくともあの時、私達の姫が赤肌の貴婦人に囚われてその花弁を喰い潰される運命にあった時、先生に助けを求めるという私達の行いは、疑いなく私達自身の判断であり願いだった。誰に強いられるでもなく、唆されるでもなく、自発的に内から出でて、形を成した選択だった。その結果は今や云々するまでもなく、私と、私を取り巻く環境は、薄暗い泥濘の底から、果てのない遥かな蒼穹へと一変したのだ。
以上の内省と回顧を経て、ここで先述の問いに立ち返るならば、私は、間違いでも、過ちでも、失っても、それでも掌の中に残ったものを握り締めて前を向く、これを肯んずる。根幹の思想に変化はない。ただ、自らの生を無意味と断じこれを排そうという精神のベクトルは鳴りを潜め、助けられてしまったのだからそれだけの価値があるはずだ、とそれを希求することが半ば生業のようになってしまっただけだ。私自身の為だけではなく、私を助けるという選択をした「先生」の為にも、これを御座なりにすることは嫌厭の対象たりえた。これこそが他ならぬ「先生」の意図であったのなら、ア・プリオリに備わる理性を励起し曇りを晴らしたのは、どうやら功を奏しているようだった。
音もなく目的階に到着したエレベーターがゆっくりと静止し、鋼の扉を徐に開く。
会って最初に何を言うかは考えるまでもなかった。あの時手放してしまった日々の地続きに帰ってきたのだから、発する言葉は自ずと決まっていた。
私は、ゆっくりと足を一歩踏み出した。